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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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包囲網 壱

 末森城の織田勘十郎信勝が謀反した。急報に接し、信長様は出陣を取り止めざるを得なかった。誰が織田信勝に味方しているかを見極める必要があるからだ。そうでなければ、後ろから攻撃されるなんてこともありうる。


 鎧姿のまま、急いで評定の間に取って返す。 


「勘十郎が謀反とは真であろうな?」


 那古野城から馬を駆けさせてきた林佐渡守秀貞が平伏する。


「はっ! 守山城の喜蔵((織田秀俊))様からの伝令であります。夜明けに守山城を奇襲され、撃退したところ末森の勘十郎様の兵であったと。急ぎ確認に向かえば、矢を射掛けられたとの由でございます」


「勘十郎め、乱心したか!」


「それと……」


 林秀貞が言い淀む。かなり危険な状況なのになかなか話そうとしないのは、より危険な情報があるということだ。


 固唾を呑んで見守る中、林秀貞が重々しく口を開いた。


「勘十郎様は……織田()()()達成(みちなり)と名乗っておいでです!」


「まさか……弾正忠とは……」


「佐渡殿、それは誤報では済まされませんぞ」


 佐久間半羽介信盛、佐久間大学助盛重といった家老たちが、林秀貞に確認する。


「誤報でこのようなことは言えぬ。確かなことだ」


 信長様は弾正忠を名乗らずに、上総介を名乗った。では、使っていないから勝手に弾正忠を名乗っても良いという、そんな簡単なことではない。弾正忠家当主が信長様である限り、弾正忠を名乗って良いのは信長様だけなのだ。

 わざわざそれを犯すということは、自分こそが弾正忠家の当主であり、信長様を打倒すると宣言しているようなもの。引く気はないという表明でもあった。


(さか)しいな、勘十郎。誰の入れ知恵だ?」


「は? それはどういうことでしょうか?」


「奴が謀反を起こしたのなら、弾正忠を名乗るのは当たり前だ。驚くに値せん」


 信長様は、家臣たちが慌てていたことを大したことがないと断じる。


 脇息にもたれながら、口元に手をやって考えている様子からは、怒りの感情は見えない。


「わからぬか? 達成の(いみな)よ。()を捨て、()を入れた。勘十郎の頭から出るはずのない考えだ」


()でございますか……」


 信長様の言葉を聞いた家臣たちは首を傾げる。その中で、林秀貞だけが顔を上げた。


「まさか、大和守家の名を?」


「そうだ。大和守家は代々、達の字を入れていた。達定、達勝とな。腹を切った信友は外れるが、勘十郎が滅んだ守護代家を考慮して()を入れたとみて間違いあるまい」


「目的は……大和守家旧臣たちの取り込みですな」


「決して多くない末森の兵力を、まだ野にいる奴らで補う気でいるのだ」


「そして、我らが今川侵攻に対処する隙を狙ったのでしょう。戦の準備をしていても、謀反とは思いませんからな」


 本当にそうなのだろうか。あの織田信勝が、今川侵攻の機会を狙って謀反を起こした。確かに、この状況なら討伐も遅れるし、差し向けられる兵力は少なくなるだろう。

 しかし、今川の侵攻が成功すれば自分たちだってただではすまない。そう考えると、謀反の時期がおかしいのでは。それに、蟹江城侵攻の時期がわかっていたかのようだ。何せ侵攻と同時に謀反を起こしたのだから。

 偶然でないとすれば、誰かが仕組んだとしか考えられない。


 織田信勝は、最初は今まさに侵攻を受けている蟹江城を守りたがった。もし、そこを今川が素通りできればどうなるか。熱田を瞬く間に占拠し、海上から素早く兵を送り込むことが出来る。

 じゃあ、守山城はどうか。織田信勝が守山城を手中にしている状態なら、邪魔されず那古野へ攻め入ることが出来る。そうすれば、交通の中心となっている那古野から援軍を送ることが出来ない。援軍が届かない蟹江城は今川に抜かれ、熱田を押さえられるだろう。


 織田信勝と今川が結びついていれば、全てが今川有利に働く。織田信勝の行動を、ただの拡大思考と考えていたが、そんなものじゃない。今川からの指示で動いていた。


「最悪な時期を選ばれたな。なあ、長三郎」


「違う」


 俺の返答に前田孫四郎利家と佐々内蔵助成政が、首をひねる。


「選んだんじゃない。示し合わせたんだ」


「お前……それは……」


「まさか勘十郎様が今川と手を結んでいたというのか!?」


 前田利家の大声に、俺へと注目が集まった。


「長三郎! 申せ!」


「はっ!」


 信長様の命令に、俺は畏まって口を開いた。


「勘十郎様、いえ勘十郎は今川に(はし)ったものと考えます。勘十郎が蟹江城、そして守山城を欲したのは周知の通り。そのどちらかでも勘十郎の手にあれば、今川は労せず熱田を我らから奪えていたでしょう」


「それだけか!?」


「謀反は夜明けに守山城を攻められたことによります。その頃は、まだ蟹江城からの伝令が末森に達しているはずがありません。その意味するところは、事前に示し合わせて、今日同時にことを起こしたのです!」


 誰もが信じられないという顔をしている。弾正忠家の一員が、今川と手を結んだというのは、それだけありえないことなのだ。


「別々の行動と思い対処すれば、敵に先手を取られます。全てを今川が動かしている。そう考えて行動すべきです」


「なるほど。確かに今川が後ろにいるのなら、勘十郎の行動も納得がいく。城を手にできなかったために、苦肉の策で諱を変えて来た……」


 信長様は、納得してくれたが、すぐに考える仕草を取った。そして、河尻与兵衛秀隆に向かって問いかける。


「与兵衛、武衛((斯波義銀))の最近の行動におかしな様子はなかったか?」


「はっ。そのような点は……特には……」


「思い出せ。ここで誤っては取り返しがつかん。本当になかったのだな?」


「そう言えば、少し前になりますが……武衛様の直臣たちに振る舞いがあったそうなのです。そこで、かの松露(しょうろ)がだされたと聞きました。大変珍しい茸と――」


「駿河の松露か!?」


 河尻秀隆の発言をかき消す信長様の声。


「出処まではわかりかねますが、武衛様が松露と仰ったらしく」


「あのような貴重な茸、簡単に手に入る訳がない。それも家臣共に振る舞えるだけの量をだ。武衛への貢物ならわしを通すのだから、必ず気が付く。では、誰かが密かに贈った以外にはあるまい」


 信長様が怒りのあまり戦慄(わなな)いている。


「誰のお陰で尾張守護に成れたと思っているのだ。あの恩知らずが!」


「殿! では、武衛様までもが今川に!?」


「そう考えるしかないわ! 今川、武衛、勘十郎! 三者が繋がってわしを潰しに来おった! どういう密約かは知らぬがな」


 考え過ぎとも思えない。織田信勝は斯波義銀と会っているのだから。恐らく、織田信勝が斯波義銀を今川に引き入れた。

 これでは、城を留守にすれば、斯波家直臣たちが清洲城を乗っ取る可能性が出てきた。


「武衛様を捕らえますか?」


 河尻秀隆が刀を手に立ち上がろうとする。


「証拠は何一つとてない。今武衛を捕らえれば、奴らに口実を与えるだけだ」


 無念そうに河尻秀隆が腰を下ろす。斯波義銀を救ったことで、連絡役にもなっていた河尻秀隆には悔やみ切れないだろう。


 そして、林秀貞が身を乗り出すようにして進言する。


「殿、武衛様が敵に回ったのならば、伊勢守家にも用心をせねばなりませぬ。これでは、我らは清須から兵を動かせませんぞ」


 岩倉城を拠点に尾張上四郡を支配する織田伊勢守信安。弾正忠家とは縁戚関係にあったが、信長様の代になって疎遠となり、関係が悪くなっている。

 いきなり攻め込んでくるほど悪くはないが、斯波義銀が命令すればこれ幸いと攻めかかってくるはずだ。

 もうここまでくれば、確実に今川の手が伸びていると判断すべきだった。


 内に斯波家家臣、外に織田信安。清洲城は、動こうにも動けなくされた。このままでは、蟹江城陥落を指を咥えて見ているしかない。


 東に織田信勝改め織田達成、西に服部党、南に今川、北に織田信安、中央に斯波義銀。信長様は完璧に包囲されている。

 どこかに兵を動かせば、その間に他のところから守りを破られてしまう。こっちが軍勢の機動力で守りを固めているのを知って、どこにも動けないように縛り付けたのだ。対応を誤れば、それで終わってしまう。

 これで蟹江城なりが素通りされていれば、もう終わっていただろう。ぎりぎりのところで、信長様の判断が今川の策を狂わせてくれた。


「これほどの計略を巡らせるとは……やはりこれは太原雪斎の策でしょうな」


「半羽介よ、感心している場合でないぞ。これを退けなければならん」


「心配するな大学。この半羽介が守るのだ。清洲城は決して落とさせん」


 不安になっている者、逆に強気になっている者、家臣たちは相半ばしている状態だ。


 どう動くべきか。いや、それ以前に動くことが出来ない。どう対応するのかそれぞれが話し合って、もう収拾がつかない有様になっていた。


 そんな中、信長様がおもむろに立ち上がる。騒いでいた家臣たちが、徐々に静かになっていく。


「考えが浮かばぬ。休憩だ。皆もそうせよ。くれぐれも武衛の家臣共に手を出すな」


 そう言って、信長様が評定の間を出ていってしまう。


「と、殿、せめてどちらへ行かれるのかお教え下さい!?」


「奇妙の顔を見にだ。長三郎、ついて来い!」


「はっ!」


 走って信長様の後を追いかける。だが、林秀貞が廊下まで出て何か言いたそうであったので、立ち止まる。


「念のために、奥に通じる箇所は兵を置いて固めておく。長三郎は殿をお守りしろ」


「承知しました」


「それと、こちらでも儂が主導して対応策を考えておく。もし殿が何か閃かれたら、すぐに伝えよ」


 林秀貞が拳で、俺の胸を小突く。そして、微かにうなずく。


 言外にお前も考えろと言っているのだ。恐らく、去年の那古屋城の籠城を進言したことで評価してもらえている。だが、ただの馬廻りの進言を何度も採用しては家臣たちの士気に関わる。

 だから、信長様と二人でいる時に考えろということだ。


 俺は、しっかりと首を縦に振ってから、信長様を追いかけた。

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