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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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戦備え

 秋の収穫では、平時としてはこれまでにない大忙しであった。代官として村に赴き、米の収穫の調査を行ったからだ。

 納められる年貢の量は決まっているけれども、不作などがあれば減免しなければならない。特に今年は弾正忠家が尾張下四郡を治めての初収穫。今後も考えて、念入りに対応する必要があった。


 俺は篠岡八右衛門の助けを借りながら村を検分し、村外れにある隠し田まで発見した。こっそりその隠し田に税をかけて、代官としての役得にもできる。それを俺は次回の夫役での割当を増やすことで決着させた。正直、自分の村に米は欲しいところであるが、ぐっと我慢をして罰則で済ませる。


 そして、知行地の村では順調に畑作が行われている。また、少し植えられていた稲も収穫され、これは千歯扱きの実験に供させて貰った。順調に素早く脱穀できたが、歯の耐久性が問題でぼろぼろになってしまったのだ。これでは、本格的な収穫では、すぐに駄目になってしまうだろう。

 また、改善案を篠岡八右衛門と相談していると、俺のやることに興味を持ち始めた何人かの村人が寄って来るようになっている。村に津島から米が運ばれてきたのが、やはり大きいのだと思う。


 そうしている間に、とうとう清洲城に一族重臣たちが招集された。評定において、今川への対抗策が話し合われるのだ。


 一門衆として織田勘十郎信勝、織田三郎五郎信広、織田喜蔵秀俊の兄弟が並び、続いて守山城主となった叔父の織田右衛門尉信次が座る。そして、末席には信長様の弟で元服したばかりの織田喜六郎秀孝が、緊張した面持ちで座していた。


 重臣には筆頭家老たる林佐渡守秀貞、佐久間半羽介信盛、佐久間大学助盛重と並んでいる。そして、織田信勝の家老である柴田権六勝家が続き、清洲城の吏僚の首座についている村井吉兵衛貞勝がいる。その家老たちの後ろに林美作守などの主だった家臣たちがいた。


 俺を始めとする馬廻りたちは、評定の場に入れないので、縁側に座っている。近習や小姓たちも同様だ。池田勝三郎恒興だけが、信長様の側近くに侍っている。


「今川がまたぞろ動き出した」


 信長様の発言に、またかという空気が広がる。もう二度に渡って今川の侵攻を食い止めているからだ。そして今は、その頃よりも弾正忠家は確実に力を付けている。


「奴ら、今度は舟を使うつもりのようだ。すでに河内((海西郡))の服部党と繋がり、津島に出入りしている」


 評定の間の家臣たちが一斉に騒ぎ出した。口々に隣同士で話し合いを始める。


「なんと、今度は西からか……」


「服部党とはな。迂闊に手を出せんぞ」


「やはり狙いは津島か?」


「いや、我らを引き付けるだけかもしれんぞ」


「では本命は緒川城……」


「例えそうだとしても、津島への脅威は見過ごせん」


 ざわめき続ける家臣たちを、信長様は黙って見守っている。好きに話をさせて、落ち着くのを待っていた。

 間もなく、ざわつきが収まって信長様に視線が集中する。


 そこに、林秀貞が口を開いた。


「今川が動くとなれば、怠りなく準備を進めなくてはなりません。幸いにも奴らの動きを掴んでいるのです。いつ動き出すにしても、備えをして待ち構えることが出来ましょう」


「佐渡の申す通りだ。慌てることはない。津島周辺に十分な備えをすれば良い。意気揚々とやってきた今川を今度も退けてやるのみだ」


 信長様が力強い笑みを浮かべ、家臣一同も大きくうなずく。紆余曲折はあったが、清須を手に入れたことで弾正忠家の意気も上がっていた。


「殿! 勝幡城をこの三郎五郎にお任せ下され!」


 織田信広が立ち上がって声を上げる。


 勝幡城は津島のすぐ北にあり、信長様の祖父が築城した弾正忠家縁の城である。


「今川が服部党と手を組んで津島に来るというのなら、必ずや返り討ちにしてご覧に入れましょう!」


 安祥城で今川に捕まったことがある織田信広が気炎を上げる。今度こそ防衛を成功させるつもりなのだろう。

 信長様がうなずく。


「勝幡は三郎五郎が守将になれ」


「はっ! お聞き入れくださり、ありがとうございます!」


 織田信広が平伏する。


 そこに、隣の織田信勝が口を挟む。


「兄上、津島だけ警戒するのでは不十分。蟹江城も警戒するべきでしょう」


 織田信勝がしたり顔で進言する。蟹江城は長島と熱田の間にある海沿いにある城だ。海上交通を押さえ込むのなら絶好の城となる。

 正直、見逃してしまっていた。信長様も、予想外からの進言に少し目を見張っている。


「蟹江城だと……熱田を狙うというのか」


「左様です。この勘十郎が、蟹江城を守りましょう」


 初陣を済ませて自信がついたのか、以前見たときよりも随分雰囲気が変わっていた。信長様もそれを感じたのであろう、少し眉をしかめている。


「……いや、勘十郎は末森城を守れ。今川が東から来たときには働いてもらわなければいかんからな。蟹江城は喜蔵に任せる。喜蔵、頼んだぞ」


「はっ、お任せ下さい。」


 織田秀俊がちらりと異母弟の織田信勝を見てから、平伏した。


 織田信勝は面白くなさそうな顔をしている。明らかに不満げであった。


「佐渡は那古野の戦支度を整えておけ。那古野はこの戦の中心となる。弓矢に兵糧と、各所に援軍を送ることもある。蓄えを増やして備えよ」


「承知しました。兵も十二分に用意してみせましょう」


 那古野城は、想定される東西の戦場の中心となっている。どこにでも行くことが出来るので、戦力と物資を蓄えて、東西どちらにでも援軍を送れるようにする構想だ。


「吉兵衛は道普請を整えよ。尾張下四郡、縱橫に軍勢が移動できるようにするのだ」


「かしこまりました。夫役を割り当て、普請にかからせます」


 村井貞勝とその配下の者たちが、ちらほらと平伏している。恐らく道普請を担当することになる吏僚たちであろう。もしかしたら、その人員の中に自分も入ることになるかもしれない。


 信長様が満足気にうなずいてから、居住まいを正した。その様子を見た俺達も、自然と姿勢を正す。


「皆に申し渡しておくことがある。わしは名を改めることにした」


「では、ついに弾正忠をお名乗りに?」


 信長様は、後を継いでからずっと弾正忠家の後継者に付けられる三郎を名乗っている。清洲城を手に入れ、先代以上の立場を築いたのに、弾正忠を名乗ることはなかった。


「いいや。わしは今日より、上総介を名乗ることにした」


 弾正忠ではなく上総介。戸惑いが広がる中、信長様は続けて宣言する。


「次の戦に勝利した後は、三河に攻め込む。次は遠江、その次は駿河!」


 信長様の言葉を、家臣一同が固唾を飲んで聞いている。


「駿河を制したら、鎌倉を越え、東端の上総国まで弾正忠家の旗を立てる!」


 信長様が拳を振り上げると、続いて家臣たちが喚声を挙げて拳を振り上げる。


「時間は十分にある。各自、戦支度を整えておけ。戦に勝つのは我らだ!」


 ほとんどの者が熱に浮かされて拳を振り上げるなか、織田信勝が苦々しく信長様を睨んでいた。









「三河に攻め込むか。今から腕が鳴るな。のう、長三郎、内蔵助!」


 信長様がいずれ上総まで攻め込むつもりという話は、清洲城内にすぐさま広がった。俺はいつもの二人、前田孫四郎利家と佐々内蔵助成政とともに、評定での信長様の話で盛り上がっていた。


「そうだな。今まではずっと守りの戦であった。攻め込み、領地が広まれば我らの知行も増える。一家を立てることも可能になろう」


「いつまでも兄上の世話になるわけにもいかんからな。大いに働き、城持ちになってみせようぞ」


 苦労知らずと思っていたが、どうやら実家持ちには俺と違う苦労があるらしい。前田利家は荒子城、佐々成政は比良城という城持ちの次男三男だ。いずれ自分の力で城持ちになるのだと思っていたのだろう。


「しかし、本当に三河に攻め入ることができるのか……」


「我らが負けるとでも言うのか、長三郎」


 つい、言葉に出てしまったのを前田利家が咎めてくる。


「いや……三国を治める今川を相手にするのだから、守るのならともかく、攻めるとなるとな……」


 本当は違うことを考えていた。歴史通りなら、信長様は東ではなく北の美濃に向かうことになる。三河に攻め込むのが早いか、美濃が信長様の敵に回るのが早いのか。どちらになるか予測がつかない。


「弱気は禁物だぞ。我らは勝つのだ。必勝の信念無くしては、勝てる戦も勝てんようになる!」


「わかったわかった。しかし、まずは今川の侵攻を食い止めてからだ」


 三河を攻めるにしても、今川の攻勢を挫くのが先決だ。今までは急な攻撃に翻弄されていたが、今回は準備を整えられる。

 攻めてくる頃には、姉の子供、甥か姪が生まれているのだ。絶対に負けられない戦いになる。


 三人で話していると、廊下の先から人が歩いてくる音がする。顔を向けると、織田信勝であった。その後ろには見慣れない人物が続いている。


 俺たちはさっと廊下の端によって織田信勝に道を譲る。頭を下げる俺たちに、目もくれることなく織田信勝は通り過ぎていった。


「勘十郎様か。まだ清須におられたのだな」


「あの後ろにいた見慣れないやつは誰だ? 前までは柴田様が付きっきりであったのに……」


「止めておけ孫四郎。恐らくは、新しく勘十郎様の家老になられた津々木(つづき)蔵人(くらんど)様だ」


 織田信勝に新しい家老が?


 知らなかった情報に俺は目を白黒させる。


「内蔵助はよく知っているな」


「長兄は勘十郎様の初陣となった鳴海攻めに向かったからな。何でも、勘十郎様をあれこれとお助けして、目をかけられたのだそうだ。そして一気に家老とされたらしい」


 自分たちが村木砦で戦っているとき、織田信勝も鳴海方面に出陣させられていた。どうやら織田信勝が変わったのは、あの津々木蔵人の影響がありそうだ。


「名も知れておらんような奴が家老など、勘十郎様はどうかされている。柴田様こそ、お側に置くべきであろうに」


「武辺者の柴田様では、勘十郎様に合わなかったのかもしれんな」


 前田利家と佐々成政の話を聞きつつ、織田信勝が向かった先に視線を向ける。


 織田信勝が向かった方向は、新造された斯波家の屋敷がある。斯波岩竜丸は、今や元服して斯波義銀(よしかね)と名乗り、信長様の計らいによって尾張守護になるのも間近だという話だ。


 そんな斯波義銀に、織田信勝が会いに行っている。嫌な予感がするけれども、雲の上ともいえる二人を制止することはできない。

 評定で信長様を睨んでいたのもある。念のために信長様の耳にも入れておこうと思いつつ、俺は先に行ってしまった二人を追いかけた。

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