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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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聞けず

 堀田孫右衛門正定に免許状を売ったお陰で、資金の余裕は確保できた。村人の食料以外にも、様々な物を導入できそうだ。とはいえ、何が必要になるかはやってみないとわからない。まずは、二毛作が出来るように新田を整えておくことだろう。


 俺は津島でいくらか酒を購入し、それから村へと帰ってきた。


「殿様、お帰りなさいませ。如何でございましたか?」


 夕刻前に村に戻ると、篠岡八右衛門の妻が屋敷で出迎えてくれた。


「売れたよ。これからの蒲黄も買い取ってくれる約束を付けてきた」


「それは大変ようございましたね。これで女たちも安心できます。この様な物が売れるのかと、皆が心配しておりましたから」


「いや、まったくだ。村を救ってくれるようにお願いした身ではあるが、正直こうまでうまく事が運ぶとは……」


 安心した笑顔で話し合う夫婦を見ていると、どうにかやれて良かったと思う。でも、もう次の戦いが始まっているのだから気を抜く訳にはいかない。


「八右衛門、夕飯の後に村人たちを屋敷に集めてくれ。女子供も一緒にだ」


「かしこまりました。皆を安心させてやるのですな」


「いや、それはまだだ。まずは、目の前の問題から片付けていく」


 夫婦が不思議そうな顔を浮かべるけれど、俺はまだ小さい篠岡八右衛門の息子をあやすだけで答えなかった。


 その日の夕飯は、蒲の茎を使った料理には驚いてしまったけれど、活用できているようで何よりだ。まだ大量にあるそうなので、料理以外にも何か活用を考えなければならないだろう。

 だけど思いつくのは、刈敷(かりしき)草木灰(そうもくばい)くらいしかなかった。


 夕飯後、屋敷の前に村人たちが集まっている。まだ日が沈むのが遅いとは言え、もうだいぶ暗くなってしまっている。そのため、松明を何本か燃やして周囲を照らしていた。


「よく集まってくれた。今日は皆に伝えることがあって集まってもらった。まずは、蒲を集めたものたちは前に出てきてくれ」


 不安げな顔をする女子供たちが、一人二人と前に出てくる。全員でないのは、参加しなかった者たちだろう。出てきた者たちの顔を確かめ、篠岡八右衛門の妻がうなずく。


「お前たちが集めた蒲黄は良い値で売れてくれた。そこで、褒美を取らせる」


 村人たちが一斉にざわつき出す。俺はそれに構わず、銭を入れた壷を片手に一人ひとりに銭を手渡していく。子供には大人の半分しか渡さなかったが、どうして良いか分からずに戸惑っている子供が多かった。しかし、その後に母親に褒められて嬉しそうにしている。


「今後も集めた蒲黄については、領主である俺が商人に売り払う。手に入った銭の三分の一は今回のように集めた者たちに配るものとする。そして三分の一は税として徴収し、もう三分の一は米などを備蓄するための費用とするつもりだ。これは、飢饉などが起これば、この備蓄した物を使って急場をしのぐための物だ」


 今回は人為的に飢餓が起こりかけたけれど、天災によってそうなることも多い。穀物を少しでも備蓄できていれば、助かる命もあるはずだ。


 顔を見合わせて村人たちが相談するなか、俺はただじっと待った。やがて、静まり返ったが、どこからも反対意見は出なかった。

 今のところ夏場に女子供が(がま)を集めまわる一時のことだ。来年に他村のは刈れないかもしれないため、手間はかからないだろう。でも、これで今年は女子供が目の色を変えて蒲をかき集めてくれる。


「次に水路と田の方だが……これまでで、最も作業が進んでいた箇所を普請した者たちに褒美を与えよう」


 男たちが色めき立つ。さっきとは違って、今後は仲間同士で文句を言い合っているのまでいた。


 篠岡八右衛門が名前を呼ぶと、数人の男たちが喜びを隠そうともせずに急いでやって来る。


 この男たちにはさっきよりも多めに銭を与えていく。さらには、一人一杯だけだが酒も振る舞った。真面目に働いていたご褒美というものだ。


 呼ばれなかった男たちは悔しそうにその様を見ているしか無い。


「完成の際にはより多くの褒美がある。明日より大いに競い合え!」


 今回褒美にありつけなかった男たちが雄叫びを上げる。今までのやる気の無さが嘘のようであった。俺が篠岡八右衛門に目配せすると、一歩前に出て雄叫びよりも大きな声をあげる。


「なお、喧嘩、手抜きがあれば相応の罰を与える! また他の組の箇所を壊しても同等だ!! この篠岡八右衛門が抜かりなく見て回るので、そのつもりでいよ!」


 念のために妨害には十分注意しておかなくてはならない。足の引っ張り合いで、何も進まなくなっては本末転倒だ。

 自分たちこそが褒美を貰うのだと気炎を上げている男たち。これで何とか、収穫の時期までには十分形にはなるだろう。篠岡八右衛門がしばらく現場を離れられなくなるので不便かもしれないけれど、かつて父と試したかったことが、少しずつ始められそうだった。









 村を篠岡八右衛門に任せ、俺は津島で得た情報を信長様に伝えるために清洲城に登城した。


「今川が津島にだと?」


「はっ。堀田孫右衛門様が言うにはですが。しかし、まだ正体は掴んでおらず、ここは堀田様に任せて頂きたいとの由でございます」


 俺の報告に、信長様が脇息にもたれかかって考える仕草をする。


「奴らめ、まさか舟で尾張に来るつもりか……」


 こちらが村木砦を落とすのに、舟を使ったのは今川にもばれているだろう。ならば、向こうも同じように舟を使う可能性はあった。


「知多郡は信長様が跡を継がれてから膠着しております。そろそろ、違う手に来たということなのでしょうか」


「まだこの下四郡を盤石にしたわけではない。こちらが態勢を整える前に、荒らしに来たのだ」


 信長様が下四郡の支配体制を確立すれば、兵力は以前よりもぐっと増える。そうなれば、今川が尾張に侵攻するのはより難しくなるだろう。そして、信長様は鳴海城から山口親子を追い出すことが出来るかもしれない。


「まだ確証はありません。津島に地盤を持つ堀田様にお任せして良いと思います」


「長三郎の言うとおり、津島は孫右衛門に任そう。だが、今川の動きが気になっておる」


 信長様が絵図の一点を見つめている。


 視線の先には、木曽三川の終着地、河内と呼ばれる地帯にある長島。願証寺を中心とした一向一揆の巣窟である。


「さすがに……考え過ぎでは?」


「三河にも一向宗徒は多くいるからな。示し合わすこともありうる」


 信長様が言うことも一理あるけれど、それでは津島に出入りする理由がない。長島に行けば良いだけだ。しかし、確証もないのに長島に突っ込むわけにもいかない。


「では、津島とは別に河内周辺を誰かに探らせますか?」


「いや、さっき言った通り孫右衛門に全て任す」


「承知しました。殿のご懸念も、またお会いする時にお伝えしておきます」


 信長様がうなずき、話は終わりとばかりに立ち上がる。そして、足音を鳴らしながら、部屋の外に出た。


「出掛けるぞ!」


「ははっ。この藤吉郎がお供いたします!」


 信長様の声が聞えるや、すぐに藤吉郎が草履を持って飛んできた。まるで、待っていたかのような素早さだ。


 信長様が草履を履くと、くるっと俺を振り返る。


「何をしておる長三郎! 久しぶりにお前も供をせよ。ついでだ、馬の稽古をつけてやる」


「承知しました。お供します!」


 どうやら、馬の稽古を口実に藤吉郎と顔合わせさせるつもりのようだ。









「いやぁ、これは美味しゅうございますな。ねえ前田様!」


「そうだな。実に美味いものだ」


「いやいや、どこにでもある普通の料理だろう」


 前田利家と藤吉郎が(たえ)の作ってくれた料理を褒めそやすけれど、俺は思った感想をそのまま口にする。

 すると、ちょうど後ろを通る妙に蹴りつけられた。


「馬鹿が。わざわざ作ってくれたのだから、褒めておくところだぞ。ここは」


 佐々内蔵助成政が、汁物に口をつけながら俺に囁いた。

 蹴られた背中を擦りながら、妙の方を見ると、まつと楽しそうに話している。


 どうしてこうなったかというと、信長様に馬の稽古をつけてもらっているところに、前田利家と佐々成政までやって来て俺が落馬するのを楽しんでいたのだ。


 そこに、信長様が面白がって俺たち三人を馬で競争させた。結果は見事に俺の負けで、こうして食事をご馳走することになったのだ。さらには、前田利家が藤吉郎まで誘うので、信長様の思惑通りに事が運んだと見るべきだろう。


 料理などとても作れないので仕方なく、(たえ)に頭を下げて料理を作って貰うことになった。


 三人が食事を続けながら俺を睨むように見るので、頭を振って降参する。


「わかったわかった。後でちゃんと礼を言っておく」


 俺の言葉を受けて、視線を緩めて、酒に口をつける。


「それにしても驚いてしまいました。まさか、道祖様が農民の出であったとは」


 藤吉郎が恐れ入ったと何度も首を縦に振る。


「そうよ、こやつは見事に戦で手柄を立ててな。敵の大将首を一つ、馬廻りの中条小一郎殿とともに討ち取ったのだ。いやあ、あの話は盛り上がったな」


「中条、小一郎、様ですか……」


 藤吉郎が懐かしむような顔をする。


「どうしたのだ、藤吉郎?」


「いや、なあに。少し昔を思い出してしまいまして。お恥ずかしい」


 前田利家の質問に頭をかく藤吉郎。


「城壁修理にあんなやり方を示したのだ。どんな昔だったのか、興味がある」


 藤吉郎の過去を知る良い機会だ。他の二人も藤吉郎に話すようにせっつく。


「いや、大した話ではないのですよ。弟に小竹というのがおるのですがね、風のうわさで今は小一郎って名乗ってるそうなので……会っていないので、つい懐かしくなってしまいました」


「弟であろう、どうして会わんのだ?」


「家をね、三年前に飛び出てしまったのです。それからは、あちこちを彷徨っていて、流れ流れて故郷の尾張に帰ってきたところを人夫として雇われたわけでして。家には、一向に帰っておらんのですよ」


 そうなると、三年近くどこかに仕えていたかもしれないのか。


「彷徨っていたと言うが、どこだ? 俺は尾張から出たことがないから、他国の話をぜひ聞いてみたい」


「いやいや、わしのような者の話を聞いても、面白いことなんてありませんて。それより、道祖様が如何に出世されたのか、その話を聞いてみたいですな」


「うむ、そうだな。今夜は長三郎が主なのだ。客たる我らを(もてな)すのは、お前の仕事だぞ。藤吉郎に振るでない」


「それは良い。家臣の者たちにも、語って聞かせてくれ」


 藤吉郎に前田利家と佐々成政が味方したために、結局それ以上聞き出すことはできなかった。ともあれ、尾張出身で、三年間は行方がわからない。


 せっかく信長様が取り計らってくれたのに、二人のせいで台無しだった。

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