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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
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藤吉郎

 翌日、新次郎が佐々内蔵助成政とともに銭を持って戻ってきた。前田孫四郎利家は、丹羽五郎左衛門尉長秀の普請手伝いに駆り出されてしまったらしい。


 そこで、俺と新次郎、篠岡八右衛門に佐々成政の四人で各村を回ることにした。村に持っている田んぼの引き渡しを求めるとともに、(がま)の採集を認めてもらうためだ。

 山の芝であっても、村の共有財産として管理されているので、ちゃんと話を通して金を払うなりしておかないと村同士で戦争なんてこともあり得る。


 そして、各村との話し合いは思っていたよりもすんなりと進んだ。向こうも苗まで奪っていったのには後ろめたさがあったのかもしれないし、知行持ちの馬廻りが二人組で来たことに驚いたなんてこともあるだろう。

 とにかく、安堵状の発給に口添えすることを申し出ると、すんなりと田んぼは譲り渡してくれた。むしろ手間取ったのは、村からの持ち出しになる蒲の方だった。穂を焼いて虫よけなどに使うので、値段でなかなか折り合わなかった。


 数日かけて何回も各村を回り、どうにか許可を得たことで女子供による蒲の採集が行われていく。そして、男衆による用水路の普請と新田開発も始まった。


 作業が行われているのが見える位置で、俺は新次郎と篠岡八右衛門とともに、指示した通りに行われているのかを眺めている。


 新田は四角形になるようにし、水を入れるだけでなく、排水できるようにも作っておく。用水路と田んぼをどのように作るのかは、篠岡八右衛門が考えてくれたお陰で、俺は考えを付け足すだけで良かった。


「今ある田と水路に手を加えるわけにはいかないのですか?」


 新次郎が疑問を口にする。


 新次郎の言う通り、今は何も作ってない田んぼを区画整理してしまうのも良いかと思った。歪な形の田んぼばかりなので、これを機会に形を整えて用水路を引き直すのだ。


 だが、そうすれば田んぼの大きさなどできっと揉め事が起こる。そのうえ、水がうまく流れなかったりしたら大事だ。


「あの田や水路に手を加えて問題が出れば、来年米作りができなくなるからな。たぶん手持ちの銭は今年で底をつくだろう。何か問題があったら、命に関わってしまう。命を賭けるのは……戦だけで十分だ」


 今あるものに手を付けて、それで上手く行かなかったら、村人から信用を得ることは出来ない。次の戦にはこの村から何人か足軽を連れて行くことになる。命を預けることになるのだから、少しでも信用されていた方が良かった。そのために、今ある銭をつぎ込むつもりだ。


 姉が苦労して貯めてくれた銭ではあるが、金はまた稼げばいい。ここで村人たちから信用されることが、次につながってくるのだから。


 その時、篠岡八右衛門が大声を上げた。


「おい、そこ! 怠けるでない! ここでしっかりと働かねば、秋から食い物に困ることになるのだぞ!」


 怒声の先には、鍬や鋤で穴を掘っているようで、ちまちまと動いているだけで全然作業が進んでいなかった。


 顔を巡らせると、あちらこちらで同じようにさぼってしまっている。俺が顔を向けると、その時だけはちゃんと作業しているが、他所を向くとすぐに怠けてしまう。


「殿……申し訳ありません。(しか)と言い聞かせておきますので……」


「俺もお供で普請を見て回ったことがある。だから、こうなることは知っている。しかし、どうしたものかな……」


 普通なら、一日で働いたらその日に銭や米が配られる。しかし、今回貰えることになるのは当分先のことになるのだ。いつもと違うため、急にやる気を出せと言ってもなかなか聞くことはない。


 新次郎と篠岡八右衛門も首をひねって考えているが、答えは出てこなかった。









 それから俺は、村での普請は篠岡八右衛門に任せ、新次郎を伴って清洲城に戻ってきた。田んぼを譲り渡してくれた者たちに約束した安堵状について、信長様へ口添えするためだ。


「おう、長三郎。戻ったのか」


「内蔵助! ああ、今戻ったよ。それと、今回は手を貸してくれて助かった」


「なあに、あの程度なら手が空いている時にはまた手伝ってやる」


 澄ました顔で俺の肩を叩く佐々成政。あまりに強く叩くものだから、かなり痛かった。俺がお返しとばかりに背を強く叩き返すが、少しも痛がる感じはない。


 逆に、首に手を回されて引っ張られてしまう。


「おい、離せ!」


「いいからこっちに来い。面白いものが見られるそうなのだ」


「俺は殿のところに行きたいんだよ!」


「じゃあ、心配いらん。殿ももう少しでそこにお出ましになる」


 そのまま、引きずられるようにしてが清洲城の壊れていた城壁まで連れて行かれる。


 ようやく佐々成政の腕から解放されて見てみると、すっかり城壁が修復されていた。知行地に向かう前にはたしかにまだ修復が進んでいなかったはずだ。


「どうだ。驚いたであろう。たいして壊れていたわけではないが、もう修復が終わったのだ」


「ああ。少し前に見たが……こんなに早く直せるなんて……これは五郎左殿がやったのか」


 佐々成政が、さもおかしそうに指差す。視線を向けると、そこにいたのは丹羽長秀の手伝いをしていると聞いた前田利家だった。


「まさか、孫四郎が?」


 俺の疑問に佐々成政が肩をすくめてみせる。


 あれだけ槍働き以外を嫌がっていた前田利家が、本当にこれを指揮したのであったら、それは思ってもいなかった才能だった。


 信じられない気持ちで、職人たちに褒美を手渡ししている前田利家を眺める。


 そこに、普請奉行である丹羽長秀を伴って信長様が姿を現した。


「こ、これは殿……!」


「戻ったのだな、長三郎。与えた村がどうであったかは後で聞く」


 そう言って、ずんずんと前田利家のもとに向かう信長様。俺と佐々成政は、慌ててその後に続いた。


 前田利家や職人たちも信長様に気がついて、次々にその場に平伏する。そして、信長様は平伏する者たちが見守る中、修復された城壁を検分していく。


 手抜きなどがないかしばらく検分した信長様は、片膝をつく前田利家の前に立った。


「よくやった。こうも早く直すとは、褒めて遣わす」


「ありがたき幸せにございます!」


「それで、これは誰がやったのだ」


「は? そ、それは……」


 前田利家が言葉に詰まってしまった。俺は佐々成政と顔を見合わせ、成り行きを見守る。もしもの時は信長様を諌めないと、前田利家が処罰されてしまう。


「言わんのか。では、お前が指揮したのではないのだな」


 俺が止めに入ろうと一歩踏み出したところで、平伏していた小男が顔を上げて叫んだ。


「前田様でございます! 前田様が、我らに指示なされたのです!!」


 小男は力仕事で薄汚れた格好をしている。とても職人には見えないから、人夫として雇われた者なのだろう。


 それにしても、不思議な顔立ちだった。服を着ているから人に見えるが、もし森で見かけたら猿のようにも見えてしまうはずだ。


「本当でございます!! これは、前田様が!」


「やめよ藤吉郎! 殿に偽りを申すのは()すのだ」


 藤吉郎! こいつが、豊臣秀吉!?


 叫びそうになったのを、あわてて口を閉じる。


「し、しかし前田様このままでは――」


「黙れ」


 信長様の一言によって、言い募ろうとした藤吉郎が黙り込んで平伏した。


「孫四郎」


「はっ。全てはこの藤吉郎なる者のお陰でございます。巧みに職人や人夫を指揮し、普請をやってのけました」


「ほう、その……猿のような男がな。どうやったか申せ」


「恐れながら、申し上げます!」


 藤吉郎が顔を上げ、信長様の眼光に怯むことなく説明を始めた。


 曰く、職人や人夫を組ごとに分け、予め区切っておいた修復箇所を競わせて修復させたのだという。最も早く修復できた組には多くの褒美を与える。そうして競わせた上で、早く作り上げるための手抜きを見つけたら、前田利家が容赦なく壊して回ったらしい。そこを藤吉郎が鼓舞して周って、より競争に火を付けたのだ。


 なるほどと思わせられる方法だった。前田利家と藤吉郎、どちらが欠けていてもできなかっただろう。壊すのが藤吉郎だったら職人は反発するし、戦場ならともかく前田利家が普請の場では職人を怒鳴るだけのはずだ。


 それにしても、この藤吉郎は堂に入った態度だった。豊臣秀吉は元は農民。なのに、藤吉郎は信長様を前にして怯んだ様子はない。度胸があるというよりは、武士を前にすることに慣れている様子だ。


「面白いやり方だ。なあ、五郎左」


「はっ。さっそく、城内の修復もそのように取り計らいましょう」


 信長様が黙って顎をしゃくるので、丹羽長秀は俺たちにうなずきかけることで警護を命じて、城内へと戻っていった。


「孫四郎はその者を見習って、槍以外も覚えよ。正直に言わなかった罰だ。精進致せ」


「はは! 前田孫四郎利家、槍以外も覚えまする!」


 それを見た佐々成政が、そっと耳打ちしてくる。


「殊勝なことを言っているが、どこまでもつことかな?」


 俺は苦笑するしかなかった。どうせ付き合わされるのはどちらかなのだから。


「次に藤吉郎であったな。お前には褒美をやろう」


「ありがとうございます!」


「それで、何が欲しい?」


 信長様が藤吉郎に近づいて見下ろす。俺は佐々成政とともに静かに動いて、何かあれば取り押さえられるようにする。


「で、では、恐れながら申し上げます。この藤吉郎を城で働かせていただきたいと思います!」


 やはりこの男が織田信長の家臣である豊臣秀吉か。


 織田信長の家臣でありながら、競争に勝ち抜いて後継者に躍りでる日本一の出世人。天下統一を果たした太閤秀吉。


 信長様はじっと藤吉郎を見下ろしている。


「長三郎。お前はどう思う? こやつは役に立つか?」


「…………恐らくは。此度のことだけでも、その機転は大いに示されております」


 役に立つか立たないかで言えば、当然役に立つに決まっている。だけど、どうしてもさっき武士に慣れていると思ったのが引っかかってしまう。


「よし。では、お前を召し抱えよう。ちょうど、よく気が付く者が近くにいなくなって不便であったのだ。わしの小間使いとして働け」


「この藤吉郎、織田信長様の小間使いとして立派に働いてみせます!」


「子細は孫四郎に任せた。長三郎だけわしについてまいれ」


「はっ!」


 信長様が踵を返すので、俺はその後に続く。城内に、少し早歩きで戻りながら、俺は信長様に問いただした。


「よろしかったのですか? あの……藤吉郎をお側に置いて」


「お前が役に立つと言ったのだ。もし何かあれば、お前が斬れ」


「ではやはり、信長様も藤吉郎が武士と接していたということをお気づきに」


「お前を何年も側に置いていたのだぞ。あやつは恐らく、どこかの家に仕えていたはずだ。密かに調べろ」


「もしかしたら……今川かもしれない、と」


 俺の問に信長様は答えなかった。


 豊臣秀吉、藤吉郎を見張らなければならない。恐らくは大丈夫だと思うが、信長様の生死がかかっている。念には念を入れる必要があった。


 歴史上では、豊臣秀吉と前田利家は大親友だったはずだ。ここは、孫四郎に手伝ってもらうか。事情は話せないけれど、身の上話を聞き出すくらいの役に立つだろう。


 どうするか考えながら、俺は信長様とともに城内に入った。

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