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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第二章 尾張統一の道程
37/101

村興し 壱

 俺が知行地となった村に赴くことになったのは、六月の半ばに入ってからのこと。清須への引っ越しなどのごたごたで、すっかり時が過ぎてしまったからだ。


 村に行くにあたって、ただでさえ徒士の上に一人では格好がつかないので、今回は新次郎も連れてきていた。とはいっても、俺が村に留まることになっても、新次郎には帰らせるつもりである。


「どのような村なのでしょうね?」


「さあ、どうだろうなぁ。どんな村であっても、あまり歓迎はしてくれないだろう」


 なんせ税を取り立てることになるのだ。税を喜んで出すなんてありえない。それが年貢であれ夫役であれ、その苦労は知っている。だけど、税を取り立てなくては自分の収入がなくなってしまう。まだ禄としての十貫文は与えられることになっているけれど、いつまでも貰えるのではないのだから。


「お聞きになっていないのですか?」


「というよりもよくわからないらしい。坂井大膳の領地であったけれど、家臣に与えられていたそうだ。村井吉兵衛殿にお聞きしても、それだけだった」


 村に赴く前に少しは知っておこうと会いに行ったら、済まなそうに告げられて驚いた。でも指出は提出されているから、大きな問題は無いだろうとのことだ。

 さすがに文句を言おうとしたが、何かあれば出来るだけ助けてくれるとのことなので、心証を悪くする必要はないと引っ込めた。


「まあ、とにかくどんな村であれ、やることはやらなければいけない」


 新次郎の背を叩き、安心させるように笑いかけて、俺は歩を早めた。









 決意を固めて来たのに、早速心が折れそうになってしまっている。


 村は一見ごく普通の村だった。しかし、田んぼはあるのにあまり田植えをしていないというのは、もうどういうことなのかまったくわからない。


 俺たち二人を見かけた子供たちが、村の中心の方へ慌てて逃げていく。


「長三郎様、これは農民たちは逃げ散ってしまったのでしょうか……」


「それなら、あの子たちもいないだろう。とにかく、村の(おとな)に話を聞いてみないと」


「そうですね……」


 落胆した様子を見せる新次郎。気持ちは同じだが、じっとしていてもどうしようもない。


 俺が歩き出すと、新次郎も慌ててついてきた。


 田んぼを見渡しても、見るからに雑草ばかりだ。途中、田んぼに手を突っ込んでみたが、人の手が入っていないのがわかる。


 そこに、子供から話を聞いたのだろう、三人の男たちが走ってやって来た。手には槍まで持っているため、新次郎が槍を構える。


「村に何のようだ!」


「この村を知行することになった道祖(さや)長三郎だ! (おとな)衆はどこにいる?」


 男たちが顔を見合わせて、俺を胡散臭そうに見た。


 馬にも乗っていないし、連れているのは元服前の子供だ。これで知行主と言われても、確かに簡単には信じられないかもしれない。でも、荷物持ちの新次郎がいなかったら余計に信じてもらえなかったと思う。


 じろじろと俺たちを観察し、相談する村人。そして、一人が走って戻っていき、残った二人がついてこいと俺たちを手招きする。


「長三郎様、如何なさいます?」


「ここまで露骨に歓迎されないとは思っていなかったな。でも、行かないとどうしようもない」


 俺が歩き出すと新次郎も戸惑いながら続いた。村人は俺たちを前後に囲って、警戒しながら案内する。


 歩いていると、あちらこちらから人が覗き見てくるのがわかる。さらに、通り過ぎたら追いかけるように後ろから追ってくるのだ。


 少し歩くと、立派な作りの家が見えてきた。堀こそ無いものの、板塀があり、まるで武士の家のようである。


「これは……」


 言葉が出てこない。はっきり言って、自分が住む清須の長屋よりも当然立派だった。


 もしかしたら、旧主が生きていて、新領主に抵抗しているのか?


 嫌な考えが浮かぶが、もはや逃げられないところまで来ている。遠巻きとは言え、追ってきた村人たちが背後を固めてしまっているのだ。逃げ道はどこにもない。


 俺は意を決して、簡素な櫓門をくぐり抜ける。視線の先には、女中だろう女が頭を下げていた。


「お待ち申し上げておりました。どうぞ、こちらへ」


 女中の案内で、家に上がると板間に通される。そこには、一人の男が下座で平伏していた。


 どう声をかければいいかわからず、とりあえず促されるままに上座に座る。


「よくお越しくださいました。我ら、まだかまだかとお待ち申し上げておりました」


 平伏したままの男は、来るのが遅いと言外に言っているようだ。


「そうか、待たせてしまったな。しかし、こちらも清須に移ったばかりで、どうしようもなかった」


「左様でございますか。それで、貴方様は本当にここの御領主であると?」


 まだ顔を上げずにいる男。俺は、新次郎にうなずき、信長様からもらった文書を出させる。そして、新次郎がそれを男に手渡そうとする。


 受け取ろうとして少し顔を上げた男が、ちらっと俺を見て動きを止める。俺も、どこかで見たことがある顔だと記憶が刺激された。


「お前は……」


「まさか、あのときの小僧?」


 わっぱではなく、小僧と言われて一気に記憶が結びついていく。


「お前は、萱津で会った足軽か!?」


 二年ほど前、大和守家と初めて戦った萱津での戦い。その時に首が取れたのに、死んだ振りをさせて逃がそうとした足軽。戻ったときにはいなくなっていたが、その足軽とここで再会するとは思わなかった。


「あの小僧が……こうなったのか……いやまさか、とても信じられぬ」


「俺もだ。死んではいないと思っていたが、こんなところでまた会うとは」


 お互い、それ以上言葉が出なかった。新次郎が、訳も分からずに俺と男の顔を交互に見る。新次郎の様子に気がついた男が、慌ててもう一度平伏した。


「失礼仕りました。それがし、村を率いている篠岡八右衛門と申します」


「村を率いる……そうか八右衛門はここに根を張る地侍なのだな?」


 地侍は、村の有力百姓である名主が、大名などの領主と結びついて侍となった者たちのことだ。大抵は周辺の地侍層と結びついて、非常事態には一揆を形成したりする。


 俺のいた村では老衆の合議によって村の運営がなされていたが、ここでは篠岡八右衛門が村長のように村を取り仕切っていたのだろう。


「その通りです。いやはやそれにしても奇縁と申しますかな」


 親しみやすそうに笑顔を浮かべるけれど、目は俺を警戒している。新次郎が持つ文書を手に取り、俺が三十貫文の知行持ちなのだと確認した。


 篠岡八右衛門が、文書を新次郎へと返す。


 返された文書を大事にしまったのを確認して、俺は篠岡八右衛門に問いかける。


「それで、村はどうしたんだ? 田植えも全然していない様子、何があった?」


 嫌がらせにしても、田植えをしないのは自分たちの首を絞めるだけだ。税も払わなければいけないし、秋から春にかけての食料だって必要になる。


 さっきまで警戒していた篠岡八右衛門の視線が急に弱気になる。


「……他の地侍衆に銭だけでなく、育てていた苗まで取られてしまいました」


 まったくの予想外な内容だった。他の地侍に取られてしまったなんて、とても信じることは出来ない。合戦などの危機的状況に、彼らは結束して物事に当たる。それなのに、銭や苗を奪うなんてことがあるだろうか。


 信じてもらえないと篠岡八右衛門もわかっているはずだ。それなのに、取られた理由を話そうとしない。


「このままいけば、税がなくても村は餓死するだろう。何も話さないのであれば、助けもしない。それでいいのか?」


「それは……」


 篠岡八右衛門も村人が飢えて死ぬことを望んでいない。不承不承といった感じで、ぽつりぽつりと事情を説明しだした。


 なんでも、弾正忠家と戦がしたくないので地侍衆に断りを入れたが、受け入れられずに銭を要求されて全てを持ち出されてしまったらしい。多勢に無勢で泣き寝入りするしかなく、村には僅かな苗しか残らなかったそうだ。そして、主君である坂井大膳にも咎められ、村は取り上げられてしまった。


 篠岡八右衛門は、新たにやって来るはずの領主と交渉して、どうにか援助してもらう考えだった。そのためなら、自分が持つ田畑を全て投げ売る覚悟だそうだ。


 村人たちは、篠岡八右衛門を信じてこれまで待っていたのだろう。そんな中で俺みたいなのが来たら、それは警戒もするし、落胆もする。

 村人たちは、俺が村を本当に救ってくれるのかどうかを品定めしていたのだ。


「事情はわかった。にわかに信じられないけれど、まあとにかく信じよう。それで、どうして弾正忠家と戦をしたくなかったんだ?」


「道祖様に…………命を……救われたから。とても、弱った弾正忠家と戦う気が、どうしても起きなかったのです」


 なんて理由だ。俺はあの状況で命を取れなかっただけだ。それなのに、首を取れと言った篠岡八右衛門は恩に感じていた。


「俺が勝手にやったこと。それに、あの状況だ。恩に感じる必要などなかったことはわかっていたはず」


「はい。しかし、村に帰ってきたら、妻が身籠っているとわかりました。そして、息子が生まれた時、命を救われたと思ったのです」


 篠岡八右衛門が額を板間に擦り付けるように平伏する。


「それがしが勝手にやったことで、村は滅びるかもしれません。勝手な願いとは百も承知でお願い申し上げます。どうか、村の者たちをお救いください!」


 救えと簡単に言うが、とても難しい状況だ。

 篠岡八右衛門は、俺ができないなら家屋敷田畑を全て売って金を工面するつもりだ。そうすれば、篠岡八右衛門だけでなく妻子も生きてはいけないだろう。


 新次郎が、固唾を呑んで俺を見守っている。恐らく、助けて欲しいのだろう。


 俺は大きくゆっくりと息を吐く。


 上に立つものとして、一歩間違えればこうなってしまう。それをまざまざと見せつけられた。そして、自分のあの時の選択が、巡り巡ってまた戻ってきている。


「本当に、この世はどうにもうまく行かないことばかりだ」


 上手く行かないから、誰もが験を担ぐのだろう。そして、これは斬るに斬れない縁で結ばれた(げん)と思うしかない。


「新次郎!」


「はっ!!」


 新次郎を自分の下に置いて一月近く。まだ慣れないこともあるけれど、今は上位者だと見せつける必要がある。


「清須に戻って、ありったけの銭を持って来るんだ。一人では運べないだろうから、孫四郎((前田利家))内蔵助((佐々成政))を捕まえて相談しろ。あと、隠してる丁銀の一枚も銭に替えるんだ。もう一枚はそのまま持って来るように」


「ぜ、銭でございますか?」


「そうだ。米に変えて運んでは余計に銭がかかるからな。とにかく、明日中には持ってくるんだ。行け!」


「承知しました!」


 新次郎が転げそうになりながら、走って行く。


 そして、俺は顔を上げた篠岡八右衛門に言い放った。


「村を案内しろ」


 とにかくやれるだけやるしかない。困ったら、村井貞勝に泣きつくしかないだろう。


 だが、この村を選んだことについて、文句を言う気にはなれなかった。

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