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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
30/101

失策す

 村木砦を攻略した後、水野藤四郎信元と織田孫三郎信光によって今川に占拠された重原城を奪還する。惜しむらくは、また鳴海城は落とすことができなかったことだが、今川の侵攻は食い止めることができた。

 信長様が率いる那古野勢は、一足先に那古野へと帰還した。そして、美濃からの援軍である安藤伊賀守守就に、またもや自らが出向いて礼を述べている。美濃からの噂では、信長様の戦ぶりに報告を受けた舅の斎藤山城守利政も大いに感心したらしい。


 だが、一方で悪い噂が尾張国内では流れている。それは、織田三郎信長と織田孫三郎信光との間がにわかに不和が生じたというのだ。

 村木砦で側近衆にまで被害が出た信長様は帰陣することを選択したが、織田信光は重原城を落とすことを主張したことによる。家臣たちの前で散々な言い争いが行われ、結局は織田信光と水野信元の二者による攻略が行われた。


 そのため斎藤利政を後ろ盾にして、叔父の織田信光を排除しようとしているなんて話も上がっている。尤も、その噂をまいているのが小姓衆の中でも口の軽い者たちであるのだけれども。

 普通なら咎められるが、今回は噂をばらまくのが目的なので、信長様はそういう小姓たちの前で織田信光の愚痴をわざとこぼしている。噂をばらまいた小姓たちは、恐らく事が終われば罷免されることだろう。


 俺も、林秀貞に呼び出されて事情を聞かれた。けれども、漏らすことは禁じられているので、はっきりと伝えることはできない。とにかく、家臣たちの統制に間違いがないようにだけ伝えるので精一杯だ。


 また、俺は織田信光との連絡役を任されており、そのために二年前共に戦った中条小一郎家忠と那古野城下で密かに会うことになった。場所は酒場の一室を用意している。


「前の戦では会えなかったが、見事な戦ぶりを話に聞いているぞ。十貫文の知行持ち、順調に出世しているな」


「小一郎殿こそ、百二十貫と聞きました。私よりも出世しているではありませんか」


「まあな」


 中条家忠が悪戯小僧のように相好を崩す。お互い順調に知行を増やしているようで何よりだ。


「それにしても那古野はにぎわっている。殿のお供で清須に行ったのだが、向こうはここと比べて寂しいものだった。人はいるのだが、活気がなくてな」


「津島と熱田の商人はこちらに来ますからね。道普請で広い道になっているのが良いようで。聞いた話ですと、津島商人たちの勧進で川にも橋が架かるそうです。そうなると、さらに人は那古野に集まることでしょう」


「それは良いことだ。それがしの聞いた話だと、武衛様((斯波義統))にも那古野のにぎわいがお耳に入っているらしく、こちらに来たいと仰っているらしい」


 それが叶えば、信長様は斯波義統を清州城には絶対帰さない。清州城を強攻できない理由がなくなるのだから。しかし、それは守護代の織田大和守信友もわかっている。意地でも斯波義統を清州城から出すことはしないはずだ。


「守護代様は大殿と仲が良くないから、大殿との和解を殿に相談されている」


 中条家忠がぐっと杯を乾す。事前に決めてあった嘘の合図だ。俺は聞き入る振りをして、空になった杯に酒を注ぐ。


「最近は大殿と殿とも不仲であるというのにな」


「ええ。私もさんざん愚痴を聞かされております。とにかく悪口ばかりで、死ねとも仰って参ってしまいますよ」


 俺もぐっと水の入った杯を乾した。悪口ばかりか、その身を心配しているくらいだ。


「恐ろしいことだ。なんとかお二人の仲を取り持たなくてはならんな」


「全くです。しかし、落ち着かれた孫三郎様はともかく、我が殿は激しいご気性。家臣が仲直りを申し上げてもお聞きになられないでしょう」


「それよ。だから武衛様を介して、守護代様を交えた三者の和解を図ろうと考えているのだ」


 杯をあおる中条家忠。そして、懐に手を入れて巾着袋を取り出して中をあらためる。


「おっと、銭が全然ないではないか。土産を買いすぎてしまった。長三郎殿、今日はこれで勘弁してくれ」


 巾着袋ごと渡してくるので、俺はためらいもなく受け取った。


「構いませんよ。次回はそちらに払って頂きますので」


「おうよ。楽しみにしておれ」


 そう言って、中条家忠は笑顔で部屋を出ていった。窓から外を眺めていると、中条家忠が家臣を引き連れて宿を出ていくのが見える。


 俺は受け取った巾着袋を開く。すると、中には銭ではなく折りたたまれた密書が入っていた。


「さて、俺も戻るとするか」


 残っている酒を少し舐める。すると、一気に顔が熱くなってしゃっくりも出てきた。これで、友人と酒を飲んでいた形が出来上がるだろう。


 俺は支払いを済ませ、水を飲んで酔いを覚ましてから報告のために登城することにした。









「孫三郎はうまくやっているようだな」


 信長様が、織田信光からの密書に目を通しながらつぶやいた。


「はい。書状のやり取りではなく、すでに清洲城内にまで入って面会しているとは驚きでした」


 すでに、織田信友と織田信光との間で信長様排除の動きは始まっている。今のところ、信長様を斯波義統による和解を口実に呼び出して、亡き者にするつもりだ。信長様を謀殺した後、斯波義統を害そうとしたなどと口実を流布するのだろう。


「いずれ武衛様からの使者が来るはずです。和解の場が絶好の機会になります。そのまま武衛様を那古野にお連れするのか、それとも守護代を亡き者にするのか。どちらになさいますか?」


「弾正忠家は守護代大和守家の家臣の家だ。その弾正忠家が、表向き非のない主家を滅ぼしては外聞が悪い。まずは、武衛に那古野城へ入城してもらうことからだな」


 なかなか一足飛びにいかないものだ。だけど一応は主家に対抗するには、必要な段取りを踏まなければいけない。それを疎かにしては、近隣諸国や家臣にも疑心暗鬼の種をまくだけになる。有無を言わせないだけの力を持っていない今は、特に気をつける必要がある。


「承知しました。返書はどうなさいますか?」


「お前の手はまだ長くはあるまい。わしの方から孫三郎に届けさせる。だが、その前に孫三郎の要求をどうするかを決めなければな」


「密書に何か書かれていたのですか?」


 中条家忠からは織田信光の要求なんて聞いていない。密書にしか書いていなかったのだろうか。


「策が成功してわしが清州城に移ったら、この那古野城は自分に任せろと言っておる」


「それは……」


 清州城は尾張の守護所であり、交通の要所になっている。那古野城よりも格式は高く、人も多い。清州城を手に入れたなら、信長様がそちらに移るのはごく当たり前の発想だ。


 しかし、今は那古野のにぎわいを他者に譲るには惜しい。信長様を支える織田信光なら信頼できるけれども、できれば直轄下に置いておきたいのが心情だ。


「新たな道普請で清須に道を通しますか? 津島からと那古野からの二つを……」


「こうも立て続けでは、商人たちも金を出さんだろう。自弁するには、吉兵衛や所之介も良い顔はしまい。さりとて、ここで断っても角が立つ」


 信長様が密書を突き出してくるので、さっと近づいて受け取る。目を通すと、確かに那古屋城を任せて欲しいとある。


 恐らくは、那古屋城を欲しいというよりかは、弾正忠家の重要拠点なのだから自分に任されて当然だと考えているのだろう。出過ぎた言い分に、信長様がよく怒らなかったくらいだ。しかし、それが許されるくらいに織田信光は弾正忠家で力を持っている証左でもある。


「この那古野城は城代を置いて管理するべきです。孫三郎様とは言え、今や一家臣に与えていい城ではなくなっています」


「わかっておる。さて、どうしたものか」


 断れば引き下がるだろうが、こんな大事な時に心証を悪くしたくない。かといって空手形を切るのも問題だ。


「仕方がありません。ここは、一度お認めになるべきでしょう。ただし、城をお移りになるのは、道普請や清州城下が整ってからにされるのです。守護所の復興には銭がかかります。これを工面するために那古野はひとまずそのままにし、復興でき次第に孫三郎様にお譲りすると」


 先延ばしにしかならないけれど、清須は尾張一の場所でもあるのだ。那古野に匹敵するか、それ以上の規模になれるはず。その土台が出来上がるまで引き伸ばす。


「やはりそうなるか。だが、やはり今は保留としておこう。まだ武衛を清須から引き離すところまでしか進んでおらん」


「……いえ、もしかしたら、孫三郎様はここで一気に清須を落とすつもりなのかもしれません」


 方法はわからない。けれども、こんな気の早い要求をするくらいなのだから、相当な自信があるはずだ。


 寺本城で使った手と同じ、味方の振りをして城内に入って占拠する。織田信友を排除した後は、取ってつけた言い分を流布するつもりなのだろう。

 ちゃんとした大義名分さえあればそれでもいいのだろうが、いまは大義名分がない。


「孫三郎への返書で重々言い添えておく。くれぐれも軽挙に走らないようにとな」


「次に中条小一郎殿と会う時は、こちらの考えを伝えてもっと話を詰めておきます」


 バラバラに動いて、連携が取れないことだけは避けるべきだ。


 信長様がうなずくので、俺は紙と墨の用意に取り掛かる。この時は、策が失敗するとは露とも思っていなかった。それも、策がほぼ最悪の形となって信長様に降りかかってくるとは。









 天文二十三年四月、尾張守護である斯波義統が暗殺される。守護代織田信友は、この犯行を織田信光によって行われた弾正忠家の陰謀であると断定し、織田信長討伐の兵をあげた。

 織田信長も直ちに軍勢を那古野城に集結させた。しかし、守護暗殺の主犯とされているため、兵はなかなか集まらず、その数は五百に過ぎなかったと記録されている。

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