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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
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賽占い

 たくさんの松明が煌々と燃え、辺りを照らしている。そして、灯りに負けじとばかりに男たちは大騒ぎしていた。


 村木砦は夕刻前に陥落。織田・水野連合軍は勝利の宴を開いていた。


 今回の戦で最も功績を評価されたのが、陣借りに来ていた森三左衛門尉可成だ。彼は、美濃守護であった土岐頼芸の家臣だったらしく、斎藤山城守利政によって主君が追放されてからは仕官を求めて各地を移動していた。


 信長様はこの森可成の武勇を気に入り、知行百五十貫で召し抱えられた。当然やっかみを受けそうなものを、砦一番乗りだけでなく、内部での戦闘でも武者振りを示したことで大いに歓迎を受けている。前田孫四郎利家などは、槍の手ほどきを求めるほどに心酔していた。


 手柄話で盛り上がるなか、俺と佐々内蔵助成政は少し離れてその様子を見ている。


「まったく孫四郎のやつは悔しくないのか。もうちょっとのところで手柄を先に取られたのだぞ」


「悔しさを差し引いても、森殿はすばらしい働きだったよ。もういいじゃないか、内蔵助だって恩賞にありつけたのだから」


「そうは言うがな、悔しいものは悔しい。お主だって、五貫文の加増では満足いかんだろう?」


 首級こそあげることはできなかったけれど、先頭きって突撃して砦攻略のきっかけになったということで加増のうえ、寺本城から回収した丁銀もいくつか褒美として与えられた。


「俺にはまだこれで十分だ。姉しかいない俺には、とても知行を貰っても管理できないから」


 すると、佐々成政が目を吊り上げて俺に指を突きつけてきた。


「そんな考えではいかん! 知行を貰ったら、家臣を召し抱えれば良いのだ。信頼できる親族がいないというのを理由にするな」


「簡単に召し抱えればいいと言うがな、人脈もないのにどうすれば良いってんだ?」


「上役に相談して紹介してもらえばいい。長三郎なら……例えば池田勝三郎殿だ。ただ、ちゃんと相手を選ばないと、相手に頭が上がらなくなって手柄も横取りされることもあるかもな。」


「紹介か。あまりやりたくないな、それは」


 それなりの知行を持つなら、ちゃんと意思統一できた家中を形作る必要がある。それなのに安易に他家の人間を入れてしまっては、他家の意思が介在してしまう。


 俺は水を入れた瓢箪をあおった。そして佐々成政が、思いついたように拳で手のひらを打つ。


「では結婚だな。姉が未婚だろう? 自分よりも小身の者に嫁がせて、配下にする」


 姉ちゃんを嫁がせる!?


 口に含んでいた水をつまらせながら飲み込む。


「何を変な顔しているのだ。そんなおかしなことではあるまい。噂で聞いただけだが、嫁いでいてもおかしくない年なのだろう?」


「いや……それは……」


 姉の結婚については考えないようにしていた。ずいぶん前に(たえ)の態度が気になって好きな人がいないのか聞いてみたが、良い人がいないと笑って、長三郎が考えてなんて言うからだ。姉の結婚相手を俺が考えられるわけない。


「もしくは、お前が嫁を迎えるかだ。誰ぞ良い娘はいないのか?」


「別に……いない」


「何だ、おらんのか? つまらん奴だ。しかしまあ、十貫だと、嫁はそう急ぐこともないか。しかし、そろそろお前を取り込もうとするのもいるかもしれんから気をつけるのだな」


 結局、家中を作るのは難しいということだ。前田利家や佐々成政のような次男三男なら、実家の伝手を使って家中を作れる。けれど、俺のような成り上がりには大きな壁だった。

 親族がいないため、仕官を求める牢人を召し抱えるか、結婚で結びつくか。どちらにしても難しい話だ。


 そこにちょうど池田恒興がやって来る。


「難しい顔をして、顔の傷でも痛むのか?」


「まあ、傷は少し痛みますけど……」


 蒲黄(ほおう)で止血した矢傷は、戦の後に傷口を水で洗って布を巻いただけの状態だ。仲間の小姓衆にはもっと重傷だったり死んだ者がいるのだから、これで済んで幸いだった。


「殿がお呼びだ。元気ならすぐに参上してこい」


「わかりました、行ってきます。内蔵助は勝三郎殿に変なことを吹き込むなよ」


 俺が忠告すると、佐々成政は早く行けとばかりに手を振る。


 小走りで信長様の陣幕に向かうと、背後から池田恒興の大笑いが聞こえてきた。


 内蔵助のやつ、俺を笑いの種にしているな。


 苛ついたけれど、今は信長様の呼び出しが優先だ。俺は苛つきを抑えるために、走る速度を早めた。









「長三郎、来たか」


「はっ、お呼びにより参上しました。如何されましたか?」


 陣幕の中では、信長様が絵図の前で座っていた。


「今川はどう出る?」


「このまま引き下がるとは思えません。重原城を足がかりに刈谷城を落としに来ます。そうなる前に、重原城を落として、以前の状態に戻しておくべきです」


「それでまた時間を稼ぐか」


「信長様の勢力は以前より増しています。このままいけば、今川に対抗できるようになりましょう」


 道普請のお陰で熱田、津島との結びつきはより強固なものになっている。那古野には人が集まりつつあるし、順調に弾正忠家は勢力を伸ばしていた。


「時間をかけてはいられなくなった。どうやら、今川は武田だけでなく、北条とも同盟を果たすつもりのようだ。藤四郎が、捕虜共から聞き出した。それにやつらめ、どうも武田と北条とも同盟を結ばせ、後顧の憂いを完全になくすつもりらしい」


 ついに本格的に今川・武田・北条の三国同盟が形を結ぶ時が来たのだ。今川は何の心配もなく尾張まで来ることができるようになる。桶狭間の時期を考えると、もう少し後になっての成立と思っていた。


「随分と素早い対応ですね。やはり今川には先手を取られてばかりだ」


 弾正忠家も武田と交渉しようとした途端に、今川と武田の婚姻同盟が成立してしまった。そして、こちらから三河に攻め入るには尾張国内が政情不安定過ぎて無理だ。


「奴らが来る前に態勢をさらに強固なものへとする必要がある。狙うは――」


「清須」


 信長様が満足な笑みを浮かべる。


 まあ、実際は清須しか狙いようがない。尾張上四郡を支配する織田伊勢守家とは緊張状態が続いているが、攻め入るにはそれなりの大義名分が必要だ。弾正忠家内での争いは信長様自身が嫌がるだろうし、信長様を助けている織田信光だって許しはしない。

 残るは清須の織田大和守家だけだ。そして、守護斯波義統を手中に収めれば、政治的意義はとても大きい。そして、今はその斯波義統が邪魔になっている。


「清須の織田信友とは武衛様((斯波義統))によって和睦が結ばれています。これを覆すのは、難しいと言わざるを得ません」


「それを考えるのがお前の役目だ。寺本を落とした才知を見せてみよ」


 さて、どうしたものか。こちらから和睦を破るのは論外だ。向こうから破ってもらわないといけない。そのためには、寺本城のようにまず向こうに近づく必要がある。


 寺本城は熱田商人が味方になるふりをして、中に入り込むことができた。でも、同じことは清須では難しいだろう。商人たちが信長様に味方しているのは清須ではわかりきっていることだ。行っても怪しまれるだけ。

 現状だと、怪しまれずに大和守家に入り込めるのは、信長様に反発している織田勘十郎信勝か弾正忠家の旧臣たちの勢力だ。残念なことに、どちらにしても暖簾を貸してはくれまい。

 現状いないのであれば、作り出すしかないだろう。


「清須に怪しまれることなく入れて、裏切らない味方が必要です。筆頭家老の林秀貞様をお使いになっては如何でしょうか?」


 林秀貞は、信長様を裏切るかもしれないが弾正忠家を裏切ることはしないはずだ。ちょうど弟の林美作守は信長様に反目している。これを利用したら、清須を動かせるかもしれない。


「秀貞か……いや叔父上、孫三郎を使うべきだろう」


「孫三郎様は信長様の後見をしているのです。清須が信用しないのではありませんか?」


「意見が合わず、わしを見限ったことにすれば良い。甥二人を見限って織田孫三郎信光こそが弾正忠家の主にと、清須に信じ込ませるのだ」


 織田信光を使うのは良い考えのような気がする。でも、大物過ぎないかとも思うのだ。織田信光は弾正忠家における第二位。今まで信長様をよく補佐してきたのに、ここで裏切るというのも変な気がする。


 俺が納得できないでいると、信長様は眉間にしわを寄せて明らかに機嫌を悪くした。


「何かいいたいことがあるのか、長三郎?」


「……はい。孫三郎様では、難しいと思います。現状、意見の相違で信長様を裏切るような人物と思ってはくれないでしょう」


「だから秀貞か? 話しにならんな。あいつではそもそも清須が動くまい。大魚を釣るには、相応しい餌を用意せねば食いつかんのだ」


 確かに、信長様の言うことも尤もだ。林秀貞では食いつかいないかもしれない。だが、そこは持っていきようがあるはず。


 このままいけば、平行線にしかならず、また賽子勝負で決めることになりそうだ。だけど、占いの一環と考えても、勝負には変わりない。俺と信長様だけの問題ならそれで構わない。

 だが、周囲の人たちも巻き込むことになるのだ。周囲の納得を得るには、この時代にない新しいやり方が必要だと思った。だから、寺本城での賽子勝負から、何がいいか考えていた。


「信長様」


 俺が居住まいを正して向き直ると、信長様も不機嫌な顔を引っ込めて、俺に相対した。そして、俺がサイコロを取り出すと、信長様が近くに置いてあった椀を手に取り、絵図の上に置く。


 もうお互いやることはわかっている。けれども、今日は勝負するのではない。


「今日は……勝負ではありません。占いをして吉凶を読み取ります」


「どういうことだ? いつから易者になった?」


「今日の戦、頭を射られそうになりました。当たらなかったのは道祖神が導いてくださったからです。その時に占いを閃きまして」


 傷を指差しながら嘘を並べる。当然、そんなことはあるわけがない。だけど、死んだ父に教えられたと言うよりは、名前の由来になった道祖神の方が良いだろう。


 信長様は怪訝な顔をしているが、否定する様子は見られないので説明を続ける。


「まずは占いたいことを宣言して下さい。そして、奉納銭を賭けて頂きます」


 目で訴えると、信長様は丁銀を取り出した。


「孫三郎を使って清須を落とす」


 信長様が丁銀を椀の隣に置く。


「では、易者である親からまず振ります。使う賽子は三つ」


 俺が椀の中にサイコロを振り入れる。プラスチックと木の椀が、乾いた音を響かせる。


 音が鳴り止むと、サイコロが出目を示した。


「親の目は六・六・三。この場合、親の出目は三となります。二つの賽が同じ目を出したら、残り一つの賽の目が出目です。当然、数が大きい方が勝ちになります。振れるのは三度まで。三回までに二つの賽が揃わなければ、出目なしとなります。また、賽が椀から出ても出目なしの一回となるのでご注意を」


「ほう……やってみよう」


 信長様が、自らの賽子を取り出した。念を込めるように、賽子を拳の中で握りしめている。


 そして、椀の上で拳を開いて、賽子を椀に落とす。真上から落とされた賽子は、あまり転がることなく、椀の中で二・三・五の目を示す。


「子の出目はなし。もう一度振って下さい」


 椀の中の賽子を取り出し、今度は手のひらの上で転がす信長様。やがて、手のひらを返して賽子を椀の中に振り入れた。

 何度も賽子と椀がぶつかって音を鳴らす。音が止むと、示した目は四・四・三。


「子の出目は三。……引き分けになります」


 まさか、最初から引き分けになるとは思わなかった。これは、どう言ったものか。


「分けか。勝負ではなく、吉凶を読み取るのであったな。これはどう読み取るのだ?」


「そうですね……うまくいくかは五分五分。もしくは、一つを手に入れるが、一つを失うとも読み取れます」


 中途半端な答えだ。だが、俺自身も初めてなので困ってしまっている。もうちょっと他で試してからやるべきだった。


「そうか。で? この銀はどうする?」


「分けなのでそのままお持ち下さい。親が勝った時のみ、奉納銭を納めて頂きます。奉納銭は、道祖神への供物の調進費用にします」


「よし、ならばもう一度だ。お前の言う林秀貞を使って、清須を落とす」


 信長様が一度手に取った丁銀を、もう一度椀の隣においた。それを見届けて、俺は自分のサイコロを手に取った。


「わかりました。では振ります」


 気合を入れて、サイコロを椀に投げ入れる。すると、乾いた音が鳴ったら、一つが飛び出してしまった。


「……しょんべんです。サイコロが飛び出たので、親の出目なし。ではもう一度」


 気合が入って、勢いをつけすぎてしまった。もう一度、今度は慎重に椀の中に投げ入れる。


 出た目は一・一・五。


「親の出目は五になります。どうぞ、お振り下さい」


 俺が自分のサイコロを椀から取り出すと、すぐに信長様が自分の賽子を椀に振り入れた。幾度もサイコロが転がって、示した目は四・四・一。


「子の出目は一。親の勝ちになります」


 椀の横に置かれた丁銀を手に取り、ほっと安堵の息を吐く。これで負けたら、目も当てられない。


「孫三郎様は分け、林様は親の勝ち。吉凶を判断するなら、林様をお使いになったほうが吉となります」


「なるほど。吉凶を読み取るとはよく言ったものだ」


 信長様が腕を組んで、どうするかを考えこんでいる。今までの勝負と違って、ただの勝ち負けではないからだ。

 別にこれで、林秀貞を起用してほしいわけではない。それに、信長様に嘘をついたことは気が引けてしまう。しかし不安要素があれば、信長様はより慎重に考えたり、うまくすれば他の意見を受け入れるきっかけになるかもしれない。


「所詮は占いだ。清須を落とすのは孫三郎を使う」


「承知しました。では、孫三郎様をお呼びして、詳細を詰めましょう」


 サイコロをしまい、立ち上がる。


 まあ、仕方がないだろう。これでうまくいけば、みんな苦労はないのだから。


「長三郎」


 織田信光を呼びに行こうと振り返ったところで呼び止められた。


「何でしょうか?」


「良い占いだが、他ではやるな。必要とあれば声をかける」


 それは……このチンチロリンもどきの占いを気に入ったということなのかな?


 意外な言い付けに、頭がついていかない。信長様は微動だにせず、俺を真っ直ぐ見つめてくる。


「わかったな?」


「かしこまりました。仰せの通りにします」


 釈然としないけれど、信長様の命令とあれば命令どおりにするのが務めだ。


 信長様が頬杖をついて目を閉じる。さっさと呼びに行けということだろう。


 俺は小走りになって、織田信光を呼びに行った。

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