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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
28/101

村木砦 肆

 村木砦は北側は通行困難な要害であり、守備兵はいないが攻めるのは難しい。東側が大手門で、西側が搦手門という配置。両門共に堀で守られている。そして、緒川城に面する南側には瓶腹に掘り下げられた大堀があり、守りに易く攻めるに難い。


 水野藤四郎信元の説明に、思わず頭を抱えそうになる。今川は相当力を入れてこの砦を築いたようだ。

 大手門は正門だけあって頑丈に作られている。それに、頑丈な正門に続く道は細く、矢などの攻撃にも晒されやすくなっているはずだから突破は簡単ではない。また、裏口とも言える搦手門は小さく狭いけれど、それだけ防備をしやすいようになっている。

 そして、堀には水が巡り、門以外の道を閉ざしていた。南の大堀は遮蔽物のないところを突っ切らないといけないので、通り抜ける者は矢の的になる。


 この自然地形を利用した頑強な砦を、一刻も早く落とさなければならない。


三郎殿((織田信長))、やはり東と西に戦力を集中するべきでしょう。大手門は我らが攻めます」


「では西の搦手はこの信光が受け持ちます」


 水野信元、織田信光の両者が攻撃の詳細を詰めていく中、信長様はじっと考え込んでいる。


 残っている攻め道としては南のみ。そこから攻撃すれば、両門の攻略もやりやすくなる。だけど、生半可な攻撃では無視され、肉薄すれば多くの被害を蒙るだろう。

 しかし、攻める価値はあると思う。確実に陥落させるには有効な手段だ。犠牲にさえ目をつむるのなら。


 信長様がちらりと俺に視線を送ってきた。考えていることは同じ、南から攻めるかどうか。俺は、僅かに首肯する。


 門からの攻撃だけでも犠牲は出る。長引かせてじわじわ犠牲を増やすか、強攻して短期間に犠牲を出すかの違いだ。それなら、ここは全力で攻めるべきだろう。あとは、攻め落とせないことがないようにするだけ。


 信長様は、砦の簡易な絵図を指差して注目を集めてから、口を開いた。


「東と西だけでは落ちん。日時を費やすのみで、被害が増えるだけだ。わしが南から攻める」


「危険ではありませんか?」


「危険は承知している。今川侵攻の芽は早めに摘んでおきたいのだ。愚図愚図していると奴らがやって来る」


 信長様の懸念は当然皆の頭にもあった。早く攻め落とすに越したことはない。それでも、南側から攻めるという危険を犯すだけの効果があるのかは疑問だ。


「力攻めにして砦を潰す。堀を埋めるため、俵に詰め物をして埋め草を用意しておいてくれ」


「すでに用意させていますが、数を増やしておきましょう。矢盾も揃えます」


「よし。城攻めの一番乗りには十分な恩賞を取らせる。足軽共にも、十分に触れ回っておけ」


 野戦での一番槍、城攻めの一番乗りは特に評価される功名だ。真っ先に敵に向かっていった勇気の証明であるし、突破口を開いて勝利に導いた仕事にもなる。ただ、あまり煽りすぎると、抜け駆けが起こって喧嘩などの問題も生じてしまう。

 また、仕官を求めてやって来た陣借りの輩にも注意しないといけない。功名心に逸って行動する連中も多いから、戦闘の邪魔になることもあるだろう。


 でも、明日にはそうした連中が役に立つはずだ。









「あの陣借り連中、やるな」


 村木砦の堀は見かけ以上に厄介だった。深くはないが泥田堀になっていて、動きが阻害されている。


 そんな中で、陣借りの面々は果敢に堀を越えようと突撃していった。多くが矢に倒れていく中、堀を越えそうな集団がいる。でも、そこから先は坂になっていて、櫓からも狙われやすい。柵まで到達するには人数が足らない。


「もっと進んでくれたら、俺たちはもっと楽だった」


 前田孫四郎利家の賞賛に、俺は本音で返す。これから俺たちは堀に突入して、越えなければならない。先行した陣借り連中と同様に矢の雨が振ってくるのは確実だ。少しでも柵に近づいて攻撃を分散してくれたらと思う。


「ああ。だが、そうしたら奴らが一番乗りだったかもしれん。陣借りの奴らに手柄を持ってかれるのは面白くない」


「命を懸けさせても、様子見だけで手柄をあげる気はないってことか。さあ、俺たちもそろそろだろう」


 俺が矢盾を手に持ち、前田利家が槍を持ち直す。


 丹羽五郎左衛門尉長秀の周りに盾持ちが集まり、そして埋め草を抱えている者たちもいる。


 盾で守りを固めながら、埋め草で堀からあがる道を作る。当然、矢が集中してくるはずだ。


「進めぇ!」


 丹羽長秀が怒声を張り上げる。那古野勢が一気に前進を始めた。


 俺も前田利家とともに堀に駆け出し、泥に足を踏み入れる。数十メートル進むだけなのに、これのせいで思うように動けない。


 そして少し進むと、抱えていた矢盾にさっそく矢が突き刺さる。


「孫四郎! 盾から出るなよ!」


 周囲の叫び声に負けじと後ろに怒鳴るが、返事がない。


「おい、孫四郎!」


 首だけ後ろを振り向くと、知らない別の足軽が俺の盾で守られていた。


「前田孫四郎はどこだ!?」


「知らねぇよ! 前が空いたから詰めただけだ!」


 おいおい、まさか前田利家がこんなとこでやられたってのか? そんなはずないだろ。


 そう思い、顔を巡らせるけれども飛んでくる矢から逃れようとめちゃくちゃになっていて見つからない。そして、そのために足元をちゃんと見れていなかった。


 陣借りの死体につまづいて、盛大に転んでしまったのだ。死の恐怖に気が動転し、立ち上がろうともがくが上手くいかない。


 このままでは矢に当たるか、味方に踏み殺されてしまうと思ったところで、肩を掴まれて起こされる。


「生きてるか、長三郎!」


「孫四郎! どこに行っていたんだよ!?」


「すまんな、知り合いが矢に当たったので助けていた」


 知り合いが誰なのか尋ねる前に、強引に矢盾の後ろに引っ張り込まれた。


 次々と矢が風切音を鳴らして飛来し、矢盾すら何本も貫通している状態だ。


「矢など構うな! すすめぇ!」


 号令をかけながら進み続ける丹羽長秀の周囲には特に矢が飛んできている。矢盾を構えている足軽たちも次々と倒れていった。

 それでも、足軽たちの前進は止まらない。倒れていた者たちも、矢が刺さったまま立ち上がって矢盾を拾って前進を続ける。


 そして、ようやく堀の端に到達し、掘り下げられた箇所に身を隠す。矢盾を空にかざして、山なりに飛んでくる矢を防ぎ、埋め草を運ぶ足軽たちを迎え入れる。


 そんな中に一人の武士が、俺と前田利家の間に滑り込んできた。肩には矢が突き刺さっている。


「おお、内蔵助(くらのすけ)! 生きていたか!」


「お陰様でな」


「そいつが道祖長三郎だ。長三郎、こやつがさっき言ってた知り合いの――」


「佐々内蔵助成政だ」


 佐々成政が俺の肩を叩く。


「挨拶は戦の後に、手柄比べをしながらゆっくりとな!」


 そうしている間に、埋め草が積み上がっていき、堀を越えやすい高さになってきた。


 十分越えられるようになったところで、ボロボロの矢盾を構えて堀の上に足軽が昇っていく。


 だが、近づいた分だけ狙いやすく、さらに前面以外にも斜め方向から矢が飛んでくるので、矢盾で防げずに堀に落ちてくる者が続出した。


「駄目だ! 矢が激しくて上がれないぞ」


「盾をもっと増やして前進するしかないだろ!」


 あちらこちらで同じ状況になっていた。上がらせまいと攻撃が集中しているので、各箇所で大堀を突破しているが、そこから先に進めない。どこか一箇所でも柵に肉薄できれば状況は変わるのだろうが、なかなか難しい状況だ。


「どうする!?」


 どうするなんて聞かれても、どうしろっていうんだ。


 怒鳴り返しそうになるのをぐっと我慢して、怪我によるうめき声を聞きながら必死に考える。


 だが、思考を邪魔するように鉄砲の音が鳴り響いた。音の鳴った方を見ると、滝川左近一益率いる鉄砲衆が堀の端から矢盾に隠れながら射撃を始めている。敵を鉄砲によって牽制してくれているのだ。

 滝川一益の号令によって一斉に放たれる鉄砲で、ふと閃く。


「よし! 全員で一斉に突撃しよう! 雄叫びを合図に一緒に突撃してくれと左右に伝えてくれ」


 俺の指示が、堀伝いに左右へ伝えられていく。そして同様にして、丹羽長秀からも先陣は任せるとの伝言が届けられた。お墨付きを貰えたことで、みんな動いてくれるはずだ。

 あとは鉄砲の射撃を見計らって駆けるだけ。


 心臓が高鳴る中、鉄砲衆の動きに注目する。対岸とは連絡が取れないので、射撃の直前に飛び出して援護射撃を受けられるようにこちらで調整するのだ。

 それでも、真っ先に飛び出していく俺たちは援護を受けれない可能性が高い。


 周りの全員が俺を注視している。緊張で震えそうになるのを、奥歯を噛み締めてなんとか堪え続けた。


 そして、鉄砲衆が火薬と鉛玉を押し込めた朔杖(かるか)を引き抜いたところで、俺は隠れていた場所から飛び出した。


「突喊! 行くぞぉおおおお!!」


 俺に遅れず、みんな喊声を上げて突撃を開始した。埋め草を踏み越え、矢盾も持たずに坂を駆け上がっていく。


 左右を見る暇もないが、お雄叫びが聞こえることからうまく突撃してくれているはずだ。


 そう思っていると、はっきりと自分に向かって矢が飛んで来るのが見えた。真正面から、ちょうど頭に突き刺さるように飛んでいる。やけにゆっくり飛んでいて、簡単に避けられるのではないかと思う。

 でも、体もゆっくりしか動かず、直撃する頭はピクリとも動かない。


 姉の顔が浮かび、信長様や帰蝶様、(たえ)たちの顔も浮かんでくる。そして、もうおぼろげになりつつあった父の顔がはっきり思い出された。ぶっきらぼうで、見るからに不機嫌そうな顔。いや、当人は死んでいるというのに、初めて見る本当に怒った顔だ。

 父の口が動き、怒鳴られると思ったら、今まで動かなかった頭がすっと動いてくれた。


 その一瞬後、矢が鋭い痛みとともに顔を掠める。血が止めどなく流れて片方の視界を塞ぐ。そのまま構わず走り続けるが、不安定さから後続の仲間にどんどん追い抜かれていく。そして、ついに先頭が砦の柵に肉薄した。


 敵が突き出してくる槍を受けて味方が崩折れるが、次の味方が槍をその敵に槍を突き刺す。仲間が次々と柵に肉薄して槍を突き出したり、柵を壊そうとあがく。


 俺もようやく柵に到達し、味方が槍で敵を遠ざけている間に刀で柵を結んでいる紐を切ろうとする。慣れない片目では斬るのにも手間取ってしまう。


「早くしろ! 他の奴らに一番乗りされるぞ!」


「内蔵助は黙って槍を突き出しとけ!」


 佐々成政の催促に、思わず怒鳴り返す。いくつかの紐を斬ったところで、何人かで柵を蹴って壊そうとする。

 すると隣の突撃箇所から声が響いた。


「我こそは森三左衛門尉可成(よしなり)! 村木砦に一番乗り!」


 聞いたこともない名前だ。もしかしたら陣借りの一人かもしれない。


 声のした方が気になるけれど、今は目の前のことに集中するべきだった。やがて柵が壊れ、俺たちも砦内部に突入する。


 俺は刀で敵の足軽に斬りかかるが、うまく距離感をつかめない。近接しても簡単に押し退けられてしまう。


 血を拭うけれど、すぐに血が流れてまた視界を塞ぐ。このまま戦い続けても返り討ちになるかもしれないので、一旦後退する。


 そして、物陰に隠れて腰袋から滝川一益から勝ち取った蒲黄を取り出した。もう一度血を拭ってから、黄茶色の粉末を手にとって傷口に擦り付ける。分量なんてわからないのであるだけ使い切る。

 少なくても、血で目を閉じないといけないということはなくなった。


 俺は落ちていた槍を拾い、前田利家や佐々成政に追いつこうと駆け出した。


 天文二十三年一月二十三日、今川によって築かれた村木砦は一日で陥落する。

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