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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
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村木砦 弐

 信長様が要請した美濃からの援軍は、すぐに派遣されてきた。安藤伊賀守守就が率いる兵一千が、正月廿日には那古野城の近くに陣取りした。


 信長様は自ら陣まで出向くという厚遇を見せる。


「よくぞ来てくれた。岳父殿にも信長が感謝していたと伝えて欲しい」


「ははっ。我が殿よりくれぐれも織田信長様のお力になるように命じられております。名にし負う今川との戦、腕が鳴りまする。何でも御下命下され。ささ、どうぞこちらに」


 安藤守就が床几を勧めるが、信長様はやんわりと首を横に振った。


「この後にすぐ軍議なのだ。長居はしない。そなたたちには、この那古野を守ってもらうことを伝えにきた」


「それは……」


 安藤守就が驚きの顔を隠せないでいる。


 自分たちは当然戦の矢面に立つ気でいたのだ。それが、那古野での留守を言い渡された。


「よろしいのでしょうか? その、我らに大事な城をおまかせ頂いて……」


「ああ、問題はない。那古野をそなたらに任せれば、周囲も我らの結束を知るだろうからな」


「なるほど……承知いたしました」


 安藤守就は合点がいったという顔をした。


 信長様と敵対すると、美濃一国を同時に相手することになる。それを周囲にわからせれば、無闇に攻撃してくる輩は少なくなるだろう。


「詳しくは所之介と相談してくれ。急ぐのでわしはこれで帰らせてもらう」


 同道していた島田秀順が進み出て、早速安藤守就と打ち合わせを始める。


 たったそれだけで、信長様は那古野城へ取って返す。もうすでに信長様とともに舟にのる軍勢は集結していた。あとは熱田に移動して、舟で知多半島に移動するだけだ。


「長三郎、熱田の吉兵衛から連絡はあったか?」


「はい。兵を五・六百程度送れるだけの舟を確保したとのことです」


「ほう……それほどの舟を集めたのか」


 正直、多くの舟を集められるとは思っていなかった。しかし、それだけの兵を送り込めるのなら、砦を落とせる確率は上がる。


「それと、鳴海に向かった三郎五郎((織田信広))様が一戦交えたと早馬が来ました」


「よし。では、行くぞ」









「私は反対です! この那古野城を美濃の連中に任せるなど! 我らが城を離れれば、すぐに城を奪いに来ますぞ」


 林美作守が大声を上げる。その周囲には、同調する者たちが集まっていた。


「落ち着け、美作。すでに我らが話し合って決めたことだ」


「話し合いなどなかったであろう! 第一、前の軍議でも一方的に舟での渡海を決められ、口も挟めなかったそうではないか!? もう兄者は下がっていてくれ!!」


「お前こそ下がれ! 殿と孫三郎様の前で見苦しいことをするな」


 林兄弟が言い合いを続ける。もうすでに兄弟喧嘩の様相を呈しており、信長様と織田孫三郎信光も呆れ顔になっていた。

 安藤守就の陣から戻り、出陣前の軍議で那古屋城を安藤守就が守備することが告げられるとすぐにこの有様だ。


「聞けば、寺本の城が今川に寝返ったらしいですな」


 織田信光が、林兄弟の言い合いを他所に、信長様と佐久間半羽介信盛と相談を始めた。


「それがしも聞きました。緒川城に行くなら、熱田から寺本まで舟で行き、緒川を目指すと考えておりました……」


 寺本城は、伊勢湾に面する土豪の城だ。漁村を抱えており、海上交通に対して通行料の徴収などを行っている。言ってみれば海の関所の一つ。そして、通行料を払っていなければ、海賊に早変わりする。


 そして、本来なら寺本城膝下にある漁村に上陸するはずだった。


「厄介なことだ。これでは、舟で行くのも危険だぞ。殿、如何なさいますか?」


「……寺本でなくとも、渡海出来るところはいくらでもあろう。浜辺に上陸し、緒川城に移動する手もある」


 信長様は考えを翻す気はないようだが、当てが外れたと思っているだろう。


 湊に舟が付けれないのであれば、浜辺に上陸するしか無いだろう。しかし、そうなっては上陸に手間取る上に、身体や武具などを濡らしてしまう。一月という寒い季節に体を濡らしていては行軍や戦にも差し障る。


 できれば、そんな無駄なことをせずに村木砦に攻めかかりたい。


「大野城の佐治殿に協力を頼めないものか。彼に寺本を落としてもらえれば……」


「火急の時にいささか遠すぎる。余計に日を費やすのみで、益はなかろう。もう鳴海では戦いが始まっているのだから、一刻も早く行動しなければならん」


「では、やはり浜辺に上陸しかないということですな」


「どの浜が良いか、熱田で水夫(かこ)に聞くしかなかろう」


 三者の話し合いで、方針が決められていく。そこに、林美作守が割り込んできた。


「もはやこの戦にはついては行けぬ! 我らは帰らせてもらう!」


「待て美作!」


「もう良い、秀貞。戦に出ようともしないような者共は放っておけ」


 ぞんざいに信長様が言い渡す。その口ぶりは面倒で仕方がないといった感じだ。


 みるみると林美作守の顔が赤くなる。どうにか反論を押さえ込んだ様子で、足音を鳴らして帰ってしまった。それに幾人もが続く。


「弟が失礼しました。申し訳ありません」


「もはや構わん。だが、秀貞にも留守居を命じる。帰陣した奴らが変な気を起こさせないようにしておけ」


「承知しました」


 平伏する林秀貞。


 まあ、林美作守が帰っても問題はないだろう。何せ、考えていたよりも多くの兵が動けると言っても、集まった兵はそれよりも多いからだ。

 舟に乗れない兵は、そのまま鳴海方面に向かうはずだった。それが少なくなるだけなので、どうとでもなる。あくまで鳴海攻めは囮なのだし。


 だけど、どう考えても自分勝手に戦線離脱するのは許されない。いくら不要といっても、信長様が怒り出さないのは珍しいを通り越して、何か考えているのではないかと勘ぐってしまう。


 許しをもらった林秀貞も、落ち着かない雰囲気を出している。


 信長様は一体何を考えているのだろうか。どうも平手政秀の事があってからは、考えがすれ違ってばかりで読めなくなっていた。


「明日早朝に出陣する。準備を整えておけ」


「はっ!」


 全員が平伏し、次々と広間から出ていく。俺は信長様に視線を投げ掛けられたので、その場に留まった。


 そして、他の小姓衆も準備のために下がったところで、信長様の正面に進み出る。


「何か手はあるか?」


「浜に上陸する以外には、大高城か寺本城しかないでしょう。しかし、大高城は鳴海に近いので気づかれる可能性が高い。寺本城が理想ですが、裏切ったとあってはどうにも……」


「寺本城に攻め入るのも手か」


「想定以上に兵を送れるのですから、それは可能かと」


 いや、できれば消耗したくないし、不慣れな海戦になるかもしれない。なら、無事に漁村につくためには、迎え入れてもらう必要がある。


「熱田の商人たちは寺本城主の花井と繋がりはあるのでしょうか?」


「無論あるだろう。それがどうした?」


「熱田の加藤家の力を借りたいと思います。うまく行けば、損害を蒙らずに寺本城に入れます。最悪の場合は、強襲になってしまいますが……」


「よし、詳しく話してみよ」


 信長様は楽しそうにしているが、そんな大掛かりなことを考えているわけではない。敵として行けば当然門を閉ざされるが、味方であればとりあえずは門の中に入れてもらえる。


 だから味方のふりをして、中に入れてもらうのだ。









 喉にまで上がってきた嘔吐感を我慢できず、船べりから身を乗り出す。


「おいおい、大丈夫か」


「おえっ、大丈夫じゃ……ないです……」


 俺が落ちないように肩に手を添えてくれた。


 その間も舟は揺れ続け、もう胃の中に残ってるものはないだろうに喉に何かがせり上がってくる。


「すいません、滝川様」


「気にするな。舟に乗れば、そうなるやつは多い」


 信長様の下で、鉄砲衆を指揮する滝川左近一益。今回、寺本城に潜入する役割を担う。発案者である俺がやるべきかと思ったが、十六では若すぎるということで滝川一益に白羽の矢が立ったのだ。


 役割は熱田の豪商、加藤家の家来を偽って寺本城に入り、本隊が上陸できるようにすること。


「殿もなかなか無茶なことを言ってくれるものだ。わしに戦ではなく、調略せよと言うのだからな」


「できそうなら、ですよ。目的は信長様率いる本隊が寺本の漁村に上陸できるようにすること」


「やることに変わりはあるまい。弁舌で相手を言いくるめるのだから」


「全然……違い……ぐえっ!」


 喉にせり上がってきたものが我慢できずに口から海に吐き出される。


 滝川一益が、仕方がないと背中をさすってくれた。


「あり、がとう、ございます」


「まったく。なぜ殿はお前を寄越したのだ? 殿の小姓なら一緒に来ればいいではないか」


「別に殿が、滝川様を、信頼してない、訳ではありませんよ。思いついた時に、たまたま、俺がいたんです、きっと……」


 俺が考えついたなんて、とても言えない。俺のような小姓が考えついた策に、誰が命を賭けてくれるだろうか。そのため滝川一益は俺が見張り役で来たと思っている。


「そら、もうすぐ着くからしっかりせい」


 顔を上げれば、確かにもうすぐ着きそうだ。そして、この舟を臨検をするため、寺本城の方からも舟が近づいてきている。


「まず最初の勝負どころだ。お前たちもわかっているな。うまくいけば、たんまりと恩賞が頂けるぞ」


 加藤家から貸してもらった水夫たちがだまってうなずく。彼らからしたら、熱田と寺本を往復するだけで恩賞が貰える楽な仕事だ。やる気に満ちた顔をしている。


 やがて、寺本城から来た数隻の舟が周りを取り囲んだ。水夫たちは漁民そのものだが、弓を構えている。


「何者だ!」


「我らは熱田の加藤家家臣! 寺本城主の花井様に使者としてやって来た!」


 滝川一益が胸から書状を取り出して掲げてみせると水夫たちが顔を見合わせる。どうすれば良いのか判断ができないのだろう。


 結局、俺たちは無事に漁村に舟をつけ、寺本城に案内された。

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