邂逅す
斎藤山城守利政との会談は、尾張と美濃の国堺にある聖徳寺において行われることになった。聖徳寺は富田の寺内町にあって、両国から自治を認められているから会談にはうってつけの場所だ。
しかし、義理の父子が初めて会談するだけなのに、お互い二千にもなる軍勢を調えていた。
信長様は尾張国内を押さえ込んでいるとは言え、少人数だと襲われかねない。それは斎藤利政にしても同様で、元美濃守護である土岐頼芸を追放して間もないのから用心する必要がある。そのために敵対していないといっても物々しい状態にあった。
そして信長様の小姓である俺は、聖徳寺内の会談に臨むには若年であり、貫目も低いことから不適切だと判断されて帰蝶様の護衛役となっている。
「新五郎は大きくなったわね。とても立派になった」
「ありがとうございます。姉上もお元気そうで何よりです」
「母上様はどうなの? 一昨年に肺を病んだそうじゃない。大事ないと文には書いてあったけれど、本当かわからなくて……」
「ええ、だいぶお元気になられましたよ。姉上にお会いしたいと言っていました」
「そう。もっと濃尾が落ち着いたら、きっと会いに行くと伝えてちょうだい」
他国に嫁いだ親子が再会するのなんて稀な時代だ。病と聞いては、手紙だけのやり取りだと不安だろう。
もし姉が病だと聞いては、きっと俺も不安で仕方がなくなるに違いない。
帰蝶様が斎藤新五郎の後ろにいる女の子に話しかける。
「想も大きくなったわ。私のことを覚えている?」
女の子、想が困った顔を浮かべた。それに帰蝶様が優しく笑いかける。
「仕方がないわ。私が美濃にいた頃にはまだ四つでしかなかったんだもの」
「ごめんなさい、姉上様」
「気にしなくていいのよ。さあ、こちらへいらっしゃい」
想の髪を愛おしそうに撫でる帰蝶様。二人が並んでいると、確かに姉妹だとわかるくらいに似ていた。俺と姉は似ていないらしいので、少し羨ましくなる。
「長三郎」
「は、はい、何でしょうか?」
突然、帰蝶様から話しかけられて戸惑ってしまう。
「私の妹はどうかしら?」
「ご姉妹ともよく似ていらっしゃいますし、大変お美しいと存じます」
「ありがとう。想よかったわね」
想がはにかむ様子を見せる。その様子は可憐としか言いようがなかった。
「想もうれしそうだし、じゃあ長三郎がこの子を貰ってあげて」
「な、なにをおっしゃいますか!?」
帰蝶様の一声に斎藤側の護衛が色めきだつ。特に斎藤新五郎が俺を睨みつけていて、身の危険を感じるほどだ。
近くにいる姉は俺と想を見比べていた。そして帰蝶様の言っている意味がわかったのか、首を素早く横に振ってくる。
「お戯れをおっしゃらないで下さい。とても、身分が釣り合いませんし、恐れ多いことです」
「そうねぇ、今の長三郎じゃ無理ね。でも想が輿入れできるくらいの年には、きっと大きく出世しているから大丈夫よ」
あと五・六年で、俺が美濃国主の娘を嫁に迎えるくらいに出世するなんてとうてい無理な話だ。今はたかだか五貫文でしかない。この千倍以上の知行がないととても話にもならない。
「姉上、想はまだ小さいのですから、そのように戯れるのはお止め下さい。」
「ええ、そうね。ごめんなさい新五郎。長三郎も。ちょっとからかって遊んだだけなのよ」
俺は姉ともども安堵の息を漏らす。遊ぶにしても、もっと心臓に優しい遊びにして欲しい。どうも帰蝶様は、俺で遊ぶのが楽しいらしい。姉を気に入っているからだと思っていたが、斎藤新五郎と年齢の近い俺を弟と重ねていたのだろう。
でも、せめて那古野城でやってくれたらありがたかった。斎藤方の目が少し和らいだとは言え、まだ警戒する視線を送ってくる。
そして、それを尻目に帰蝶様と斎藤新五郎、想の三人で楽しげに会話をしている。最初の頃よりも随分と打ち解けあっている様子を見るに、俺はダシに使われたようだ。
久しぶりの再会を邪魔するのは無粋であるし、姉弟ともに世話になっているのだ。恩返しと思って受け入れるしかないだろう。
姉がそっと隣にまでやって来た。
「おかしな気を起こしては駄目よ」
「ちゃんと立場を弁えてる。どう考えても釣り合いが取れるわけない」
「それだけじゃないわ」
姉が真剣な目つきで見つめてくる。
「大きく出世するなんて、帰蝶様のお言葉だからって慢心してはいけない。ちゃんと地に足つけて、一歩一歩にしなさいね。急に出世するなんて、長三郎には似合わないのだから」
「わかってる。無理もしないから、安心して」
「ええ、そうして頂戴」
帰蝶様たちに視線を戻す。仲睦まじい様子を見て嬉しそうだった。
「帰蝶様、最近はお悩みになることが多かったわ。たまにだけど信長様は他所に行ってしまうし……」
「……ごめん、信長様のこと黙ってて」
「長三郎の立場じゃ仕方ないってわかってる。それに信長様のことも、帰蝶様は責めていらっしゃらない。でもきっと、相談して欲しかったのだと思うわ。姉ちゃんだってそう。だって、家族なんだから」
家族か。そう、俺たちは家族なんだよな。隠すんじゃなくて相談すべきだった。
しかし、相談できないこともある。信長様をどう守ろうかなんて相談できるはずはなかった。
その後、会談を終えた信長様と斎藤利政が合流した。父親との再会に帰蝶様はとてもお喜びだった。そこからは、斎藤利政の提案で家族の時間ということにされて大半の人員が下げられる。
姉は残ったが、俺は他の護衛とともに部屋から遠ざけられた。
「はあ、疲れた」
純粋な警護にはだいぶ慣れてきたが、間近で家族団らんを黙って見守るのはまた別の神経を使う。姉たち侍女はよく耐えられるなと思った。
「長三郎、気を抜くな。もしものときはすぐに駆けつけなくてはならんのだからな」
「承知しました、勝三郎様」
池田恒興に注意されたので、背筋を伸ばす。
正直、信長様と斎藤利政は相当気が合っている様子だった。少なくても害そうという様子は微塵も無いように見えた。
そうは言っても、演技の可能性もあるので、池田恒興の言うことももっともだ。
「警護の本番は夜になる。順番に休んでいくぞ」
池田恒興の指示で、周囲にいる何人かが休息のために持ち場を離れていく。
「斎藤方は今日中に引き上げるのですよね」
「ああ、近くの城に泊まるそうだ。本来なら我らも戻るはずだったが、奥方様がいるからな。今晩は富田の町衆が宿所を用意している」
国境となる長良川か木曽川を越えれば美濃となる。そうすれば、もう斎藤利政の支配地なので、宿泊するところはいくらでもある。
でも、信長様にとってこの美濃と接する尾張上四郡は、岩倉城を中心に守護代の織田伊勢守家が支配する土地だ。織田信秀存命時は友好関係にあったけれど、死後は疎遠となっている上に、土地問題で諍いが起こっている。そのため万全を期して戻る必要があった。
「岩倉城は静かなものらしい。このまま何もないと良いのだがな」
「まったくです」
奇襲されることは避けたい。負けるつもりなんてないが、危険は減らすべきだ。
その時、争う声が聞こえてきた。どうやら、言い争いをしているようだ。
「やれやれ。長三郎、ここは任せたぞ」
そう言い残して、池田恒興は争いが起こっている方向に向かって駆けていく。斎藤方と揉めているのなら問題だし、喧嘩にまで発展しては両成敗になってしまう。
「上役も大変だ。あちらこちらと走り回らないといけないなんてな」
「ええ、その考えには賛同します」
背後からの声にあわてて振り返る。そこには、自分よりも年下の少年がいた。服装から少年と判断したが、細身で少女のようである。
見た限り元服もしていない年齢だ。
「斎藤家の方か?」
「はい。斎藤家家臣、竹中遠江守重元が息子、竹中吉助と申します」
「竹中……」
まさか竹中半兵衛? 羽柴秀吉の軍師の一人。あの短命の天才なのか。
「突然失礼しました。先程、気になる話をされていたもので」
「……気になる話とは何でしょう? ぜひ聞かせて貰いたい」
俺が聞き入る姿勢を見せると、竹中吉助が目を見張った。
だが、俺としては将来の天才軍師かもしれない人物の話をぜひ聞いてみたかった。
「では……先程話されていた岩倉城のお話です。弾正忠家の方々はこの機に伊勢守家が襲ってくるのではないかとお思いの様子だったので」
「十分にあり得ることかと」
「今回に限れば、そのような心配は必要ないのです。此度は殿、斎藤家との会談です。当然、面子もかかっています。それを潰すようなことをしては、我ら美濃勢が黙っているはずありません。なので、この会談の間は伊勢守家だけでなく、尾張の諸勢力は静観をするしかないでしょう」
要は、尾張の各勢力は美濃からの侵略を怖がって信長様に手を出してこないってことか。
「……絶好の機会だと言うのに攻めてこないのは、美濃からの介入を警戒しているから、というのですね」
「ごく当然の帰結なのですが、自国しか見ない方のなんと多いことか……」
これは、簡単なこともわからないのかと馬鹿にされているんだろうか。それとも、自分は大局を見ているという自慢なのか。
どちらにしても頭の良すぎる大人びた子供だ。
「なるほど。しかし、自国しか見ていない者が多いからこそ、警戒は必要でしょう。誰しもが、大局を見ているわけではないのですから」
「それも道理です」
自分の考えが否定されても、特に嫌そうな様子は見られない。予想していたと言わんばかりだった。むしろこの程度は考えついて欲しいといったところだろう。
「……何故、わざわざ教えて下さったので?」
「輿入れされた帰蝶様の警護をされている中で、一際お若いようだったので。よほど織田様に信頼されている御仁だとお見受けしました。私などは、まだ元服もしていないために同道させていただくにも苦労しました」
「買い被りです。ただの小姓に過ぎません」
「それと、もう一つ。こんな小僧にへりくだった物の言い方をされるので、大変奇矯な方とお見受けしました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
そういえばこちらは名乗ってもいなかった。
「失礼仕った。織田三郎信長様の家臣、道祖長三郎と申す」
「さや様ですか。それでは、もう戻らねばなりませんので、これで失礼いたします」
一礼して去っていく竹中吉助。
いずれ、美濃を攻めるときには壁となって現れる天才、竹中半兵衛。その後は織田家に、羽柴秀吉に仕えるはずなのだが、どうしても不安な気持ちがぬぐえなかった。




