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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
2/101

目覚め

「なんなんだよ、これ……」


 俺はただ、友人たちと夜通しボードゲームで遊んでいただけなんだ。なのに、目が覚めたら手足が縮み、背も低くなっている。子供になってしまっていた。


「いやいや……ありえないだろ」


 小さくなってしまった体のあちこちを触る。けれども、自分を触っている感触しか無い。伸びている爪で頬をつねったら、残念なことに痛みがあった。


 強くつねり過ぎた頬をさすりながら、周囲を見渡すとまったく見た覚えのない粗末な家。家の造りも明らかに現代ではない。


 それに、服は昨夜着ていたものではなく、時代劇で見るような代物だ。これで体が小さくなっていなかったら、友人の悪戯で時代劇村にでも連れてこられたで済むというのに。


 そしてさらに訳がわからないのが、手にはボードゲームで使っていたサイコロを三つ握っていることだ。でも、これのお陰で自分自身なのだと思わせてくれた。自分が間違った存在でないと教えてくれている。


 とりあえず家の中を物色することにした。


 槍や簡略な鎧を見つけたときは驚いたけれど、それ以外は珍しいものは何もない。小さくなってしまった手足では苦労したうえに、それに見合う成果もなかった。

 正に骨折り損のくたびれ儲けだ。それに異様に腹が減っていた。


「あーくそ、何もないじゃないか……。ほんと、何でこんなことになったんだ?」


 高くなってしまった声で嘆いてもどうしようもない。


長三郎(ちょうさぶろう)? 起きたの?」


 女の子が野菜を抱えながら家に入ってくる。


 長三郎? こいつの名前か?


 女の子は野菜を置いて、土のついた手のまま俺の頭に触ってくる。


 思わず手を払いのけようとするが、女の子があまりに心配そうにしていてできなかった。もうされるがままに頭のあちこちを触られる。


「まったく、木登りが下手なくせして、柿を取ろうとするからこんなことになるのよ。大丈夫? どこか頭は痛くない?」


「う、うん……大丈夫。全然、痛くない……」


 おそらくこの体の持ち主の長三郎は、木から落ちて頭を打って気絶していたんだろう。そして、俺がこの体に入ってしまった。


「本当に? 丸一日も目を覚まさないんだから……。おっとうはそのうち起きるからほっとけなんて言うし」


 この長三郎は丸一日寝てたのか。通りで腹が減ってるわけだよ……。


「あ、あの……ねえ、ちゃん?」


「なに?」


「そ、そのぉ……実は……」


 俺は長三郎って名前じゃない。


 長三郎の姉が、また心配そうな眼で覗き込んでくる。それを見ると、どうしても自分は弟の長三郎ではないと言うことができなかった。この弟を心底心配している姉を、傷つけるようなことをしてはいけないと、本能が叫んでいるようだった。


「お、俺……は…………は、腹減った……」


「はいはい。でも、夕餉まで我慢なさい。おっとうが帰ってきたらすぐに食べられるようにしてあげるから」


 心配して損をしたと笑う姉。俺も曖昧に笑ってやり過ごす。


 とりあえず、状況がわかるまでこのままでいよう。もし、中身が長三郎でないと分かったら何があるかわからない。最悪殺されるかもしれないし、生きて追い出されたとしても生きていく自信なんてなかった。


 夕食の用意に取り掛かっている姉の背を見ながら、俺はサイコロを弄って問題から逃避することを選んだ。









 おそらく俺は、戦国時代に生まれ変わってしまったのだと考えている。未来にならともかく、過去に生まれ変わるなんてありえないだろうと思うけれども。

 それとも、これが仏教で言う後世(ごせ)だというのだろうか。それだとしても、せめて同じ時代に生まれ変わらせて欲しかったのが本音だ。


 ここがどの時代なのか、誰の領地なのかを知るにも随分苦労した。

 ムスッとして、全く喋ろうとしない父親と会話して、どうにかこの辺りはオダ様が治めていることを聞き出したのだ。

 オダが有名な織田信長の家なのかはわからない。もしかしたら違うかもしれないけれど、話からすると少なくても戦国時代というのは確かだろう。まったく別の世界なんてこともあり得るが、とりあえずそれは置いておくことにする。


 そして、この辺りの領主がたとえ織田だとしても、有名な信長の弾正忠家なのか、守護代の二家、もしくは弾正忠家と同じ奉行家なんてのもある。せめて元号がわかれば正確な時代も、情勢もある程度はわかるのだけれど、わからないときた。

 まあ、ここをどこの家が治めているにしても、こんな足軽の家では大して関係がないだろう。どうせならどこか武将の家なら良かったのにと思うけれど、もはやどうしようもなかった。


 それに、ここでの生活も慣れてきた。太陽が昇る前に起きて農作業の手伝いをし、日が沈む前に戻ってきては縄や俵を編んで内職。夜になったらもう寝てしまう。単調で何もない毎日をただ送るしかなく、どこかを調べに行くなんてことはできない。


 元の時代で読んでいた小説では、領地の改良だなんだと色々やっていたけれど、ここではとてもそんなことはできそうになかった。なにより、余裕がない我が家ではおぼろげな農業知識を実験する余裕がなかった。

 それに、いくら大学で歴史を勉強しても、農作業の知識なんてこれっぽっちも持っていない。テレビで見たことはあるが、そんなのいちいち覚えているわけがない。


「長三郎はおっとうの手伝いをちゃんとするようになったね」


「うん……心配、かけたから……」


 父より早く帰って、最近始めた草履(ぞうり)編みをしていると、夕食の用意をしている姉が話しかけてきた。


 この家は、父、姉、俺の三人しかいない。祖父母はいないし、母親もいないことから死んでしまっているのだろう。だから、姉は農作業の合間に家のことを一手に引き受けている。

 長三郎は、そんな家族を手伝いもせずに逃げてばかりだったらしい。まだ小さいとは言え、こんな寒村でよくここまで育ててくれたと思う。だが、お陰で農作業のやり方が分からなくても不審に思われることはなかった。

 むしろ真面目に手伝うようになって、姉はとても安心している。というよりも、どうやら死にそうになって悟ったと思われているみたいだ。

 父と姉が働いているのに、なにもしないというのが申し訳なくなって手伝おうとしたら、逆に心配されたのは良い思い出だ。


 そして、手に握っていたサイコロの話は聞いていない。どうやら家族の間では触れてはいけない話題らしいからだ。サイコロの話をしようとしたら、露骨に話題を逸らされる。家族の反応からすると、昔から長三郎が持っていたのは間違いはない。

 あまり突っ込んではいけないと思って、寝る前に姉とサイコロ遊びはしても、話題にするのはやめた。ちなみに遊びもサイコロ三つを振って、合計の数字を比べる簡単なものだ。


「じゃあ頭を打ってよかったわね。きっと仏様に説法されたのよ」


「ひどいよ姉ちゃん」


 笑いながら草履作りを進めていく。実は草履と草鞋(わらじ)は大学で作り方を練習したのだ。教授は実践歴史学だとのたまっていたけれど、それが役に立つ日がくるなんて驚きだ。

 余っている藁を見かけて、ちょっとでも生活の足しになるかと思い、作り始めた。当初は売って少しでもお金を稼ごうしたけど、こんな村では裸足で歩くのが当たり前なので売れはしない。

 だけど、裸足で歩くことに慣れないから生活には助かっている。すでに自分と姉の分を作り終わったので、今は父の分を作っていた。


「本当のことよ。畑仕事も手伝ってくれるようになったし、こうして余ったので物を作ってくれる。これでおっとうが戦に行っても……心配ごとが減るわ……」


 まだこの時代に来て戦争は起こっていない。戦国時代なんて戦ってばかりだと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。でも、姉がこうして生活の心配するぐらいだから、あるにはあるのだろう。


「なあ、姉ちゃん。次はどんなのが欲しい? 俺、頑張って作るよ」


「そうねぇ。おっとうに草鞋を編んであげたら? もしかしたら、戦が始まるかもしれないし……」


「戦……あるのかな……」


「わからないわ。だから長三郎も、しっかりおっとうの手伝いをしてね」


 それっきり、父が帰ってくるまで会話は途切れてしまった。そして俺は、途中までできていた草履をしばらく見つめていた。









「なあ、おっとう」


 夕食後に父に話しかける。父は、こっちを見ることなく囲炉裏を見ている。


「なんだ」


「また、足を出して欲しいんだ」


「……前にやった」


「今度は草履じゃない。おっとうの草鞋、もう切れてしまいそうだ。だから、俺が作り直す」


「必要ない」


「必要ある!」


 俺は父親の草鞋を持ってきて、目の前に突きつけてやる。


「こんなんで、どうやって走るんだ! どうやって戦うってんだ! どうやって……逃げるってんだよ!」


「切れたら……裸足で行けばいい」


「何で……何で、そんなこと言うんだよ……」


 死んで欲しくなかった。たった数ヶ月一緒に暮らした他人だけど、それでもこの体の父親だ。無事に帰ってきて欲しい。そう、ただそれだけなのだ。


「おっとう、長三郎の言う通りにしてやって。あたしも、その方が安心できるの」


 姉が父の肩を揺すって訴える。俺も父も、姉の眼に弱い。やがて父が諦めて足をこっちに伸ばしてくれた。


 途中まで作っておいた草鞋をあてがい、父の足裏に合わせて作っていく。真っ暗になる間までの短い時間な上に、作り方を知っていても慣れていないので全然進まない。だから、次の日も、そのまた次の日と、草鞋づくりをする日が続いた。


 その最中に、いつも言葉が少ない父にしては珍しく、戦の話をしてくれた。どこへ戦にいったのかとか、どうやって戦ったのか。俺は聞いたことなくて知らないが、だれそれを見たなどもある。

 姉も父が色々と語ってくれるのに驚きつつ、なにかと聞きたがった。だから俺は、草鞋づくりをわざとゆっくりと進めていった。


 物が出来上がる頃には、夕食後に父の話を聞くのが日課になっていた。


 けれど、そうした日々は長く続かない。父を含めた村の足軽たちに招集がかかったのだ。


(つう)、後は任せた」


「わかってる。おっとうも頑張ってきて」


 父と姉の側で、俺は槍を持っている。まだ俺には少し重いけれど、これは俺が渡すべきだと思う。


 俺に向き直った父に、槍を渡す。父の足には、俺が作った草鞋がしっかり履かれている。


「長三郎も後は任せた」


「うん。姉ちゃんと一緒にちゃんとやるよ」


 父が俺の頭に手を置く。


「父が戻るまで、お前が家長だ。好きにやってみろ」


「な、なに言ってるんだよ……」


「長三郎が何ぞやりたそうにしていたのは知っている。構わんからやれ」


 おぼろげな知識で、農作業に手を入れようと思ったことはある。でも、とても実行できないと思ったし、それを父に気づかれているとは考えもしなかった。


「……おっとうと相談してやる。だから、ちゃんと帰ってきてくれよ」


「そうか。なら、親子で名をば成してやろう」


 父が嬉しそうに笑い、村の仲間たちと出陣していった。初めて笑った父を、俺と姉も笑顔で見送ったのだ。無事に帰ってくると信じて。


 父の遺髪が届けられたのは、それからしばらくしてのことだった。

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