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信長の軍師 賽の目は天下不如意なり  作者: 無位無冠
第一章 織田弾正忠家の墾道
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首取り

 息を切らせながら見ず知らずの仲間とともに槍を振るう。顔見知りでない敵味方の識別は、旗や具足、陣笠に描かれた紋しかない。中にはそれもないやつが居るので、そうしたのには近づかないか、近づいてきたら問答無用で槍を振って追い払ってしまう。


 守護代家の織田大和守信友が差し向けてきた坂井大膳の軍勢との戦いは、今まで経験したことのない乱戦となっていた。

 信長様の代わりに那古野勢を率いる丹羽五郎左衛門尉長秀に織田孫三郎信光、そして織田勘十郎信勝の名代柴田権六勝家が、連携も取らずにてんでばらばらに戦った結果だ。信長様がどういう指揮をしたのかは、戦場ではわからない。


 最初は丹羽長秀と織田信光は連携を取れていたと思う。

 しかし、後ろから味方がどんどん押し寄せてきて、押し込まれる形で坂井大膳の軍勢の中に突入していった。後はもうめちゃくちゃとしか言いようがない。

 隣りにいた前田犬千代とは、あっさり離れ離れになってしまい、どこにいるかもわからない。死なないとは思うけれど、生きていることを祈るのみだ。


 数人同士での槍の叩き合いのなかで、味方の一人が槍を掴まれてしまう。槍から手を離さず、引っ張り合いを始める。その(すき)に敵の槍で頭を叩かれて、防ぐ手段もない味方は倒れ込んでしまう。

 そして、起き上がる間もなく槍を突き立てられる。


 こっちは味方が減ったために後ろに下がり、槍を刺された味方は取り残された。痛みでのたうつ味方が踏みつけられ、動けなくされてからとどめを刺される。


 今は首を取られないが、自分たちもやられたら首を取られるだろう。恐怖を振り払うために、俺は雄叫びをあげる。すると、残った味方も雄叫びを上げた。


「うおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げながら、一歩を踏み出して槍を振るう。偶然、敵の腕に槍が刺さった。敵が振るう槍が下がったので、その槍を踏みつける。敵の驚いている顔がはっきり見える。刺さったままの槍を引き抜き、叩きつけるように槍を振り下ろすが、血を流したままの腕で防がれてしまう。

 敵も助けようと俺に槍が振るわれる。けれども、味方がそれを防いでくれた。


 敵が俺の踏んづけていた槍を手放して、距離を取ろうとする。逃さないと、もう一度槍を叩きつけた。

 当たりどころが良かったのか、よろめく敵。そこに味方も槍を叩きつける。敵が膝をつく。


 俺が再び雄叫びを上げながら突進して、蹴り倒す。味方も同じように続いてきたので、勢いに負けて敵が逃げ出していく。それを味方が追っていく。俺と、倒れた敵足軽だけがそこに残された。


 真正面から顔を見ると、死んだころの父と同じくらいの年齢だ。俺は思い切り蹴り飛ばしてうつ伏せにさせて、利き腕を踏みつける。敵は観念したように大人しくうつ伏せになっていた。


 首を切るための短刀を引き抜く。そして、頭を掴んで強引に顔を上向かせる。短刀で喉笛を切ろうとするところで、自分の手が震えていることに気がついた。


 周りではまだ戦いが続いているのだから、早くしなければならない。なのに手がピクリとも動こうとしなかった。


「早くせい、小僧。大した首ではないが、手柄に違いないぞ」


「うるさい!」


 思わず怒鳴るが、逆にそれがこの足軽には面白かったようだ。殺されようとしているのに、忍び笑いが聞こえる。


 がむしゃらに戦っているときなら気にする暇もなかったのに、こんな状況になると人を殺すということを意識してしまう。俺はもうこの足軽を殺せる気がしなかった。


 だから、遠目から見たら喉笛を切ったような動作をしてから、頭を地面に叩きつけた。


「……戦が終わるまで寝ていろ」


 それだけ言って、俺はこの足軽の頭に弾正忠家の陣笠をかぶせる。


「どういうことだ。手柄だぞ」


「死体が喋るな。この戦は弾正忠家の勝ちだ。戦が終わったら、戻ってきて逃してやる」


 そして、俺は槍を手に駆け出した。


 うまく後から首を取りに戻るように見えただろうか。


 あの足軽が、すぐに立ち上がって槍を手に戦うことも当然考えられる。死んだ振りをしているところを他の味方に首を取られることだってあるだろう。

 そして、信長様には臆病者と怒鳴られるかもしれない。でもあの状況で人の首を切れるような神経はなかった。


 それから数度、味方と合流してははぐれるを繰り返して戦った。結局、首を取るような機会は巡ってこない。


 俺はどんどん敵の数が増えていく方向に進んでいく。やがて、立派な身なりの敵の武士を味方の武士と足軽二人が囲っているのを見かける。


 そんなところに割り込もうものなら逆に追い払われる気がしたが、多勢なのに押されているように見えた。だから、大回りして斜め後ろから武士に襲いかかる。


 後ろから槍を叩きつけるが、動じた様子もなく睨みつけられた。それを隙と見た足軽一人が取り押さえようとするが、槍をあっさりと胸に突き刺されてしまう。


「我が名は坂井甚助! お前らのような雑兵にやるほど、我が首は安くはないわ!!」


 坂井甚助の名乗りに、勇気づけられた周囲の敵が勢いを増す。この辺りは味方の数が少ないので、逃げるか早く倒してしまわないと危険だ。


 どうするか数瞬逡巡していると、先に囲っていた武士が果敢に攻撃を仕掛ける。俺もそれに釣られて槍を振るう。二人で繰り出した槍は、腕と槍に防がれてしまう。

 最後の足軽が、槍を突き出す。しかし、あっさりと躱された。


 距離を取って、三人で坂井甚助を囲む。後ろから槍を振るうも、見えているように防ぐか躱されてしまう。


「弾正忠家も他愛も無い。こんな小僧どもしかいないのだからな! 織田信長という大うつけに従うのは、こんな軟弱者しかおらんのか!?」


「黙れ、この図体だけの牛野郎!」


 信長様を馬鹿にされて、思わず言い返してしまう。


「お前なんて、那古野に来たら下っ端にもなれないさ! なんたって牛みたいに足が遅いんだからな!」


「はん! 威勢だけの小僧が。ほら、口だけでなく、その槍でかかってきてみろ!」


 坂井甚助がこちらに向く。俺は槍を構えて、坂井甚助との距離を保つ。槍を何度か突き出すか叩きつけるが、効果がない。


 その間に、ジリジリと坂井甚助の後ろから二人が迫っている。


「所詮は小僧だな。槍とはな、こう振るうのだ!」


 坂井甚助の言葉とともに後ろに飛び退く。ただの直感だったが、飛び退かなければ槍が突き刺さっていた。


 俺は自分の槍を手放し、すぐ先にある槍を両手で掴んで、そのまま脇に挟んでしまう。


「今だやれ!」


 坂井甚助が槍に力を込めて、俺を槍から振りほどこうとするけども、絶対に離れない。


 後ろから二人が槍を突き出し、弾かれることなく胴体に突き刺さる。


「ぐっ! おのれぇ!」


 槍を手放して刀を抜く坂井甚助。俺に来るかと思ったが、振り向いて槍を突き刺した足軽に斬りかかる。


 槍の柄で刀を防ごうと構えるけど、槍の柄ごと切られて倒れ伏す。


 俺は坂井甚助の槍を持ち替えずに、槍を持ち、左の膝裏を石突で突く。同時に武士も右脚を槍で突き刺した。


 両足を攻撃されて膝をつく坂井甚助。俺は槍を手放して、背中を蹴りつけつつ短刀を抜いた。坂井甚助が四つん這いになった所を、武士が刀を踏みつけて自分の刀を抜く。


 坂井甚助はあっさりと刀も手放し、武士の足を殴りつける。よろめく武士。


 俺は短刀を突き刺そうとするが、体を起こした坂井甚助に左の裏拳で顔を殴られる。歯を食いしばってなんとかふらつくだけで堪えた。

 その間に刀を持った武士が横から坂井甚助に突っ込んだ。刀は右腕に刺さり、そのまま坂井甚助は横倒しになって武士がそれに馬乗りになるような形になった。


 俺は坂井甚助の兜を掴んで喉をさらけ出させようとする。当然、坂井甚助はそうさせまいと首に力を入れて抵抗した。とっさに短刀を持つ手を武士につき出すと、短刀を受け取ってくれる。そうして、両手で兜を掴んだ。


 両手の力でなんとか喉を出させると、即座に武士が喉笛に短刀を突き刺した。


 坂井甚助が力を失い、抵抗がなくなる。俺は終わったと尻餅をつく。武士はそのまま遺体をうつ伏せにさせて、短刀で首級をあげた。首級を高々と持ち上げる武士。


「坂井甚助を討ち取ったぞ!」


 周囲から注目が集まる。敵が動揺し、負けていられないと味方の士気が上がった。


 武士が俺と同じように座り込む。肩で大きく息をしている。


「中条だ。織田孫三郎信光様の家臣、中条小一郎家忠。加勢に感謝する」


「織田三郎信長様の家来、長三郎と申します」


「長三郎か。見事だった」


 中条家忠が立ち上がり、首級を渡してきた。


「二人の手柄だ、持っててくれ」


 そして、刀で斬られた足軽のもとに向かう。


 俺は首級の顔を見る。今にも動きそうな目つきだった。見ていられなくて、そっと目を閉じさせる。


 自分は殺してないなんて言わない。中条と二人で殺したのだ。


 無我夢中で戦っていたから、何も考えていなかった。首級という命の重みを感じながら、ようやく殴られた顔が痛み出してきた。









 戦いは、弾正忠家の勝利に終わった。


 討ち取った坂井甚助は、敵大将の坂井大膳の一族であり、清須でも力を持った武士であったようだ。そんな人物が討ち取られたために、敵は浮き足立ち、やがては逃走を始めた。逃げる敵を散々に討ち取り、まさに大勝利だ。


 俺が見逃した足軽は、戻ったときにはいなくなっていた。陣笠もなくなっているから、おそらく弾正忠家側の足軽のふりをして逃げていったのだろう。そう思うことにする。


 中条家忠とは首実検の場で会うことを約束し、別れた。首級はお供の足軽がいる家忠に持っていってもらい、証拠として坂井甚助の耳を預かる。


 乱戦と追撃でばらばらに散っていた軍勢が各々集合し、前進を開始する。ここでようやく犬千代と再会できた。


「どうだった長三郎。こっちはほれ、首級一つ上げたぞ」


 犬千代が首を包んでいるのであろう袋を結んだ槍を掲げる。


「……孫三郎様のとこの武士と一緒に首級を上げました」


「協同で取ったか。それでもよかったではないか。これでお互い、気遣い頂いた殿に面目が立つというものだ」


 良かったと何度もうなずく犬千代。そして、どのようにして首を取ったのかを語りだす。言わば自慢話ではあるが、これも大事なことだ。吹聴しておけば周囲から一目置かれるし、信長様たちなどの前で語るときの練習にもなる。


 俺は、犬千代が機嫌よく話すのを聞き流す。正直、殴られた顔の痛みでそれどころではないのだ。時間が経つにつれてどんどん痛みが増してきている。せめてもと思い、姉が持たせてくれた晒を取り出した。瓢箪の水で湿らせて、それを痛む箇所にあてる。


 犬千代が聞いているのかと小突いてくる。だから、恩賞で何を貰えるか考えていたと答えて誤魔化した。

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