はじまり
幼女がいい笑顔をする、素敵でしょう?
――焼け焦げた臭いがする。
――鉄臭い血の臭いがする。
「いい景色、だな」
戦が終わり、兵たちが去った戦場を見てひとりごちる。
これが私の成した戦場なのだろうか、成したかった戦場なのだろうか。
「貴女の采配のおかげで、こちらの被害は軽微です。誇ってよいかと」
背後から温和な女性の声がする。
「そうか……では帰ろうか、雇い主に報告して報酬を受け取るとしよう」
私は踵を返して戦場を後にする。いつか戦が終わったら――
「……な……い、……リス!」
うるさいな、余韻にくらいひたらせてほしい。
「起きなさい! シェリスっ!!」
――――――――――――――――――
騒がしい声で夢から覚める。
「……馬車に揺られての旅というのも悪くないな」
「まったくもう……景色も見ずに寝ていた貴女が言いますか」
やれやれ、といった様子で私を起こした赤髪の女性がため息をつく。馬車の揺れが心地よく睡魔を誘っただけだというのに。
「で、起こしたってことは目的地に着いたのか? アリシア?」
馬車から降りると、どうやらそうではないらしい。木々が生い茂った山道の入り口といった様子で、我々の目的の街とは程遠い。
「いいえ、まだですよ」
「すまんな嬢ちゃんたち、俺ぁこの麓までが限界さ」
馭者をしていた農夫の男性が言う。そういえば麓に畑があるから、そこまでは乗せてもらえるといっていた気がする。
まあ帝都からずっと歩き旅だったから、道中のいくらかを楽をできたと思えばいいだろう。山を越えさえすれば、目的の街まではすぐだし。
「いや、十分助かった。ここまでこれただけで僥倖だ、感謝する」
「しかし本当にいいのかい? この先の山道じゃたまに賊が出るんだ、そこにおなご2人、しかもちっさい子まで歩いていくなんて……。 なんだったら近くに俺ん畑の小屋があるから、明日の朝くらいまでなら――」
「気遣いはありがたい。だが、それは気持ちだけ受け取っておこう。私は背は小さいが旅には慣れている」
男性に一礼して荷物を馬車から降ろし、山道を歩き始める。男性はだいぶ心配そうな顔をしていたが、再び馬を駆って山道とは反対方向へとゆっくりと進んでいく。
時刻は昼過ぎ、今から登り始めれば野宿を挟んで明日の朝には街につけるだろう。
「さて……アリシア、この先山賊がいるそうだな」
「ええいるでしょうね、シェリス」
駄弁りながら緩やかな山道を登る。
「ここまで平和な道中だったからな、ドラゴンでも襲ってこないかと期待していたのだが」
「期待してるのかしら、襲われることを?」
馬鹿げたことを聞く同行者もいたものだ。これは連れてくる奴を間違えたかもしれん。
「……顔に出てるわよ」
おっと、どうやら口元が緩んでいたようだ。
「大戦が終結してから早3年、小競り合い以外に目立った戦もないし退屈していたのはわかるけど……もうちょっと年相応のふるまいをしたらどう?」
アリシアもやれやれといった様子でため息をついた。
なにせ3年ぶりの、ある意味まともな戦闘の機会なのだ。大戦終結から今まで宮仕えしてみたものの、やれ復興処理だのやれ資金繰りだの。小競り合いは現地の兵だけで対応できてしまうせいで、退屈な内政に駆り出され酷使される日々……どれだけ無能どもをハッ倒してしまおうかと思ったことか。
まあ、何事もなく目的地に着いたほうが楽なのは事実だが――
当たり前のことを聞く奴にはもう一度、戦というものについて教えておかねばならんだろう。
「いいかアリシア、戦というものはだな――」
「また始まった……」
~数時間後~
そうこうアリシアに戦の何たるかを説いて山を登るうちに、日が傾いてきた。
「さてと……そろそろ野営の準備をするか」
行程の半分ほどを進んだあたりで、開けた場所を見つけた。ここで明け方まで休んでから、一気に山を下るとしよう。ここまでかなりの大荷物での旅だったが、もう少しで目的地と考えれば気も楽になる。
アリシアが背負っていた荷袋と箱をドカリと地面に降ろし、テントや食料の用意を始める。
「しかしまあ、帝都を出てここまで2週間か……」
「思ったよりは早くオレリアの街に着けそうでよかったじゃない」
事実、道中で何度か荷馬車や行商人を頼れたおかげで、予定より1週間ほど早い到着になりそうだ。
「で……どうするシェリス?」
「何をだ?」
「オレリアに着いたら、よ。交易都市なんでしょ? まずは食べ歩き? 露店巡り? それとも宿屋の定食制覇?」
呆れた……こいつは旅の目的地をなんだと思ってるんだ。
「あのなぁアリシア、我々は遊びでわざわざこんなところまで来てるわけではないんだぞ」
やれやれとため息とともに首を振る。
「冗談よ冗談、7割くらい」
残り3割は食欲駄々洩れということではないか。
「まず町に着いたら宿探しだ、どうせ長い間滞在することになるのなら少しでもいい場所を探すべきだろう」
「まあそれもそうね……アイツが簡単に見つかるとは思わないもの」
「最後に目撃があったのがあの街だ、本人がいないことも想定して探さねばならんだろう」
あっさり見つかってくれれば、すぐに次へ出発できるが……まあそう簡単にはいかないだろう。
「さて、じゃあ寝る前に一狩りきます?」
「お前は相変わらず血気盛んだな……疲れとかないのか」
「貴女と違って私は昔から走りっぱなしだったから、体力にはまだまだ余裕があるわよ」
まだまだアリシアは全盛期ということか。もう24になるというのに、そういうところは頼もしい限りだ。ここまで荷物の大半も任せていたしな。
しかし、だ。もし賊とやらが仕掛けてくるなら、日が落ちてからだろう。こっちは一応女二人だ、放っておいても襲ってくるだろう。
「まあ焦るな、ほっといても出てくるだろうからお前はテントの中で休んでおけばいいさ」
「……それもそうね、じゃあお言葉に甘えようかしら」
そういうとアリシアは小さくあくびをしながらテントへと入っていった。
あとは賊とやらが来るまで、焚き木を囲んで本でも読むとするか……
まあ持ってきた本は全部読んでしまったので、何度目かの読み返しにはなるが。
数冊本を読み終えたところで――
ガサガサッ
と、木の陰から物音がする、耳を澄ませば鉄の擦れるような音もする。どうやらおでましのようだ。
まったく……空気の読めないやつらだ。
「おうおう、こんな時間に一人で出歩いちゃダメだぜお嬢ちゃん」
「俺らみてえな奴らがいんだからなぁ!」
「しかもキレーな銀髪したガキじゃねえか、顔も悪かねぇ。身ぐるみ全部わたして俺らに従うっていうなら命は取らねえぜ?」
出た。どう見ても野盗だ。
見たところ向こうは男3人、装備は大したことない。くたびれた皮鎧で、長剣持ちが2人、短弓持ちが1人。周囲の音からして、増援も無いと考えていいだろう。
なんだ、たった3人ぽっち、思ったより少ないじゃないか。おおかた大戦の後に行く当てがなくなり、仕官もせず冒険者にもならず堕ちていった傭兵、といったところだろう。
どう考えても子ども扱いされているが……その事は今何か言っても仕方ない。
せっかくこの旅のために卸した白い上着が傷つけられても面倒だ、とりあえず従ったフリでもしておくか……
「わかったわかった、大人しくするさ」
と、両手を挙げて立ち上がる。
「おい待て、お前と一緒にいた赤毛の連れはどこ行った? 昼間いたのは知ってんだぞ」
おっと、しっかり見られていたらしい。獲物にきっちり目をつけておく点は、山賊といえど評価に値する。
「彼女ならテントの中だ、荷物持ちで疲れたから寝ると言ってたさ」
そう言ってやると、2、3山賊がコソコソと話し合いした後、剣を持った山賊が1人テントを覗きに行った。
まったく、もう少し大きな、盗賊団とかぞろぞろ出てくるのを期待してたんだが……これでは私もアリシアも退屈しのぎにすらならん。
「片田舎でコソ泥に身を落とした貴様らに、1ついいことを教えてやろう」
「あ?」
「奇襲をかけるときはまずは相手の力量を測るべきだ。彼女は男1人でどうこう出来るほどではないぞ?」
満面の笑みで山賊に教えてやる。
直後、私と賊の間に、横のテントから男が吹っ飛んできた。
そして2人の山賊が困惑する間もなく、テントの中からアリシアが飛び出してきた。
「不用心に女性のテントを覗きこむとは、あまり良くないご趣味をお持ちのようで」
「なつ……!」
慌てて残る2人が武器に手をかけるがもう遅い。アリシアが両手の長剣を野盗の喉元に突きつける。
「おいおい、あまり死体を増やすなよ? 後処理が面倒だろう」
「大丈夫大丈夫、ちょっとどついて気絶させただけだから」
確かに、飛ばされてきたほうの男は白目をむいているが息はしている。
「そういう器用さはさすがだな、アリシア」
「シェリスこそ、子ども扱いされて声を荒げないなんて、成長したじゃない」
恐怖する賊を尻目にアリシアと軽口を言い合う。
やいのやいのと言っていると、賊の1人が何かに気付いた様子で口を開いた。
「おいまさか、アリシアって名前に赤毛……それにその剣に入った竜の紋章……まさかあの傭兵団『夜明けの鷹』のアリシアか!?」
先ほどまで恐怖していた男たちだったが、それに気づいたとたん恐怖の色がより濃くなった。
「どうでしょう? 少なくとも、今の私はただの旅人ですが」
「ちっ……『鷹』が解散したって噂は聞いていたが、まさかこんなところで子持ちで旅してるなんて思わねぇ……」
おい。
いくら何でも子持ち扱いはないだろう。私自身、幼く見られるのはもはや慣れたものだが、さすがにアリシアの子扱いはいただけない。
「前言撤回だアリシア、残り2人も……馬鹿どもをおねんねさせてやれ!」
声を荒げて宣言する。
「やれやれ……まあ私も子持ちに見られたのは癪なのでいいですけど……っ!」
「ひっ……!」
恐怖していた山賊2人が動き出す前に、アリシアがその懐に潜り込む。そのまま流れるようにみぞおちを剣の柄で殴打する。
そして剣を放り捨て、胸部を抑えて嗚咽を上げる山賊の顔を2人とも鷲掴みに、そのまま地面へ後頭部を叩きつける。
アリシア・ガーランド。世間では返り血のアリシアだのなんだの呼ばれていた2刀流の剣士。やはり味方としてみる分には鮮やかな戦いぶりだ……敵であれば面倒だっただろう。
「まったく……さすがに母子扱いは初めてだ」
声も出せずに気を失った山賊を足蹴にする。
「私もそんな歳にみられて、多少なりショックですよ」
アリシアが手際よく山賊から武器を剥いで、適当な木に身柄を縛り付けている。
「しかしあれだな、お前の名は通ってるのに、私のほうは勘づかれなかったな……やはり見た目か?」
「さーどうでしょう? 貴女は基本引きこもって作戦立案してただけだし、容姿が伝わってないんじゃない?」
若干生返事な気もするが、まあそれも否定はできない。事実、昔は軍議以外どこにも顔を出す気がなかった。
「さて、私は寝なおすけど、シェリスはどうする?」
「あー、そうだな……私は見張りがてらもう少し起きてるさ」
幸い、まだ焚き火は消えてない。賊どもが起きて騒がないようにしばらくは起きておいたほうがいいだろう。
「そう……じゃあおやすみ、『軍神』ちゃん」
「茶化すな、それは昔の話だ」
それだけ言うと、アリシアはテントへと入っていった。
軍神、などと言われたのも、もう昔の話だ。残念ながら戦は終わってしまったのだ。
「さて……街に着いた後のことも考えておかねばな……」
旅の最初の目的地、オレリアの街はすぐそこだ。
今後のことを考えながら、読みかけの本に手を付けた。