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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 深い眠りから覚めたなら36


 人が入らないような森の奥深く。ソレは高笑いを上げて地面に沈む男の臓腑に拳を叩きつける。タつこともままならない。逃げることも叶わない。


「り、リーゼロッテ」


 虫のような息でジェフはソレに声をかける。歯抜けでも言葉は喋れた。すると高笑いを上げていてソレは途端に表情を崩し、ふにゃふにゃになっている彼の右腕をそのままもいだ。

 腕がちぎれる傷みに、ジェフは絶叫する。天を穿つような声に負けじとソレも耳元で叫ぶ。


「黙れええええええええ。あの子の名前を気安く呼ぶな」


 ビィィーンと耳に膜が張られ、プチンと片耳の糸が切れた。


「あの子の名前はお前が気安く呼んでよい名前ではない。あの子はな! お前のせいで。おまえのせいで死んだ。もう、取り戻すことは出来ない。お前のせいだ。お前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のお前のせいだ!」


 ソレは舌を噛み千切り、頭を振り乱し、地団駄を踏みながら叫んだ。胸に爪を立て、何度も何度もジェフを罵倒する。口の中がからからに乾ききるまで、彼の耳に怨嗟を叩きつけた。


「ジェフ。一つ提案してやる」

「は、はひっ?」

「お前、あの子がいたら何をしたい」

「は、は、謝りたいです。俺がしてしまった事。あの方を傷つけてしまった事。俺がしてしまった事を全て。全て。謝りたいです。可能であれば、村人の皆様の前で謝りたいです」

「そうか。じゃぁ、その練習で私の前で謝れ」


 短い一言に、ジェフは瞬きをした。


「謝れ。許されたいと願うならば謝れ。私が良いというまであの子に向かって謝れ。私が満足するまで謝り続けろ」

「はっ。はひ!」


 そして、ジェフは天にいるであろうリーゼロッテに謝り始めた。「自分が悪かった」「許されない事をした」「あなたを傷つけてしまった」「どのような罰も受け入れます」「申し訳ありません」その言葉を装飾を変え、謝罪を開始した。

 無論、心の底からの謝罪ではない。こうすることが、一番適切である。と判断したからだ。口で謝罪の言葉を並べる一方、彼の中で疑問が沸き立つ。目の前にいる人物はリーゼロッテそのものだ。声色までリーゼロッテである。しかし、彼女は死んだ。彼の友人が言うには、胸を星の剣で突き刺し、首には鋭利なガラスの棘を突き刺して自死していた。

 それなのに、彼女は生きている。そして、「リーゼロッテ」と名前を呼べば、烈火のごとく怒る。「あの子の名前を呼ぶな」と。まるで、自分はリーゼロッテではないような口ぶりだ。リーゼロッテの外見で中身はリーゼロッテではない。聖女リーゼロッテは聖剣書の教えに従い、このような行動には出ない。では、目の前にいる人間はだれなのか。謝罪をしながら彼は考える。だが、答えは出なかった。

 ソレは彼の謝罪を聞きながら、足の指を一本一本、丁寧に折り、両膝の皿を砕き、足の付け根の関節を外した。耐え難い刺激がジェフの脳に刺激を与える。

 ジェフの思考は白みがかった。理性は焼却され、本能のみが自動的に活動する。喋る生き物とかしたジェフを彼女は静かに見落とす。

「あっ。これはもうだめだ」と判断すると、白い手が彼の胸の中へ突っ込まれ、赤い肉塊が露出されるのであった。


 ソレは、胸の空いた肉体をズルズルと引きずり、そしてたどり着いた場所は清らかな小川である。ここは、ソレが最初にたどり着いた場所で一人暮らしの部屋である。川のせせらぎを耳にすると、彼女の顔に光がさす。ジェフの身体を放り出すと、急いで、川を覗き込んだ。水面に映る自分の姿。彼女は、自分の姿を愛おしそうに見つめると、水面に向かってこう叫んだ。


「ただいま! リーゼロッテ! 戻ってきたよ」


 ソレが口を開けると水面に映るリーゼロッテも口を開く。まねっこをする妹を姉は優しく諭す。


「あぁ。リーゼロッテ。同じタイミングで話したらダメ。リーゼロッテの声が聞けないよ。とりあえず、私の話を聞いて」


 そう言うと、彼女はジェフを岸まで引きずりだし、彼の顔を水面に映した。


「ジェフを連れてきたの。ジェフがね。リーゼロッテにゴメンナサイ。許してって言ってるけど、リーゼロッテはジェフの事許す?」


 ジェフの肩越しからソレはリーゼロッテに問いかける。水面に映るリーゼロッテはニコニコと笑顔を浮かべる。ソレは何度も首を縦に振り、「うん。うん」と頷いた。


「そっか。リーゼロッテは許すんだね」


 それだけを言うと、ソレはジェフの首と胴体を素手で切り離した。力任せに引きちぎったおかげで、断面はズタズタに引き裂かれ、骨はむき出しになっている。取り外された顔をもう一度水面に映し、ソレは言った。


「でも私は許さない。あんたをここまで傷つけたコイツを許さない。リーゼロッテが許しても、私は絶対に許さないんだから!」


 ソレはジェフの顔を地面に叩きつける。川に背を向け、憤怒の顔でこう呟いた。


「大丈夫。大丈夫だよ。私は……。私は許さない。あんたをココまで傷つけたジェフも。自警団も。みんな。みんな。アンタの事を苛めた奴らみーんな仕返しするまで。私は許さない!」


 肉体の断面から血が零れ落ちる。清らかな川は、血を含み、怨嗟をしみこませタラタラと川下へ。川下へ。と憎しみを運ぶのであった。




 翌日、コトウの広場から悲鳴が響き渡った。に顔が磨り減った男性の頭部が見つかったのだ。前日から、ジェフの誘拐は自警団に報告されている。

 ジェフと最後に別れた妻と、身内による身元確認により、その頭部はジェフだと判断された。

「聖女リーゼロッテと思しき人物がジェフを殺したに違いない」妻は、自警団にそう言った。皆、聖女は死んだ。聖女がそのような事をするわけない。と口にしたが、聖女の最期が自死であった事。村の仕打ちを考えると、誰もが「絶対に違う」と口にすることは出来なかった。


「ふざけるな! あの女は、村から金をふんだくった女ばい。あの女、金ばかりじゃなく。人の命まで奪うなんて。生かしちゃおれん」


 ジェフの頭部を前に、そう言った男がいる。彼は、ジェフの友人であの事件に関わった自警団員の一人である。義憤に狩られた彼は、親方の制止を振り切り、村を飛び出し、ジェフの敵討ちに出た。

 翌日、彼は戻ってきた。“腕一本”で。

 それから数日後、村の外で山菜を採りに行った老夫婦は“手が繋がれた”状態で見付かった。老夫婦はリーゼロッテをサツマイモで殴った商店の主人夫婦である。

 また別の日、親にしかられた家を飛び出した幼い子どもが、靴だけ、老夫婦と同じ場所で見付かった。その子どもはリーゼロッテの講話の帰り、石を投げた子どもであった。

 日に日に増していく被害。手をこまねている場合ではない。コンラッドは親方に命じ、聖女リーゼロッテを速やかに捕縛せよ。との命を下した。彼らは血眼になり、聖女を探すも、遺体は見付かれど、彼女の痕跡は見付からなかった。

 村を出れば、死んだ聖女に殺される。村の中では、いつしか聖女の事を、人を殺すケダモノ。 魔獣と呼ぶようになった。


 こうして、魔獣リーゼロッテ(アヌイ) は誕生したのである。

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