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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 深い眠りから覚めたなら02

「妾の子なんです」


 彼の声は震えていた。たった3文字。ロサリオは妾の子という枝葉を付けた。出たから仕方ない。馭者は、目の前の人物の発言に困惑した表情を浮かべる。


「剣に触ってよいのは、キチンとした家族のみ。それが、家業のルール。僕は、家族ではないので、剣に触れることも、剣を知ることも許されてはいけませんでした」


 馭者は、目をそらした。オリヴァはほんの少し、胸を撫で下ろす。剣の卸問屋の暗部。そして、人が見せたくない過去。仮に、相手が女性であれば、この話に更に食いつくであろう。しかし、この男は今しがた、オリヴァから眼を背けた。

 暗い話に目を背ける。と言うことは、彼自身に、後ろめたさを感じている部分がある証左でもある。


「本当は、反骨心で剣の事を喰らいつけばいいのですが……。もしも、僕がそのような事をすれば、他の人たちの居場所を奪ってしまう。それならば、僕は、剣に目を背けて生きるだけでいいのではないかと思いました」

「だから、自分から剣から距離をとったと」


 馭者は、自分から話しに落ちを付けた。オリヴァは首を縦に振りながら、彼の気持ちを図った。彼は、ロサリオに対して抱いた思いは「辛いことを言わせた」という事だ。確実な負い目である。オリヴァは、彼の負い目に指を捻りこむべきか考える。

 オリヴァの本心は、“ロサリオは剣の卸問屋の人間”という設定に疑問を有して欲しくない。馭者は、感情的になりやすいが、人情味がある。

 そのような性格であれば、“聞けば良心が痛む”事を覚えさせれば、余計な事をオリヴァに問うことは無い。また、他の村人に「ロサリオは妾の子」という設定も吹聴しないだろう。


(もう一押ししておくか)


「僕が、生きていけたのは、僕という存在があの店の恥部だからです。恥部をウチに留め、生きるために最低限の教育を与える。店の名前に傷をつけないように仕込む。これが、父の方針でした。だから、僕はあえて剣に無知でいて、雑用に徹しました。けれど……。僕はもう店に戻れません」


 彼は自虐的に、悲しそうに笑った。自然と、声に艶がついていた。気づけば、馭者は、顔を伏せ、オリヴァの肩に手を置き、激しく揺さぶった。伏せた彼の顔がどうなっているか、大体の予想がオリヴァについていた。馭者は、辛いことをを言わせた。という負い目を持てただろう。彼は顔を伏せたまま、「言うな」と何度も連呼している。オリヴァの自虐的な笑顔は、歪に口角が上がっていた。


「辛かったなぁ」


 オリヴァはわざとらしく、鼻のしたを拭い、えぇと答えた。


「怖かっただろう」


 それは、ピントがずれている。とオリヴァは思った。


「お前の辛さ、怖さを知って、嫁さんは手を取ってくれたんやろ。お前はいい嫁さんを取ったなぁ」


 男の一言に、オリヴァの表情は固まった。彼の言動は、飛躍しすぎていた。オリヴァの脳内には沢山の疑問符がポンポンと湯船の気泡のように現われた。


「あの娘さん。かわいい顔して、肝が据わってる。健気で一途な人と出会えたんばい。それだけで、お前は、生きている意味はあったんや」

「……」

「アンタに操を立てる為、男には踝から下しか触らせなかった。って聞いたで」

「……」

「そりゃぁ、物足りなささはあるやろうけどさい。清らかな身で結婚をするっち覚悟を見せたあの娘さん。えれぇいい子やないね。そんな子と、よぉ此処まで来たなぁ」


 オリヴァの心の中でガタガタと物が倒れていくのが分かった。必死に、剣の卸問屋の人間である。設定を疑わせないように奔走していた自分が馬鹿らしく思えてくる。鼻で笑いたい衝動を必死に抑える。

 ベルの顔が良いかどうかはオリヴァは知らない。

 彼にとって彼女は、健気の対極にいる存在だ。人の揚げ足を取り、無知を攻め立てる。笑いながら、人差し指で誰かに言葉を投げかけるような人物である。

 間違っても、「操を立てる」「夫を立てて生きる」という生き方を選ばない。彼の中にあるベルは「夫は踏み潰して、私を光らせる」という信念の持ち主である。


「トランちゃんは、嫁さんに色々と話しよったからなぁ。お前さんたち夫婦がどんだけ愛し合ってるのかよーわかったわ」

「あー……。トラン、そんな事言ってたんですねー」

「そうばい。お前さんの境遇を知って受けれいた子なんやきん。大切にせんとバチがあたるばい」


 オリヴァは、軽いめまいを覚えるも必死にその場を耐える。心の中では、ベルへの罵声が嵐のように吹き荒んでいる。


「ちなみに。なんやけど」

「はい」

「あんただん、キスもせんかったとね?」


 人の境遇を慮っていた人物はどこへいったのだろう。オリヴァの意識が、遠くへ 遥か彼方へ消えてしまいそうな感覚があった。人の生い立ちに負い目を感じても、人の生活には、掘り返せるだけ掘り返す。馭者の違った一面が見える。オリヴァの目は少しばかり細くなる。口が薄く、開かれる。


「妾の子が、商売敵の娘の唇を奪っていれば、僕は身内から殺されていますよ」


 オリヴァの一言に、馭者は、意味ありげな顔で笑った。

 馭者の笑顔に対抗するかのように、オリヴァも乾いた笑い声を送った。

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