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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 深い眠りから覚めたなら01

 とても、長い物語であった。

 馭者の口ぶりは、その現場を見てきたかのように、詳細に、はっきりと、澱みないものである。彼が話している間、オリヴァはまるで星の剣を読んでいたかのような心地でいた。

 馭者は、息を吐くと、水袋に口を宛がい、ゴクリ ゴクリと音を立て始めた。

 

「信じられない。そのような事……」


 馭者は、心地よさそうに息を吐くと、口元を拭った。


「信じられないって言われてもなぁ」


 彼は困ったような表情で肩を竦める。


「聖剣に魔獣ぅ? 馬鹿らしい。夢物語じゃないですか」

「夢物語であってんなくってん、これは俺達の事実なきん。魔獣。うんにゃ、コトウ達のせいで、トリトン村ば大変やったんばい。アレから出た黒い砂がトリトン村の田畑を覆って、ロクなもんが暫く作れんかった。米やってん、今でも昔みたいなもんが出来ん」


 オリヴァはトリトン村の水田を思い出す。確かに、トリトン村の水田に張る水はくすんでいる。と思った。しかし、オリヴァは、くすんだ色は、雷雲のせい。自分の目の錯覚。程度でしか思っていなかった。あのくすんだ水田の色。それが魔獣の体から出た黒い砂のせいだとすれば……。

 彼の思考はそこで止まった。


「トリトン村の米は質の良い米。そういう思い込みはなぁ、俺達を未だに苦しめてる。俺達のじい様 ばあ様 じじ様 ばば様達はなぁ、本当にむげねぇ思いで米ば作ったんや」


 スナイル国では、トリトン村の米。という単語で条件反射に「質の良い米」と認識する。オリヴァも、王宮内でトリトン村の米の評判の高さを耳にしている。評判の裏に隠された事実。苦労はあったに違いない。けれども、その苦労と、馭者の語る原因は、彼の中で一本の線として繋がらない。


「お前さんが、あの話を信じるかどうかは勝手ばい。やけんどな、オレ達が信じちょる事をよそもんのアンタに否定される筋合いはなか」


 馭者の叫びは、飛沫としてオリヴァの顔にふりかかる。彼の顔は、興奮のあまり耳まで赤くなっていた。突然の大声に、馬は嘶き、前脚を高く掲げた。激しく揺れる馬車に、オリヴァ達は体勢を崩す。オリヴァにいたっては、荷台に腰を強く打ち付けてしまった。

 馭者は、片手で手綱を引いた。馬の浮き足立つ脚は地面に付く。彼は、更に馬を落ち着かせるべく、手綱を握る反対の手で馬の鬣を優しくなでた。触れるだけ、通じるものがあるのか、馬は、徐々に落ち着きを取り戻し、首を怪訝そうに振る。


「いい子ばい」


 馭者の声に、馬は駄々っ子のように鳴いた。オリヴァは腰をさすりながら、背もたれに手を伸ばした。


「大声を出してすまんかったな」

「いいえ」

「せやけんが、あんたが、本当にウチの村のモンになるんやったら、コトウの話、気安くするもんでもないし、否定するもんやない。この話はな、ウチのモンの大切な話しやけん」

「……はい」


 オリヴァは申し訳なさそうに答えた。馭者の顔を伺うこともせず、彼は這うようにして、馭者の横についた。

 オリヴァは何度も腰をさする。痛みを堪える顔をしながらも、その脳内では2つの疑問を吟味していた。


 第一

 オリヴァは、腐っても王都の役人である。スナイル国の歴史については一般常識レベルで知っている。聖剣。ならびに聖剣使いを有する。それは歴史の1ページに匹敵するほど、重要な事項である。しかし、長い歴史の間、スナイル国に聖剣があった。という話は聞いたことが無い。世界を創った12本の聖剣のうち2本が、このトリトン村にあった。そのような事が仮に事実だとすれば、語られて然るべきだ。何故伏せられていたのか。

 第二

 魔獣なるものがトリトン村を襲っていた。すなわち、獣害である。スナイル国で獣害はこれまで報告されていない。その情報も伏されている。

 国として知りうるべき情報が、コトウの物語として語られている。しかも、トリトン村でとどまるようにしてだ。

 この2つの疑問からオリヴァが懸念することがある。それは、この2つの情報をキルクは知っているか。という事である。

 仮に、知っていれば、何故オリヴァに伝えなかったのか。王家の人間にのみ告げられている事実なのか。聖剣の存在であれば納得は出来る。

 だが、獣害については話は別だ。

 魔獣・野獣の活動が著しい今日。スナイル国の臣民を獣害にあわぬよう対策を講じる事が求められている。スナイル国の獣害。後学のために、伝えなければならないものが、何故、オリヴァレベルでも伝えられないのか。

 ロサリオの仮面に、オリヴァの色がにじみ出る。


「ロサリオさん。一つ聞いていいか?」

「はい」

「あんた、本当に剣の卸問屋の人なん?」


 馭者の男がいぶかしそうな目でオリヴァを見つめる。オリヴァは頬をヒクリとだけ動かす。彼の心に漣が立つ。


(どこでしくじった)


 と自分の不備を振り返るも、答えは見つからない。


「そうですよ。何ですかいきなり」


 馭者の疑問を振り切ろうとするも、逃げれば逃げるほど、不審に思われることは確実。真正面からこの問いに答えるかどうか、背中に流れる一筋の汗がオリヴァをせかす。


「いやね。剣の卸問屋の人やったら、自分の剣にしろ、相手の剣にしろ、もっと吟味するんやないんかねぇ。っち思ったんや。せやけど、ロサリオさん。あんた、そんな素振りあんまりせんやん。せやからな。ほんまにそっちの人なんかなぁと」


 オリヴァの背中ががゾワリと泡立つ。

 馭者の指摘の通りだ。オリヴァの腰に下げている剣は、エイドから借りた剣。

 彼は、“エイドの持つ剣”でなら何でも良いと思い、考えなく、長い剣を取った。

 次に、馭者の持つ水袋。水袋には、“栓”の代わりに水の剣が刺さっている。水の剣の装飾が美しければ美しいほど、水袋の価値は上がる。

 オリヴァは、剣に接する2つの場面で、視線を落としていた。馭者の水袋は、彼の後ろに隠れている。どれほどの価値があるのか、もう知ることは出来ない。


「ぼ、僕は――」


 馭者の質問は、コルネールから渡されたプロフィールの根幹を揺るがす問いである。オリヴァとベルは各々のプロフィールについて深く意見交換をしていない。互いに、幹さえ違えなければ、枝葉は好きに弄ってよい。という認識があったからだ。

 もしも、ここで、オリヴァが剣の卸問屋の人間ではない。と言ってしまえば、プロフィールの幹を壊してしまう。何故なら、2人が駆け落ちした理由は「憎みあう剣の卸問屋の子ども」という設定があるからだ。

 ロサリオの仮面がジュクジュクと濡れていく。ロサリオを演じながら、オリヴァが、何か言葉を言えと急かす。ロサリオは、オリヴァの急かしに負けて、口を開いた。

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