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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 利己的な爪跡 最終話

 トルダートはマジメな表情でそういった。マルトの心の種火が燃え盛る。視界に入る獣の聖剣。幻想に還った話が蘇ってきた。


「獣の聖剣は、私とコトゥーの願いで姿を現しました。私はコトゥーと商人の死を持って、獣の聖剣の鞘を返せました」


 事実、トルダートの言うとおり、剣は目の前にあっても、鞘はいくら探しても見つからない。兵士達に探すよう命じているが、コトウの遺体が発見されて以降、ものめずらしいものは発見されていなかった。


「世界から獣の聖剣の鞘を預かりました。しかし、それを返したのですから、私はもう聖剣使いではありません。ですが、コトゥーは違います」


 コトウは世界から獣の聖剣の「剣」を託された。剣は2つに割れ、まだ残っている。


「彼は、自分の母を殺した聖剣、自分達を見殺しにしたトリトン村、存在を認めないスナイル国。全てが許せないんです。すべてが憎いんです。トリトン村。スナイル国を壊す。それが彼の願い。彼の願いは未だに残っている。割れた聖剣がその証拠です」


 トルダートは重ねるように、獣の聖剣を指差した。コトウはすべてを憎むあまり、憎しみの証拠として、剣を残した。憎しみに駆られたトルダートとコトウ。その2人が魔獣となった姿と、聖剣書に出てくる憎しみの獣 グナティオスが重なるのは合点がいく。グナティオスの最期と、魔獣の最期。これも重なるのは、聖剣の計らいとでもいうのだろうか。

 マルトは首を横に振った。


「世界は、彼の願いを適える為、彼に肉体の死は与えても生かしているのです」

「我が村とスナイル国を壊す願い。たまったもんじゃないばい。何故世界は受け入れるんか。そんな願い、認められる事なんち――」

「世界は、人間なんてどうでも良いのですよ。ただ、聖剣が作った世界と、大いなる意思さえ存在すれば他はどうでも良い。だから、一つの村が滅ぼしたい。一つの国を壊したい。という思いは受け入れられる願いなのです」


 それは、世界に触れた聖剣使いだから言える言葉であろう。世界と比べれば、人間はとても小さい。このトリトン村やスナイル国なども小さな存在だ。

 人間が虫の巣が壊されても気にしないように、トリトン村、スナイル国が壊されたところで世界は気にすることは無い。壊されたところで、世界は12本の聖剣と大いなる意思が存在する限り、あり続けるのだ。


「割れた聖剣は、決して1つにしてはいけません」


 トルダートは割れた剣に白い布をかけた。

 泡の弾けるような音。ガラスがこすれあうような音。砂を踏みしめる音。色々な音が集落に響き渡る。トルダートの指が、いや、身体が音をたてている。そして、身体は白と黒の粒子に変化し始めた。粒子は、その場にとどまると、一本の線となり、天へ伸びていく。誰もが見たことのない光景である。人々は、口をアングリとあけ、トルダートと天を見比べる。


「1つにすれば、コトゥーの漂う憎しみが、聖剣に引き寄せられます。そうすれば、コトゥーの憎しみを纏った聖剣が再び惨事を招くでしょう」

「では、更に砕くのは?」

「ダメです。聖剣は世界の一部です。獣の聖剣がこうなれば、獣達が不安定になるのは必至。これを更に砕くとなれば、獣達の秩序が壊れてしまいます。それに、獣の聖剣を割ったのは、マルト様達じゃないですか」


 トルダートはサラリと衝撃的な言葉を口にした。あの場にいた5人。見に覚えが無いわけではない。魔獣の身体を裂いたとき、骨とは違う、硬さに剣が当たったのに気づいた。あの時は、ただ、前に進むことに必死で、砕いた時、砕いたものは「魔獣の中核」程度にしか思っていなかった。その中核が獣の聖剣。

 団長は、顔色を無くした。手で顔を覆い、「何と言う事だ」と繰り返す。

 トルダートは、団長の膝に手を置き首を横へ振る。何か言いたそうな視線を送る。けれども、トルダートはその言葉を押さえ込み、マルトを見つめた。


「コトゥーの願い。いえ、呪いは、この村、この国がある限り続きます。コトゥーの呪いを破るためには、イグラシドルへ敬剣の気持ちを捧げ祈り続ける事。あるいは、別の聖剣使いの手でこれをイグラシドルの元へ戻すしかないです」


 マルトは何もいえない。世界に12本しかない聖剣。そのうち2本がトリトン村へやってきた。まさに奇跡である。そして、この村 この国を救う為にはもう一度奇跡を望むしかない。非現実的な解決策に、マルトは歯軋りする。


「貴方の執政を、見守ります」


 マルトはもう一度奥歯を噛み締める。トルダートに言われなくとも、マルトはもう一度トリトン村で執務を執るつもりだ。たとえ、腕がなくなろうとも、目が見えなくなろうとも、マルトにはその責務がある。トリトン村に降り注がれたコトウの呪い。コトウの呪いから村人を守ること。いや、コトウの呪いから、自分を支えてくれた自警団の面々。ヘーグ。自分が必要としている人たちを守るため、マルトはこの村の領主としてあり続けなければならない。

 スナイル国からトリトン村領主という地位が剥奪されぬよう、執務を執り続けなければならない。


「アホ抜かすな。私はトリトン村の領主。偉大にして崇高 孤高 指導者が備えるべき風貌を完全に持つ親愛なる指導者。それがこの私 マルトである。履き違えるな。魔獣であった、トルダート、コトウは絶対に許さない。すぐに火炙りに処するべきだ。だが、()() ()()()()()()であれば、話は違う」


「申し訳ありませんでした。偉大なる領主 マルト様」


  トルダートはそういった後、笑った。彼の身体から、薄い水色の粒子がすりガラスをこするような音を立てて放出された。彼は足は粒子となって消えた。足だけではない。見れば、手も、顔も、何もかも。人間としての厚さを失った。


「聖剣使いは、人として最期は終われません」


 そう言うと、濃い粒子の塊が放出される。トルダートの胸から下が消えていった。

 残されたのは、顔と、腕だけだ。

 トルダートは最期に笑顔をを作る。目尻に涙を浮かべ、困ったような表情を作り、皆の顔を見つめた。


 人は死ぬ時、体を残す。

 残さなければ、イグラシドルの下へ行けないからだ。

 イグラシドルでは、多くの者が、死者を待っている。イグラシドルの下へ行くためには、体を燃やし、塵となり風に乗ってイグラシドルの元へ運ばれなければならない。だから、人は死ぬときに体を残す。

 一方、残された者は、死者が無事にイグラシドルの下へ辿り付けるよう、遺体に火の剣を突き立て、燃やさなければならない。

 人の痕跡を壊すことで、苦行に耐えた自分を死者に見てもらうため。そして、死の悲しみに整理をつける為、体を残してもらわなければならない。


 人は、体を残して死ななければ、先に進めないのだ。


「聖剣使いだった者は、一体どこへ行くのでしょうね」


 トルダートは指を宙に伸ばす。誰に差し出した手かは分からない。皆、トルダートの指先を見つめた。


「ごめんなさい。私がいけなかった。このような結末を迎えるのならば、私は、聖剣使いなんかに――」

「トルダート!」


 兵士の誰かが大声を上げた。トルダートは顔の半分で、その声の方向を向く。


「お前が来て、米、むっちゃ美味しくなったばい。ありがとな」

「また、米を喰いに来いよ」


 トルダートの指は消えた。顔がサラサラと消えていく。トルダートが行ったことは決して許されない。村人をその手にかけた。罵倒される事は必至。そもそも、トルダートの人生の大半は、人に嫌われてきた。どのような事があっても、土の聖剣の呪いで必ず嫌われた。

 こうして、人が笑顔でトルダートに優しい言葉をかけるなど、ありえない。

 彼の体に、胸は無い。無いはずの器官がキュウキュウと切なく鳴り響く。目尻から一筋の涙が零れ落ちる。彼は、後悔した。嘘でも、笑顔で見送る人が存在するのだ。

 その瞬間、彼は土の聖剣の呪いから解き放たれた。獣の聖剣の呪いから開放され。ようやく彼は、人間に戻れた。


「どうして、信じ切れなかったんだろう……」


 トルダートの言葉はかすれていく。


「あぁ。どうすれば……。私は、皆さんに――」


 風が吹いた。トルダートの粒子は風に舞い、どこかへ消えた。彼は、肉体を残さず旅立つ。コトウの肉体も一緒に連れて消えていった。

  マルト達は、風を様々な表情で見送った。

  領主マルトは、不敵な笑みを零した。偉大なる執政を見ておれと言いたげに。


「マルト様!」


  遠くから彼の名前を呼ぶ者がいる。


「ヘーグ様!」


  唯一の村医者、ヘーグはマルトの姿を見るや否や彼の元へ駆け寄った。大きく変わり果てたマルトの姿。

  ヘーグは血相を変え、剣の柄でマルトに殴りかかった。マルトは体勢を崩し、そのまま倒れ込んでしまう。頭上から一発。再び重たい音がした。


マルト様(バカ領主)。貴方は何を考えてるんですか」

「バカというな。ドグサレ村医者。やって来るのが遅いんばい。私はけが人。とっとと治療してくれんね」

「マルト様の身体、そんなに壊れたてしまったら……。いくら有能な私でも治しきれませんよ」


  ヘーグは、馬乗りになったままボロボロと涙を流す。大きな涙の粒は、マルトの頬を濡らしていった。

  トリトン村は大きな傷跡を残した。けれども、彼らは傷跡の中から這い上がろうとしている。

  偉大なる 太陽の領主 マルトに導かれて。



 残されたのは、割れた聖剣と、コトウの呪い。





「これが、トリトン村に伝わるコトウさんの物語ばい」


 馭者の隣で、オリヴァは指を組み、眉間に皺を寄せていた。

 トリトン村に伝わるコトウの物語。それは、とても長く残酷な話しであった。隠された物語に、溜息しか出ない。王都のどこにもない物語。それに縛られている村人。オリヴァを目を伏せ、ポツリと呟いた。


「これが、コトウの呪いか」

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