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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 利己的な爪跡16

 魔獣の死を確認すると、マルト達はすぐに応援を呼んだ。応援部隊は自警団よりも年齢層は高い。応援部隊の中にヘーグの姿は無かった。応援部隊に、ヘーグは何をしているか尋ねるも、皆、首を傾げるのみだった。マルトの中にあった期待が一つ崩れていった。

 仕方なく、マルトは比較的被害の少ない家屋で休憩することにした。家主がこの世を離れてわずか1日。散らかった室内。床には放り投げられた衣類が散見される。彼は、硬い椅子に腰を下ろし、じっと左手を見つめていた。

 現在、彼の心を埋めているのは、喪失感だ。彼は、右腕と左手数本の指、左眼球を失った。この部屋に入る際、二人の兵士の力を借りた。部屋に入り、椅子に腰掛けるのですらこの有様だ。今後、自分の力で満足に日常生活を送るのは難しいであろう。

 では、執務はどうか。以前ならば、当たり前のように執務室で執務を執る自分の姿が想像できた。だが、彼は自分の姿が想像できないでいる。当たり前に行えていた事。自分の生きがいが、困難事項へ切り替わった。


「腕か目さえ、無事でおっちょけば……」


 マルトはやるせない表情で頭を抱える。トリトン村唯一の医者。ヘーグがこの場にいれば、治療を受けることが出来た。腕か目、どちらか一つは残ったかもしれない。そういう想像ばかりがマルトを攻め立てる。けれども、ヘーグはこの場にはいないのだ。

 マルトは、溜息と共に、自分の顔をこすった。やるせない表情はモヤモヤとした感情を引きずり出す。


 コンコン


 木の扉がなった。


「入れ」


 マルトは靄のような感情を振り払うように、首を横に振る。ギギギとなる気の扉。扉と扉枠にひょっこりと顔が挟まった。若い兵士だ。マルトと視線を合わせると、扉の隙間から自分の身体を滑り込ませ、敬礼の姿勢をとった。彼も、また鎖骨付近に大きな傷を負っている。薄いシャツには黒い血の染みが付着していた。


「マルト様、お休みのところ申し訳ございません。ご足労願えませんか?」


 若い兵士は冴えない顔をしていた。傷が痛む故、冴えないのではなく、喉に引っかかったトゲを気にするような冴えなささ。であった。


「ご覧戴きたいものがございます」


 冴えないのは声もだった。マルトの心の中が浮き足立つ。マルトはいつもの通り、底意地の悪そうな表情を浮かべ、「分かった」と返すのだった。


 若い兵士の方を借り、マルトは外に出た。彼がつれてこられた先。そこには、魔獣の遺骸が置かれた場所 ()()()。けれども、マルトの目の前には二つに裂かれた遺骸は無い。遺骸の変わりにあったのは、3メートルほどの高さに達する黒い砂の山だった。


「これは……」


 マルトは口を開け、黒い砂の山を見つめる。複数の草をすり潰し、炭を加えても、コレほどまでに「黒色」にはならない。マルトが目にしている「黒」は艶を帯び、青みを含んだ気品漂う黒である。それでも、生きているモノを否定し、すべてを塗りつぶす、傲慢さが色からにじみ出ていた。人間の手で気軽に作ることができない黒色である。


「ご足労いただきました」


 背後から団長の声がかかる。彼は、軽い足取りでマルトの近くに寄ると、ほかの兵士と同じく、敬礼の姿勢を執った。マルトが頷くと、彼は敬礼の姿勢を執り、マルトの隣に立った。そうして、二人は同じ山を見つめる。


「この砂はなんなん?」

「俄かに信じられませんが。魔獣の身体から現われた砂です」

「魔獣の身体から?」


 マルトの声が裏返った。眉間に皺を寄せ、黒い砂の山を見つめる。


「はい。魔獣の身体からにじみ出るように出てきたのです。砂が出てきた。と思った途端、砂が、魔獣の身体に喰らいついて。この有様です」


 団長は肩をすくめた。魔獣を喰らった黒い砂。魔獣の大きさは人と変わらないほどの大きさだった。黒い砂が魔獣を喰らったのであれば、人と同じ大きさであればいいものの、黒い砂は、人が二人 すっぽり入る高さある。

 集落に生暖かい風が走る。風に乗り、黒い砂がサラサラと流れていく。マルトは、流れる砂を目で追いかけた。


「そして、ご覧戴きたいものはこちらになります」


 団長は片手を上げると、別の兵士が白い包みを持ってきた。細長いふくらみがある。これは彼の直感だ。この包みの中には「許されないもの」が入っていると感じた。


「黒い砂の山の中から発見されました」


 マルトはゴクリと唾液を飲み込む。まさかという期待。期待を押し殺す理性。両者がマルトの心臓を大音量でドスドスとベースを刻んでいく。見なければならない。だが、すぐに決断は出来なかった。口を真一文字に縛る。喉仏が大きく上下に動く。

 マルトは、団長に目配せをした。団長の「よしっ」という言葉に、兵士はもったいぶりながら、白い包みをゆっくりと開いた。

 



「ヒトがいたばい!」


 黒い砂の中で作業していた兵士が声をあげた。よく響く声だった。生存者を確認するため、家屋を捜索していた者達は一斉に、黒い砂へ駆け寄った。

 声を上げた兵士は、両手で砂を掻き分ける。見えたのは、白い手だった。触れればまだ温かい。力を込めれば、微かだが、反応がある。

 行方不明者発見から、生存者発見に変わる。魔獣襲撃現場から生存者が発見された。それだけで、皆、色めき立った。

 皆、一様に砂を掘り起こす。砂はサラサラと音を立て、行く手を阻もうとする。崩れる砂を払い、皆、手を砂の中に突っ込み、生存者の身体の輪郭を確かめる。


「肩ば掴んだ!」

「おっしゃ。そのまま引きおこせるか」

「やってみるきん。誰か俺の腰を支えてくれんね」


 その声に呼応し、数人が一人の男の腰に手を回した。男は腰を入れ、両手で生存者の肩を抱え込む。「おしっ」と声をかけると、彼の腰に手を回していた者たちがいっせいに男を引っ張った。

 ズルズルと引き上げられていく身体。手が出てきた。肩が出てきた。そして、顔が出てきた。


「トルダート」


 誰かが、彼の名前を呟く。その声につられ、皆、トルダートの名前を呼んだ。

 砂の中から、トルダートを引き起こすと、ガタイの良い男が彼の身体を抱え上げた。そして、砂の山から駆け下り、平らな場所に彼の身体を置いた。トルダートの顔は黒い砂で真っ黒だ。屈強な男は、トルダートの口を無理やりこじ開け、うつぶせの体勢に変える。腹部を持ち上げ、状態を浮かす。そして、背中を力強く叩いた。彼が、トルダートの背中を叩く度、口から黒い砂がドロリ ドロリと吐き出される。ヴォエ ヴォエとえづく声。黒い砂が口から完全に吐き出されるまで、それは続いた。

 背中を叩き、胃液と黒い鼻水を噴出した。誰かが、トルダートの顔を覗き込む。

 彼の顔は、黒い砂と胃液、鼻水でぐちゃぐちゃになっている。鼻腔がピクピクと動いていた。


「もういいばい。粗方吐いたみたいやけん」


 うつぶせの体勢から、仰向けに寝かされる。顔の汚れを取るため、誰かが頬に水の剣を翳した。剣先からぴちゃぴちゃと柔らかい水の音がする。鼻に入らないよう、頬と口回りの汚れを落としていく。

 水の心地よさにつられ、トルダートの目はようやく薄らと開いた。


「トルダート!!」

「あぁ。目が覚めたんかい」

「マルト様あああああ。トルダートが。トルダートが生きてます。生きて発見されました!」


 遠くから、聞こえる声、マルトは、眉間に皺を寄せたまま、声のする方向を振り返る。


「礼節を知らん奴ばい」


 と一人ごち、団長の肩を借り、人だかりの中へ入っていった。

 

 人だかりを分けて入ると、地べたに寝かされているトルダートの姿がある。マルトは、団長と彼の右側頭部付近に腰を下ろした。数名の兵士達は、他に生存者がいないか確かめるべく、再び黒い砂の中へ入っていった。


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