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聖剣物語  作者: はち
欺瞞編
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砂城の住人たち

 イヴハップ王が厠の中で倒れていた。全身状態は芳しくなく、当直・非番関係なく、王宮直属治療専門の命の剣師団全員がすぐに招集された。だが、彼らの懸命な治療むなしく、王は夜明け前に命を引き取った。

 イヴハップ王の死去。この事実は二人の筆頭侍従に伝えられ、王子たちの耳に届くのであった。


「大変な事になったな」


 上りゆく太陽を背にしてイヴハップ王の二番目の息子 キルクはベットの上で胡坐をかいていた。困った顔をしているが、その表情に悲しみは感じられない。親の死に淡泊すぎる反応に、オリヴァの眉間に皺が寄る。

 聞くところによれば、イヴハップ王の訃報を耳にし、ハシムは取り乱したように泣き叫んだ。二十七歳、と脂の乗った大男が恥も外聞も脱ぎ捨てて泣いた。その事実に王宮内は目頭を熱くさせたようだ。

 一方、次男(キルク)は異なる。ハシム王子とは異なり、やせぎすで気難しそうな顔立ち。変わらない表情に王宮内は「悲しみを殺している」と評価しているが、筆頭侍従は知っている。彼の心の中は「困った」の感情が大半を占めているのだ。


「いやぁ困った。大変なことになった」


 キルクはオリヴァの一歳年上の二十六歳。身分も年齢も上だが、オリヴァはの口調は厳しいものである。


「これから大変なのはキルク様ですよ。()だって今まで大変だったんですから」

「おぉ、そうだったな。父上が亡くなる前、オリヴァが夜の見廻り担当だったという話、先程知った。流石に同情する」

「同情するなら何とかしてくださいよ。見廻りのおかげであらぬ疑いまでかけられ、取り調べられたんですから。思い返すだけで非常に不愉快。腹が立ちます」


 人前では決して見せないふてくされたオリヴァの表情を見て、キルクは声を押し殺して笑った。「笑い事ではありません」とオリヴァは付け加えたがキルクは「すまん。すまん」というばかりで笑うことを止めない。キルクもオリヴァも人前で笑顔を見せない。彼らが笑顔を見せるのは、二人で部屋に籠っている時ぐらいだ。互いに、笑顔が末永く続いて欲しいと願っている。王宮は、この笑顔一つどのように解釈するのか分からない場所なのだ。


「ところでキルク王子、イヴハップ王崩御に伴い今後の日程・儀式等を報告させていただきますがよろしいでしょうか」


 慇懃無礼に腰を九十度曲げる従者にキルクの笑い声は止まった。肩を震わせ「すまなかった」と謝罪の言葉を紡ぐいだ。侍従は渋々王子の無礼を許し、話を続けた。


「イヴハップ王の葬列の儀は三日間執り行われます。期間中、キルク様には喪に服していただきます。具体的には、服装は黒一色。服装の素材も厳密に定められております。必要となるものは仕立屋に指示しておりますので」

「服も新調しないといけないのか?」

「一部の儀式では新調した服が望ましいと」

「面倒だな」

「面倒な事はまだまだあります。食事の制限です。肉・魚・卵。穢れを連想される食物を口にするのは禁止。あと、一日に五回沐浴をしていただきます。身体は絶えず清潔に保つよう心がけてください」

「雨期なら沐浴も暑気払いになるが、乾期の沐浴五回は辛い。寒いぞ」


 沐浴はオリヴァ達臣下も同じである。夜回りの時に感じた肌を刺す寒さ。その中で沐浴をしなければならない事にオリヴァも半ばゲンナリしている。


「最終日、王の葬送 旅立ちの儀をハシム様と共に取り仕切っていただきます」

兄様(あにさま)と一緒、かぁ」


 仏頂面でツラツラと淀みなく今後のスケジュールを述べる従者を王子はフーン。と、まるで他人事のように聞き流す。


「ところでオリヴァ、儀式の事についてやけに詳しいな。まるで近いうちに父上が亡くなることを予見していたかのようじゃないか」


 キルクの発言にオリヴァは文字通り飛んだ。慌てて無配慮な王子の身体をベットに押し倒し口を手のひらでふさぐ。ムームー! と殺された声で反抗する王子に、オリヴァは声を押し殺し耳元で囁く。


「調べ上げたのです! 王の死の報告を受けてすぐに! 変なことを言わないで下さい。誰が聞いているか分からないし、私にまた良からぬ噂がまた立つでしょう。私の性格を知れば、どうしてキルク様の部屋に遅れてやってきたのか想像がつくじゃないですか。頼みますから。難しい時なのです。本当に軽々に言葉を口にしないでください」


 キルクの部屋の前には絶えず見張りがいる。オリヴァは人払いで兵士たちに休憩を与えているが、再び任務についている可能性もある。万が一、キルクの軽口が兵士の耳に入り、敵対する役人たちの耳に入れば。考えるだけで身の毛がよだつ。


「オリヴァ、俺からも言おう。ベットの上で押し倒すのはやめろ。誰かに見られたら変に思われる。俺はそれだけは絶対にイヤだからな」

「私もですよ」

「良いじゃないか。お前は変な噂が一つ増えても問題ないだろう。噂持ちだし」


 王子の反論にオリヴァは小さく口を開く。


「なんて厄介な」


 そう。彼は厄介ごとを抱え込む運命なのだ。だが、今回の厄介ごとは今までの厄介とは次元が異なる。王の部屋から退出する際、彼は王の冠はそう長く持たない。と考えていた。だが、今日、明日の問題とは想像していなかった。王は自分の宿題を果たして旅立つ。と誰もが思っていた。王がやるべき宿題。それは、王の冠を誰に譲るのか。今後の為、後継者の宣言を。との進言がたびたびなされている。その度、王はハシム王子が次期王であることを匂わせた。と思えばキルク王子が次期王であることを匂わせたり。と繰り返した。

 正式な後継者を告げぬままこの世を去った王は多くの火種を残す。


 (本来旅立ちの儀は、次期王の存在を告げる場でもある。だが、イヴハップ王が後継者を告げずに亡くなった為、後継者不在。次期王を選定するにしても時間が足りない。上層部も渋々旅立ちの儀をハシム様とキルク様二人で取り仕切るようにしたのだ)


 オリヴァが必死に王崩御に関する資料・式次第をかき集めたのは、キルクが恥をかかぬことはもちろん、彼が時期王にふさわしい人物であることを皆に知らしめるために情報をかき集めたのだ。


(安定は多くの情報の上に成り立つ)


 多くの情報に触れても、彼は安心できなかった。王子としての準備ならば、オリヴァの集めた情報で十分だろう。一方、次期王となれば何一つ安心出来ない。

 王宮内ではハシムに友好的なハシム派が多数を占めている。例え、ハシム側が準備を怠ったとしてもすぐに「王の資格不適切」と判断には至らない。一方、キルクは些細な失敗すら大きな失敗として扱われる土壌がある。

 キルクは支持者の数はキルクに後れを取っている。キルクを「まとも」に評価してもらうためには、レベルの高い完成度で勝負するしかない。オリヴァの顔が渋くなる。俯き、考え込む姿にキルクは申し訳なさそうに声をかける。

 

 オリヴァは襟元を正しベットの傍に靴を置く。


「苦労、をかけるな」


 伏せていた顔を上げて、オリヴァは主の顔を見る。自分の不安・懸念が伝播したのか、彼もまた渋い顔をしていた。


(キルク様はこれから先今以上に厳しい道を歩むのだ。俺が先に弱気になってどうする)


 オリヴァは咳払い一つこぼし、不得意な笑顔で王子に切り返した。


「感謝の言葉は早めに言ってください。そして、私に苦労をかけないよう少しは大人になってくださいよ」

「大人? それは無理だ。もう少し遊びたい盛りなんだからな」


 キルクははにかむような笑いを浮かべ、空気をたくさん含んだベットに身体を沈めた。

 包布の隙間から見える笑顔を見て「あぁ」とオリヴァは心の中で声を漏らす。彼の本音がようやく聞けた。だが、この言葉を契機に彼の本音に触れることは出来なくなう。予感を感じ取っていた。


 扉をノックする音が聞こえた。「キルク様。ハシム王子がお呼びです」と女性の声がかかる。


(あぁ。とうとう戦いが始まる)


 キルクはベットから降り、揃えられた靴に足を通す。侍女へはオリヴァが返事を返す。今一度、主の顔を見る。もう、彼の顔に笑顔はない。鉄面皮を被ったような無機質な表情がそこにある。

 オリヴァはキルク王子の着衣の乱れを整え、重い扉を開いた。

 長い廊下の窓から差し込む目覚めの朝日。温もらぬ空気は息をひそめ、三人の姿を見つめる。目に見えぬものはもちろん、目に見える者はこれ以上に露骨な視線を二人に浴びせることになる。

 終着地が定まらぬ戦。オリヴァの目に灯る野心の炎。

 戦が、始まった。


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