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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 利己的な爪跡14

 魔獣は足を引く。体の重心は下半身に移動した。足首は細いが、足裏の接着面は広い。踵で踏み込み、拇指球と五指で大地を蹴り上げる。

 ダンッ と肉塊が大地から解き放たれる。

 体の重心は肩へ移動している。

 ダダンッ ダダンッ

 魔獣の四肢は鞭打つような音を立て大地を駆け抜ける。魔獣が駆け抜けた後には土埃が舞う。足跡が残されていく。魔獣の到着地は無防備に佇むマルト達。4名。

 魔獣の脳裏に映る未来の光景。嗚咽を奏でるマルトの姿に、鋭い犬歯が見え隠れする。

 ふっふっふっと弾む息。血の匂いが混じっていた。

 魔獣のスピードはまだ上がる。マルトとの距離が家屋1軒分までに迫ってきた。

 すると、魔獣は、トップスピードを押し殺し、前足を踏み込んだ。

 ググッと体勢が低くなる。魔獣の溜め込んでいたスピードは、溜めにより、体のバネに変化した。地面にのめりこんでいく前足。後ろ足は、曲線を描き、大地を滑る。ギギッとブレーキがかかると魔獣の体はマルト達の側面を向いていた。

 そして、魔獣は後ろ脚1本で飛び上がった。

 空中で魔獣の体は1度捻り、手を広げ、太陽を覆った。体がマルト達の頭上にかかる。

 榛色の瞳が、マルト達を捉えた。


 魔獣はスピードを落とし、体の重心を後ろに乗せる。足がググッと曲がり、腰が下がる。魔獣の視線は、マルトから離れ、青い空へ注がれた。


「今だっ」


 マルトは、魔獣を見上げ、左手で宙を薙いだ。その声とに、彼の横に立っていた兵士が一歩後退する。腰に下げていた剣を抜く。そして、ほぼ同時、二人は、抜いた剣を大地へ突き刺した。


「放てっ」


 マルトの号令と共に、兵士達は土の剣にマナを送り込む。刀身がまばゆい光を放った。

 次の瞬間、青白い光を帯びながら、分厚く、高い土壁が彼らの周囲を覆った。

 土の壁は天高く上り、魔獣の顎にクリーンヒットする。鈍い音と一緒に、土壁の成長は止まった。

 やや暫くして、魔獣が墜落した。魔獣は頭から墜落した。魔獣の体はしばらく地面に埋まっていた。だが、その時間もわずかである。ゆっくりと、まずは頭から動き始める。頭をグルグル8の字を描くようにゆったりと起き上がる。目もグルグルと動く。

 土壁から、ピリピリッとマナが走る音がした。その音に魔獣は気を戻す。頬をパンパンと叩くと、もう一度四つんばいになり、土壁を睨んだ。

 突如と現われた土壁。狙った獲物を捕獲できなかった。

 思うように物事が運ばなかったことに、魔獣は体毛を逆立てた。


「ヴヴァアアアアアアアアアアアア」


 魔獣は、2歩後ずさり、土壁に向かい、咆哮する。周囲の家屋はビリビリと振動する。だが、土壁はびくともしない。

 魔獣と分断された土壁の中、マルトは顎を引き、ほくそ笑んでいた。


「アガアアアアアアアアア」


 魔獣はもう一度咆哮を上げ、両手を交互に土壁に打ち付ける。

 けれども、土壁はビリビリと震えるだけで、壊れる気配は無い。

 魔獣は、土壁をけりつけた。

 それでも、結果は変わらない。


「ギギギぎぎギぎ」


 魔獣は、歯軋りをし、頭を胸元の毛をむしる。悔しそうに土壁を何度も叩きつける。360度グルゥリと覆う土壁。どこかにほころびがあると思い、移動しながら武力交渉を重ねる。残念ながら、魔獣の武力交渉はまったくと言ってよいほど功を奏さない。


 堅牢な土壁は、マルトの後ろに控える2人の兵士の尽力の賜物だ。

 天高い土壁を作るだけでも、マナの消費は激しい。360度鉄壁のような硬さとなれば、それ以上の消費量が求められる。

 彼らの状況は、例えるのならば水中で200メートル競走に挑んでいるようなものだ。

 創るだけで苦しみが生じる。

 では、この土壁にこうげきが加えられたらどうなるだろうか。

 ただの土壁であれば、魔獣の攻撃で砂塵に帰すだろう。

 砂塵に帰さぬよう、この土壁は、マナで補強され、強固なつくりになっている。


「ぐっっ」


 魔獣が土壁を攻撃するたび、力は、土壁だけではなく、マナを通じ、彼らのマナ回路を伝わる。マナ回路を遡上するダメージ。体内を走る痛みは、小さな骨を折っていく。

 激しい痛みの中、二人は必死で土壁を維持していた。


「耐えろっ」


 マルトは二人を鼓舞する。

 このような苛烈を極める役割を二人は快く引き受けた。何故、引き受けたのか。

 ①自分の村を守りたい

 ②約束された名誉(王都の騎士団への推薦)

 この二つが理由である。二つの理由が彼らを奮い起こす。


「ガマンしろ」


 マルトは叱責する。魔獣が土壁に蹴りを入れた。兵士の歯茎から血が滴り落ちた。


「もう少しだ」


 兵士二人は、恐る恐る首を縦に振った。意識がどこか遠くへ消えていきそうだった。気を散らせば、暴走するマナ回路が自分の首の骨を折ってしまいそうだった。

 マナ回路が甲高い音を立て焼きついていく。


ーまだかっー


 マルトの額に汗が滲む。

 兵士達の顔は疲労の色が濃い。


 彼らの視線と同じよう、マルトは前に立つ団長を見つめる。。

 彼は目を瞑り、口を真一文字に締めていた。

 

 団長の頭の中、ピーンと張り詰めた白い糸がある。糸の回りでウロウロと動く魔獣。魔獣が動くたび、団長の手がピクッピクッと小刻みに動く。けれども、柄に触れない。柄の先に埋め込まれ断面を16角形に削いだ緑色の宝石がじれったそうに光る。

 魔獣がザラザラと土の上をすり足で歩く。その時である。団長の頭の中で張っていた糸に魔獣が触れた。

 団長の垂れ下がった目が「カッ」と見開く。目が開かれた時、団長の腰に下げていた剣は大地に突き刺さっていた。

 柄の先が綺羅星のように輝く。鋭い光が土壁内を覆った。

 一方、土壁の外では、ビリビリビリと裂ける音。ブツブツブツと突き刺すような音が聞こえる。土壁にピシャッ ピシャッと液体がふりかかる。


「よいぞ」


 マルトは壁の外で何が起きたのかすぐに理解できた。彼の頭の中の盤は綺麗にひっくり返った。


「貴君らの仕事は此処までだ」


 マルトは目尻を下げ、土壁を作った二人の肩を叩いた。

 兵士達は、達成感に満ち溢れた表情を浮かべる。彼らは膝を着き、前のめりに倒れる。

 マナを帯びていた土壁からマナの気配が消える。土壁は本来の姿へ戻っていく。

 まるで、雨が降るように、土砂がガラガラと音を立てて崩れていく。マルト達は、空を見上げる。青空が彼らを包んでいた。

 二人の手が柄から離れた。マルト達に土砂は降りかかっていない。それは、二人の兵士がマルトへ向けた礼節であった。


 マルト達の視界に、再び村の姿が戻った。。


 眼の前に、魔獣の姿はなかった。

 振り返ると、そこには、土砂を頭から被り、大地から生えた無数の地の杭を打ち付けられた魔獣の姿があった。

 宙にぶら下がるように、全身を貫かれた魔獣。杭の先に、肉片と血が付着している。目の焦点は虚ろ。目尻に流れる涙は血の色をしていた。


「すまんな。私は領主なもんで下ばかり見ている生活だ」


 マルトは笑顔を浮かべ一歩 二歩と魔獣に近づく。


「この村で、私はてっぺんだからな」


 魔獣を土壁で足止めし、その間に団長の土の上位剣で杭を作り串刺しにする。この作戦は団長の上申によるものだ。マルトは、この作戦をいたく気に入ったが、一つ難点がある。それは、彼らは魔獣の行動パターンを知らない事だ。

 魔獣の行動パターンを知らなければ、土壁に誘導することも、土の杭で串刺しにすることもかなわない。生きた情報を把握するために、生きの良い疑似餌が必要だった。そう。疑似餌に選んだのが先駆けの兵士達 第一陣である。

 疑似餌が持ってきた釣果は、マルトの中では及第点である。

 例えば、

 魔獣が2歩後ずされば、遠吠え

 魔獣が4歩後ずされば、突撃

 魔獣が腰を落とせば、跳躍

 魔獣が両手を上げれば、ラリアット

 

 このような修正は、想定の範囲内。落第である。

 彼らの最大の釣果は、感情が高ぶった時の魔獣の行動パターンである。

 魔獣は苛立つと、短時間に破壊力のある攻撃を打ち付けてくる。破壊力のある攻撃。というのはエネルギーを消費する。

 魔獣の大きさは人間と変わらない。報告でも、長時間で攻撃をした。とは上がっていない。であれば、スタミナは人間よりもやや多い。と考えるべきだ。攻撃力は人間よりも遥かに上。エネルギー消費も人間以上だろう。であるならば、魔獣はコストパフォーマンスの悪い生き物である。スタミナ切れを狙えば、マルト達にチャンスはある。

 この作戦の要。土の杭は、団長に一任した。

 なぜならば、彼は、嗅覚が無い。

 嗅覚が欠けているせいで、聴覚が異様に敏感である。土壁ごしでも、魔獣の動きを把握できる。

 音の大小で魔獣の位置を知り、息遣いで魔獣の体力を図る。

 

 団長は、マルトの期待通りの動きをし、成果を上げた。


「魔獣。よくも我々を此処まで馬鹿にしてくれた。私は絞首刑が好きなのだが、お前は特別に斬首刑にしてやろう」


 マルトの顔に表情は無い。


「申し開きは不要。英明なる指導者 マルトに処断されること光栄に思え」

 

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