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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 利己的な爪跡11


 マルトはテーブル に肘をつけ、組んだ手の甲の上に顎を乗せた。団長の説明を聞いていたが、途中から耳に入らない。何故か。話が長いからだ。話しに飽きた彼の理解は「魔獣が自分の村に手を出した」である。

 長い話を澱みなく報告した彼に、反応を返さないのは酷である。マルトは少しばかりの気持ちを込めて返事をする。


「なんなんそれ。どっかの作品か?」


 呆れ返る口調で答えてみた。残念ながら、団長は困った表情を浮かべて「現実です」とそっけなく返すのみだ。

 マルトは「フーン」と鼻で返事をし、部屋の壁に立つ兵士達を見つめた。彼らは、領主の前。と言うことで、いささか緊張した面持ちである。

 そのような表情でも、困惑の色はにじみ出ている。

 村人への対応

 魔獣への対応。

 マルトへの対応。

 様々あるだろう。その表情をマルトは咎めない。内心、「小心者め」とガッカリするのであった。


「そういえば、我が村に空の剣が使えるものはいたか?」


 空の剣。上空より俯瞰し、物事を図る剣。人間は地から足を離して生きることは出来ない。それ故、視野を空へ放つ 空の剣の使い手はごく少数だ。この部屋にいる者が誰一人反応しないのは希少性の証拠でもあろう。


「マルト様。残念ながら、我が村には空の剣の使い手はおりません」


 マルトは背もたれに体重を預け、腕を組んだ。


「良い。では基本事項の確認をする。まず、死者と生存者の数について」

「現在集計中です。ただ、確認されているだけでも、死者は最低でも10名以上かと」

「うむ」


 マルトは重心をテーブルに戻し、肘を付き、再び手の甲の上に顎を乗せた。


「行方不明者の数」

「コトウ コトウの母 トルダート。コトウの家の近隣27世帯。現場視察の自警団」

「よろしい。では、最低でも38名が行方不明と言うことだな」


 マルトは溜息をつき、口を開く。


「38名。彼らは魔獣の慰物であろうな」


 マルトは平然な顔。いや、薄ら笑いを浮かべて答えた。「慰物」その一言で、この部屋の中にいる物、皆の表情が変わる。団長からの報告をもう一度思い返す。魔獣が住人に行った所業。残虐性に思い返すだけ胃袋が握りつぶされる。

 この部屋の人間の中で、コトウの家の集落の者。現場視察に行ったものが友人であった。という者もいたであろう。そのような心情を推し量らず、侮辱とも取れる発言をした。彼が咎められず、傷一つつけられずに、座れるのはある意味「領主」という地位故だろう。


「慰物は38。魔獣の対応は早いに越した事はないだろう。慰物が持つかさっさと壊れるか。分からない。救出できるのであれば、人間の形 人間であった名残があったほうが良い。別れの踏ん切りになる」


 部屋の端で動く者がいる。双眸は血走り、それこそ、獣のようにぎらついた目でマルトを見つめる。マルトはその視線を一度は返すも、すぐに外した。彼は人間に畏怖しない。変わりにはっきりとわかるように笑った。例え、この微笑が魔獣に向けられたものであっても、他人はそう受け取る事はない。


 マルトは立ち上がり、自分の顎の高さに手の平を上げ、皆に見せた。


「諸君。私は今までの話を聞き、5つの疑問がある」


 反対の人差し指で、まず、親指に触れた。


「① この魔獣は何か」


 親指が倒れた。


「② この魔獣はどこから来たか」


 人差し指が倒れた。


「③ いつから魔獣はいるか」


 中指が倒れた。


「④ 何故、魔獣は我々を襲うのか」


 薬指が倒れた。


「⑤ どうすれば、魔獣を倒せるか」


 五指は全て倒れた。静まり返る室内。マルトは一呼吸置いて、もう一度口を開いた。


「魔獣とは何か」

「ふ、二つの顔を持つヒヒです」


 恐る恐る兵士が口を開いた。マルトは「そうだ」と返すと、倒していた親指はゆっくりと立てた。


「この魔獣はどこから来たのか」


 今度は別のものが踵を鳴らした。敬礼の姿勢で口を開く。


「不明です。コトウの家で発見されましたが、侵入の形跡は確認できず」


 別方向から踵を鳴らす音がした。


「付け加えます。2つの顔を持つヒヒを見た。という報告はこれまで受けておりません」


 マルトは口元を歪め、もったいぶるように中指を立てた。


「では、何故、魔獣は我々を襲う」


 その問いは誰も口を開かない。そもそも、魔獣 などという生き物を本日、生まれて初めて聞いた。惨劇を起こす生き物だ。知った。人あらざるモノが何故人を襲うのか。口を閉ざす兵士達に、マルトは「考えろ」と言う。

 兵士達は視線を床や天上、梁など、様々なところへ飛ばす。浮かんでくる思考はあるが、「小心者」ばかりだ。口を開けない。

 暫しの沈黙の中、一人の小心者が口を開いた。あの若い兵士が踵を鳴らし、敬礼の姿勢をとった。


「我々が弱く、反応が面白いからです。我々が逃げ惑う姿を見るのが楽しいから。だから襲うのです」


 マルトは机を荒々しく叩き、薬指を立てた。他の兵士たちは、「あっ」と小さな声を上げる。彼の答えに感嘆したのではなく、そのような平易なものでも受け入れられた。という意外性だ。マルトの歪む口元に、皆安堵する。そして、フツフツと腹の奥からこみ上げるものがあった。

 若い兵士の一言で、人間が甘く見られていることを知った。獣ごときが人間に楯突いている事が許せなかった。獣が人間に楯突いて同胞を殺している。逃げ惑う避難民が現われた。

 正義の代名詞 人間がそのような魔獣に捌きの鉄槌を下す必要性がある。と確信した。


 マルトは部屋の空気の流れに気づいた。彼らの心の導火線はが今か今かと期待に満ち溢れている。皆、火を求めていた。


「最後の問いだ。どうすれば魔獣を倒せる」


 領主は、最後の問い(火の剣)を掲げた。


 部屋中から多くの踵が鳴り響く。誰も彼も「待て」が聞かない。マルトの云う「礼を失した状態」だ。だがしかし、この状態こそ、彼の望む「礼を尽くした状態」でもある。心の裡を、さらけ出す。魔獣への憎しみを声に出す。倒すべき敵は「魔獣だ」と認識させる。

「ぶち殺す」「八つ裂きにする」「三枚に下ろす」「四肢をもぎ取る」「毛皮をはぐ」「一つの顔を切り落とし、絶望を教え込む」「叩き斬る」「燃やす」「圧死させる」「石で殴り殺す」

 皆、それぞれ望む結末を口にした。何度も首を縦に振り、天高く、手を上げる。そして、小指を立てた。


「よろしい。最高な答えをありがとう。魔獣が我々を弱く、逃げ惑う。と思っているのならば、見せつけてやらねばならないな。我々は強く、果敢に魔獣に挑み、キチンと殺すことが出来る。人間《飼い主》に歯向かえば、どうなるのかをきちんと仕込む必要があるな」


 マルトは高く掲げていた手を胸元まで下ろす。人差し指は倒れているとアピールするように、小さく腕を振った。


「しかし、残念だ。私の人差し指は満足していない。コイツを満足させるには、会うべき人間がいるようだ」


 マルトはあえて残念そうな表情を浮かべる。その胸中はすでに知られている。


「会うべき人とは?」


 団長の声は、彼の状態を知らせるように軽快だ。気づけば、彼もピクニックを待つ子どもの一人になっていた。


「ヘーグだ。あいつに聞かんと分からん事がある」


 マルトは肩を竦ませる。団長は頷くと、近くにいた者に、ヘーグに連絡をするよう指示を出す。部屋の人数が一人減った。

 マルトはもう一度、部屋の中にいる兵士達の顔を見る。高揚感に身をゆだね始めた顔は、小心者から狩人の顔になっていた。無論、マルトも同じである。誰も彼も、目の前のお楽しみ会に夢中になり始めた。


「諸君、礼を忘れたらいかんばい」


 兵士達は大いに笑った。本部から零れる笑い声に、前を通る住民、避難民は怪訝そうな表情を浮かべる。

 マルトは言いたいことだけを言うと、部屋を後にする。その姿を、兵士達は目を輝かせて見つめている。ただ一人、憤怒の表情を見せる者を除いてだ。



 ヘーグがいる青空診療所は、相変わらず人が多い。

 ゴザの上で横になる人々は、皆、手首 足首に布が結ばれている。

 浅い呼吸。鼻につくブヨブヨとした汚臭。素人目に見ても、この場にいる者に、命の猶予はない。聞けば、ヘーグの治療が間に合わず死んだ者もいる。

 遺体は放置すれば病気の発生源となる。というヘーグの方針で、遺体はすぐに燃やされる事となった。後々の事を考え、身元確認は行っている。といっても、避難民が「多分、○○さんちん家の○○」というものだ。記録はするが、信憑性は低い。

 ヘーグはそれで良しとし、すぐに火葬した。遺体に火の剣を突き刺し、燃やすのは避難民の仕事であった。


 ヘーグは珠のような汗を拭い、診療所の奥から現われた。ヘーグもマルトもウェルラン山を見つめる。山には夕日が沈みかけていた。まるで、水に濡れた橙のようで。滲み、泣いている様に思えた。

 夕日に照らされたヘーグの横顔。疲労と焦燥感が色濃く現われ、お祭り騒ぎの本部とは対照的だった。


「マルト様。お話とは?」


 ヘーグはマルトの顔をまっすぐ見つめた。真正面から見ると、顔色は冴えなかった。


「お前も時間が無いっちゃろ。簡単に聞くけん。お前、コトウの家で家畜なりなんなりが飼育されてたのを見たん?」


 「いつ」から魔獣がいたのか。それを知るキーパーソンはヘーグである。なぜならば、ヘーグは、トリトン村の唯一の医者。コトウの母の治療の為、足しげくコトウの家に通っていたと聞く。その家は決して大きくない。狭い家の中、仮に、コトウたちが、飼育すれば、鳴き声、体臭、体毛、糞尿の匂いが必ず家中に充満する。家を軽々しく破壊する力を持っているならば、コトウの家のどこかが必ず破壊されている。

 ヘーグはその証拠を見ていたに違いない。

 縋る気持ちで、マルトはヘーグに問いた。


「私が診療に行った期間は長いものでした。しかし、そのような様子は全くありませんでした」

「そうか」


 マルトは表情を変えなかった。頭の中で、一つの選択肢を消す。脳内では、五指が再び立ち上がった。そして、その結果、新たな仮説が立ち上がる。

 聖剣使い トルダートが魔獣を呼び出した可能性である。


「マルト様。私の発言でございます。それだけを鵜呑みにしないで下さい。私の発言は、貴方の見ていない事。むしろ、信じないで下さい」

「アホ言え。私はドグサレ医者に裏切られることを含めて、信じておるばい。今更、何を言うかと思えば。トチ狂ったんか? お前」

「失礼致しました。少しばかり死者数が多く……。気がめいっていました」


 マルトとヘーグの横を幼子が通り抜けた。子どもの腕の中には、血で濡れた布がいくつもあった。彼らは、表情無く、血で濡れた布を、遺体を燃やす火の中へ放り込んだ。肉体が骸骨になる様子を大きな目がじっと見つめる。パチパチと燃え、変わりゆく様に、幼子は何を思うだろう。マルトは、幼子の後姿を見つめた。


「マルト様。あのような子は今回の一件で沢山おります」


 大人が幼子を呼ぶ。彼らは、パタパタと足音を立て、大人の声に従い、走り出した。


「差し出がましい事を申しますが、よろしいですか?」

「お前はいつも不躾な事しか言わんやろ」


 マルトは顎を動かし、話をするように動かした。


「魔獣についてです。患者は皆、2つの顔を持ったヒヒが襲いかかったと申しております」


 この情報は団長から聞いた情報と齟齬は無い。目撃者の証言だ。魔獣が二つの顔を持つヒヒであることは間違いない。


「2つの顔を持つヒヒ まるで聖剣書に出てくる憎しみの獣 グナティオスに似ていませんか?」

「グナティオス?」


 予想外の発言にマルトの声は裏返る。傍にいた団長も小さな声を上げた。

 

 聖剣書 創剣紀に登場する 憎しみの獣 グナティオス

 イグナとディオス 双子の子供。両親は敬剣の証として、2人を生贄に差し出した。不条理な死を迎えたことを憎み、二人は、獣の聖剣と樹の聖剣に、この憎しみを晴らすように願った。その結果が 憎しみの獣 グナティオス 二つの顔を持つ キツネの現界だった。


「聖剣書の話やろ。そんなもん何の――」

「マルト様。私達は聖剣の恩恵によって栄えました」


 雨季に入る湿った空気。一陣の風として、二人の間を走った。

 ヘーグは米神からあふれ出す汗を拭った。顔を拭っても、彼の表情は変わらない。彼は、本気だった。


「マルト様。この村は、幻想を受け入れた村ではありませんか」


 幻想の産物 聖剣。 トリトン村は、聖剣を受け入れた。それは、ヘーグの言う通り、幻想を受け入れたと同義であろう。

  遠くでヘーグを呼ぶものがいる。容態が変わったのだろう。彼は、頭を下げると再び患者が待つ青空診療所の奥へ消えた。

 マルトの中で広げられる盤上遊戯。見えない差し手がすりガラスを置いていく。

 マルトの駒 透明なガラスは列聖だ。


 二つの顔を持つヒヒ 魔獣と 幻想《憎しみの獣 グナティオス》


 分かりかけていた答えがスゥーと遠くへ消えていく。マルトは再び差し手に迷い始めた。


「団長」

「はっ」

「魔獣討伐は明日行う。皆にはそう伝えよ」

「明日……ですか」

「38人の慰物がおる。今夜は慰物頑張りでしのいでもらうしかないな」


 マルトの足は本部へ向かう。気だるそうな表情の団長のテンションもつられて急降下していく。


「明朝、2名を下見に出せ。その結果で決める」

「マルト様は、ヘーグ様のおっしゃられた事を――」

「それは私が決める事ばい!」


 マルトの激しい声に、団長は頭を下げた。マルトは脳内で1枚 透明なガラスを置いた。それは悪手だと思った。

 見えない差し手は不気味に笑うだけ。

 一人だと思っていた差し手は二人 三人と様相が変わっていく。

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