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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編:利己的な爪跡06

 これは、ある聖剣使いの話である。彼が「人間」だった頃、世界は大飢饉に見舞われていた。彼が生活していた村も、他の村と同様、作物も作れず、収入が乏しい日々だった。納税の日もあとわずか。納税の日を数日遅らせて欲しいと嘆願しても、あっさり却下された。人々は、米櫃の底にこびりついた米粒を擦り取り、「主食」とした。数日前に使用した皿を嘗め回し、僅かに感じる味覚を「副菜」とした。この二つが「食事」である。今日の「食事」が明日もありつけるとは限らない。どうやって生きるか、皆、日々頭を抱えて生活していた。


 そして、村では会合が行われ、このような意見が出た。


「この窮状は人の力ではどうしようもない。イグラシドルに現状を伝えなければ、何も変わらない」


 イグラシドルは世界の中心で眠る樹の聖剣。発言者の思考回路がとてもおかしい。正常な者がいれば、彼の言葉をいなすだろう。だが、誰一人として、彼の言葉を否定しない。それどころか、「それが良い」と賛同した。話は帰結する。後は、簡単な話。人身御供を選ぶ。そして、選ばれたのがトルダートという男だった。

 トルダートは、ボロ家の中で這い蹲り、人身御供に選ばれたことを聞かされた。

 彼は何日も食事にありつけていない。意識が朦朧とする。考えは及ばず、村の総意に首を縦に振った。

 彼の合意の後、イグラシドルへの出立日はあっという間だった。イグラシドルへ粗相がないようにと、前日には僅かながらの料理が振舞われた。

 出立の日、トルダートは白装束を身に纏い、逃げぬよう手足を縛られ、木にくくられた。

 足は地に着かず、足元には藁と、枝の尖った細片が積み重なっている。


「イグラシドルに我々の窮状を伝えてくれ」


 村人は窮状を記した星の剣をトルダートの服の中へ突っ込んだ。


「すまないトルダート。村の為だ。よろしく頼む」


 その言葉を合図に、2本の火の剣が掲げられる。火の剣はすぐに火が灯り、足元にある藁に引火し、パチパチと小さく音を立てる。種火は藁や大きな枝を食む度、音と勢いが大きくなる。

 彼は、この音が身を包んだとき、自分は旅立つのだと感じた。

 死ぬことは怖くない。死ねばイグラシドルの下に行ける。もう空腹に悩むことはない。また、イグラシドルの下には、餓死した友人がいる。両親がいる。彼を待っている人がいる。

 それでも、彼は足元を見れずにいた。顔にかかる白い煙。これが黒く変色する頃、自分の体が燃やされる。迫り来る火は、自分の生の残り時間を教えているような気がするからだ。トルダートには一抹の生の執着がある。


「何故僕だったんだろう」


 トルダートは疑問を口にする。

 彼は、答えを求めるべく、目の前の人々の表情を見つめる。皆、顔は髑髏ののように痩せこけ、眼球はむき出しになっている。彼らは何かを話す度、腐敗臭がする。村人にも、死が一歩一歩近づいている。髑髏の顔をしてイグラシドルに会うより、少し肉のついた顔が良い。と都合よく考えてみたが、思考はすぐに手放した。


「いいや。僕に出来るって思ったんだろう」


 そうだ。彼は思った。イグラシドルに窮状伝えるのではなく、人々が食べて行ける土壌を願おう。そうすれば、人々は税金の事も恐れず、明日の生活の事も考えなくて良い。腹いっぱいになる幸福。満腹のとき、いつだって、不安は忘れられる。世界の土壌が豊かになれば、人々は不安から開放される。きっと世界は幸せになるのではないだろうか。

もしも、その願いが叶うならば、どんな苦難でも。このように、肉体が焼かれる結末でも、受け入れる事が出来る。


―本当にそう思えるか? ―


 そのような事を考えていると、頭に直接語りかける声があった。まるで、異世界の訛りの強い言語を聞かされている。不思議な事に内容は理解できた。

 天からの声はおぉんと響く。

 それを合図に、世界は変わった。

 地面に膝を付く村の人々。火の剣を掲げる二人。彼らは、トルダートにイグラシドルに窮状を伝えて欲しいと願い、祈る人々。村人の動きは止まった。鼻の穴さえ動かない。

 トルダートの足を焼こうと迫り来る火は、花弁を閉じたようにひっそりとしている。煙は固形化してしまった。もちろん、全身を覆う、刺すような暑さも感じない。

 時が

 空間が

 世界が

 トルダート以外のすべてが止まった。


―哀れな人身御供。問おう。お前は人々が食べることに困らない豊穣の大地を願うかー


 目の前に広がる人あらざる力。直感的に、自分が何と会話しているのか理解ができた。


「はい。人々が食べることに困らない豊穣の土地を願います」


ーでは問おう。その願い、世界が孕む呪いを浴びてる事となっても同じことを言えるかー


 世界が孕む呪い。トルダートはその意味がわからない。ただ、自分の願いが叶いそうな気がする予感がした。散々空腹で辛い思いをした。今ですら死に掛けている。これ以上、怖いことがあるだろうか。未来に待つ幸せが確約されているならば、現在の辛酸は耐えられる。これは彼のモットーでもあった。ならば、答えは簡単だ。


「はい。人々が食べることに困らず、笑顔があるのならば。どんな呪いを浴びても文句は言わない」


 トルダートは声のする天を仰ぎ答えた。凛と澄んだ瞳。彼の答えに、反応はすぐにあった。彼の体をくくっていた大木がミシミシッと音を立て、更に太く 大きく高く成長する。毟り取られた葉は蘇るよう茂り始めた。どこからともなく、蔦が現われ幹を這いつくばり、彼の体を縛り付けていた麻縄を断ち切った。


―君の願いは世界に届いた。君に土の聖剣の力を与え、豊穣の大地を約束しよう―


 天から振り下ろされた一本のブロードソード 

赤茶色の細長い柄。鉛色に金色が上下にあしらわれた重厚な鞘。

 トルダートは自由になった手で剣の柄を握りしめる。土の聖剣は彼の為に作られた。と言っても過言ではない程、手に馴染む。まるで、何十年も使い込んだ愛剣の感触だ。

天から「抜け」と声がする。声に従い、鞘をゆっくりと抜く。

現われた刀身は少し白みがかっている。色だけではない。特徴的なのは、中心の凹み。歪な形だ。トルダートが軽く剣を振ると、彼を燃やそうとしていた火は大きな土砂へ変わり、煙は砂に形を変えた。


―そして、君は聖剣の呪いを受けた。『必ず嫌悪される呪い』。どのような事があっても、君は必ず人に嫌われる。どれ程善行を重ねていても、君が聖剣使いである限り、君は人に嫌われ続けなければならない―


 トルダートは剣を鞘へ収める。突きつけられた呪いに、トルダートの表情は変わらない。天の声に彼は「はい」とはっきりした声で返した。


トルダートは、聖剣使いとなり、豊饒の大地の為、世界を歩き回った。

東に貧しい土地に嘆く村があれば行き、豊かな土地へ変えた。

西に疲れた農奴がいれば、彼の変わりに土地を耕した。

南に貧困で死にそうな人があれば、豊穣の土地で取れた作物を沢山持って行き、食べさせた。

北に土地の境界線で揉める人がいれば、両者の話を聞き、新たな境界線を引いた。


 彼はこれら全て、人の為になると思い行動した。聖剣の力に、人々は感謝し、賞賛の言葉を送る。

 けれども、平穏は長く続かない。

 豊かな土地に変わった村は、他国からの侵攻を受け壊滅した。

 農奴がいた村は、彼が反乱を起こし一族郎党晒し首となった。

 死の淵から戻った人は、家族皆で食べ物の奪い合いが起こり全員が死んだ。

 境界線で揉めていた人達は、無断で境界線を引いたことを咎められ、追放された。

 そして、彼らは、等しくトルダートを憎んだ。


 憎まれ、自分の身に危険を感じる度、逃げ出した。逃げた回数は両手両足では足りない。善行は形を買え、悪行として、トルダートや彼と関わった人に降り注ぐ。

 トルダートは浴びせられる言葉、暴力を通じ、「聖剣の呪い」を知る。

聖剣の呪いの前では、彼の「人間の心」はとてもひ弱な存在だ。弱い心は、これ以上自分を傷つけぬよう、壁を作る。出来上がったのが、道化の仮面。

 おかしな人間として振舞うことで、聖剣の力で惹かれても、彼の強い個性に近寄ることは無い。また、そうしていくことで、以前ほど激しい罵声、暴言を浴びせられる事もなくなった。

 道化として生きる優しさの中、少しの光を見出した。そうして、道化として振舞えば振舞うほど、彼の本来の性格は道化に塗り固められていく。その代わり、道化の流す涙にトルダートは気づかずにすんだ。

 

 トリトン村へは、ある花の嘆願で訪れた。

 トリトン村のコトウに会ってほしい。

 彼は、コトウに会い、彼の心に惹かれた。

 弱きものを慈しみ、尊ぶ心。惜しみなく愛を注ぐ姿。辛い生活を経験している為か、人当りは穏やか。

トルダートは考えた。このような優しい人間ならば、自分を受け入れてくれるのではないか。嫌いにならないですむのではないかと。

だが、事は思うように進まない。


「人に必ず嫌われる呪い」


 聖剣の呪いは聖剣使いを逃さない。彼の母から死を奪った事で、コトウはトルダートを激しく憎んだ。これが、彼に与えられた呪いの真実である。


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