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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 認識格差01

目覚めは最悪だった。


王都を離れて3日目の朝。オリヴァ・ペイトンはトリトン村唯一の宿屋で迎えた。薄い布団の中に蹲り、汗臭い浴衣に身を包む。王都ではありえない朝の迎え方である。トリトン村を訪れてまだ1日。襲い掛かる文化の違いに文字通り「カルチャーショック」を受けていた





 昨日、雨の中、 診療所を文字通り追い出された。真っ先につれてこられたのがこの宿屋だ。


王都で宿屋といえば、鋭角な屋根に高い石垣。白壁が塗られた気品ある建物を思わせる外観が主流である。一方、トリトン村の宿屋は王都のはるか昔の主流を取り入れている。平屋の建物に、ヒビの入った土壁。ドアと窓ガラスが埋め込まれていることで、「建物」と認識されるようなつくりだ。


 オリヴァは目を瞬かせ、目の前の建物は遺跡発掘現場か何かかと思った。が、その言葉を抑え込み




「これは宿屋ですか?」




 と口にした。無論、オリヴァを連行してきた女性は、「はぁ?」と語気の鋭い声でオリヴァに答えるのだった。




 ひさしを潜ると、いかにも「女将」という身なりの女性が立っていた。オリヴァをつれてきた女性は、女将に事の経緯を伝えた。女将はすでにオリヴァ達外部の人間がトリトン村へやってきたことは知っているらしい。女性二人、なまりの強い言葉で話しながら彼を頭の上からつま先まで、品定めするように見つめた。




「じゃぁ、私はこれで帰るばい」




 オリヴァをつれてきた女性はそれだけ言うと、ドスドスと足音を立て、宿屋を後にする。女将は、大きな溜息をつき、突っ立っているオリヴァの胸元に手を差し伸べた。




「うちは前金制ばい」




 そう言うと、建物の外観にしては割高な料金を徴収した。ズタ袋でずっぽりと濡れた貨幣は、感触が悪く、女将の渋い顔は更に渋くなった。





 王都では、玄関を抜ければ、艶の塗られた明るい板の廊下。そして、プライベートが約束された個室に温かな布団。これがスタンダードである。


 一方、この村の宿屋は、薄暗く、穴の開いた廊下。一歩歩けば、廊下が軋み、踵を付ければ、床が抜けそうな線の細さを足の裏が感じ取る。間違ってジャンプなどすれば、確実に廊下に穴が開く。立て付けは悪く、ビュービューと隙間風が厳しい。個室など用意されておらず、大広間のだだっ広い板張りにせんべい布団が畳まれている。絶賛アンチプライバシースタイル。トリトン村の宿屋。


 


そして、彼に更に追い討ちをかけたのが、風呂である。


冷たい身体を温めるどころか、凍った心にパリンとヒビが入った。


 石の湯がまの下には、火の剣と薪。大きな鉄鍋の上には木桶。


 恐る恐る、木桶の中をのぞくと、底に、一振りの剣が置かれているだ。




「おいおい。嘘だろ」




水の剣だ。


つまるところ、風呂に入るためには、自分で水の剣を使って浴槽に水を入れる。温度調節は火を起こせ。という事だった。王都では、風呂はすべて下女が用意していた。風呂に入ろうと思えば、温かい湯船が用意されている。オリヴァにとって下女の仕事を彼が行わなければならない。


居ても立っても居られず、宿屋の主人に文句を言ったが、それこそ返事はけんもほろろだ。




「私たちは、あなたの使用人ではありません」




胸に言葉がこみ上げる。「使用人ではない」この一言が、オリヴァの今の立場をはっきりとさせる。今の彼は、勿論「筆頭侍従」ではない王都の役人の一人でもない。彼は、トリトン村にいる得体の知れない人間だ。そんな人間の身支度なぞ、大将と女将がやるわけはない。現実に、キリキリと心臓が鳴く。非礼を詫びて、言われるがまま、自分で風呂を沸かし、そのまま煎餅布団で身体を休めた。







「俺、何してるんだろう」




 オリヴァは、布団の中で一人ごちる。頭を抱え、無為な時間に後悔ばかりする。




「旦那さん。起きてるかい?」




大広間の入り口から女将が大声で声をかけた。布団の中から顔を出し、少し息を吐いて、オリヴァは上体をムクリと起こた。




「はい。起きていますよ」




女将には劣るが、彼も寝起き一発 大声で返した。慣れない事をしたせいか、胸に微かなと痛みが走った。




「よぉ眠れたん?」


「えぇ。お陰様で。久しぶりにゆっくり眠れましたよ」




嘘である。彼はほぼ眠れていない。隙間風としとしとと陰気臭い雨音。ジュクジュクとした湿気。借り物の寝巻き。最悪な居心地。頭の中では遅々として進まない仕事にやきもきしていた。遅れた時間をどのように取り返すべきか。そんな事ばかり考えていた。時折、浅くだが、コクリ コクリと船をこいだが、合算しても睡眠時間と言い足りえるものではない。




「それやったら良かったわ。朝食、用意しちょるからはよおいで」




 オリヴァの青白い顔にパァっと朱が灯った。


この宿の住環境は最悪だ。褒めるとすればこの食事ぐらいだろう。


 昨晩提供された「粥」は特に最高だった。トリトン村の名物が米というだけの事はある。どろっとした白濁色の汁を掬うと、中から1本 1本 粒の揃った米が現れる。ダシをしっかりと吸い込んだ米は柔らかく、噛めば、米粒の中からもダシが絞り出てくる。箸で底の中を漁れば、細切れになった椎茸が摘めた。醤油だしをたっぷりと吸い込み、じわっとあふれ出る塩味に味覚がピョンピョンと踊りだした。




「朝ごはんは何ですか?」


「来ればわかるばい。卵をよぉけ貰って来たけんね。目玉焼きは用意しちょるばい」


「それは楽しみです。昨晩の料理、凄くおいしかったですよ」




 オリヴァの一言に、女将もまんざらではない表情を浮かべる。




「早よ顔ば洗ってき」




 とだけ残すと、スタスタと食堂へ向かった。




 「卵料理」と小さく呟くだけで、オリヴァの舌の中に唾液がたまる。「目玉焼き」とは初めて聞く料理の名前だ。「目玉」と付いており、物騒なイメージが先行する。けれども、昨晩口にした粥の美味しさ。女将が「朝食」といえば真っ先に「目玉焼き」と答えた。一番先に口にすると言う事は、メイン料理が「目玉焼き」に違いない。オリヴァはしばし思案すると、布団から飛び出した。




 冷たい板張りの上を歩く。ひび割れた窓からは晴れた村の様子が見える。地面はまだぬかるんでいるが、昼前には表面は乾くだろう。ボロギレ。と言っては失礼だが簡素な身なりの女性たちが頭の上に洗濯物を乗せてワイワイ話しながらどこかへ消えていく。昨日は靄に霞んで見えなかった村の風景が、今日になり、少しずつ見えてきはじめた。


オリヴァは目を細め、首を動かし、ひときわよく見える領主 コンラッドの屋敷を見つめる。彼の最終目的は、コンラッド ならびにトリトン村の役人が初夜権を行使しているか。どうかである。今日で3日目だ。遅れている任務にブルリと身体が震える。情報は、あの領主邸にある。何とかして、あの屋敷に出入りしなければならない。どのようにすれば屋敷に出入りできるのか。オリヴァはトリトン村で出会った人の顔を思い浮かべる。そして、可能性として上げられたのは2名の人物。「親方」と「先生」だ。


 まず、親方。あの雨の中、オリヴァ達を見つけた。他の男たちにはない、トリトン村のエンブレムをつけた腕章をつけている。風体も普通の男とは違う。威圧感を持っていた。だが、一方で、あの親方には「粗暴」さが浮き出ていた。清廉潔白を尊ぶ傾向の多い領主達。親方のような人物をホイホイと屋敷に招き入れることは無いだろう。


 次に、「先生」だ。診療所に勤めている。ということは確実に「医者」だ。社会的身分を有する。村唯一の診療所と言うこともあり、コンラッドとも少なからず接点はある。だが、如何せん。かなり若い。接点はあれどもパイプはあるのかといわれれば難しいだろう。ただし、屋敷への出入り という点に関しては親方よりも強いコネクションがある。




「まず、攻めるは診療所……か」




 オリヴァはポツリと考えを口にした。診療所にはベルがいる。口実はいくらでも使えだろう。伏せた目はもう一度コンラッドの屋敷を見つめた。





「旦那さぁん。何しちょるんよ」


「はい。今、行きます」




 オリヴァは考えるのを止めた。炊き上がった米粒の甘い香りが鼻の下を通っていく。トントントンとリズミカルな包丁の音。オリヴァの足はフラフラと食堂へと向かっていった。

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