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聖剣物語  作者: はち
鏖殺編
134/137

悪夢が日常に変わるまで 01

 彼が持ち抱えている木箱の中には数多くの剣が入っていた。

 トリトン村魔獣討伐の先遣隊が王都へ戻り早一ヶ月が経過した。魔獣襲撃により数名の兵士が命を落としたが、ニクラスとオリヴァの帰還をもって先遣隊の任務は成功と処理された。

 しかしながら、後続の魔獣討伐隊の戦果は芳しくなかった。トリトン村へ向かう道中も村の中でも魔獣の姿は確認できず、魔獣の喰い残しを発見したのみでめぼしい戦果は何一つなかった。

 騎士団と幹部役員を渦中の村へ派遣し、何一つ収穫がない。というのは対外的によろしくない。本来であれば、その手の言い訳は本人が行うべきなのだが、口先・手先を使う役目に抜擢されたのは、筆頭侍従補佐のオリヴァ・グッツェーであった。

 騎士団もニクラスも都合の良い言葉ばかりを並べ立て、ハシム・キルク両王への報告を作れと命じる。オリヴァは自分のこと手一杯で一度は断ったのだが、自分筆頭侍従への復帰に関する口聞きをコルネールに行うのであれば、という条件で引き受けた。もちろん、口約束ではない。誓約をさせた。彼らがそのような約束はしていない。と言えぬよう誓約の星の剣を作り、騎士団とシュリーマン家の印を押され封がなされた。

 このような過程の果て、オリヴァは王へ報告する星の剣を一振り刻みあげて献上した。

 そして、彼が胸元に抱え込んでいる木箱には為損じた星の剣達である。


 オリヴァは地下にある剣の破壊を専門とする焼却室へ向かい、目の前で為損じた星の剣全てを粉々に粉砕させた。砂に近い細かい粒子にまで砕かせる。一見しても、いや、剣の残滓に触れてもわからないだろう。それが元々星の剣であるなど、誰も気づかない。

 剣の砂を持ち込んだ木箱に入れさせると、蓋をして焼却室を後にする。

 今度は地上に上がり中にはへ向かう。

 旅立ちの儀を行った中庭を通り抜けて、そのさらに奥。木々が生い茂るある区画へ至る。

 一角の入り口に兵士が立っていた。

 オリヴァは自分の名前と職位を告げ、立場を示すよう首に下げた真新しいメダルを兵士に見せる。兵士達は真新しいメダルの真贋を確かめるよう舐めるように調べる。彼らはオリヴァが首に下げているメダルが本物であるとわかっている。

 顔の下半分を仮面で隠している男 と言えばこの男一人だけだ。酔狂でオリヴァと同じ格好をするものはいない。


「わかった」


 兵士達の嫌味ったらしい審査をくぐり抜けると、兵士の一人がオリヴァを森の中へ案内した。

 鬱蒼とした場所に見えるが、四方は外部からの侵入を防ぐ為に、高い塀が築かれている。入り口もオリヴァが入った一箇所のみ。

 オリヴァが向かう先は「嚥下の穴」と呼ばれる特殊な場所である。

 王宮が建てられる前から存在し、底が見えない常闇の穴。覗き込めば、命を掠め取る錯覚に陥るほどのに深い。

 この穴の先には樹の聖剣 イグラシドルが眠っており、役目を終えた剣をこの剣へ放り込めば新しい剣が生まれ、再び人間の元へやってくる。と言い伝えられている。

 物語の真贋にオリヴァは興味はない。本当だと信じているのであれば、イヴハップ王の亡骸をそのまま嚥下の穴に放り込めば良いと、鼻でせせら笑う。

 一方、物語の真贋を探ることは、思いがけぬ不運に手をかけるおそれがある。彼は仮面の下で息づく白い肉がその証拠だ。

 彼はそれ以上何も考えず、到着した嚥下の穴を睨む。

 何度見ても、存在を掠めとろうとする深い穴。魂を差し出されぬよう、「食うべきもの(粉砕した剣のかけら)」を放り込む。人間がするような嚥下の音は響かなかった。息を吸うような音だけが聞こえ、剣の存在は穴の中へ消えていった。行き先は知れない。


「次に生まれるならば、剣も真っ当でありたいと思うよな」


 オリヴァに付き添った兵士がポツリと呟いた。オリヴァは眼球のみを動かし、兵士に言葉の意味を問いただす。はっきりとした意思を見せる目つきに兵士は口ごもり、湿原と認識した。

 取り繕うにも、オリヴァの目はやたら批判的で、言葉じり一つにすら容赦しない面持ちである。

 オリヴァは叱責代わりの沈黙の後、穴と兵士に背を向けた。

 彼には、与えられた仕事がある。


 侍従室へ戻る中、彼は回廊庭園に出た。回廊も庭園も人の姿はない。

 花は枯れ、勢いよく子供の背丈ほどあった青々とした草木はみすぼらしい茶色に変色している。

 オリヴァは柱の内側に刻み込まれている花のレリーフを見上げた。ユーヌスが好きといった花のレリーフはとっくの昔に枯れ朽ちてしまった。

 ユーヌス曰く、花のレリーフはこの庭園に自生している花々らしい。枯れていてもユーヌスには色とりどりの花の色が見えるそうだ。

 オリヴァの目には白亜の花にしか見えない。彩りはこの庭園で失われている。


「季節の流れ、か」


 オリヴァは呟くと、応じるように声が返ってきた。


「黄昏るには年が早いわよ」


 回廊に響き渡る足音。オリヴァは足音の方へ首を動かすと、そこには一人の女性が立っていた。太陽の日差しを一身に浴び輝くような金色の髪。意志の強い大きな茶色の瞳。太陽に向かい己の存在感を知らしめるように咲く花を連想させる。色を失くした庭園で、彼女の色は強すぎた。


「さぼりか?」

「馬鹿なことを言わないで。私は清く正しい勤労戦士。勤労戦士が勤労戦士として勤めを果たすには適度な休息と休憩が必要なの」

「適度な休息と休憩の程度は自分の中での解釈って事で良いんだな」

「何か問題でも?」

「大ありだ」


 オリヴァは肩をすくめてあきれ返るようにベルを見た。


「おりんりんだってさぼってるじゃん」

「別に。俺は侍従室へ戻る途中だ」


 そう言うと鼻で笑いベルを見下す。彼の反応が面白くない。彼女は顔をしかめてオリヴァを睨んだ。こうして憎まれ口を叩き合うのは約二ヶ月ぶりのことである。本の前の出来事なのに、オリヴァもベルも久しぶりの出来事のように思える。彼は、仮面の下に浮かべたえみを隠す。一方、彼女は苛立ちを隠すことはしなかった。相手は「今現在、関わる必要のない存在」だ。二人とも相手に背を向けこの場から離れることができる。だが、「相手に報告しなければならない」責務を負っている。この場に佇み、離れないのは、互いに言わなければならない。と認識しているからである。

 責務を認識しているのならば、沈黙し、留まり続けているのはなぜか。二人が有する共通の短所である。「自分から会話の糸口を開きたくない」。自分が先に会話を提供すれば、相手は話しかけたかった。とあらぬ誤解と借りを作ってしまう。平易に言えば、二人のプライドの高さ故に会話の口火をきれない。プライドとプライドのぶつかり合い。火花散らす中、この我慢比べが不毛だと先に気づいたのはベルだった。


「何? 黙って突っ立って。私も暇じゃないの」

「偶然だな。俺もだ」


 ベルはもう一度黙ってやろうかと本気で思った。だが、このプライドのぶつかり合い、勝者は「会話の主導権」会話を制するものであると認識した彼女は話を続けた。


「私ね、おりんりんに言わないといけなかったことがあったの」


 単語は全て過去形である。オリヴァは黒目だけを動かしベルを見る。


「おりんりん。あなたがトリトン村へ発った日、私はあることに気づいたの」


 ベルはちらりとオリヴァを見る。顔は背けられているが視線はこちらに向いていることに気づいた。話を聞くつもりだ、と認識すると唾液を飲み言葉を続けた。


「獣の聖剣に関する星の剣。あれを記した者の名前は、ある人物で統一されていたの」

「ふぅん」

「ヘーグって名前を覚えていない?」


 オリヴァは何も答えない。ベルはヘーグのことを説明しなかった。会話の主導権は彼女がしっかり握っている。彼が知っていようがいまいが話を続けた。


「獣に関する星の剣はヘーグの名前で記されている」

「たまたまだろう。それに、それがどうした。星の剣に関する星の剣を記すときはヘーグの名前に統一するような暗黙の了解があったのかもしれない」


 オリヴァの回答は騎士団長、そして彼女が所属する体制のほとんどが示した反応と同じである。彼女は鋭い目つきでオリヴァに語る。


「そうかもしれない。けれど、私はどうしてもこの違和感(ヘーグの名)が払しょくできなかった。何故、獣の聖剣についてはヘーグの名前を使わなければならないの?  何故、トルダートとコトウについて断言できるの? そして、獣の聖剣に対なる者としてマルトが記されるの? マルトって誰?」

「俺に言われても知らない。あの村の医者どもは医者でありながら歴史家でもあったんだろう。先祖代々のそういう研究をしていて、ヘーグの名で獣の聖剣を記している。そういう教育を受けたんだろう。そういう家ならば、イヤと言うほど獣の聖剣の資料があるだろうな」

「おりんりん、何言ってんの。この国の図剣館にある星の剣は全て複製品。原本は王都の図剣館が保管している。例え記した本人であろうとも自身の記した星の剣を保管することは許されない」

「国の目を盗んで保管していた可能性だってあっただろう」

()()()()()()()()()。知識と知恵は国に還元するもの。破りし者には等しく死あるのみ。官僚である貴方が知らないわけあって?」


 ベルの迷いのない口調にオリヴァは口を閉じる。最後の言葉。知識の独占は大罪である。地域による知識の偏在は問題だが、知識がある人物だけに一点集中するのはより大きな問題だ。国は、知識を管理・分散のため、全ての星の剣を集め、知識としての星の剣の複製品を配置した。

 星の剣は王都が全て管理する。例え、記した本人が見返すためであっても原本の保管は許さない。原本に新たに手を加えられ、国の知らない知識が生み出されることを恐れたからだ。だから、刑を「死刑」一択とした。本人のみではなく、一族郎党研究仲間も含めてだ。

 知識による反乱を国は抑制したかった。

「死刑」という生命簒奪の刑は罪刑のバランスを失しているが、理由はあるのだ。

 ベルとオリヴァの話を合わせれば、ヘーグの一族が今まで記した星の剣の原本を有している可能性は低い。


「おりんりん。あなたは受け継がれる情報が口伝であるのならば、って思ったでしょ。でも、口伝は人の口よ。必ず感情が挟む。そこから、齟齬も生じる。最初から最後まで、ね」

「待て、ベル。例え原本がないとしても複写は手にしているかもしれないだろう。それを元にヘーグの家の者が獣の聖剣について――」


 オリヴァは言葉を区切った。この国では、星の剣に触れるためには図剣館で閲覧しなければならない。オリヴァのような身分・職位がある者のみ王宮の図剣館へ行き、好きな星の剣に触れ、自由に貸与を受けられる。全て禁帯出扱いである。

 寒村の町医者如きが、例え贋作の星の剣を無断で拝借するなど出来るわけがない。

 知識の独占は大罪。

 今現在も、国がこれを旨としている以上、ヘーグの家の者たちが一子相伝の星の剣を保管することは不可能に近い。


「……。おりんりんもう一つ言うわ。ヘーグの家に生まれるものは必ず長子は男であり、女は決して生まれない。殺したとか間引いたとかそういうものじゃない。あの家に生まれるのは男だけ、なの。この意味、わかる?」


 世界には男と女の二つしかない。生まれてくるのはどちらか一方。自然の摂理として半分の確率で分かれるはずだ。産まれてくるのは全て男。何かしらの意図を感じさせる状況に、彼の中にも、彼女と同じ違和感、いや疑念が産まれてくる。

 荒唐無稽の理由が一つ一つ潰されていく。


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