表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣物語  作者: はち
鏖殺編
130/137

心臓を刹那に託す者 02

「失礼だな。私であったことを感謝して欲しいぐらいだ。他の兵士(凡人)であれば、歓迎は手荒かったはずだ」


 ニクラスは肩をすくめ、手のひらを天井に向ける。おどけさ仕草であるが、鋭い眼光は彼から離れない。


「町医者エイドで間違いないな」

「何故私がエイドだと?」

「町医者が機能していれば救護班が編成されていたはずだ。だが、機能していなかった。おまけに、お前の死も口にしない。なら、考えることは一つ。エイドはあのどさくさにまぎれて逃げ出した」


 ニクラスの推論を彼は否定しなかった。


「はい。エイドは私以外誰がおりましょう」


 とあっさり認めてしまった。


「何故このようなところにいる。村人の治療を――」

「村人? 何を言うかと思えば……。あの村に()()()()()()()()()()ねぇ」

「……」

「誰も私の死を口にしない。違いますよ。誰も私について言及することが出来ない。()()()()()なんて、いるはずがない」


 エイドの口角が頬を割くように吊り上がる。現在村がどうなっているのかをよく理解し、その行く末も認識しているようだ。


「知っていたんだな」

「……。えぇ。そうなるように仕組んだだけですよ。あれだけの数がいれば一体か二体成功するかと思ったんですがね」

「成功? それは魔獣に墜ちた聖女リーゼロッテのような存在か?」


 笑っていたエイドの顔から表情が消えた。何故お前が。と訝しがる目を向けたがすぐに笑みを浮かべ首を横に振る。


「違いますよ。リーゼロッテは魔獣に墜ちたんじゃない。彼女は魔獣になり損ねた。トリトン村が恐れていた魔獣はリーゼロッテが愛したロバですよ。ロバ」

「ロバ……が?」


 エイドの返答は予想できなかっただろう。彼の端正な顔はあっけにとられ、口を開けたまま彼の話を聞いた。


「そうですよ。あれは成功に近い。良い結果だった。ロバがリーゼロッテの姿を持ち魔獣の凶暴性を兼ね備えた生き物に化けるだなんて……。あぁ、人の縁が結んだ御業(みわざ)ですよ」


 興奮を抑えきれないのか、彼の体は小刻みに震えている。成功体験を縷々説明したい欲望に体が侵食されていた。迫り上がる言葉を隆起した喉仏に溜め、笑い声を食い散らかすよう理性を持って口を開いた。


「人は成長する生き物だ。新生児から乳児、幼児、児童、少年、青年、壮年、老年へと年齢を重ねるごとに心と肉体は変化する。変化とは、枠の逸脱である。と、私は考えます。だが、不思議と思いませんか? 人の成長は新生児から老年までの一つ枠の内でしか変化しない」

「……」

「精神の成長も同じだ。正常・異常の二つの枠でしか捕らえられていないが、果たしてそうなのか。他に枠があるとは思いませんか?」

「君は、人の成長の枠が他にあるのではないかと思い、村人を魔獣にしたのか?」

「話はまだまだ序盤です。人の話は最後まで聞きましょう」


 エイドは口元に人差し指を当て、話を続ける。


「成長とは枠の逸脱。そう考えると正常も異常もひっくるめて枠の逸脱。ならば、私は人を成長させてあげようと。枠を超え、姿と形、心を全て変えて尊き者へ昇華させ成長させよう」

「それが、魔獣であってもか?」

「そうです。魔獣とて生き物です。人間だけが特別なのではない。もしも特別なのならば、大いなる意思は人の聖剣を作り、他の十二の聖剣と同じく特別なものにしていたはずです。だが、人の聖剣などは作られなかった」


 エイドはスクッと立ち上がり両手を広げる。反動で椅子は転がり、背もたれが欠けた。


「この村は、愚鈍になりすぎた。聖剣と相対峙し、聖剣を破壊する勇敢さ愚直さがあったがこの村の取り柄だった。にも関わらず今では牙を抜かれた愚鈍なる生き物。そのような生き物を生かすために、()()()は戦っていたのか。彼らは肉体を差し出し戦ったのか。そう思うと、私は悲しくて悲しくてたまらないのです」


 エイドは広げた手で頭を抱えその場にうずくまる。彼はニクラスを見ていない。異なる過去をとらえている。


「落ち行く村の再興を。あの人は子々孫々にそう願い死んでいった。初夜権だってそうだ。トリトン村が二度と王都に踏みにじられぬよう強く猛き(たけき)存在であるよう、人を増やし変わろう。と願ってのことだ。にも関わらず、歴代の領主は彼の方の理想を忘れ、利欲に走り今では王都の駒にまで落ちぶれてしまった。だから、私は……」

「――エイド、それ以上は傲慢だ。貴様が口にしようとしていることは死者の復活だ。そのようなことは」

()()()()()()()()()()()。ですが、()()()()()()()()です」


 有無を言わせぬ口調であった。彼は立ち上がり、ニクラスを値踏みするよう周囲をグルグルと回り始める。


「何故、言える」

「私は()()んです。ほぼ死に絶えた人間が姿を変え、魔獣となった。ということを」

「村人か?」

「えぇ。あなたも知っている名前ですよ。()()()()()()()()。その両名です」


 ニクラスの喉仏が上下する。聞かされた名前は幼き頃、読み語られたおとぎ話の登場人物であった。


「私は確信しました。命の剣は無理でも獣の聖剣ならば死者の姿を変え呼び戻すことが出来る――かもしれない」


 妄執に取りつかれた男は自分が何を口走っているのか理解していないだろう。自分の願望の為に彼が行ったことをニクラスは理解した。せり上がる強烈な嫌悪感を抑えることもせず、武官らしく感情を行動で示した。


「もう良い」


 ニクラスは倒れている椅子をつま先で起用に起こすと、片手一本でエイドの胸倉をつかみ、自分の体へグイッと引き寄せた。


「私が良いと言うまで喋るな。()()()


 低く足元が凍るような声であった。久方ぶりに他人から聞かされた自分の本名にさすがのヘーグも驚きの表情を隠せない。


「我が国には二つに欠けた獣の聖剣が存在している。一つは王都に。もう一つは行方知れず。だが、トリトン村が秘匿していることを我々は認識していた」


 ニクラスは硬い椅子へ叩きつけるように座らせた。開いた股座につま先を置き、顎から喉仏にかけて自分の腕を押し当てた。


「秘匿者は誰か知らぬ。歴代領主が有力だったかもしれんが、所在不明。しかし、獣の聖剣について調べているとな面白いことがわかった。獣の聖剣を記している星の剣。これらの筆者は全てヘーグという人物だ。ヘーグ以外存在しない。獣の聖剣の研究者はこの筆名を使わなければならないのかとも思った。特に昨今はマルトへの愛が重すぎてな。まるで恋人に会う直前の飢えた男のようだったぞ」


 ニクラスは額に自分の額をこすり合わせ、己の目に自分を受け付けろとばかりに見つめた。


「お前が見たもの。語るものは伝承ではない。あやふやな伝聞では語られていない。経験だ。しかし、経験であるとすれば、コトウの時代から現在の時間を説明できない。両立できないものが両立しているこの現象を成立させうるには……。聖剣を用いなければ不可能だ」


 ニクラスはヘーグの首を締め上げるよう腕を押し付ける。喉ぼとけがつぶれる違和感に彼は唸り声をあげた。


「お前が所有者だったのだな」


 ニクラスは「喋れ」と言わんばかりに首から腕を振りほどく。酸素が十分に取り込まれなかった顔は赤く染まりぜぇぜぇとせき込み唾液を飲み込み乾ききった喉を潤す。

 人間としての当たり前の行動一つをニクラスは見逃すことはしない。体と影を杭で打ち付けるような鋭い視線は僅かな不審を許さない。


「えぇそうですよ。獣の聖剣の恩恵。不老の力。不老とは肉体に限らず魂も含みます。だから、朽ちた肉体を捨て、私は村の町医者の家系の息子の肉体に移り変わっていきました。ヘーグの名前は無くなれど、私の魂 ヘーグの魂は生き続けています」

「で、呪いはなんだね?」

「そうですねぇ。愛の暴走、といったところでしょうか」


 人を小ばかにする口調にニクラスの米神に青筋が浮き上がる。彼の心臓目掛け椅子ごと踵を叩きつけた。鞠のように転がる男に唾を吐き捨てると、再び彼を片手で持ち上げた。


「で、お前は()()()()()()()()とトリトン村は復興できると本気で思ったのか?」

「えぇ。あの方ならば可能ですなんなら、この国まで強く猛きものにしましょう。()の方なら、それぐらい造作もない」

「お前は、愛国心でマルトを蘇らせたいのか?」

「いいえ。私はあの方と共にやり直したいのです。この村も、国も。もう一度強く猛きものへとする旅路を――」


 ヘーグの目は揺るがなかった。彼は本気でマルトは国一つひっくり返すことができると信じていた。


「戯言を」


 ニクラスはヘーグの頬を打抜き、左耳から床に叩きつけた。左耳から右耳へ一気につんざく破裂音。米神や耳朶は叩きつけられた衝撃によって散らばる気の破片により、無数の傷を作った。体がのめり込み地面に埋もれていく。そう錯覚した彼の体が再び体が持ち上がった。


「言葉を控えろ。この国を強く猛きものにするのはそいつじゃない。ハシム様ただ一人だ」


 高らかなる宣言である。ヘーグが獣の聖剣の破片を持ち、人外なる力を持っていようとも彼の信念を僅かばかりも揺るがすことは出来なかった。彼は、ハシムこそがこの国を帰られる唯一無二の存在であり、その他は側仕えでしかない。と本気で思い、そのような気持ちで言った。


「だが、興味を持った。お前の力と妄執、私は使ってやりたい」

「……」


 上がる口角にヘーグは背中に泡立つものを感じた。


「獣の聖剣を用い、人を魔獣へ。そして死者の復活の足がかり。これが出来れば()()の力関係は大きく変わる」


 ヘーグの体は自分の意思とは関係なく上下に動いた。


「お前が本当に、あの物語通りのマルトを蘇らせることが出来れば、ハシム様の力になるだろう。国を強く猛きものに。という考えは一緒だからな」

「つまり?」

「ヘーグ、お前は私の配下につけ」


 ニクラスはヘーグの胸ぐらから手を離し、その場に座らせた。腰を落とすよう肩に添えた手は、彼の臀部が床につこうとも離れることはなかった。


「お前の行ったこの実験の処理ぐらい、造作もない。不問にしてやる」


 この場でヘーグがニクラスの提案を拒絶し、拒否すれば肩に添えられた手は頸部を締め上げることだろう。聖剣の破片を持ち合わせ回復能力が高いといえども一般人と比べてだ。彼の肉体強度は他の人間と大差ない。ニクラスが本気になり、首の骨を折り気道を締め上げれば彼は死ぬ。

 ニクラスとヘーグは違った意味で死の扉に手をかけていた。


「私を、利用するのか?」

「利用? それは今回の実験の成功例を聞いてからの話だ」

「……。成功したのは一体だけだ。失敗したモノは互いに食い散らかし、最終的にはソレに餌になるよう仕組んでいますよ」

「ほぉ」


 ニクラスの手から力が少し抜けた。


「なるほど。一つ質問だ。魔獣はおごり高ぶった人間を諫めるために力をふるう。ならば、おごり高ぶった人間とは何だね?」

「……。漫然と生きた村人ですよ。まぁ、それは魔獣(コトウ)の判断になります」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ