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聖剣物語  作者: はち
鏖殺編
122/137

浸食 02

「最悪」


 王宮図剣館の埃臭い倉庫。この部屋に光が差し込むのはわずかな時間である。天井の採光窓から注がれる光を頼りに彼女は倉庫の奥へと進む。

 剣と剣の隙間を縫うように歩く姿は芋虫に似ている。何度目かの嘆息の後、彼女は床に膝を付いた。


「私はもっと上手くやれるって思っていたんだけどなぁ」


 彼女 司剣のベルは腰から下げている袋を掴む。先程からこの袋からはガチャガチャと金属がぶつかり合う音がする。袋の中には数本の本が入っている。つい先日までオリヴァが借していた星の剣だ。


「確か、ここから……」


 彼女は四つん這いの体制になりゆっくりと歩き出す。

 袋の中に入っている星の剣はこの倉庫の中に収蔵されていた。本来、倉庫収蔵の星の剣は管理者の許可なく持ち出すことは許さんれない。ベルは彼等の許可を一切取らず無許可のまま持ち出したのだ。誰も気づかない。問題ないとタカをくくっていたのだが、彼女の耳に良からぬ情報が飛び込んできた。

 近日中に上層部が星の剣の管理状態を確認する査察官の感さが始まる。長年の経験から光もロクに入らない埃臭い倉庫の中に彼らが入ってくる可能性はほぼない。しかしながら、前回の監査で手土産を渡さなかった為、今回の監査は実績を取り戻すべく事細かに図剣館を調べ上げる算段らしい。万が一、この倉庫に入り「獣の聖剣に関する星の剣が無い」と指摘された場合、この対応は難しい。何しろ無許可の持ち出しである。ふとしたことでベルの違反行為が発覚した場合、彼女の昇進ルートは危うくなる。この事態を早期に防止するため、彼女は借主のオリヴァを脅し、獣の聖剣に関する星の剣を回収した。

 そしてあろうことか、人目のない朝方、不用意な上司の机の中から倉庫の鍵を盗み出し、今に至る。


「早朝勤務、嫌いなのよね。給金出ないし」


 ベルは適当な剣を引っこ抜き、中身を調べる。「違う」と何度目か呟くと、彼女の口角が上がった。


「で、す、よ、ねぇ」


 ようやくお目当ての獣の聖剣に関する区画の始点を探し当てることが出来た。四つん這いの真間歩き、先程と動揺に終点を探す。

 彼女は機嫌よく指先で剣の柄に触れている為気づかなかったが、彼女の背後に柄が一本ニョキッと顔を出している剣があった。

 ベルが前から後ろへ体重移動させると、同じタイミングで袋の紐が腰から背後の柄に移動する。重心が移動した為に、剣は他の剣を巻き添えにし耳障りな音を立て床に散乱した。

 大きな音であったため、誰かが来るのでは。と一瞬平静を失ったが、彼女を咎める足音はやってこなかった。


「んもー! なんなのよぉ」


 彼女は慌てて剣を拾い、胸に抱きかかえた。



「ったく、年代と作者ごとに調べないといけないから面倒なのに……」


 ベルは落とした剣の一本一本を鞘から抜き出し年代と作者を探し始めた。

 一本 一本 地味な作業に不服そうな表情であった。だが、困惑と驚愕へと変わり、最後の剣を調べ終える頃には、顔色を失っていた。

 彼女は床に散らばった剣を急いで袋の中に詰め込むと、図剣館から飛び出した。

 広い廊下は息をひそめ、彼女の走る靴音だけを響き渡らせる。曲がり角で出会った年齢を重ねた女性と肩がぶつかるも、彼女は謝罪の言葉一つなく駆け抜ける。


「あなた、危ないわよ」


 注意する声すら、彼女の耳には全く届かなかった





「すいません」


 彼女がたどり着いての葉キルクの侍従達の詰所 もとい執務室だ。王の安全を確保を担当するこの部署は、全ての侍従が交代で勤務している。早朝といえどもこうして執務室には数人の侍従達がいた。


「なにか?」


 早朝の来客に彼は冷静であった。いや、彼はベルを知っていた。無配慮な女。と言いたげな冷ややかな視線は、一度湯気の立つ白いコップに沈み再びベルに戻した。


「あのっ。あのっ」


 彼はコップに唇を充て表面を濡らすと、机の上に置いた。


「オリヴァ・グッツェーさんは今日の勤務はいつですか?」

「グッツェーかい? 彼は外に出ている。しばらくは戻ってこないよ」

「今日中の戻り、という認識で良いのでしょうか?」

「さぁね。俺たちはそこまで把握していない。アイツが長期にわたる外回りに行く、って話を先程コルネール様付きの者から聞いたばかりだ。詳しいことは知らんよ」

「いつの戻りで?」

「だから知らない。グッツェーに用事なら彼に直接言ってくれ」


 彼はそういうと手をヒラヒラと振り面倒臭そうに彼女に背を向けた。ベルは彼の反応からオリヴァはこの部署で腫物のように扱われていると認識した。

 オリヴァ・グッツェーと関わりたくない。そう主張する背中にベルは恨みがましい視線を送り、低い声で「そうですか」とだけ返し執務室を後にした。


 図剣館へ戻る足取りは重い。彼女は、自分の早合点、勘違いをしていないかと自問を始めた。視線を伏せて歩いていると、いつしか庭園の回廊に出ていた。風が前から後ろへ流れる。乱れる髪を押さえ、顔を上げると寒さに身を凍える草花の姿が目に飛び込んできた。


「汚い」

 

 ポツリと本音が漏れる。彼女は草花が苦手だ。色とりどり瑞々しい緑をたたえる草木、鮮やかで甘い匂いを漂わせる花は、彼女の故郷には無い。無限に広がる荒野と雪だけがあった。白と茶色意外は不要の産物。

 初めて瑞々しい草木 甘ったるい花の匂いを知った時は「なんと下品な」と思ったほどである。


「あラァ、ベルじゃない」


 そして植物と同じよう下品な人物が回廊の奥から現れた。

 ユーヌスである。


「珍しいわネ。こんな朝早くからいるなんて。心を変えて早朝勤務を始めたノ?」

「心を変えたぁ? ちょっと変なことを言わないでよ。私は今までもこれからも勤労戦士だからね」

「似合わない言葉を使うものじゃないわヨ。()()は夜鼠らしく、()()()()()が似合うワヨ」


 ベルの顔がみるみるうちに不機嫌に染まっていく。

 彼女とキルトシアンの仲は良好であるが、ユーヌスとの仲は最悪だ。他人が介在している時は二人は大人の対応で笑顔で過ごすも、こうして二人のみ面と向き合えば飾ることなく感情をむき出しにする。

 二人は、性質的に合わないのである。


「あんたの余談に付き合う暇は無い。どいて」


 それだけを言ってユーヌスの隣を通り過ぎた時だった。


「オリーはネ、トリトン村へ行ったわ。何しろ魔獣が出たってことで久しぶりに筆頭侍従になってネ」


 ベルはユーヌスを振り返り大きな目でユーヌスを見る。

 大きな目と対照的に、ユーヌスは目と口を三日月のように変え含んだ笑みを浮かべる。細い指は唇に触れているが彼の感情は隠しきれなかった。


「強欲な女ネ。本当ニあなたは鼠ヨ。アタシ、人間とならお話スル。でも鼠に話すことなんてナイワ。もし、アナタが鼠ジャナイっていうなら、人間らしいところを見せなさイナ」


 ベルの視線がますます強くなる。だが、ユーヌスは彼女の要求を受け入れることはしない。

 沈黙の攻防の後、口を開いたのはベルの方だった。


「アナタに頭を下げるぐらいなら、情報は私が探す。それだけで結構よ」

「アラッ。やっぱり鼠ネ。もっと素直になればアタシは色々なことを教えてあげてヨ」

「結構。オリヴァがトリトン村に行ったのなら、私は打つ手はない。後は彼次第。生きて帰ればそれで良いし、死んでも別に」

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ベルはプイと顔を背けると、。反論もせず目を釣り上げて図剣館に向かい足を勧める。

 強情な彼女の背中を、ユーヌスは生易しく見つめる。


「夜鼠は夜鼠らしく足掻くのね。残念、もう少し素直な子だったら、アタシ達も情報がもらえたのに。夜にお話を聞けば良かったかしらネ」


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