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聖剣物語  作者: はち
鏖殺編
120/137

ヒがまたのぼる


 懐かしい夢を見ていた。霞がかかり朧気であったが、佳い夢だった。オリヴァはなつかしさに口元をほころばせ、過去に身を沈めるころ、下品なノックが彼を現実に引きずり出す。聞き間違いか。と思ったが、何度も「グッツェー様」と呼ぶので確かな声と認識である。髪の毛をかきむしり、寝巻のまま、それでも仮面を忘れずに着用し、扉から顔を出す。

 扉の前には、強張った表情の兵士が「可及的速やかにコルーネル筆頭侍従の部屋へ」と震える声で口にした。

 怯える表情にオリヴァは表情を押し殺し、一言「わかった」とだけ告げて扉を締めた。

 窓に目をやると、空似明るさが灯り始めていた。張り詰めていた静寂は乾期らしい寒さである。寝巻一枚羽織る男は静寂が伝える季節を感じなかった。ただ、イヴハップ王の死を連想させる不穏な気配を肌で感じるのであった。


コルネールの部屋を訪れたのは、それからすぐのことであった。足音を殺し、最低限の身なりで現れたオリヴァに挨拶もせず、開口一番本題を切り出した。


「トルダート渓谷の渡船場より魔獣が現れた」


 コルネールは苦々しい顔つきであった。太い指は机の上においている。巻いた葉タバコに手が伸び、気休めのように彼に吸うかとジェスチャーを送った。だが、オリヴァからの返事はない。

 コルネールはタバコの先端に火を灯し、椅子に深々と腰かける。感情を落ち着かせるよう、事の経緯を語りだした。


「深夜の出来事だ。渡船場周辺を巡回していた兵士が手負いの魔獣を発見した。幸い、瀕死の魔獣だった。応援の兵士がすぐに駆けつけ、無事に討つことが出来た」

「こちら側の被害は?」

「手負い、瀕死の魔獣とはいえ、無傷とはいえん。けが人もいたが幸い軽傷だ。だが、このことを報告すべく舟を飛ばした海の剣の使い手がマナを使い果たし、王都に到着すると共に死にたえた」


 トルダート渓谷の渡船場から王都までの距離はそう遠くはない。しかし、夜行性の怪魚に野獣、怪鳥など獰猛な動物がトルダート渓谷周辺に多く生息する。夜間の航行は推奨されず、やむを得ず航行するにしても念には念を重ね、舟を岸に停め一泊することがほとんどだ。

 魔獣発見は、まさに生きる災害の発見と同じである。王都への報告は必至。だが、海の剣の使い手が己のマナを使い果たした。これには、命と変えてでも報告しなけばならない事実がある。オリヴァは口を閉ざし、コルネールの言葉を待った。


「察しの良い君のことだ。報告に寄れば、発見した魔獣は複数体である。残りの魔獣は傷ついた様子もなく、トリトン村へ逃げてしまったそうだ」

「トリトン村への派遣部隊は?」

「送っておる。だが、トリトン村からの報告はまだ時間がかかるであろう」


 現段階ではトリトン村の情報は何もない。オリヴァはトリトン村のことを考えることを止め、前提を質問した。


「渡船場に発生したのが何故魔獣だと? 野獣の可能性もあるのでは?」

「否定はせん。だが、報告者によれば、獣の姿かたちは、トルダート渓谷 ウェルラン山に生息するどの野獣とも異なる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 コルネールの言葉にオリヴァは口を閉ざす。オリヴァは自分が呼ばれた意味を察した。彼が見た魔獣は限りなく人間に近い。二本足で立つ生き物は人間と鳥、あとは魔獣ぐらいであろう。


「なる程。それでは、この早朝に私を呼び出したのは?」

「戯言を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 オリヴァは背筋をただし胸に手を当てた。


「オリヴァ・グッツェー、これより王都を出立し、トリトン村の現状を把握してこい」


 コルネールは鋭い口調で命じた。しかも、この男がイヤらしいのは「筆頭侍従」として前筆頭侍従(オリヴァ)に命令していることを強調した点だ。早期の復権を目論む男にこれほどまでの嫌味はない。

 オリヴァが心の中で毒づいたのは、自分の派遣先が悪夢のような場所であることも理由の一つである。

 顔の肉がえぐり取られ、生焼けの魔獣の心臓を食べさせられた転落の地。もう二度と行くことはない。行きたくない。と願った場所へ派遣させられるのは彼の忠義新を試されている気がしてならない。

 そのような背景をコルネールは知っている。オリヴァの嫌がることを背後に丹念に練りこみ、絶対に歯向かうことが出来ぬよう下準備をして言うのだ。

 この性格の悪さは見習う部分はあれど、真似をしたいとは全く思わなかった。


「魔獣討伐とは言わないのですね」

「君が魔獣を討伐することなど、土台望んではおらん。騎士団が編成する魔獣討伐隊が派遣も予定されている。魔獣討伐の準備があるので君たちより出立が遅れるがね」

「つまり、私はそれまでトリトン村でツナギをしろと」

「否定はせん。トリトン村が無事なら無事を守れ。異変があれば、騎士団が来るまで対応しろ。何、君一人ではない。トリトン村へ行くのは。彼も君と同じぐらいのトリトン村の知識を持っている」


 オリヴァは怪訝な顔をした。派遣されるのは自分一人ではない。兵士が複数名就くのは確定事項である。オリヴァは指揮監督者として行くのである。だが、コルネールの口ぶりから察すると、彼と同じ立場にあるものがもう一人いる。トリトン村の知識があり、魔獣対応が出来る者。考えていくと、対象者が絞られていく。


「一体、誰が……」


 自分でも白々しいことを言うと思った。だが、可能性として、彼しかありえなかった。


「ニクラス・シュリーマンだ。彼もトリトン村に派遣することにした」


 オリヴァの予想は当たった。いや、それ以外の人選はありえない。戦場を駆け巡り血にまみれた手で王の感心を買った人物。彼なら、このイレギュラーな事態を快く引き受け解決に躍起になる。筆頭侍従クラスが出張っていく必要性に疑問はあるが、ニクラスの経歴を考えると、ありえない話ではない。


「承知いたしました。シュリーマン様はこの件についてご存じで」

「あぁ、シュリーマンの方が情報が早かった。彼は自分一人で行くと言ったが何かがあってからでは困る」


 オリヴァは新領主選任で失敗している件で挽回をしたいので何とかなるでしょう。と喉元まで言葉がこみ上げたが、敢えて口には出さなかった。


「今すぐに出立の準備にかかるように。出発はもう間もなくだ」

「承知いたしました」

「ついでだ。これを渡しておこう」


 コルネールは机の引き出しから何かを取り出すとオリヴァに放り投げた。二歩、三歩前によろめき、ソレを胸元で受け取った。オリヴァは手のつぼみを開き中を覗き込む。手の中でひんやりとした物体を見ると、彼は一瞬息を飲み込む。

 円を描く蔦が刻まれた変色した鈍色のメダル。鈍色は筆頭侍従の地位を示す色。手になじむそのメダルは、彼が筆頭侍従の地位にいた時着用していたメダルであった。


「お前の地位が戻るわけではない。だが、ニクラスが相手だ。私の名代としてこれを渡しておけば、幾分か役には立つ」


 コルネールのいう通りである。ニクラスは筆頭侍従から降格したオリヴァを視界に入れる度いけ好かない嘲笑を浮かべる。みすぼらしく失職したこと。無様に閑職にへばりついている様が滑稽なのだろ。

 筆頭侍従に戻るわけがない。と鼻から信じているニクラスの目の前に暫定的であるが、オリヴァが戻れば、どのような反応を見せるのか。オリヴァの胸にしてやったり。といった思いが上がってくる。

 また、コルネールがメダルを渡すしたことで、コルネールとニクラスの関係も理解し得た。

 文官と武官。同じ地位にありながら、二人は決して分かり合えることのない関係なのだろう。


「キルク様の耳も入っておる。佳い報告を待っておる」


 オリヴァは顔を上げる。久方ぶりに手にした相方に身の引き締まる思いであった。


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