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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 サヨナラになる前の遊戯07

 赤い絨毯の上に、オリヴァの首が転がる未来を、その場にいる者は捉えた。コロコロと転がる首を、ハシムは誇らしげに、「弱者の証」「敗者の証」と言って高く掲げることだろう。王の機嫌を害し、処された者は数知れず。身分や立場も関係なく、死は平等に訪れる。良い教訓と胸に刻み、皆、目を瞑る。

 だが、どれだけ時間が経とうと、ボトリと花のつぼみが雪上に落ちる音はしなかった。鼻にかかる血なまぐさい匂いもない。まるで時が止まったかのような静寂。

 誰かが目を開けると、この部屋に光が指している事に気づいた。硬く閉ざされていた扉が開かれている。ゆっくりと振り返ると、彼は目をひんむきその場に片膝をついた。


「兄様。何をしているのですか」


ハシムはキルクの気配に気づいていた。鋭い切っ先がオリヴァの首筋に触れただけで、ピカピカの切っ先は、首筋の薄皮を一層裂いただけで止まっっている。


「兄様!」


 キルクの力強い声にハシムに近づき、彼の面前になった。

 懐かしい声に、オリヴァは弱弱しく目を開く。そこには細く頼りがいが無い男の背中があった。幼少の頃から見つめていた背中。久方ぶりに合えた主人の背中。生きている。と実感すると腰を抜かしてその場に仰向けになった。


「王の面前で不敬だぞ。グッツェー」

(あぁ。確かに不敬だ)


 目の前に敬愛して止まない主人の姿がある。ようやく会えた主人を見て、オリヴァは身体を起こそうとしたが、キルクは手で制した。

「良い。ニクラス・シュリーマン。咎めるな」

「しかし」

「今は、ハシム王に質問がある」


 キルクの声にハシム側の大臣達はどよめく。


「この人傷沙汰、どういう説明をされますか?」


 キルクは眉間の皺を深く刻みハシムを見る。兄王は肩をすくめると、落胆したような表情を弟に作って見せた。


「王の政に一介の侍従如きが口出しをしおった。しかも、言う事を聞かなければ、その顔にへばりついている魔獣の力を用いて国を揺るがすと言ってな」


 ハシムの返答にキルクはオリヴァに視線を送る。部下は小さく素早く首を横に振った。よどみの無い目に、キルクは表情を変えず安堵の気持ちを部下に送る。もちろん、その意思は十二分に届いていた。


「それが理由ですか? それが理由であるならば、罰するに値します。だが、私が罰しましょう。彼は、私の部下です。私なりのやり方で罰します。ただ、兄様から見て、私の対応に不満があるのならば、兄様が手を下せばよい。ですが、私はまだ何もしていない。それなのに、兄様が私よりも先に彼を手にかけるのは道理に合いません」


 そう言うと、キルクはハシムの手首を掴み上んだ。おとなしいと評判の彼とは思えない行動に、オリヴァも他の者達も目を丸く見開く。弟の力を用いた反抗は兄にも予想し得なかった。自分の手が、キルクの力で右へ左へ動いていく。自分の身体が弟に言いように動かされている。その事実は耐え難く屈辱的であった。ハシムはキルクのつま先を踏みにじる。ハシムの手首を握る力が弱くなったところを見計らい、手を振り払い、剣を床に叩きつけた。力強く叩きつけたせいで、刀身の一部は変形し、刃は欠ける。肩で荒々しい息を漏らし、憤怒に塗り固められた目。ハシムの目は釣りあがったまま、キルクを見据え、口を三日月にひり上げた。鋭い犬歯は得物を求めギラギラをと光り輝いている。


「言うようになったな。キルクゥ。王の冠は、()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ねっとりした口調による威嚇。対象者の眉が硬くなる。

 奥歯を噛み締めるハシムは、キルクとの距離を近づけると、ゴチンと音を立て、自分の額をキルクにも押し当てた。キルクにまで暴行を加えるのかと、皆一同慌てふためく。互いの力を見せ合うように、額と額を押し付けあうと、ハシムはそれ以上手は出さなかった。


「キルク、忘れるな。俺と交わした約束をな」


この声はキルクにしか聞こえなかった。 ハシムはそれだけ言うと、身を翻しニクラスを従え其の場から立ち去っていく。ハシム寄りと思しき貴族や大臣達はハシムの機嫌を損ねぬよう、彼らの後ろをついて行く。ただ、最後尾にいる老いた大臣は立ち止まり、キルクとオリヴァを見つめた。子供の無事を確認した父親のような穏やかな表情を浮かべ、二人に向かい深々と頭を下げる。キルクもまた彼に深々と頭を下げた。


ハシムがいなくなっても、キルクはオリヴァに声をかけない。オリヴァもまた彼と目を合わせることが出来なかった。筆頭侍従になり、必ず戻ってくる。その未来は、果たせなかった。キルクが背中を押してもハシムは首を縦に振らない。二人の溝はこのようにして明らかになった。

 オリヴァは俯き、唇を噛む。袖の下に隠した握りこぶしは爪は、硬くなった彼の掌に食い込んでいく。ジンジンと身を切り裂く痛み。だが、その痛みなど約束を違えた事と比べれば些細なことで。凛と立つ長身の王が浮かべている失望の顔が耐え難い痛みを彼に与えるのだ。



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