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聖剣物語  作者: はち
欺瞞編
11/137

祈りの棘 02

 彼の近くで風が裂ける音がした。焼けるような痛みに顔を伏せると、内股が棘が刺さっていた。

 反射的に伸びた棘をたたき割り、ゴロリとその場を回避する。伸びた棘が肉塊の中に引っ込む。そしてまた別な棘を放出した。


「クソッ」


 オリヴァは自分の太ももに視線を落とす。悠長に時間を過ごせる場合ではない。覚悟を決め、息をのみ深々と刺さった棘を引っこ抜いた。汚泥の中から腐った花を引き抜く感触。血が押し出され傷口が広がり痛みに天を仰ぎうめき声を上げて膝をついてしまった。

 再び風が裂ける音がした。放たれた棘は低い位置から棘がオリヴァを狙う。

 急所を狙われると思った彼はショートソードを抜き棘を受け止め、薙ぎ払う。甲高い金属音と共に棘は折れた。死体を啜る肉塊は折れた棘の再生を始める。棘は獲物を殺すまで追い続ける。冷酷な性質に、彼の中で死の恐怖が再び雪崩のように襲い始める。

 足が竦みその場から動けないオリヴァは格好の餌食である。再生した棘は風を切りオリヴァを狙う。恐怖で剣は鈍っていた。がむしゃらに剣を振るい、またもうや棘は折れたが両手は投げ出され、剣は弾き飛び弧を描く。剣は幸運にも兵士を襲おうとする棘に刺さり一人の命を救うのだった。

 再生を繰り返し目の前に迫る棘。動かぬ体。自分も過酷な死の道に足を踏み入れるのかと観念した時だった。

 ユーヌスはオリヴァの首根っこを掴み、体を抱えて助け出した。

 二人はゴロゴロと地面を転がる。ユーヌスは体を起こすと、襲いかかる棘をスティレット一本で薙ぎ払った。


「何ボサッとしてんのヨ。あたいに金払い終わるまで死ぬんじゃなイネ!」


 彼の持つ剣は氷の剣。二度と再生できぬよう、断面には分厚い氷の膜が張られていた。


「王子達はいナイ。コルネールもあのどさくさに紛れて王子達と一緒に逃ゲタ。この場でまともに指揮を執れるのは騎士団長だけヨ。ソレで良イノ?」


 ユーヌスはオリヴァの濃い内股を見ると「何シテルノヨ」と荒々しい声を上げ、自身の服の裾を破り、彼の太ももを縛り上げた。


「騎士団長、王子達に被害が無いよう対応するのでイッパイネ。騎士に命令しても兵士マデ届いていナイ。皆、慌テル。人間があんなバケモノになるだなんて誰が予想したね。オドロキね」

「あぁ。俺もできなかった」

「そう。誰もできなかった。だけど、一人の人間が壊れて暴走して、関係ない人を殺してイル。誰の責任? 決まってるね。イヴハップ王()の責任ヨ」


 他の者が聞けば、死者に鞭を打つのかと激しく罵倒されることだろう。幸いにして現在は混乱の極地。彼の不敬を咎める者は誰もいない。


「イヴハップ王が自分の失敗を子供に押しつけて死ンダ。その子供達は親父の負の遺産に巻き込まれルゥ。まぁ、その子供達もよく対処したとはいえナイ。失敗ネ。おまけに、アンタがトドメ刺しタ。じゃぁ、オリー。あなたに質問。ずるい王は死に、失敗した子供達はぬくぬくと安心なところはへ避難しタ。王達とアンタの不始末の処理は誰の仕事?」


 オリーブ色の瞳がじっと彼を見据える。静かな問いにオリヴァは襟元を正して答えた。


「王子に関することはすべて筆頭侍従の仕事。例え、王子が失敗したとしても汚名返上。証拠隠滅。事後対処するのは筆頭侍従の華。王子に光ある場所を与える為なら、このオリヴァ・グッツェーはどんな汚れ仕事でも喜んで引き受ける」

「残念だけどオリー、この失敗は汚名返上できナイ。失敗は語り継がれルゥ。だけど、キルク様少し違ウ。アナタがこの混乱を収めたなら、少しキルク様の風向きが変わル。あなたがキルク様の名前を大切に思うのなら、筆頭侍従としてこの現状を正すしかナイネ」


 オリヴァを諭すよう声をかける男も宮仕えの一人だ。主人第一主義の共通点の下、互いに何をしなければならないのかを十分に理解した。

 ユーヌスは腰から一本の剣を取り出す。彼愛用のスティレットとは違う、使いこなされたショートソードであった。彼は、ショートソードをオリヴァに渡しながら言った。


「風の剣ネ。それ以上は秘密。後はお手並み拝見ネ」


 それだけを言うと、彼はオリヴァから離れ、騎士団長のもとへ駆け出して行く。

 オリヴァは恩人の背中を見つめ、鞘を腰に差す。

 太ももは変わらず火がついたように痛む。一人残され、頭の片隅では死がチラチラとよぎる。逃げ出したい。殺された。生き残りたい。様々な雑念がオリヴァを取り囲む。

 彼は、ユーヌスがしたように、自分の服の袖を裂いた。自分の拳を巻けるほどの長さまで裂くと、渡された剣の刃を左手で握りしめた。指の隙間から血液が滴り落ちる。手の肉が切れる痛みに身の毛がよだつも、叫び声は上げなかった。口を真一文字に結び、血まみれの手で柄を握った。

 そして、剣が手から離れぬよう、裂いた布を手に巻き付ける。


「あの肉塊の棘は無作為に伸びている」


 感情で高ぶった頭を冷やすよう、事実を述べる。黒い棘には人が刺さっている箇所、肉片一つ付着していない場所がてんでバラバラにある。

 規則性が無いことから、肉塊は何らかの目的を持って人を襲撃した。という線は排除される。


「人が死ぬまで攻撃をやめない」


 一方、棘は強い殺意を持っていることは確かだ。棘は、人の血肉を糧とし鋭利に成長した。この場にいる者を殺すため、武器に一点集中し成長をしている。


 オリヴァはユーヌスとの会話、彼の動き、門扉の前で散乱する棘の破片を見て一つの仮説を打ち立てた。そして、手にした剣は彼の仮説が正しかったと補強するする存在である。

 彼の中で決意が固まっていく。地盤が固まっていくと、彼の中で巣くっていた雑念が消える。痛みもどこか遠い記憶のように思えた。

 手に力を込める。刀身に纏うのは、渦のように巻いて吹き上がる風。

 オリヴァは走り出す。剣を体の前に出し迫り来る棘を全てなぎ倒していく。

 死を見せつけた棘はもう恐ろしくない。何事も涼やかに通り過ぎていく。

 棘は折れて 折れて 折れて 彼の道を阻む者はつむじ風が凪いでいく。彼に見据えるのは人を殺めん一心の肉塊のみ。

 自己再生が間に合わない異変に肉塊は気づいた。目は見えず、耳も聞こえずとも、自分を不快にさせる感覚だけで何が自分に向かっているのか理解した。

 露出させていた棘を自分の内におさめる。自分のありったけの殺意を示すよう、最大にして最凶の剣(棘)を一本突き出した。

 触れれば肉と骨を裁つ刃。驚愕し、慄け、と耳障りで甲高い声を上げる。

 だが、その声も武装も、一切の妄念から離れたオリヴァの前では無駄であった。


 柄を握る手に力が入り、剣にマナが激しく流入する。刀身を纏う風は荒々しくもはやつむじ風とは呼べぬ灰色の暴風へと姿を変えていた。


「死シテ トオウ ナンジ ケモ(息子よ)ノ ナリヤ(息子よ)

ケダモノ ケダモノの(父ちゃんはな)ニオイ アリヤ(父ちゃんはな)


 オリヴァは剣を振りかぶる。暴風の刃は肉塊の刃を打ち砕き、妄念そのものを叩き潰す。


ケダモノノ セイケ(お前の無念を)ンノカゴ ツ(晴らせなくて)イゾ ソコニ(すまなんだ)

 

 肉塊は粉々に切り刻まれる。不浄を薙ぎ払う風は塵芥と共に妄執の肉片をどこかへ連れて行った。



 男の意識から瓜実顔の女が消えた。

 舞台に終焉を告げる緞帳が落ちた。


 ユーヌスと騎士団長はオリヴァの一部始終を見つめていた。

 青二才と侮っていた男の意外な一面に驚く騎士団長。そして、自分の描いたとおりに事が運び喜ぶユーヌス。


「信じられん。グッツェーにあのような度胸があるだなど」

「デショー、デショー。オリーは自分に負けられない戦いがあると知れば乗り込むタイプの人間ナノヨ」

「あぁ、度胸もだがあの剣も目を見張る。一体、どこで手に入れたのか」


 目を細める騎士団長にユーヌスの目も同じほど細まっていく。ニィと口角を上げると騎士団長をニヤニヤと見上げた。


「エェエェ。だってアノ剣はヨナン国のお姫様 キルトシアンの興し入りの一振りヨ。自刃用に国王から与えられたお守りの剣。その剣がそこらへんの剣と同じワケナイデショー」


 騎士団長の顔が渋くなる。オリヴァの剣とユーヌスの顔。交互に見比べ、彼から離れていくのであった。


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