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聖剣物語  作者: はち
初夜編
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初夜編 棺桶の上で踊るプリマ達04

  ベルは、オリヴァ・グッツェーを知っている。王の若き右腕というプロフィール。その横顔から見えるのは、愛情を求める幼子の姿である。

 "キルク”という主人の視界から、自分の存在が外れるのを恐れ、おそらく彼は、自分の持ち得る力全てを今まで注ぎ込んできた事だろう。彼女は、彼の努力を軽蔑も称賛もしない。水鳥が、優雅に水面を漂うのと同じことを彼は行なっている。からかい甲斐はあれど、必要以上の感情は抱いていない。ところが、どうであろう。今回ばかりは、彼女は彼が許せなかった。

 魔獣討伐。常軌を逸した提案を、彼は真正面から受け入れた。普段の彼であれば、適当に遇らうはずべきものなのに。


(功を焦ったわね。おりんりん)


 彼女は、オリヴァの体を起こす。彼の顔が視界に飛び込むと、すぐに目をつぶり、息を飲む。

 親方の家で、オリヴァの生還を喜んだ。五体満足であると、勝手に思い込んでいたが、現実は甘くない。頬にぽっかりと空いた穴。肉の断面は荒く、凄まじい力でちぎられたことは想像に容易い。ベルはオリヴァの頬の傷に触れぬよう、震える指で、目尻を優しくなぞる。


(あいつは、魔獣の心臓を食ったんばい)


 ベルの脳裏に、鼻頭を折った男の言葉が蘇る。心臓とは、生の源。血は、魂の記憶。獣の聖剣が作り出した魔獣の心臓。そこには、どれだけの生が蓄えられ、どんな魂の記憶が刻まれているだろう。オリヴァは、魔獣の心臓を食らった。魔獣の莫大な生と、魂を引き継いだ。人間の枠では収まりきれない「力」を食らった彼が、フツウの人間。オリヴァ・グッツェーでいられることは望めない。指先から伝わる、湿り気を帯びた肌。彼女は、彼の絶望を知った。


「おりんりん」


 ベルは、オリヴァの耳元で囁いた。彼女の声は、抱き合う二人にしか聞こえない。ベルの声を耳にし、閉じられていた彼の目がゆっくりと開かれる。体を離し、今度は視線と視線で言葉を交わす。息と息が重なる距離。結婚式ですら、これほど近く、互いの顔を見つめなかった。


「ひどい顔。本当に無茶ばっかりして」


 彼女はそういうと、軽く彼のみぞおちを殴った。うすらと、眉をしかめるオリヴァ。彼は、小さく口を開き、ベルに声を投げかける。だが、言葉として、彼女の耳には届かなかった。


「おりんりん。魔獣の心臓を食べたって本当?」


 オリヴァのベルの顔を凝視し、そして首を縦に振った。心が騒がしい。だが、嘘をつける余裕もない。胸部が切り裂かれた黒い以外。周囲から沸き立つ声。"ロサリオは食らった”と云う外部の声。そして、彼の心情。本音を言えば、虚勢を張ることすら疲れていた。


「そっかぁ、食べたなら仕方ないね」


 ベルは困ったような表情を浮かべ、必要以上に彼を責めなかった。彼女も、この村の異質性。弱者に対する異常な虐げを知っている。彼も被害者だ。王都のオリヴァ・グッツェーなら回避できるものを、トリトン村のロサリオは回避できない。彼は、最下層にいる人間だからだ。ベルもその点同じである。だが、彼女の場合、王都であっても逃げる選択肢は与えられていない。


「あんたの咎は、半分は私の咎よ。この村では、私と貴方は一心同体。あんたの失敗は、半分ぐらいは私が負うべきだし。もちろん、私の失敗も背負ってもらう。まっ。私は失敗なんてしませんでしたけどね」


 ふふんと鼻を鳴らすベルに、再びオリヴァの顔に影が走る。彼女は成功した。理解した途端、心に深い重荷を背負う。


「おりんりん。あんたは、魔獣の心臓を食らった。動物じゃなくて、世界の一部を食らっちゃった。凄まじい咎をあんたは背負った。きっと、その咎の重さにあんたは潰れる。今だって参ってる顔してるじゃん」


 ベルは、オリヴァの額に自分の額を重ねる。彼の心に生まれた罪悪感。同情も憐れみもしないと決めている。だが、彼にその選択肢を選ばせてしまった遠因に彼女がいる。オリヴァは、トリトン村の歴史が刻まれた星の剣の奪取を知らない。トリトン村潜入に、協力者がいる事すら伝えていない。彼女が伝えなかった事実が、彼に咎を背負わせた。


「その咎はあんた一人に背負わせない。あんたの咎を武器にして、ごちゃごちゃ言う外野を私が叩き潰してやる。それが、私があんたにできる咎の背負い方。咎を理由に、世界があんたを排しても、私はそんな世界を認めない。私は、あんたを認める。オリヴァ・グッツェーという人間を認める」


 ベルの目尻から温かいものが一筋こぼれ落ちる。功を焦り、消せない傷をおった一人の生き物。見捨てる事はできたが、それは、彼女の心が許さない。


(見捨てられた人間をいたぶる現場を見るのはもう嫌だ)


 オリヴァの結末の遠因にはベルがいる。故に、共にオリヴァの咎を背負う。この一件に対するベルんけじめの付け方だ。


「キルク様だって」


 主人の名前に、オリヴァの指が動く。ベルが自分の体を抱きしめるよう、彼も彼女の体を抱きしめる。彼は、どうしてこの行動に出たのか、理解できなかった。抱きしめるという行為で、彼女に縋り付きたくなったのだろう。


「キルク様は、あんたの一番の主人よ。大丈夫。あの方だってーー」


  血なまぐさい吐息にベルは瞼を閉じ、その真意を確かめようと試みる。だが、風の流れに紛れ、足音が聞こえた。重くゆったりとした足取り。ガチャガチャと甲冑の擦れる音。足音は一つ 二つ。 複数だ。そのうちの一つ、少し特徴的 ゆったりとした足音がある。その足音が誰のものであるか彼女はすぐに察した。相手が誰か認識すると、オリヴァの体を突き放し、ナイフブーツから一本の短刀を抜いた。体を翻し、鋭い切っ先を集団に向ける。


「おぉ。怖いぞ。トラン。そのような物騒なもの、どこに隠していた」


 ベルの前に立つのはコンラッド。そして親方。その他自警団員達だ。コンラッドは、相変わらずニタニタとした笑顔を浮かべ、ベルを見つめている。一方、親方や自警団員達は違う。先ほどのベルの動きを見て、彼女が手練れであることを理解している。言葉通り、親方以外は、彼女を殺す気持ちでいた。


「喜べ、トラン。お前の主人はあの魔獣を殺し、その心臓を食した。紛れもない征服者(バケモノ)である。人間の器を超え、彼は偉大なる者となったのだ」

「だから? だから何? あなたたちがやったことは、人間とバケモノの格闘劇よ。人の生死を弄び、生の尊厳も愚弄し、その果てに生肉の強制飲食。この中のどこに偉大性がある。この事実の前にあるのは、一人の男を失意のどん底に陥れたことのみよ。彼は、征服者(バケモノ)ではない。ロサリオ。ただの人間よ」


 ベルの一言に群衆の中から石が飛ぶ。彼女には当たらず、その側を通り過ぎた。ブーイングがおこる。それならばと、また別の者がベルに向かって石を投げる。近くにいるコンラッドに当たらぬよう配慮はしていない。彼らは、ベルに石が当たれば、コンラッドは許すはずだ。と確信している。

 しかしながら、自警団員たちは、そうはいかない。主人を奥に引かせ、彼に石が当たらぬよう、必死に対処している。コンラッドの頭上を礫が飛んだ際は、親方から怒声が送り返された。

 それでも、村人達は、ベルに向かって石を投げることをやめなかった。


「うるせー。黙って聞いてりゃ良い気になりやがった」

「そうだそうだ。お前は、黙ってコンラッド様に股開いて、孕ませてもらえればいいんだよ」

「お前の旦那はなぁ、魔獣の心臓を食っちまったんだ。もう、そいつは人間じゃねぇよ。ばけもんだ。お前さんは、バケモノの嫁さんなんだよおお」

「コトウの呪いから身を守るためにはねぇ、ロサリオいたいなバケモノが必要なの。あんたのきれごとだけじゃ、あたしたちの生活は保証されないんだよ」


 村人は、思いの丈を石に込め、ベルにぶつけた。石は頭にあたり、頬にあたり、まぶたの上にも当たった。脳天にごつんの石が当たる。その際は流石に、血が登り、手にした短刀で群衆を一人残らず皆殺しにしてやろうか。とすら思った。だが、奥歯を噛み締め、礫の嵐が収まるのを待つ。


(物語病の罹患者どもめ。どいつもこいつも。救いようがない)


 いや、と彼女は自分の思考を否定する。


(私は、こいつらを救うつもりなんて、無い。だって、それは()()じゃないもの)


 そう思うと、短刀に込める力が弱まっていく。安堵に似た表情を浮かべた時である。

 彼女の背後から、低く蠢く声がする。その声は、最初誰のものか理解できなかった。しかし、あまりにも不穏で不吉な声に振り返ってしまった。振り返った瞬間、村人が投げた石がベルの額にクリーンヒット。薄い額の皮は切れ、ピュッピュッと飛沫のような血が吹き出した。自分の額に手を当て、傷を抑える事を忘れていた。

 頬をてで抑え、頭を垂れるオリヴァの姿。

 彼の異変を、コンラッド達も見た。親方たちを手で払いのけ、「やめよ」と群衆に声を荒げる。加えて「ロサリオに危害を加える者は容赦せぬ」と言葉を付け加えた。

 すると、ようやく、群衆は静けさを取り戻す。

 静まり返る空間。声が響く。深い板でを負い、泣きわめく獣の声だ。

 満月を見た男が、泣き叫び、体をそらせながら、狼男バケモノとなる物語がある。

 それと同じで、太陽を背にし、天を仰ぎ、体を外らせ叫ぶ男がいる。ベルの脳裏に、村人達の声が重なって蘇る。


(魔獣の心臓を食らった。あいつはもうバケモノなんばい)

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