第3話「いつも心に太陽を」
ユイたちの目の前に現れた少女。それはユイが昨日ケーキ屋ですれ違った眼鏡をかけた、黒髪のショートヘアの女の子だった。
「ユウカちゃん。この人たちは?」
ユイとナナミは間髪を入れずに自己紹介をした。
「はじめまして!昨日ひだまり荘に越してきました。204号室の新浜ユイと言います。この春から緑高1年生です。よろしくお願いいたします。」
「同じく、ひだまり荘203号室の阿部ナナミと申します。同じくこの春から緑高1年生です。よろしくお願いします〜。」
ユウカが2人に続いてフォローを入れた。
「ヨウコさん。すみません。本当は私だけと会うつもりでしたけど、ひだまり荘の住人として顔を合わせたくて特別に呼んでしまいました。」
ヨウコは笑顔で答えた。相変わらず目立たない格好であったが、昨日すれ違った時には考えれないくらい、明るい笑顔だった。
「あら、いいのよ。むしろ良かったわ。これからお互いお世話になる仲じゃない。ユイちゃん。ナナミちゃん。はじめまして。津田ヨウコです。ひだまり荘104号室。この春から緑高2年生です。2人とも、よろしくね。」
ユイは彼女とは一度しかすれ違っていなかったが、不思議と何度も彼女の声を聞いていた気がしていた。それが気になっていた。
「あの…ヨウコさん、私、昨日、ケーキ屋さんで偶然すれ違ったんですけど、会ったのはその一回だけなのに、声を何度か聞いたような気がして…」
ナナミも続けて言った。
「そういえば、私も会ったことないのに何度もその声を聞いているような…なんかいろいろな場所で聞いたような。」
ヨウコは下を向いて少しの間うつむいて何かを考え込むような仕草をした後、顔を上げて笑顔でこう話した。
「私は表舞台に立っていろんな人たちに笑顔を届ける仕事をしているの。この町のみんなにひだまりの中で輝くような笑顔を取り戻すためのね。」
そう言うと彼女は突然あたりを気にし始めた。平日の日中なのでバスの利用者もなく、あたりは閑散としていたがバス停の近くでは落ち着くはずもなかった。
「さすがにバス停の近くで立ちっぱなしなのもなんだからもっとおしゃれな場所でおしゃべりしない? ユウカちゃん。いつもの場所でいっていいかな?」
「はい。美術館の中にあるカフェにいきますか。」
「美術館にカフェがあるんですか?」
「まさか…奢ってもらえるとかですか?」
ナナミの発言にユイとユウカは慌ててフォローした。
「こら、ナナミ、先輩に向かって失礼だよ。すみません調子がいいんです。この人。」
「先輩に一度に複数人分を奢らさせるのは負担がかかりすぎますし、ここは公平に割り勘で行きましょうよ。」
「そうね。…悪いけどそうしていただこうかしら。」
「ちぇ〜、けち〜」
「ナナミ〜」
4人はバス停から移動し美術館の中に入っていた。美術館は地上3階地下5階建てになっており、県内最大級の規模を誇っていた。各階には年代ごと、作品の種類ごとに美術作品を分類して展示していた。美術展示以外にもワークショップなどを行うことを目的とした体験教室や、美術史を学習できるコーナーや展望台などがあり広大な敷地内を余すことはなかった。施設内にカフェを始めとした飲食施設は複数箇所存在していたが、目的のカフェは地下3階にありお土産屋さんに併設されていた。基本的に美術館利用者を対象にしているがカフェ単独の利用もできるようであった。しかし春休み期間中とはいえ、本日は平日であったためか人はまばらであった。
「ここがお姉ちゃんの職場か…広いなあ…でかいなあ…綺麗だなあ…お姉ちゃんとは美術館の外の広場やベンチで会うことは多いけど、美術館の中に入るのはすっごい久しぶりだなあ…改めてみてみると、やっぱりすごいやあ…ここをぜーんぶ管理しているユウカさんもすごいなあ…さすが大企業…」
「カフェも地下にあるとは思えないほど明るくて開放感ありますね。広いうえに、明るめの風景画が飾られてあるからですかね。」
「美術館の中にカフェは何軒かあるけどここが一番好きなの。もちろんユイちゃんが言ってくれたように明るくて広いからという理由もあるけど、一番の理由はここは地下3階にあるせいか他のお店に比べて比較的に空いていて穴場なの。おっと、ウェイターさんがきたわね。注文しなくちゃね。私はアイスコーヒーでいいわ。」
「同じく私もアイスコーヒーにします。」
「同じく私も」
ヨウコに合わせるようにユイとユウカもアイスコーヒーを注文した。
「みんなアイスコーヒーなの?私はさっき走りすぎてお腹すいたからストロベリーパフェにしよっ!」
「…ナナミは相変わらずマイペースだなあ…」
やがて各々に注文した物が届き、ウェイターが厨房へと戻っていった。ユイたち以外の顧客はいなくなっていた。ヨウコはそれを確認するや否やこう話し始めた。
「ふう…やっと行ったわね。さっきも言ったけどここを選んだのはあまり人が来ないからでもあるの。ユイちゃんが気になってた私の声だけは何度も聞いたことのある理由だけどね。本当は…秘密にしておきたかったけど、ひだまり荘でずっと暮らしていく仲間だから、特別にね。教えてあげるね。」
そう言うと彼女は眼鏡を取り外して胸ポケットにしまい、バックから何かを取り出し、それを頭にかぶった。
ユイは思った。
(だ、伊達眼鏡…?それに、取り出したのは…金髪のウィッグ!?…まさか、まさか……)
滑らかな金色の長髪。輝かしい表情をともなった顔。何度も耳にする思わず魅了されてしまう美しい声。…それは昨日、越してきた時からずっと町中に貼られたポスターや町内放送、テレビ、町中の至る所でフィーチャーされていた、あの可愛らしいアイドルにそっくりだった。
ユイは思わず声に出してしまった。
「まさか…ヨウコさん…あの有名なアイドル、サンシャインスターだったのですか?」
「しーっ、声が大きいよ。職業柄であんまり大きな声ではいえないけど…私はサンシャインスターとしてアイドル活動をしているの。とは言ってもローカルアイドルなんで、この町…いやこの県…この地方一帯で活動してるだけに過ぎないんだけど。」
「すごいじゃないですか!サンシャインスターっていったら、この町のいたるところに取り上げられているアイドルじゃないですか、そのような方がひだまり荘の住人だなんて…」
ナナミが続けていった。
「なんと…どうしてひだまり荘には大企業の社長の娘とかアイドルスターとか有名人が入居しているんだ…まるで漫画かアニメの世界に来たみたいだよ〜。こんな小さなアパートには似つかわしくないなあ〜。恐れ多くて、落ち着いて暮らせないよ〜。」
「…別に気にしなくていいのよ。ただ仕事が忙しいからあんましひだまり荘に戻ってくる時間はないけど。」
その後彼女は頭につけていたウィッグを外してバックの中にしまい、再び眼鏡をかけてこう続けて言った。
「休みの日はなるべくひだまり荘にいるようにするから、その時にでもこうやって気軽におしゃべりしたり、遊んだりしようよ。」
ナナミはアイドルや社長の娘を前にして恐れ多いと感じたのか、この事実に信じられないでいた。
「アイドルや社長の娘と気軽におしゃべりしたり、遊んだり…どんな世界なんだ…これは夢か、幻か…」
そして続けて言った。
「でも…私の幼い頃はこの町に住んでたんですけど、その頃は見かけませんでしたよね。まあ、4年くらいは都合でこの町から離れてしまったのですが…いつ頃からアイドル活動をしはじめたのですか?」
「本格的にアイドルデビューしたのは4年前から。この町のイメージキャラクターとして選ばれた時からずっと。」
「なるほど、4年前なら私があまり知らないわけですね…。ついこないだこの町に戻ってきたばかりなので。」
「でもアイドルを目指そうと思ったのは小学生の頃かな…その頃、同じ夢を持っていた友達と一緒に目指していいて、練習してきたけどなかなかうまくいかなくて…でも私は諦めなかった。いつか叶うと思って必死に努力を続けてきた。そして運命の日…4年前。あの日、ミサイルの降ってきて、この町の多くの笑顔が炎とともに失われた日…。みんな悲しい顔をしていた。私も…悲しかった。それから数ヶ月後、町おこしのためにご当地のアイドルを募集していた。『サンシャインスター』ひだまりから生まれた、太陽のようにみんなの笑顔を輝かせるアイドル。その設定に思わず、感動しちゃって、思い切って応募したら合格したの。それから今に至ってみんなの笑顔を取り戻すために活動し続けているの。」
ふとユイは疑問に思った。
「ところで、どうしてアイドルになろうとしたんですか?」
「そう、それ、それ。いろんな人や面接で、何度も聞かれたわ…。言うと長くなるし、それに恥ずかしいんだけど…友達がアイドルを目指していたのをきっかけにね…私も一緒に目指そうと思ったの。」
「それで、それで…」
ナナミがはやし立てた。
「私はもともと目立たない子だった。ほら、こんな感じで顔も暗いし、短髪だし…あんまり容姿もかわいいほうじゃない…。周り見わたして、自分に自信を持てなかった。そんな暗い雰囲気を察してか、友達も数える程しかいなかった。ほとんど一人ぼっちだった。毎日が辛かった。でもある時、私の運命を変える友達に出会ったの。その子はただ1人私に優しくしてくれて、一緒にいてくれた…。その子はとっても可愛い子で、その当時クラスの人気者だった。そんな子が私なんて相手にしなくてもよかったのに……暗い顔をしていた私のことがほっとけなかったみたいで『私の夢は、みんなを笑顔にさせること。だからあなたを笑顔にしたい。』そう話しかけてくれたの。その子の夢がアイドルになることだった。私は感動して、その子について行くことにした。その子と触れ合っているうちに、自分の気がつかなかった長所に気がつきはじめて、次第に自信を取り戻していった。毎日楽しくなって、自分でもびっくりするくらい明るくなった。……そして一緒にアイドルを目指しはじめた…。アイドルになってみんなを笑顔を届けるのがその子の夢であって、そして…私の夢になった。これがアイドルを目指すきっかけだったと思う。」
「そうだったんですね。アイドルになってみんなに笑顔を届けることは素敵な夢だなって思うし、実際にアイドルになっちゃったところもすごいです…。あと素晴らしい友達に巡り会えたのですね。その子はアイドルやってないんですか?」
すると彼女は目をつぶり、静かに首を横に振った。
「その子は中学生の時、病気になっちゃって、あまり体を自由に動かすことができなくなっちゃったの…。もちろん…アイドルを目指すのが難しくなってしまうほど……でも、その子の分まで私は夢を諦めないって思った。」
そして続けて話した。
「彼女が病気になって学校を休みがちになった途端、誰からも見向きされなくなっちゃった。かわいそうだった。まるで昔の私みたい。辛かった…その子がいよいよこの町の病院に入院した時、お見舞いに来たクラスメートは私しかいなかった。私は時間の取れるたびその子に会いに行った。会うたびに気丈に彼女は笑顔を見せていたのだけど、時折、どことなく寂しそうな表情を見せていたわ…。あのミサイルの降って来た日も彼女は病院にいて無事だった…。そして一時期は退院できるぐらい、元気になったの。でも学校では彼女の居場所はなかった…。やがて高校生になり、この辺で高校が緑高しかなくて、そこに進学しようとした時、私と彼女はお互い家から高校まで遠かった…だから一緒に住むことにしたの。…この、ひだまり荘で。」
さらに続けた。
「当時、ひだまり荘には私と彼女、そして三年生の勝浦さん、園瀬さんの4人が住人だった。勝浦さんが201号室。園瀬さんが202号室で。私が104号室。彼女が103号室。初めての一人暮らし。私も彼女もお互い緊張していたんだって思う。でも2人の先輩が優しくしてくれたの。みんなでおしゃべりしたり、遊んだり、お出かけしたり…楽しかったなあ。だから、これからもみんなでいろいろ楽しいことしていこう…って。」
「友達って……まさか103号室の吉野さんことだったんですか?」
ヨウコは静かに頷き、そしてこう言った。
「そう。私とノゾミはいつも一緒。これからも。今は休学しているけど、そのうち戻ってくる。だから、ノゾミのこともこれからもよろしくね、あっそうそう、ノゾミからみんなに連絡先を渡すように言われてたんだった。みんなケータイ持ってる?」
ヨウコに促されるまま各々の連絡先を交換した。ノゾミのRINEのアイコンは2人組の少女のシルエットが寄り添っているイラストだった。どうやら何かの挿絵みたいだった。
「ノゾミさんのアイコン…見たことあるような気がします。なんかの賞をとった小説だったような…えっと…なんだっけ…」
ナナミは遮るように言った。「そんな有名だっけ…私は初めて見たなあ…」
「ナナミは漫画とかテレビしか見ないからなんじゃないの。本なんて読まないでしょ!」
「ははは、確かに…字を見るといっつも本を閉じちゃうよ。私は言っても効かないし、書き置きしても効果ないからお姉ちゃんも苦労したと思うよ。だから視覚的にわからさせるために絵画を始めたんじゃないかって…」
「えっ…」
「…って思っちゃうくらい聞き分けのない子だったなあ。」
「なんだ、自分で思ってるだけか。」
談笑がひと段落したところでヨウコが話した。
「タイトルは、銀河のなんちゃら…うーん、忘れちゃったけど、ジャンルは恋愛小説ものだったと思う…確か、風来坊の青年が旅の途中で怪物に襲われていた少女を助けるの。その少女は記憶を失っていて、ひょんな事から一緒に旅をする流れになって、旅をするうちに2人に恋愛感情が芽生えてきて…っていう物語だったと思う。長編シリーズものでノゾミよく読んでいたわ。」
「それ『銀河をさすらう太陽』ですよね!たしか!タチバナ先生の作品です!そうそう、一昔前ドラマになりましたよね。猛吹雪の中、2人きりで山小屋で一夜をやり過ごしたシーンは感動しました。あと、記憶をなくした少女は実はアンドロイドで…あれはびっくりしました。色々あって…結局、最後はお互い別々の道を進んだんですよね。」
「ああ、そうだったと思う。確かにドラマや映画にもなってたわね。私もナナミちゃんと同じで文字ばっかりのものは読めなかったから ほとんど知識はドラマの受け売りね。アイコンは多分、賞をもらったやつの本の表紙だったんじゃないかしら」
「なあるほど。つまり私のように字は嫌いで読みたくなくても恥ずかしくないですね。安心しました。」
「ナナミちゃん。でも威張っていうことじゃないけどね。ノゾミ、その小説をよっぽど気に入ってたみたいで病室に尋ねるといっつもそればっかり読んでたわ。ちょっとした本棚ができてたわよ。お見舞いに尋ねてくるのが私くらいのものだったし、普段よっぽど寂しかったんじゃないんかしら…」
「ヨウコさん最近はお見舞いに行かれたりしているんですか。」
「それが…仕事がいそがしくてなかなか行けなくて…最近はRINEのやり取りと通話だけになってしまっているわ。
本当は毎日行きたい…いやずっと側についてあげたいんだけどね…」
「それじゃ今度、みんなで行きましょうよ!『新生ひだまり荘のメンバー』で」
「うん!私もノゾミさんと会ってお話ししたいです。」
「…みんなありがとう。私も是非そうしたい…そうしたいんだけど…でも…難しいわ…先月、病気の進行が予想されたよりも早くて、より高度で専門的な治療をするためについ先月に東京にある大学病院に転院してしまったの。東京まで行くには時間と費用がかかるから、今すぐには難しいわ…。それにあと数日で新学期が始まってしまうから…」
「夏休みに行きましょう!みんなで都合合わせて!」
「お金の問題なら大丈夫ですよ。新生ひだまり荘のメンバーには、何を隠そう、大企業『大井創薬』のご令嬢、大井ユウカ様がいらっしゃいますので!!」
「こらナナミ、調子いいんだから。でも会いに行くのは大賛成です!是非夏休みに。」
「みんな…ありがとう。でも夏休みに再試験や補習にかかりすぎないようにね。数学と化学は特にね。緑高は地元のローカル校だけど、一応、県内有数の進学校だから一年生でも結構厳しいよ。」
「さ、再試験ですって…!?ほ、…補習ですって…!?そんな末恐ろしいものがあるんですか!!この学校には我々のなけなしの夏休みを奪うなんて暴利なことがまかり通っているんですかあ〜!我々の基本的人権があ!」
「もうらナナミったら〜。大袈裟なんだから。一応入試は合格したわけだから基礎学力は保証されているからなんとかなるよ。きっと。一緒に勉強頑張ろうよ。ひだまり荘のみんなで一緒に頑張ろう!」
「もしよければ私の一年生の時の授業ノートや過去問見せてあげるから。」
「みなさんありがとうございます。生まれてこのかた勉強が好きになったことがないので、本当に助かります〜。いや…ひだまり荘に入居して本当に、本当に良かったです。ありがたや…ありがたや…。」
「まあ、私やノゾミが一年生のときにも勝浦さんや園瀬さんのノートや過去問を見せていただいたけどね…でも勝浦さんは再試験ばっかでむしろ……いやいや困ったときは先輩同期後輩で助け合えることができていた。ひだまり荘の伝統みたいなものなものだね。そういうチームワークの強さができるってところが『ひだまり荘の特権』だなって思う。これは本当に同級生から羨ましがられていることだよ。だから自身を持って言っていいわ。」
「はい!ヨウコさん!泥舟に乗った気分で、甘えさせていただきます。」
「ナナミったら〜それをいうなら大舟でしょ〜。ヨウコさん。本当にありがとうございます。アイドルとして勉学との両立と吉野さんとのことで忙しい中、気持ちだけでも十分なのに私たちのために本当に、ありがとうございます。」
「まあ、試験だけじゃなく。その他の学校行事もね。文化祭、体育祭、マラソン大会…なんでも協力できることはしていこう。3年間あっという間だけど楽しい思い出が作れたらなあって思うよ。もちろんノゾミの分もね。」
「はい!よろしくお願いいたします。」
しばらくして先ほどのウェイターがやってきた。
「…すみませんもうそろそろ閉店のお時間ですので、お会計の方よろしくお願いいたします。」
「えっ、うそ。あっもうこんな時間かあ…」
時計をみると18時。気がつけばもう夕方になっていた。美術館の開館時間が9時から18時なのでそれに合わせての営業時間であった。会話が弾んでしまったことに加えて地下で外からの景色が見えなかったため、時間が経過していることに気がつかなかったのである。会計を各々に済ませた4人は美術館を後にした。
「すっかり遅くなっちゃったわね。もうあたりはこんな暗くなっちゃった。さて、バスで帰りましょうか。この時間はまだ本数があるから大丈夫だね。良かったらみなさんこのまま一緒に帰りませんか。もうあたりはこんなに暗いし、特に用事のある人はいないわよね。」
3人は口を揃えて即答した。
「はい。喜んで。」
4人がバス停でバス待ちをしていると突然ナナミの携帯電話が鳴り出した。
「おや、こんな時間になんだろ。はいもしもし…あっ、お姉ちゃん、…えっ、…なになに…えっ、…あっ、え〜」
次第にナナミの顔色が悪くなっていった。やがてナナミが通話を終えるとユイが心配そうにして問いかけた。
「ナナミ。どうしたの。なんだか顔色悪いよ。」
「実は…お姉ちゃんにユウカに尾行に成功したかどうか報告していなくて…てっきり会えなかったと思ってて仕事終わってから美術館の正門前でずっと待ってたんだって…正門から美術館まで離れてるから気がつかなかった…で、い、今から…バ、バス停に向かってくるって。お仕置きしに。ど、どうしよう。お姉ちゃん怒ると怖いんだあ…うわああ…どうしよう」
「いままで調子に乗ってたからバチが当たったんだよ。」
「なるほど、ちょっとニュアンスが違うけど策士策に溺れるってやつだな。」
「このままお姉ちゃんと感動の再会すれば〜?」
「み、みんなあ…見捨てないでよお……ひだまり荘のみんなで助け合おうって約束したばっかりじゃないかあ…」
「ははは…あっ、バスが来たよ。」
4人はやって来たバスに乗り込んだ。バスの車内は乗客はユイたちだけしかおらず閑散としていた。4人を乗せたバスは暗闇の中、目的地へとゆっくりとすすんでいった。4人は話し疲れたのかバスの車内ではぐっすりと寝込んでしまった。そして1時間半ほど経過し、バスはひだまり荘の最寄りのバス停へと到着した。
4人はそれから5分ほど歩き無事に我が家である「ひだまり荘」へとたどりついたのであった。
ヨウコは年長としてみんなの前で以下のようにまとめた。
「ようやくついたわね。みなさん。お疲れ様。もう今日は遅いから解散ってことで。また、そのうち歓迎会とかみんなで集まれる企画をするから、その時はRINEで連絡するね。今日はありがとう。新学期始まったらよろしくね。」
「ありがとうございました。」
「あっ!思い出した。」
ユイは突然切り出した。
「みなさん。すみません。ちょっとそこで待っていて下さい。渡したいものがあるので。」
ユイは足早に階段を登って自分の部屋に入り、冷蔵庫から
ケーキの箱を取り出して階下へと向かった。
「引っ越しの挨拶用のケーキを買って来ていたんです。渡そうと思ったんですけどなかなかみなさんにお会いできなくてどうしようかと思っていました。良かったです。ヨウコさん。ユウカちゃん。ほんのつまらないものですが、今後もよろしくお願いいたします!!」
「わざわざありがとう。」
「ユイちゃん、ありがとう。」
「あと、吉野さんの分も買って来ていたんですけど、入院してたの知らなかったので……えっと、どうしよう…」
ヨウコが言った。
「…大丈夫よ。とりあえず私が預かっておくわ。あとでノゾミに伝えとくから。」
「ありがとうございます。本当に先輩。助かります。」
ナナミが口を挟んだ。
「私が食べても良かったのに」
「まだ調子にのってる。ナナミはもうすでに食べちゃったでしょう。ほんとしょうがないんだからあ〜。」
こうしてケーキを渡し終わり、各々は自分たちの部屋に戻った。ユイは部屋に戻って一休みしていたところであった。ふと玄関のドアの叩く音が聞こえた。
(こんな時間にいったい誰だろう?)
ユイは扉を開けると、ナナミが訪ねて来ていた。
「ユイ。お願い!やっぱりお姉ちゃんのことが心配だから、今日1日ここにかくまって!」
「ええ、さすがにこんなに暗いし、ここまでバスで1時間半もかかるから大丈夫だと思うよ〜。」
「そんなこと言わずになんとかあ…。」
「もうナナミったら。しょうがないんだから。あと、夕飯良かったら一緒に食べてく。」
「はい!遠慮なくいただきます。」
「じゃあ、こんど私に何かあったらその時は助けてもらうからね〜。」
「わかりやした。ユイからもらったこの借りは必ずどこかで返したいと思っております。仁義は必ずわきまえます。」
「もう、相変わらず調子がいいんだから、じゃあお夕飯の準備手伝ってもらおうかな。今日はカレーでも作ろうかと思っているの。ナナミ、野菜洗って。」
「了解しました!」
「ありがとう……って野菜洗うのに洗剤使わないよ。水洗いだよ。あああ、水道出しっぱなしにしない…、お肉は洗わないよ!まずレンジで解凍するんだよ。ナナミ、料理したことあるの?」
「ははは…これは失敬失敬…」
昨日と今日の2日間でひだまり荘のメンバーと顔合わせできたユイ。それぞれ個性的なメンバーであり、色々な事情でこの町に、ひだまり荘へとやって来た。自分と唯一違うところは4年前の事件に巻き込れだところである。彼女たちは人生を翻弄されながらも、前向きに生きていた。。そんな彼女たちの姿勢を見てユイは頼もしく感じていた。そしてこれからの学生生活に大きな期待を寄せはじめていた。ひだまり町…この小さな町も事件の面影を感じさせないほど、活気づいているように見えた。それはひだまり荘のメンバーのようにみんな前向きに生きているからだろうと感じた。
食事の準備が終わりひと段落したテレビをつけるとバラエティ番組がやっていた。ゲストとしてサンシャシンスターが出演していた。「え〜っ……毎度毎度聞かれるんですよねアイドルになった理由…一番の理由はやっぱり、みんなに笑顔なってもらいたいから…ですかね!ひだまる光でみんなに今日も明るい笑顔を届けます。どうぞよろしくっ!」
ひだまり町の人たちが前向きに生きていっている活力の原動力にはひだまり町のアイドル、サンシャインスター…ヨウコの影響力の大きさを感じた。太陽のように輝くその明るい笑顔と声で、これからもみんなの心の中の照らしてい続けていくことであろう。
新学期までいよいよあと3日となった。ユイたちひだまり荘の住人の物語は始まったばかりだ。