少女の願い
『う……嘘よ』
「本当だって。よく周りを見て、自分の状況を見てみろよ」
そう言うと呪われた幽霊少女はまず、俺が張った「完全な自己空間」の結界を見た。中から見ると半透明に見えるため、一応外の様子も見れる。
本来ならこの結界は呪いを発するのだが、俺が使うと呪い要素を皆無に出来るので単なる便利技能って言うか能力になるだけだ。
そして結界を堪能したのか、結界の奥…つまり、本来の主の間の空間であり、俺が封呪の札を張りまくった部屋を見てぎょっと驚いた顔をした。
『あの……あの札……って?』
「俺が作った専用の封呪の札だ。まぁ……気持ちわりいけどアレ張ってからじゃないと苦しそうだったからな。アレ張って、この外を可能な限り呪いの薄い部屋にして、で、この結界を張った」
『は…はぁ』
と、本当は呪いの声が今聞こえないか聞きたいが、記憶を見たなんてことは言わないほうが吉だ。…俺だってプライバシーくらいは欲しいからな。
「……なぁ」
『……』
「一応、聴いているって前提で聞くぞ。どうしてこんなことになってんだ?」
『じゃぁ逆に聞きたいけど、あなたは私の事が怖くないの?』
「よく聞かれるが、お前は死霊の魔物とかとは全くの別物だ。死霊はただただ、動物みてぇに本能に…生者を食うって一点だけを目的にしてる。けど、お前らはそうじゃねぇんだろ?殺しとかそう言うのじゃない限りは怖くねぇよ」
まぁ、これに関しては全く嘘ではない。むしろ殆どが事実である。ま、呪いがもしかすると~みたいな感じはあるが、そこはどうでもいい。
『よく聞かれる…?』
「ああ。俺はそういう酔狂で、偏屈な野郎なんでな」
これについても嘘では…ないはずだ。確かに解呪士という部分が無ければそう捉えられても不思議じゃない。
『……私が呪われているのはあなたも分かってるでしょ。なのにどうして来た訳?』
「俺が酔狂で偏屈な野郎だからだよ」
『答えになってない』
「俺としてはちゃんと答えたつもりだが?」
『…じゃぁ質問を変える。あなたは私を成仏させるために来たの?』
「いんや、違うな」
『じゃぁ解呪?』
「それも違うな」
『………じゃぁ、あなたは何者?』
「……どうしてそれを聞く?」
『貴方はさっき、この札を封呪の札って言った。それも特製だって』
そう言って彼女は部屋全体に貼られている封呪の札の一枚を指さした。
「言ったな」
『そうなるとあなたは解呪士になる』
「それだけで推測するならそうともとれるな」
『そして本来解呪士は呪いを解呪するけど、それだけ』
「そうだな」
『でもあなたは解呪士なのに解呪しないし、かといって私を捕まえたと思えば…まぁ、変な空間だけど一応、助けてくれたし……分からないわよ』
「一理あるな」
『……だから、あなたは何者?』
「言われた通り、解呪士だが?」
『だけどあなたは普通の解呪士じゃない』
「どうしてそう思う?」
『本当にあなたが解呪士なら、そこの人も呪いが無いはずですから』
…確かにな。
普通、解呪士は呪いを発見した後は封呪とかしてまず呪いの力を削ぐ。その次にそれぞれが持つ解呪の方法を使って解呪する。それで終了だ。
「だな」
『でも、あなたはそんなことをしていない』
「してないな」
『どうして…?』
「そういう気分だからだ」
『呪いがどれだけ危険か自身で分かってて…?』
「そうだ」
最も、俺の場合は呪いが効かない体質だがな。
『……変な人』
「偏屈だからな」
『………』
「で、お前の願いはなんなんだ?」
これこそが本題だ。こういう死霊として蘇った呪いは必ず、何かしらの願望や野望があってこの世界に残っている。以前の「精神防壁」を持っていた奴の願望は一種の“復讐”だった。ま、その相手はもうとっくに死んでいて、そいつのその後の情報を渡したら解呪されて天に召したけどな。
『私の…願い……』
「確かにお前はレイスとかそういうのに近い存在だ。だが、普通のレイスはしゃべらねぇし、何より生者を食らったり、生者が絶望することが唯一の彼らの生きがいだ。だが、喋ったり、呪いで出来たお前らは何らかの願望を抱えて、この世に残ってる」
『……うん』
「だからお前の願望を言ってくれ。可能な限り答えてやるよ。勿論、無理な事は無理だけどな」
『………』
そう言うとしばらく考えるようになしたらしい。ま、自分の願望は自分で叶えてこそ意味があることだが、あまりに時間が長くなるとそれすらも果たせなくなる。一応今は何とか呪いの進行が遅れている状態だけど、さてはて、一体どれくらい考えてどんな結論を出すのかね。
暫く時間が経った。15分は経っただろうか。この頃になればニールも一応、意識を取り戻したらしい。
そして幽霊の彼女は告げた。
『……あなたは、本当に私の願いを叶えられるんですか?』
「俺に自殺してくれとかそういう無理難題なことじゃなけりゃ大丈夫だ」
「不吉な事言わないで下さい…」
「わりぃ」
『呪いを前にそれはあまりに不吉すぎるのではないのか、ハル殿』
『……』
するとまた考え始めた少女。だけどそれは長くはなかった。
『……私の願いを、聴いてくれますか?』
「おう。ど~んと、無理じゃなけりゃ、こい!」
『本当の、本当に?』
「もちのろんだ」
「なんですかそれ」
「知らん。なんか頭に浮かんだ」
『……じゃ…じゃぁ』
さて、どんなお願いだろうねぇ。
『わ……私と家族になってください!!』
「いいよ」
うん。即答。
だって、ずっと15分考えてるところをみてたけどさ…色とか灰色で透けてるけどさ…でも可愛いしな。しばらくでも一緒にいられれば損はない。いやぁ、下心満載だけど、確かにこんな子が妹とかにいたら楽しいだろうなぁ。
『…………………………へ?』
「だからいいって言ってるけど?」
流石に即答は考えていなかったらしい。しばらく固まった後、彼女がようやく出せた返事が、もう一度聞くことだった。
そしてその後の俺の回答が徐々に頭に染みてきたのか、また聞いてきた。
『そ……そんな簡単に、いいんですか?』
「ああ、いいぜ」
『本当に、いいんですか?』
「いいよ」
『本当の本当に、いいんですか?』
「お前が納得するまでいいよって言いまくるけど?」
『……』
どうやら彼女はこんな簡単に返事を貰えるなんて思ってなかったらしい。さっきから目を見開いてそのままだ。
「けど、本当に俺でいいのか?」
『どうしてそれを聞くんですか?』
「さっきも言った通り、俺は偏屈で、周りから変な目で見られることも多いぞ。俺と一緒に来るって事はそう言う視線もお前に刺さるんだぞ。それでもいいのか?」
『……構わないです』
「…それはまたどうしてだ?」
『このままいても、確かにお兄さんは私の家族にふさわしい人を見つけようとしてくれるかもしれない。でも…私は結局のところは呪いで出来た不完全な生き物…なのかな。生き物ですらないね。それでもお兄さんは私が家族でいていいよって言ってくれた。だから私はそんな視線、全然大丈夫です』
「……はぁ、こりゃ一本取られた気分だなぁ」
『はい?』
「いんや、何でもない。じゃ、本当に家族になる前に、俺たちにはまだやらなきゃいけないことがある」
『……え?』
すると彼女の眼がどんどん死んでいくのが分かった。
「ま、一つはこの現状をどうやって脱出するか、だ。多分だけど、もう時間的にこの屋敷は完全な別物って考えたほうが早い」
恐らくだが、今まで彼女がストッパーだったが、それがなくなったことで呪いが暴発、屋敷の迷宮化につながったんだろう。現にちょっと遠目からでも少しづつではあるけど、封呪の札が剥がれていくのが見える。
「そしてもう一つが……」
『……』
未だに目が死んでいる。けど、それもそんなに長くないさ。
「お互いの、自己紹介からだ」
そうだ。家族になるのに必須なのが、お互いの名前を知ること。じゃないと、家族とは言えないだろ?
「俺はハル。ハルスワートだ。そして、こいつが俺の相棒のマサムネだ」
『マサムネじゃ。宜しくのぉ、幽霊の女子よ』
『っ!?』
マサムネが念話で彼女の頭の中に直接話しかけたからか、マサムネが喋ったからか、かなり驚いたっぽい。
『え…え?』
「ま、マサムネも実を言うと元…とはいっても呪いの武器でな。今は解呪されているが、それでもなぜか喋れるようになってるんだがな」
『そこは確かに童も不思議でたまらんの』
「おい」
『ええっと……じゃぁ、そこのお姉さんは?』
「彼女はニール。ま、それこそ昨日くらいに見つけたんだけどな。路上を死にそうになってたところを」
「い…言わないで下さいぃ」
「今は無理せず休め。何とかここから出してやるからよ」
「うう…絶対ですよ…」
「おう」
『…』
「ま、こいつも家族かって言われたら違うけどな。今の俺には、俺自身と、こいつしか今はいねぇけど」
そう言って俺はマサムネを彼女に突き出した。
「さて、こっちは紹介し終わったぜ?そっちはなんていうんだ?」
『わ…私は、ルニマー……って言います』
「じゃ、宜しくな、ルニ」
『る…ルニ?』
「ああ。愛称があったほうが可愛いからな。ま、今のその姿でも十分可愛いけど」
『ふえ!?え……ええっと…あ…………………』
うん。可愛い。俯きながらでもなぜか頬が赤く見えるのは……それこそ気のせいか。
「んじゃ、とっととここを突破しますか」