呪われた幽霊の少女
死霊型魔物。
これは一番呪いを集めやすい性質を持つ魔物で、同時に見た目が見た目だから間違われやすい。で、その死霊型にも二種類ある。
典型的なのが自信を呪う事。これは比較的安易で、人を恨む事や自身の中にある自責…そういった物が霊体である自分の体に作用して呪いの死霊と化す。だが、それだけだとこんな迷宮型まで行くのはあり得ない。有り得たとしたらそれは相当な負を貯め込んだのだろう。
別系統として、他人の恨み…この場合は一種の願望に近い形になるのだが、それが具現化したという事だ。つまり、あいつが悪いからああなった…では足りず、その先…つまり、恨みたい相手をどういう“結末”に導きたいのか、というのが呪いとなることもある。この例を更に延長させると、あいつがああなったから“消したい”と望めばその呪いは主の願いを叶えるために死神となり、あいつの命を奪う。が、そこは呪いであるが故に、自身も死んでしまうなどと言った事例もあるが。これの場合は一時的に擬似迷宮みたいな空間を作れるがこんな今回みたいに屋敷程大きいのは無理だ。
で、今回の迷宮化まで行ったこの幽霊の少女だ。幸いというか…偶然にも彼女の呪いのステージは第四段階…かなり危ない。そして彼女の呪いはニールの呪いより純粋に規模が違うからニールより危ない状況にある。彼女が幽霊体でなければ発狂して狂っていてもおかしくないレベルの呪いだ…これ。
でも、普通に考えて死霊型にはこの二つしかありえないのに……彼女の場合は恐らくこの二つを何らかの形で重複しているから今のこの奇妙な状況があるのだ。
『やっぱりきたわね……絶対に…あなたたちはコロス!!』
と、俺が微妙に考えていたら向こうから攻撃を仕掛けてきた!
「ちっ…マサムネ!」
『ま、そうなるわの』
まず向こうからやって来たのは呪いの力が込められた赤黒い炎弾だ。だが、そこは俺の相棒。俺がマサムネを振うたびに相手が放った炎弾は「斬られて」いった。
『なっ……く、なら!』
最初は俺が炎弾を「斬った」事に驚いた呪いの少女だが、今度はその倍の数を連続で出してきた。あ、速度もさっきより増してる。
「けっ。俺だって伊達に冒険者やってねぇよ」
『そして童を振うことはそれ相応の刀術が必要じゃ』
「そう言いながらお前にしごかれただけだけどなっ」
『じゃが、そなたの刀術は上手くなったじゃろ?』
「ひてぇしない」
『ならよろしい』
と、こんな呑気に会話しながら俺は飛んでくる炎弾をマサムネで斬りまくった。
『どうして……どうして私の邪魔をするのっ』
と、今度は今まで赤黒かった炎弾が青白くなった。
「あ、あれ結構ガチなやつじゃん」
『じゃのぉ』
「…もうそろそろか。ニール」
「は、はいっ」
「あいつにお前の呪いを当ててみろ」
「……ふえ?」
「ほら、宿屋で話した…」
「あ…ああ!はい、やってみます」
「おし来い!幽霊少女!」
ああいう青白い炎弾は正直結構危険だ。霊火とも呼んでるあの弾は直接あたると普段の炎より多くのダメージは食らうのもそうだが、呪いが打つ場合はそこからあの赤黒い炎より更に呪いが体内に入り込む。…俺の場合はその心配がないが。
…まぁ、別の心配事ならニールの呪いが果たしてこれで効くかどうか、そして彼女自身が大丈夫か…ってところだな。
「おらおらああっ」
『ふむふむ。熱量はまぁまぁじゃな。それとハル殿、腕が鈍り始めとるぞ』
「あんな連続で来られたらそりゃそうだろうなっ」
『はああああああああああああ!!!』
と、こんなやり取りをしていたら、いきなり幽霊の少女の動きが止まった。
「ん……うぐっ……」
「…成功した…か?」
どうもニールの呪いは幽霊少女を止めるのには行けたようだ。後は、成功を…
「あ、出来ました」
「マジかよ!」
「それで、どうします?」
「それ、こっちにも移せること出来るか?」
「やってみます………ええっと、出来なさそうです…」
「何となく分かる…のか?」
「いいえ、その……は、肌と………」
モジモジ。
「もしかして直に接触していないとダメなのか?」
「っ!そ、そうですぅ!」
「ならほい」
「へ?………あ」
そう言うが否や俺はニールと手を繋いだ。最悪だが、これはマジで案件物だから早く済ませたい。
と、考えているとニールの見ている者が頭の中にも流れてきた。そしてこれを見て、俺は二つの事を確信した。
まず、ニールの呪いの特性。
これは彼女が記憶を失っているという観点を元に推測した。この呪いは「他者」の「記憶」を「操る」呪いだ。最初は「自身」の「記憶」を「消し去る」呪いかと思ったがそれは呪いとして成立しないのだ。
呪いというのは良くも悪くも他人に影響を与えてしまう。つまり、完全に呪いの矛先が呪いの根源である本人以外を害せないなんて、成立しないのだ。と、そこで俺は考えを改めた。
もしも、これに似た効果を、他人に対して可能にするような呪いだったら?
そう考えると呪いとしても成立するし、ニール自身に記憶が無いという事も頷ける。つまり、ニールという、「他者」(少なくとも呪いからしたら他者)の「記憶」を「操って」自身の記憶を消したんだ。そしてその記憶を消した反動でしばらく動けない状態か何かに陥ったんだろう。
と、なると俺はもしかすると呪いの記憶も見れるのでは?と考え、実際にうまく行った。ニールは病み上がりに近いから無茶はさせれないが、それでもこの情報を見て相手の呪いの正体にも気付いた。
今回の呪いは、ある種、合成…つまり二つ以上の要因が絡んで呪いになった。
まず一つはあの幽霊少女は確かに死んだが、呪いにより、再び世の中に具現してしまったのだ。そしてその具現してしまった少女自身にも、生前の記憶が混ざり合い、歪み、そして自身の願望が新たに呪いとして追加されたのだ。
順序としては、まず、呪いが彼女を具現化する。これは少女自身が願いに願って、不幸にも呪いという形で発言してしまった。それは「生存願望」。幽霊でありながら、実態があるという報告を受けた時にこれかと思ったが記憶を見る限り、当たりみたいだ。つまり、一度は死んだが諦めきれず…と言ったところだな。それが不完全な形で実現したのだろう。
そこから、この屋敷全体の使用人が出す不満…たまにやってくる貴族による度々の酷い拷問癖によるストレス発散(まぁこれが一番の要因だけど)が大きく、この屋敷に住まう少女にかさばり、それが“迷宮型”の呪いを発現させるに至ったのだ。
そして彼女の記憶を見る限り、どうもその屋敷の呪いが彼女に聞こえるらしく、それがあまりに耐えられないからここに自身専用の空間を作って、誰にも邪魔されないようにしているそうだ。そして彼女としては俺たちが呪いによって創られた存在だと思い、攻撃してきた…と。
ま、一人は疑われてもおかしくはないが、なまじ変な教育があったらしいから事実を受け入れられない部分もあるかもな。
とにかく、必要な情報は得た。後は彼女をどうにかするか…だな。
「さんきゅ。これで攻略法が見つかった」
「はぁ…はぁ…やく、に…たてて……よか、ったわ」
「無理すんな。少し休んでろ」
そう言って俺はニールを壁際に休ませた。ここまで良く頑張ってくれたよ…。よし、ここからは俺の領域だな。
解呪士、なめんなよ。
……いや、それだけじゃないな。
『童も忘れてくれるなよ?』
「誰が忘れるか。お前なんて色々濃いから忘れたくても忘れらんねぇよ」
『ふ…後で思いっきり扱いてやるからの』
「おうおう言ってろ。さて、まだ気っていうか意識が混濁している内に…仕込むか」
『う……ううん…』
「お、起きたか」
仕込みが終わって扉も一応修復して元に戻して、そしてニールを看病していると幽霊少女が起きたようだ。
『ん……ん?え…?…………え!?』
そして起きると自身がどういう状況にあるのか把握しようとして、さらに混乱したようだ。起きてすぐに周りの様子を伺っている。
「ここはもう一種の亜空間ってやつだな。ここには、屋敷の呪いは通らない。そしてここにはお前以外に…まぁこいつ自身も呪われてるけど、お前を苦しめる呪いの元凶はいない」
そう、仕込みというにはこの主の間の空間に可能な限り封呪の札を使いまくって一旦屋敷と彼女の本体を隔離する。その後、俺自身も「完全な自己空間」という特殊な呪いを発動させる。これは普通なら完全に亜空間を結成する呪いだが代償として自身の命を奪うほどの魔力が必要になる。が、そこは俺の呪いの効かない体で発動させる。
いやぁ、便利なんだよねぇ。これ。特に野営とか俺結構使ってるからな。と、そんな無駄話は置いといて…。
取りあえず、この空間内なら俺は自由自在に色々な物事を操ることが出来る。条件として十分な広さがあること。この主の間は十分に広い。と、必要条件はこれくらいだな。中の時間もある程度は周りを遅くさせている。こうすればかなり時間が稼げるだろう。
さて、彼女を呪いから解放させてあげますかね。