呪いの迷宮
“迷宮型”の呪い。
これが出来る経路は特殊だ。
まず、ここには多くの、それも様々なタイプの負の感情が必要だ。怠惰、嫉妬、恨み、強欲、憂鬱……様々。
その次に、それ相応の広い“場所”が必要だ。洞窟、今回のような屋敷、森、山、海……その規模や募った負の感情がその場所に関連していればしているほど、その大きさや厄介さを増す。
今回の場所は“屋敷”だから恐らく使用人や警備兵など、そう言った人物たちの不満が募りに募りまくってこうなったって可能性が考えられる。ま、今回は別の可能性があるが…。
最後に、人工、自然に限らず、周りに人がいないという事。よく怪談とかで出てきそうな森の中の洋館などが怖いスポットになっているのは周りに人がいない…つまり迷宮を形成するのに不必要な感情が周りに無い事だ。野生動物などは本能を元に生きるため、俺たち人ほど知性を持った魔物などではない限り意味が無い。
もっとも、なぜかそう言った動物は野生の本能が強い為か、はたまたその呪いに関連が無いからなのか……近づかない、もしくは近づけない。
と、まぁこんな感じだ。これの特徴は動かないという部分だが、“成長する”という迷宮の呪いならではの厄介さだ。
例を挙げるなら…最初は単純な箱だったが、そこから回転する箱、上下左右に回転する大きい箱、中が虫の巣みたいになって上下左右に回転して浮いている巨大な箱……という風に成長していく。特に初期段階は気付きにくい為、入らないと分からない場合が多々ある。だから森がいつの間にか呪われていて気付いたら入っていた…なんていうのも歴史上を見ればざらにある。
そして俺として一番嫌なのが……
バタンっ!!
という大きな音が俺たちの後ろで鳴り響いた。
「ひぃ!」
「やっぱりかぁ。ま、当たり前だわな」
『うむ』
……一度入った侵入者は逃がさないって部分だ。
つまり、呪いの大本を叩くか仕掛けを解かない限り、出られない。こういった壁も呪いによって強化されていて、空間ごとどっか吹き飛ばすかとかしないと破壊出来ない。
森とかの自然で出来た迷宮はあまり変わらないとしても、こういった貴族の屋敷みたいな人工物だったら内部構造が大きく変わってしまう。それこそ今までT字路だった場所がまっすぐな通路になってたり階段があったり、十字路に成ったりすれば行き止まりもありだ。
変わり種はまっすぐに見えるのに空間がねじ曲がっていたりだまし絵だったりするパターンだな。
とにかく、今の俺たちにはあまり食料がない。申し訳程度に保存食はあるが、長くは持たないだろう。見た感覚ではあまり構造は変わっていなさそうだが、どちらにしろ時間の問題だろう。
「とりあえず、食糧庫いって食いもん探しますか」
『そちは盗賊の真似事でもする気かの』
「ちげぇよ。空腹で死ぬなんて言う嫌な死に方が嫌なだけだ」
『なるほど。そう言われると童もそなたには死んでほしくないのぉ』
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」
『そりゃそなたは童の夫なのじゃからな』
「結婚した覚えはねぇよ」
『解呪した時が童と契りを結んだ時じゃ』
「ぜってぇ今作ったろ」
『割と真面目じゃ』
「不真面目の言い間違いじゃなくて?」
と、恒例の御笑い話をやっていると後ろから声が聞こえた。
「あ、あの~…」
「あん?」
「とりあえず……行きません?っていうか進みません?」
ういっす、ごもっともで。
その後、何とか食糧庫みたいな場所は見つけて可能な限り保存が効きそうなものをバッグに押し込んだ。ワインとかは依頼に支障が出やすいから却下。水とか果実液は普通においしいので持ってきた容器にその一部を入れる。
そのあと、また通路に出て呪いの元凶を探すことに。
「あの~、そういえばなんですけど」
その途中でニールが疑問を吹っかけてきた。
「ん?」
「ここって…魔物とかって出ます?」
「出ないが呪われる」
「え…」
そう。これが迷宮型の特徴の一つ。
この世界にも迷宮はあるが、主に魔物を作り出し、その魔物が討伐された後「魔石」という魔力が込められた石に変わり、冒険者たちは利益を貰っている。使用用途は魔道具などの魔力が必要な物に使われる。
が、これが呪いによってつくられた迷宮の場合、魔物などの無粋なものは出ない。が、その代りに奥に進めば進むほど呪われてしまうのだ。
「けど、俺に至っては呪いは効かないし、マサムネも何らかの影響で呪いの耐性がある。ニールの場合はもう呪われているから、よほど強力な呪いじゃない限りは上書きされねぇよ」
「え、呪いって上書き出来るんですか?」
「出来る。が、条件がある」
「条件…ですか?」
そう言ってニールは彼女の持つ金髪を揺らめかせながら聞いてきた。
「色々細かい部分はあるが、まず一つ。その呪いが同系統であることだ。例えばその呪いが「他人」の「不幸」を望むのなら、上書きするには同じ「他人」を「不幸」にするタイプの呪いじゃないと使えない」
「ふむふむ」
「もう一つは今宿っている呪いの倍以上の力が必要ってことだ。この時点でこの屋敷の呪いには勝ち目がない。だから安心しろ」
「はぁ…。そうなると、私の呪いは…」
「まだ確定じゃないが、少なくともこの屋敷の呪いとは別系統だろうな」
「ほ…良かったです」
『それにしても……童も可能な限り呪いを探っておるが、全くと言ってよいほど分からんのぉ』
「恐らく自らの存在をどこかに隠してるんだろう。で、そこから徐々に広げて行ってるんだ。まるで大木みたいにな」
『言い得て妙じゃのう。童も同じことを考えておった』
「同じ感覚があるからか?」
『そうとも言うが確かにどこか木の根っこみたいじゃな、と思っての』
「どういうことだ?」
「あ…」
『ふむ…そこの娘も気付いた様じゃの』
「はい……通路全体が、なんか木の根っこみたいです」
「はぁ?」
そう言われて俺は通路をみてみた。確かに今まで歩いてきた道はあまりにまっすぐだ。加えてどこかグネグネしてるっていうか…。いよいよもって呪いの正体が分かってきたな。
「よし、呪いの正体は大まか把握できた。が、こうなるとやっぱりニールの力は必要になるかも知れない」
「そ、そう…ですか……。頑張りますっ」
「頑張りすぎてからぶるなよ」
『そういうハル殿もな』
「けっ。言ってろ」
『出てって……』
暫く歩いていると、幼い少女のような声が聞こえてきた。
「ふぇ!?」
「お前驚きすぎだ」
「え、だ、だって、いきなり女の子の声が!」
「それがこの館にいる呪いの声だよ」
『ふむ。童には聞こえんかったの』
「そらお前がただのカタナに見えたからじゃねぇか?」
『む…この呪いは見る目が無いのぉ……屋敷ごと斬ってやろうか』
「それを行うことが出来るのが俺で、お前は何も出来ねぇからな」
『……飛行術を…』
「空飛ぶカタナとかどんな奇妙な光景だよ」
『なん…で』
「……ん?」
俺たちが漫才みたいにやっているとまた呪いの主から声が掛かった。
『なん…で。なんで私の力が通じないの…!?なんで!!』
「おいおい落ち着け」
っと…こういった場面で本当に注意しなくちゃいけないのは相手の気分だ。
こういった場所は呪いの主の自由自在だ。それ相応に力は使うだろう。だがそれでも今いる場所を狂わせられるのは実質死ぬに等しい。場所が分からなければ、出る場所も分からない。ましてやどうやって主につくのかが分からなくなる。
…俺の場合は強引にでも行けることが出来るけど賭けだからなぁ。
『貴方もなの……』
“も”…か。
『貴方も……私を…いやあああああああああ』
「っ!?ニール!」
「へ?あ、きゃぁ!」
く…いきなり呪いの力が増えた。まずいな…。
『ハル殿…これは逆に攻めたほうが良いかもしれんぞい』
「お前の勘か?」
『否定はせんが…経験上でも、じゃ』
「そんじゃ、それに従いますかね」
俺は相棒の直感に従って逆に奥に進んだ。さっきの力が倍増した時、どこから来ているのかも感覚的に掴めた。なら…!
通路を進んで右、左、直進、階段を上って、また左…と段々と迷宮じみてきている貴族の屋敷の中を縦横無尽に駆け巡った。そして段々と呪いの根源に近くなっているのを感じていた。そしてしばらく走っていると目の前に禍々しい…それこそ魔王城とかあったら絶対こんな扉あるだろうな、という感じの扉が目に入った。
「あの奥の扉だなっ!」
『間違いない。あの奥じゃ!』
そして俺はその扉を思いっきり蹴り飛ばした。
バーン!!なんていう大きな音を立てて俺は何とか呪いの主の部屋に辿り着くことが出来た。
「うう……いきなりですぅ…もうお嫁に行けない気がします……」
「お前の判断基準がどうなっているのかを俺は知りたい」
…そして色々急いでいたから忘れていたが脇にニールを抱えたまま走っていたことを今更ながら思い出した。
そして俺は部屋の最奥にいる呪いの根源を目にした。
「けどまぁ……ちと予想していたのとは違っていたが…こりゃレイスエンペラー一歩手前もいいところじゃねぇか」
そこには、小さな少女のような幽霊…レイスがいたが……その禍々しい殺気は、死霊の王に匹敵するほどの領域だった。