厄介な依頼
「依頼を受けるにはランクBにならなきゃいけないんだろ?」
「ええ」
「でも今の俺はランクCだぞ?」
「そうだな」
「じゃぁ俺は受けれないも同然じゃねぇか」
「そうでもない」
「どうしてだ?」
「これがお前の昇格試験になるからだ」
……おおう……そう来るか。
「色々言いたいことが出来たがとりあえずその依頼を受けられるという事は納得した」
「そうか。なら今日やるか?」
「とりあえず話を聞かない事にはなぁ…」
「なら、私が知り得た全てを伝えよう」
という訳で俺はギルドマスターであるレイチェルから依頼の話を伺った。
「少なくとも呪いで構成されたゴースト系の魔物であることは避けられない事実だ」
「ああ、そこはさっき聞いた。けど依頼書を見る限り、どうも依頼人はその違いが分からないらしいが?」
「ああ、そうだ。だが、この依頼を頼む際は解呪士であることをこちらが独自に条件としているから問題ない」
「そうですかい。なら確かに大丈夫だわな」
「で、だ。その呪いなのだが……正直なところ、情報が少ない」
「どういうことだ。ギルドお抱えのあいつらは腕がいいはずだろ?」
「ああ。が、それを上回る力量が今回の相手という事だ」
「……安否は?」
「彼らには専用の魔道具を付けてある。生きているかどうかが分かるくらいだが、少なくとも彼らは全員生きているようだ」
その答えを貰うが否や、俺は険しい表情をした。そしてそれはレイチェルも同じだった。
呪いが他人を生かす。これには行動原理として二つある。そしてその二つはお互いが対となる回答だ。
希望的観測は、呪い自体が危害を加えるような物ではない事(少なくとも他人には)。俺が拾ってきたニールみたいに自身にのみ危害を加えるタイプもあれば、以前の廃れた館にいた精神防壁をくれたあいつみたいに防御特化したタイプもいる。これらの多くは「自分」に非や未練があるから出来たような物だ。
絶望的観測は、それが呪いに関連していること。誰彼構わず襲うのは理性を失った野獣に等しい。つまり、その呪いは生かしつつ、その呪いに準ずる【何か】を施しているという事。それが拷問か、精神汚染か…それは分からない。が、道徳的な観点から見れば、外道ももはや気持ちがいいくらいの酷いことだってありえる。これは上記とは違い、「他人」に非を求めるのだ。さながら大罪である「嫉妬」に限りなく近い。
「一応、隊の一人が情報を持ってきたが…」
「が?」
「そいつが言うには、幽霊のようだが実態もあった……だ、そうだ」
「………」
…なるほど。確かに情報が少ない。
けど…。
「ま、最善は尽くすさ」
「何とかなるのか?お前は事前の準備を可能な限り行う主義であろう」
「まぁな。だから、最善を尽くす…そう言ったんだよ」
「ほぉ?何とかなるのか?」
「多分な」
「ふふ……期待している」
レイチェルは怪しく笑った。が、それが彼女の大人の笑みだというのは飲み仲間だから分かる。あれは本当にそう期待しているんだろう。
さて、準備をしますか…。
「――という訳でもしかするとニールの力を必要とするかもしれない」
とりあえず、準備その1としてまずはニールの協力を仰ごうと思った。彼女の呪いがあれば恐らく、相手がどういう相手か見極められる。
直接確かめたわけじゃないが、俺の中にいくつか「もしかすると?」というのがいくつかある。その内の一つが当たっていたら万々歳ってところだな。
「へ?でも…私、そんな力なんてないですよ…?」
「確かにお前が一般人だったらそうだろうな」
「なら…」
『おぬし、自身でどうやって死にかけたかもう忘れたのか?』
「へ?………え、嘘ですよね?」
「悪いがニールに宿っている呪いが使えるかもしれない。が、その前にそれが本当に効くか実験も行いたいところだが、生憎と俺に呪いは効かない。かと言ってマサムネに至ってはマジックアイテムだからなのか呪いに対する抵抗みたいなのがある」
一応俺はそう言っているが、マサムネの場合はレアケースだ。本来なら呪いは解呪されたらされたで問題はない。ただ、呪いに対する抵抗が出来るかと聞かれたら首を横にしか振ることが出来ない。だが、このマサムネの刀身事態に特殊な金属が使われていたのか、呪いに対する何らかの耐性が付いたのは間違いない。
まぁ、そこは今の彼女には伝えていないからさておき。
「ええっと……それじゃあ…」
「ま、ぶっつけ本番だろうな」
『おぬしは鬼か。せめてあの子鬼なんぞの魔物をかっさらってやればよかろう』
「それもそうだがこればっかりは人ほどの知性を持つ奴らじゃないと話にならねぇんだよ」
「そ…そうなのですか…」
「けど自分に対して使うんじゃねぇぞ。次、その力を自身に使おうとしたら俺は何がなんであろうともてめぇを斬る」
最後らへんは一瞬だけかなり強めの殺気をだした。勿論、その一瞬だけでも、効果はてきめんだろう。失禁?悪いがそんなのがどうでもいいほどの事案なんだからしょうがない。
「ふぁ……ふぁい」
『少々やりすぎ…と、言いたいところではあるが、確かにこれは大事になりかねんのでな』
「なりかねないじゃねぇ。なるんだよ。王族が王様になるのと同じくらいの必然なんだよ」
『ふむ。その例えは分かりやすかったぞ、ハル殿』
「なんだよいつも俺の例えはいつもわからねぇみたいな言い方はよ」
『分からん時は分からんぞい』
「ならそう言えよ」
『当時は言うのが億劫であった。許せ』
「お前、マイペースの時はマイペースだな」
『自由に見て自由に話す。最高ではあるまいか』
「振り回される俺の身にもなれ」
『くくく。普段は私を振り回す癖に』
「それは武器としてな。そして俺が言ったのは表現上って訳で…」
『ああもう分かった。そんな説教垂らすならニールを説得せんか』
「誰のせいだと…!」
「……ぷ」
「ああ!おい、お前のせいで笑われちまったじゃねぇか」
『いや、そなたのせいじゃろ。童は無関係じゃ』
「これで無関係って言えるお前の神経が凄いわ」
(この人なら……本当に…)
「はぁ…ま、ともかく、これはあくまで推測だから確定じゃない。一応、今回行くその貴族様の屋敷内では俺たちは一緒に行動する。やむを得ない場合もあるが、それでも基本的にずっと一緒だ」
「は、はいっ」
『ほほぉ…熱いのぉ。童がいながらそのようなことを言ってみせるとは…』
「話がややこしくなるからお前は黙ってろ。で、ニール、お前に至ってはもしも元凶の呪いが出てきた場合、お前の呪いを使って欲しい」
「わ……私の呪いを…ですか?」
「ああ。恐らくだが―――」
「こ……ここが、ですか?」
宿での打ち合わせを終わらせて、準備云々やニールの体調をある程度整えたり色々するのに数日。
準備を終えた俺たちは依頼にあった貴族の屋敷に来ていた。
「ああ。まず、予想その1があたったな」
『後残りの予想はいくつあるのだ?』
「一応懸念と予想の両方がニールに1つ、呪いの元凶は予想が2パターンでそのうちの片方だった。となると、残る予想はもう二つだ」
「あの……その予想にこのようなことって含まれています?」
「ああ、含まれてる」
『……そういう事か。確かにそれなら残る予想はまた、対の二つだの』
「ああ。俺としては悪い方の予想は当たって欲しくないがな。けど調査結果だけを見るとその可能性は低そうだけどな」
『同感じゃ』
できれば当たって欲しくないけどな。
さて、着いたのはいいが、その屋敷は普通のどこにでもある貴族の屋敷だった。
……普通の貴族の屋敷とは言ったが豪華な庭やらなんやらがあるので一般庶民だったらどこの豪邸だココ?っていう質問が真っ先に浮かんで口に出るであろうくらいにはでかい。
後は屋敷の装飾も豪華って所か。
「なんか…呪いとかって廃れたお屋敷とかにあるのばっかりだと思っていました」
「あながち間違いじゃない。確かにそう言った場所の方が呪いは集まりやすい。けど今回に至ってはそうでもないっぽいな。後、場合によっては急ぐ必要がある」
「わ、分かりました」
それをきっかけに俺たちは屋敷の中に潜入した。
そして屋敷の豪華な木製の玄関口の扉に到着して、その扉を開けた。
「えっ!?」
「ああ、やっぱりかぁ。ちょいとこれは急いだ方がいいパターンだなこりゃ」
『うむ』
だがその中は……
「な、ななななな、なんです、これ…!?」
「呪いによって変化した屋敷の中身ってところだ。この様子だとまだ完全って訳じゃないが、それでも時間があるってわけでもなさそうだ」
呪いにも色々な形状があるが、大きく分けて3つある。
今回の依頼の予想にもあった“ゴースト型”または“死霊型”。これはある意味最も典型的な呪いだ。死んだ後に自身を呪い、周りに被害を与える。勿論、これは死んだ「後」なので災害に発展する心配は生きている時より少ない。と言っても100%から80%になるくらいに減るくらいだが。まぁ…それでもマシと言われたらマシだ。
別の形は物などの無機物に宿る形だ。これも典型的な形状で、理論上は誰でも作ることが出来る。要は恨みや憎しみ、そういった負の感情を物に込めればいいだけだから。後はその呪いを完成させる「きっかけ」さえあれば完成だ。例えば「勝利」をもたらす代わりに「死」を与える…とかね。これは恨みをその武器に込めて強大な敵を討つ…が、その後別の要因で死ぬ。こんな感じで完成だ。
そして、これが俺の最も懸念する呪いの形状だ。移動しないという意味では有難いと言えば有難いが、最も面倒なタイプだ。それが―――
“迷宮型”の呪いだ。