封呪
オヤジさんの作ったウマい朝食の後、俺は今日も解呪士としてギルドに寄ってから依頼主の元へ向かう。
本来、冒険者としてそこまでの義務はない。が、解呪士として、「この人物が解呪したんだな」って認識を与えることと、解呪士個人としても人脈が広がる故に、冒険者ギルドの職員と一緒に説明をする。
勿論、見落としたりとかも可能な限り無くすために後で細かく再調査はするが、ひとまず依頼は完了という事で依頼完了サインは貰えた。解呪士もどこか商人とかと通じる部分はあるからなぁ。主に信頼とかそんなので。
商人も解呪士も信頼こそが最も大事な財産って親父が言っていたしな。
少なくとも俺が感じたところではもうあの廃れた館にはもう【呪い】はもう残っていないはずだ。……あの淀んだ空気で魔物型のレイスとかを呼び寄せる可能性はあるという事は一応言っておいた。現にそう言った事例があるからな。どんなに元が違うとはいえ、死者という同胞が生み出した空気だからな。同じ穴の奴らは同じ穴に向かうって奴よ。
そして俺はギルドに向かう途中、奇妙な気配を感じた。
追い掛け回されているとかそういった気配じゃない。かと言って何か気持ちのいい気配でもない。
――澱んだ、【呪い】の空気。
(これは…裏路地の方……か?)
『で、あるな。この気配……恐らく【呪い】ぞ。それも禁忌に近い部類じゃ』
まじかよおい…勘弁してくれ。
……【呪い】にも禁忌と言える力はある。
それは、【呪い】を生身……つまり生きている状態で宿すことだ。これは非常にレアケースだが、起こりうるのだ。そして、こういった場合はすぐさま解呪しなければならない。なぜならそのまま行けば最悪……
――災害、天災となりうるからだ。
レイスエンペラー、エルダーリッチ、不死者の王……そう言った「人」を元にした魔物になってしまい、戻すことは不可能だ。なぜなら、その【呪い】に完全に乗っ取られ、自意識も何もかもを喪い、ただただ生けるものを虐殺する。
これが禁忌な理由は二つ。一つはいわずもがな、この強大な残虐性だ。凶暴と言わなかったのはただ暴れるのがアイツらの分野じゃないからだ。こいつらは……どうやったら相手に絶望を与えることができるのかを元に行動してくる。本能だけじゃそれは不可能に近い。
もう一つは「生ける者」という部分だ。本来【呪い】は死体や物にしか宿らない。なぜなら生きている肉体にはすでに魂というモノが入ってるからだ。「生ける者」に宿るとなると、度合いは違えど無限に呪いを生みだすことが可能なのだ。【呪い】の大本の動力炉に直結された状態だからな。
考えてもみろ?街や国を攻めて落とせるような軍勢の頭が、無限にエネルギーを回復できる理不尽。普通に怖いだろ?っていうか相手したくねぇだろ。
更に怖いところはその【呪い】を貯め込めるんだよ。普段とは比べもんにならないほどに。んで、【呪い】の宿主が死ぬと【呪い】がありえない勢いで広がる。さながら目に見えない都市破滅爆発って感じで国が亡ぶ。なぜそう言えるのかって?実録だからだ。
んで、さっきからこの【呪い】の空気がどこから来ているのか探ってるが……今度はどっちだ?
『右じゃ』
まぁそういう事だから、そんな危険物体になる前に俺はその【呪い】を宿す人物を見つけなくちゃならない。これは解呪士なら必死になって探さなければ俺たち解呪士のせいになって信用はガタ落ちだからな。
『む、近いぞ、ハル殿』
「お、近いか。オーケー。じゃぁここら辺を探りますか」
『いや、その必要はない。目の前におる。あの女子じゃ』
「ん?」
そう言われて俺は目の前を見た。
すると壁に背を持たれて座っている貧乏そうな子がいた。全体的にやつれていて、髪や肌の艶もなければやせ細っている。こんなんで生きて行けるのか?ってくらいだ。あれは……16~17くらいだろうか。
だが、それとは裏腹に、確かに【呪い】の気配がある。こりゃ結構やばい段階にまで来てるな。
こりゃかなりな段階だな。運ぶときに周りに被害が及ばないように封呪する。
『それがよかろう』
封呪。
それは解呪士が最も最初に基礎として学ぶ。これの方法は解呪士による。札みたいに解呪の呪文が貼ってあったり、魔法みたいに詠唱してやったり、気孔術みたいに魔力や気を直接操作して呪いの流れを乱したりと、色々だ。
俺の場合はまずは札で遠距離から効力を抑える。そこから気孔術みたいに流れを乱して、体に直接特殊な素材で作った液体で印を刻んで封印する。もちろん、この特殊な液体も俺オリジナルだ。こういった強い呪いには複数の方法を用いて封呪することも珍しくない。
……にしても、こりゃかなり危なかったな。もう少し遅れてたら…最悪が目の前に出来そうだった。
「ふぅ…」
「ん……んん…」
すると今まで沈黙していた子が身じろぎをしながら目を覚ました。
「ん……ん?」
すると、目を見開いて自分が生きているのを確認するような動作をした。……そこになぜ変な踊りがあったのかは彼女の名誉のために黙っておこう。っていうかやせ細っているのによくそんな動けるな。
「おい、もう満足か?」
「え……あの…」
俺が声をかけると、その子は戸惑うように声をあげた。
でもそれでも、こんな事態になるまで放っておくのはまず感心できない。だから、一応釘をさしておく。
「一応言っておくが、二度と……こんなことはするんじゃねぇぞ」
その時、俺は可能な限り抑えた全力の殺気を当てておく。言葉としては予盾してるが、まぁ牽制だ。一般市民に本気の殺気を当てたら失禁するからな。
「ひっ……は…はい」
「で、事情を聴かせてもらおうか。……どうしてこんな愚行に走った」
「え…ええっと……」
……ん?おい、まさか…?
「まさかとは思うが……さっきまでのが何だったのか分かってなかったのか?」
「ええっと……は…はい……」
もう返事聞いた瞬間、俺は頭を抱えた。だが、それ以上の衝撃的な言葉を彼女は口にした。
「あと……今までの記憶が無いんです」
「…………は?」
おい、ちょっと待て……記憶が無い?記憶喪失か?
「本当に、こうして言葉は喋れますけど……今までの、自分が誰なのか、どうやって過ごしてきたか、ここがどこなのか………分からないんです」
おいおいおいおいおい…いや、でもこれもしかして……。
【呪い】はどれもややこしいが、これはそれに輪をかけて酷い可能性がある。確か…こっからだと宿の裏手は比較的安全だったな。
「はぁ……とりあえず、ついてこい」
俺はそう言ってこの謎の呪われた女を裏路地経由で宿の裏手に連れていった。その後、宿屋の親父にお湯を用意して貰ってそれで体を洗うように指示。その後すぐに簡単な服やに行って小さめの男物の服と全体的にゆったりとした魔術師が着るようなローブを買った。後ついでに布も買っておく。そしてすぐさま宿屋の裏手に戻った。
「洗い終わったか?」
「え、あ……はい」
そう言って出てきた女は確かにある程度マシにはなったが……まだダメだな。
「マシだけど、まだだな」
「え?あ…」
そう言うが否や俺はお湯に買ってきた布をつけて洗い始めた。勿論、こんなにやせ細っているから可能な限り加減しつつ…だ。そしてタオルを洗った後、俺は彼女の髪も洗った。
すると、まぁやせ細って入るけどかなり綺麗になった。くすんでいた髪は今は綺麗な金髪で太ももくらいまで伸びている。目はこれまた綺麗な薄い金…クリーム色をしていた。体型は十分な栄養を取れば元に戻るだろう。
思ったが吉日、という訳で今度は彼女を宿の中に案内した。
「おい、オヤジ。ちょいとなんか簡単に食えるもの用意できるか?」
「なんでい?お湯の次……っておい、その子」
宿屋のオヤジが彼女を見た瞬間、その表情が険しくなった。……多分、オヤジさんが言うのは俺が付けた封呪の札だろうな。一応目立たないところに貼ってはいるが。この宿屋の親父は俺が解呪士だという事は知ってる。だから…それがどういうことかは知ってる。
「大丈夫だ。3重の方法で封呪してるからな」
「なるほどな……よし、ちょいと待ってろ。お代もおいてけよ?」
「勿論」
ま、こういう時は素直に有難いとは思うけどな。
「出来たら俺の部屋に持ってきてくれ。それまで俺も部屋にいる」
「おう」
少なくとも今はこいつの【呪い】が気になる。厄介とは思ったが、冷静になったら案外興味深いかもしれないな。
そう思って俺は今自分が泊ってる部屋に彼女を案内した。
「あ、あの…」
「ん?」
「い、いや。ナンデモナイデス」
……なんだ今の反応は?
と、そんな思考をしながら俺は彼女を部屋に招き入れた。
「よし。一応封呪はしてあるが、あくまで応急処置みたいなもんだ。それでも一応1年は最低限持つ。だけど、それ以上経つとどうなるか分からねぇ」
「ええっと…それはどういう…」
「まず、お前がその身に宿しているのは【呪い】だ」
「っ!」
彼女の表情が強張った。……とりあえず一般常識は失っていないだろうな。じゃなきゃこの反応はありえない。まぁ、忘れていないから僥倖ってことで今はいいだろう。だとすると本人に関する記憶だけが消えている感じか?そこら辺はおいおい見ていこう。
が、目先の問題としては彼女、だろうな。現実と向き合わなくちゃ、【呪い】は解けない。人がその身に【呪い】を受けるのは、自身の願望が発現したのも同義で、それは現実から目をそらし続けてきた人たちに典型的で、ありがちなことだ。
不幸中の幸いとも言うべきか…彼女の記憶を失う前の根本的な行動原理はまだしも、これから彼女に色々【呪い】を解くのに必要な教育を施せば【呪い】の効力は減る。すると封呪の寿命も長くなる。
もう、解呪の授業は、始まっているんだ。
「だが、【呪い】が宿ってるからと言って解呪出来ないって訳じゃない」
「は…はい」
一応、彼女の顔に安堵の表情が浮かんだ。けど、悪いが問題はここからだ。
「だが、それには長い時間がかかる。……可能な限り、現実を見るんだ。お前にとっては辛いことになる。なんせ、【呪い】を生身で宿してる人の大体はそういって、現実から目をそらし続けてきた奴らだ」
「…はい」
……本当だったら時間をおいて、徐々に認識を刷り込む感じで行きたかったが。でも、今やらないと確実にやばい事になる。
記憶が無くなっていて、不安に駆られるのはわかる。だから、この事実を受けとめて、それでもなお生きたいって言うなら俺は手を最大限貸そう。
死にたいと言うのであれば……その時だな。
少なくともこの目の前の少女に聞く姿勢がある。最も、【呪い】と聞いて非常に怯えているから分かりづらいが。
だが、そこはせめてもの救いってとこだろう。まだ、【呪い】が乗っ取っていないっていう、な。
「だが、お前は幸いにも記憶がない。つまり、これから先の過ごしようでいくらでも変わる」
「……はい」
「だから、これから自分はどうすればいいのか…頑張って見つけて、そして叶えろ。【呪い】が宿るって事は目をそらしつつ自分の願望を叶えたかったからだ。だったら、自分で行動して、自分の力で、自分の願望を叶えろ」
「はいっ」
そして最後には元気に返事をくれた。
するとドアからノック音が聞こえてきた。
「お~い、持ってきてやったぜ」
「お、さんきゅ~。今行く」
そして俺は食べ物代を親父に…支払おうとして気付いたらプレートが二つあることに気付いた。
「今、昼だぜ?忘れてるだろうと思ってお前さんの分も持って来た」
「……そういえばそうだったな」
依頼主の報告からそう言えば口にしてなかったな。
……俺も気を付けねば。