今の俺の現状
「ほい、つきやした~」
乗合馬車の御者がそう言ったのでそこにいた俺を含む殆どの人が降りた。
時間は夕焼け、風は微風。だけど街は今日最後の賑わいを見せている。
「さて、宿に戻って食って寝るか…」
『その前にギルドとやらに連絡が先であろう、戯け』
「へいへい」
ディーバ王国、テッルシェルバ領首都、アウメルス。そこから馬車で南に三日ほど離れた街、アルシェ。そこが今現在の俺の拠点。
一応俺の職業は解呪士。そこは変わらない。だが、同時に冒険者稼業もやっている。冒険者ってのは色々訳ありな人もいればちゃんとした身分の奴らもいる。ま、そういうちゃんとした身分の奴らには碌なのがいないって言うのが世間一般論だ。
が、一般論であって、俺は若干その枠には入らない。入らない部分は俺が解呪士稼業をやるのも、この方が一番楽しいと思うからだ。曰く付きの噂なんて、本当に現地とかじゃないと手に入らないからな。だから世界中を飛び回るのに一番便利な冒険者稼業をしている。その方が新鮮な情報も手に入るし、他国に行くのも楽だからな。
で、冒険者ギルドの身分は剣士って入れてある。このカタナが刀剣士にしろってうるさかったが、そもそもその刀剣士の意味を知らないやつらからしたら謎の職業だし、そもそも通じにくいから却下にしたけどな。ついでに解呪士と入れないのはそもそも忌み職に近いから入れない。情報も手に入りにくいし、その他にも特定の状況を除いてデメリットしかないので名乗らない。
「っと、ついたな」
俺はそう言って冒険者ギルドの扉をくぐる。
いつも通り、酒場には喜んでる奴らもいれば、悲しんでる奴、話し合ってる奴、様々な話や雰囲気が飛び交ってる。ま、たまにならああいう騒がしいのは好きだけどな。で、ギルドの受付は混雑。そりゃ俺みたいに完全に街が闇夜に包まれる前に手続きは済ませておきたいって思ってるだろうからな。俺も一番少ない列に並ぶ。
冒険者ギルド受付カウンター嬢。
見目が美しい美人がそこにいる。それはいいのだがなぜこんな野郎ばかりしかいないところに女がいるのかって最初は思った。けどこれは双方に利益あるしな。
受付嬢側からすれば強い男の玉の輿だし、冒険者側はその美人を独占出来る。そしてギルド側からは優秀な冒険者が得られる。勿論、もっと他にある部分はあるが、これが基本的な循環だ。イイことづくめとはまさにこの事ってこった。
……まぁ、こういうところの男を狙うあたり、ここの嬢も多分、スゴイ肉食なんだろうなぁって感想しか浮かばない。凄い失礼だろうけどな。
「次の方」
俺もそう呼ばれてカウンターに向かう。
「こいつを完了させてきた。今日はもう遅いだろうから報告だけ。明日またここに来る」
俺はそう言って依頼書と自分の冒険者としての身分証を差し出した。
「はい、確かに。では、明日の昼過ぎにこちらでよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました。ご報告と依頼、お疲れさまでした。それではまた明日、こちらにお越しください」
俺は頷いて身分証だけを受け取ってその場を離れ、宿屋に向かった。
冒険者稼業は文字通り、体一つで成り立つ、収入不確定な職種だ。
魔物討伐、古代遺産の調査、護衛依頼。下っ端は街中での荒事やお手伝い。そういった職業が冒険者だ。勿論、その本質は“未知”を見つけることだ。そうすることで“頂き”に上ることが出来る。そういう意味では、体一つで成り立つ職業ではあるが、同時に自身に合うものじゃなくちゃ…犬死するだけだ。
一攫千金の夢を見るか、地道に成功道を歩むか。はたまたどっちもせずに自身の赴くままに行くか。それは個人の自由だ。
「ただいまぁっと」
「おう、あんちゃん、戻ってきたか。丁度いい。食うか?」
「ああ、頼む。俺もちょうど減ってきた頃なんだわ」
「あいよっと。今日の依頼はどうだったよ?」
「ま、悪くはない。それなりに収穫はあったよ」
「そうかい。ま、無理はすんなよ?そしてその感覚に浸りきるなよ」
「そうだな。一応、忠告として受け取っておく」
一応、俺も冒険者だ。そして冒険者にはランクがある。
一番下っ端のF。
期待の新人のE。
板についてきたD。
一人前のC。今のところ俺はココだ。
それなりに優秀のB。
最優秀の域のA。
そして……
本来の種族の限界の垣根を超えた力を持つ…S。
俺ならここも夢じゃないって思っているが、いかんせん経験も何もかも足りないからな。
そして飯うめぇ。流石オヤジさんだ。
「ふいぃ……オヤジさん、ありがとよ」
「おう!明日はどうすんだ?」
「明日はちょいと別途の報告でまたギルド行くわ」
「朝はどうすんだって話だ」
「ああ、いつも通り頼む」
ま、Sランクは人外とか化け物とか言うけどな。冒険者なら誰もが一度でも夢を見るランクだ。
因みに俺たちはこのEとかSとかそう言う文字は全く分からねぇ。一応"そういうもの"って事で分別されているが、俺たち冒険者の噂じゃぁ、この冒険者ギルドの創始者の故郷の文字だって話だったな。
俺も行ってみたい気はするけどな。ギルド内じゃぁ、創始者の故郷に行けるやつこそが、世界で最も優秀で、最も強くて、最も冒険心ある冒険者だって噂もある。つまり、それほどのところって訳だ。行けたらいいんだけどな。
さて、寝る支度ももう終わったし……寝るか。
「ふあぁ………おやすみ」
『お休みなのだ、ハル殿』
ただ、その噂には続きがある。
その噂によると、創始者は引退するときにこう言ってたんだと。
――もしも私の故郷に来ることが出来る者がいたとすれば、その者は世界最高峰の天才魔導師であることは間違いないだろう。
それほどの場所だ。そしてそれが何百年って前だ。それでもなお、未だ創始者の故郷に行けた者はいないらしい。ギルド内じゃもっぱらな噂になってる。
………今日の【呪い】で何個目だったかな。もう覚えてないや。日に日に増えていく【呪い】の跡地。そのたびに解呪していく俺たち解呪士。増えれど減らず。もう本当に嫌になる。それが普通の解呪士の感想だ。
俺は生憎と普通じゃないんでね。もしも上げるとすれば…ま、同じ能力とかの被りとかはともかく。
――今度はどんな【呪い】なんだろうな。
俺はそう考えてる。
『…のぉ、やはりなんかうすら寒いのだが…』
「zzz……」
『むぅ……つれないのぉ。せめて抱きしめながら寝てもらいたいのじゃが』
朝の日の光が、俺を呼び覚ます。
「う…ん~~~~~!ああ…」
『お主は本当に伸びが好きよのぉ』
「そりゃ気持ちいからね」
『童にはその感覚は分からんのぉ』
「カタナ、だからな」
そもそも無機物だからな。無機物が伸び……いや、金属の柔らかさ云々があるからそうした願望があるのかね?
『ぬぅ…こういう時に人化の術を覚えられたらどれほど良いか』
「そりゃ無理だ。まず文字すら読めねぇだろ」
人化の魔術そのものがまず見つかるかすら分からないのにな。行くとしたら魔人大陸とかそこら辺だろうよ。それに、魔術を学ぶには最低限文字を読めるようにならないと話にならない。
計算とかで言うなら、まずは数字とその意味を覚えないと計算すらできないって事と同じだからな。
『確かに今は、読めん。が、指導してくれたら童でも読めるぞい』
「そら誰だって出来るわ」
『童は手のかからぬ生徒になれるぞ?』
「ま、考えとく、とは言っておく」
『ぬぅ…一筋縄では行かぬか』
「そらこっちも優雅に生きたいからな」
『くくく…童も否定せんよ』
今更だがコイツは【妖刀マサムネ】とか言うらしい。
切れ味はどこの名剣より斬れる。一度どこぞのチンピラと真剣同士でやりあったけど、相手の武器をまさしく“斬った”のだ。しかも俺はただ防御していただけ。たったそれだけの動作で、敵の剣を斬ったのだ。
それだけでその切れ味…いや、斬れ味がどれほどか物語る。そして元が元だからか、かなり頑丈だし、手入れも僅かで済むから有難い。自己修復と言った方がいいか。そんな能力が備わってるからマジでありがたい。主にメンテの経費に。
けど、【呪い】を持っていた頃は一つの一族に執着とも言っていいほど呪っていた時期もあったらしい。それも様々に形態を変えて、だそうだ。おかげで封印沙汰になって、その封印が解けたところを俺たちの一族が見つけて引き取ったって経路だ。
因みに食欲に関して一度聞いたことがあるが……
『童に食欲なんぞない。が、食べてみたい、と単純に願うことはあるぞ』
だ、そうだ。ま、簡単に言うなら食べる必要はないが、願望として食べてみたい時があるってところだ。
『忘れぬうちに顔を洗うことを忘れぬことだ』
「ああ、忘れかけたわ」
『……童からすれば完全に忘れておったような顔だったがな』
これが、今の俺の現状。
本業は解呪士。それ以外は冒険者として活動していて、ランクは一人前のC。で、同時に一流の解呪士になるための下準備ってところか。
防具は軽装、相棒はこの【妖刀マサムネ】……いや、もう解呪されたからさしずめ【斬刀マサムネ】ってところか。
活動拠点は主にディーバ王国、テッルシェルバ領。だが、冒険者や解呪士としての依頼もあるため世界中を歩き回る。勿論、主に【呪い】が多い地域を拠点に活動するつもりだ。
貯金も地道だが溜まってきている。勿論、散財する気は無いし、地道にやってる感じだ。一攫千金?んなもん俺にとっては【呪い】を下回る欲求だな。今の俺の動機は…
【呪い】の収集…みたいなものだからな。