兄視点。
出会いの話を兄視点で。そして、この話が1番長くなる不思議……。
彼は私の学園時代に親しくなった友人で、職場の上司だった。
2つ上だったがなぜか馬が合い、卒業の暁には同じ職場へとスカウトされ、公の場以外では敬語もいらないと笑ってくれた。
彼曰く、表情筋の壊れている彼の笑顔は貴重でとても嬉しかったのを覚えている。
職場での日々は忙しかったがとても充実していて、ふと気づけば2年の月日が経過していた。
肉体と精神をギリギリまですり減らす日々は充実していたが、プライベートにまで回す余力は無く、気づけば寂しい独り身だ。
そんな息子を心配した母親がお節介にもお茶会という名の集団お見合いの場を設けてしまった。
それを知らされたのは何と前日の朝で、回避は当然不可能。
何しろ、上位貴族の立場を利用して大々的に声をかけまくっていたのだ。
それだけ派手にやっていれば耳に入りそうなものだが、余計なことをするなと止められることを恐れた母親に徹底的な情報規制を施されていたらしい。
……そういえば、友人達が何だか最近生温かい目線を向けてくると思った。
あいつら、許さん。
密かに決意の拳を握る俺を、末の妹が呆れた様な顔で見ていた。
「お兄様、諦めてくださいな。お母様は本気です。まだ、選択の自由を持たされるだけ良かったではありませんか」
黄金色の髪をさらりと揺らしながら小首を傾げる妹は身内の欲目を抜いてもとても可愛らしかった。
黄金を紡いだ様な金の髪にアメジストの様に美しい菫色の瞳。
少し離れて生まれた妹は、家族全員に総出で可愛がられていたが、甘やかされたからと決して傲慢にはならず、とても素直で賢い子供だった。
むしろみんなに全力でかまい倒されたせいか妙に人の心の機微に聡く、空気を読む。
まぁ、その謙虚さがなおさら可愛がられる結果に繋がるのだが。
「………アイリーンは明日は参加するのか?」
ふと思いついて尋ねれば、少し考えた後コクリと頷いた。
「主催者の家族として最初に少しだけ。デビュー前なので直ぐにお暇する予定ではありますが」
整いすぎた容姿と思慮深い言動の所為で年よりも大人びて見えるがまだ12歳。
わが国では13歳に社交界デビューをし、大人の一員と認められる。
それまでは、良家の子女は基本屋敷から外に出ない生活をするのだ。
「………そうか」
「女性陣の盾になる気はありませんよ?」
どうもチラリと頭の中を過ぎった事を読まれていたらしい。
「それは諦めるよ。折角だから友人に自慢の妹を自慢しようかと思っただけだよ」
慌てて取り繕う様に口に出せば、それはとてもいい考えに思えた。
どうせ友人達も仕事に追われてシングルばかりなんだ。
出会いの場を提供してやろう。
対象が沢山いれば、その分自分への視線も分散するだろうし一石二鳥だ。
もちろん、母親の企みを気づいていながら嗤って見ていた奴らへの意趣返しも多分に含まれてはいたが、可愛い(であろう)女の子を紹介して恨まれる事も無いはずだ。多分。
自分の思いつきにニヤリと笑えば、何かを察したらしい妹がため息をついていたが、こうしてはいられない。
人数が増える事を一言言っておかなければ、機嫌を損ねてしまうだろう。
息子に内緒でお見合いパーティー(笑)開こうとする親だ。お祭り騒ぎは大好きだし、人が増える分にはイヤとは言わないだろう。
「母上に話があるのだが、どこにいるか知っているか?」
「サロンで明日の最終打ち合わせをしていましたよ」
「ありがとう」
急いでサロンに向かう俺は、まさかそのお見合いパーティー(笑)であんな事が起こるなんて想像もしていなかった。
その時、俺は人が恋に落ちる瞬間を初めて目撃した。
パーティに焦る悪友共を放り込み、女慣れしない奴らが四苦八苦する様を端の方で鑑賞して笑っていた俺は、遅れてやってきた友人の姿を見つけ、片手を上げた。
黒髪黒目の友人は顔立ちは整っているものの冷たく見えるらしく、気にはなっても特攻をかける勇気ある女性はいないみたいだった。
あの若さで第1騎士団の副隊長件参謀という非常に優良物件なんだが、なぁ。
誰にも呼び止められること無く俺の元までやってきた友人はあきれ顔だ。
こいつにも当然見合いパーティ(笑)とは言っていないが、やたらと年齢層の若い招待客の華やかさに何と無く察したのだろう。
「巻き込むなよ」
「黙っていたお前も同罪だ」
ニヤリと笑って返せば黙って肩を竦められた。やっぱり知ってやがったな。
「華やかで良いだろう。目の保養して行けよ。何なら誰か紹介してやろうか?」
「ほっといてくれ。お前のための場だろう。壁のシミになってないで、お前こそ動けよ」
お節介をやいてみれば、本気でイヤそうな顔をされた。
思わず笑っていれば、すっと誰かが前に立った。
「お話中失礼いたします。新しいお客様にお飲み物をどうぞ」
涼やかな声は妹のもので、そちらを向けば盆にグラスを2つ載せて立っていた。
急遽増えた人数のためにガーデンパーティーに変更されて、足りない人でを埋めるためにさりげなく給仕の真似事をしているのだろう。
少し伏目がちなのは、紹介もされていない相手を見つめるのは失礼にあたるとの配慮か。
メイドにしては着飾っている幼い少女に友人が少し戸惑った目でこちらを見た。
「ありがとうアイリーン。こちらは俺の上司でもあるイリアス=ハイドロ。よく会話に出るから覚えてるだろう?
イリアス。コレは俺の末の妹のアイリーンだ。デビュー前だからまだあまり人前に慣れていない。多少の粗相は大目に見てくれ」
盆からシャンパングラスをとりイリアスに渡しつつ簡単に紹介する。
空になったお盆を胸に抱き顔を上げたアイリーンの変化を何といえば良いのだろう。
「アイリーンと、申します。兄がいつもお世話になっております」
そう言ってイリアスを見上げ、アイリーンはピタリと固まった。
整っているが為、黙り込むとアイリーンは途端にまるで精巧な人形の様に人間味がなくなる。
だが、その白磁の頬がみるみるとバラ色に染まりアメジストが潤んで輝き出す様は、兄であるはずの自分ですら思わず息をのむほどの変化だった。
更にふわりとその顔に幸せそうな微笑みが浮かべば可憐さはいや増し、周りから息をのむ気配が多数上がった。
「………丁寧にどうも。イリアス=ハイドロだ。兄上には色々と助けてもらっている」
そうして、天使の微笑みは表情筋の壊れた男にも遺憾なくその威力を発揮したらしい。
一見無表情だが、僅かに目が見開いた。
かなり動揺しているぞ、アレは。
そして、うっとりとイリアスを見上げる妹に覚えた予感は、見事に的中した。
普段の大人びた少女は、驚くべき積極性を発揮し、イリアスを追いかけ始めた。
1番側にいる友人として俺を取り込むのは必然と判断したらしい妹は、切々と自分の思いを訴え、味方になって欲しいと懇願した。
可愛い妹の珍しいおねだり。
正直、年の差を考えれば微妙だったが、貴族世界の結婚を考えれば、無理がある差でもない。
なにより、イリアスが身内になるのは楽しそうだ。先にも述べた様に優良物件なのも確かだしな。
早々に味方になることを決意した俺は、何かと妹とイリアスを会わせる場を作った。
渋い顔をしていた両親も初恋ゆえの暴走と生温かく見守っていた周囲も、1年2年と過ぎていくうちにどんどん妹の勢いに飲まれていった。
そうして本人よりも周囲が先に陥落し、何となく時間の問題だろうと眺めている中、ようやく思いを確かめ合い、婚姻の場が整ったのは実にあの日から7年の歳月が過ぎていた。
正直、イリアスの鉄の理性に尊敬したものだ。単なる融通の利かない頑固者ともいうのだろうが。
恋を知り、自分磨きにも精を出した妹の美しさは近隣諸国にまで響き渡るほどだったのだ。
真面目な話、隣国の王族から打診があったりもしたのだが、アイリーンの一途さに絆されていた周囲がうまく煙にまいて事なきを得たりした。
もう直ぐ、あの扉が開いて幸せそうな新郎新婦が姿を現わすだろう。
コッソリと乾杯用のグラスを傾けながら、俺はニヤリと微笑んだ。
後で絶対イリアスに「お義兄さん」呼ばせてやろう。
読んでくださりありがとうございました。
私の話で初のシスコンでない兄!(笑)
今後も妹夫婦にちょっかい出して、やぶへびになっている事でしょう。
妹結婚の段階でまだお相手いませんから。
「俺は愛の旅人なんだ!」
「………それ、単なるナンパ野郎だから」
まぁ、あんなに側で純愛見せられたら女性に求めるハードルめっちゃ高くなりそうですよね〜。