駅
あれ?
俺は気が付くと駅のホームにいた。
どこかの田舎の無人駅なのか辺りには人気はない。
日が暮れてしまったのか辺りは暗い。駅の照明がホームの周辺を照らしていた。
どうしてこんな所にいるんだ。
俺は思い出そうとするが、思い出せない。
これは記憶喪失か?
酒でも飲み過ぎたか?頭でも強く打ったか?それとも俺が馬鹿なだけなのか?
色々考えていると、ガタンゴトンという音が聞こえてくる。
そうかここは駅だ。列車が来たんだな。
ここにいても仕方ないから列車に乗って大きな駅まで出るか。
そう思っていると、列車がやって来た。
淡い黄色をベースにして窓下に細い赤帯を入れた塗色、顔で例えれば額の場所に付いている大きな前照灯、辺りに轟々と響くエンジン音。
旧国鉄準急型気動車
俺は、鉄道に詳しいので、この列車を見て確信した。
だけど、この車両は20年以上間にすべて解体されて無くなった筈だが。
疑問に思っていると、列車は俺の目の前を通り過ぎ行ってしまった。
しまった!
列車はどんどん遠くへ行って、ついには姿が見えなくなってしまう。
乗り遅れた。いや、これは準急だから、こんな田舎駅通過したのかもしれない。
しょうがない。次の列車が来るまで待つか。
もしかしたら田舎駅だから明日の朝まで列車が来ないかもしれないな。
北海道の上白滝駅は一日上下一本ずつしか停まらないらしいし。
こんな田舎の駅で野宿かぁ。
ドンッ!!
突然、背後から強い衝撃を受ける。
不意を突かれたので、俺が体勢を立て直すことができずに倒れる。
痛いな!
衝撃を受けた方を見るとそこには男の子が立っていた。年齢からして4~5歳くらいか。おそらく、こいつが俺に突進したのだろう。
「おいっ、危ないじゃないか」
俺は文句を言うが、男の子は悪戯っぽい笑みを浮かべている。まぁ、これくらいの歳の子だと、叱っても仕方ないか。それに愛嬌があって憎めないしな。
「おい、お前、親はどうした」
俺が聞くが男の子は笑ったままだ。困ったな。無人駅みたいだから駅員に預けるわけにもいかない。
ガタンゴトン
再び、列車が来る音が聞こえる。
オレンジと緑色で塗り分けされた電車だ。確か、旧国鉄直流急行型電車だ。昔「アルプス」だとか「ゆけむり」だとかいう名前で走っていた気がする。車両前面には黒地に白抜き文字で「普通」と書かれている。
よし。今度は普通列車だ。この駅に停まる。
俺の予想通り、列車は徐々に減速して停車する。列車のドアが開く。
今度こそ乗ろう。
列車に乗り込む、するとさっきの男の子も列車に乗り込んでくる。
小さな男の子を一人駅に残すのも可哀想だしな。
俺は一瞬そう思った。
しかし、次の瞬間、俺はこの男の子を列車に乗せてはいけない気がした。
理屈はない、直感だ。
「お前は列車に乗るな」
男の子は泣きそうな表情をする。
俺は構わず男の子を足で蹴飛ばして列車から追い出す。男の子はホームに尻餅をつく。
俺ってこんなに残酷な人間だったか。
ピィーピッ
車掌が警笛を鳴らす音が聞こえる。列車のドアが閉まる。
男の子はこの列車に乗れない。泣きじゃくっている。
「お前がこの列車様に乗るのは100年早いんだよ」
ドアが閉まる瞬間、俺は捨て台詞の様に吐いた。
俺、酷い奴だよな。
列車は動き出す。
男の子が列車を背にして駅から出ていく姿が見えた。列車は加速する、あっという間に駅は遠くになり、窓の外は暗闇しか見えない。
俺は客室に入った。中もやっぱり旧国鉄直流急行型電車だ。4人掛けのボックスシートがずらりと並ぶ。
列車は結構混んでいた。客層は老若男女様々だ。
運良く、誰も座っていないボックスシートがあったので、俺はそこに座る。
ガタンゴトン、列車は小気味良いリズムで走っている。
外はまだ暗闇だ。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
何時間も経過した気がするし、まだ5分しか経過していない気もする。
暗闇の景色にうんざりしていると、ガタンゴトンという音から、ガーという音になると共に視界も開ける。
大きな川だ。どうやら列車は鉄橋を走っているようだ。
蛍でもいるのか、それとも灯篭流しでもしているのか。
外は暗いのに、その川の至る所で光の点が見える。それは幻想的な風景だった。
あっ!
俺は思い出した。
俺がなぜあんな田舎駅にいたのか。
あの男の子が誰なのか。
そして俺が誰なのか。
あいつには少し乱暴な事をしてしまったかもしれない。
あいつは悲しんでいるだろう。
だけど、駅で俺があいつにしたことは間違っていなかった。
正しいことをした。俺は自信持ってそう言える。
「100年後にまた会おうな。待っているぜ」
俺は呟く。列車は川を渡り終えた。間もなく終着駅に到着する案内が車内に流れた。
****************
「22時55分。死亡が確認されました」
たくさんの機械が置かれた病室で医師はそう告げた。
それを聞いた若い女性は泣き崩れ、女性の後ろに立っていた老夫婦は暗鬱な面持ちをした。
「私達を残して逝かないでよ」
女性は叫ぶ。
「息子さんは、命の危機を脱して快方に向かい始めたのですが。お父様を助けることが出来ず残念です」
医師が呟く。
ベッドで横になっている男は満足そうな顔をしていた。