初めてのおともだち
その日は、唐突に外出が決まった。
「イザークちゃん、あなたを婦人会に連れていこうと思うの。」
お母様にそんなことを言われ気づけば馬車にゆられている。
急にそんなことを言われてもねぇ、キチンとアポを取ってもらわないと困るんだよチミィ。社会人として常識でしょぉう?
ねちっこい上司が頭の中に浮かんだけど特に意味はない。
ただ一時でもこの馬車の乗り心地の悪さから意識をそらしたかっただけである。
私はコメンテーターではないので上手くこの乗り心地を形容できないが脳みそがシェイクされ過ぎてフ〇ーチェ(ストロベリー味)になりそうな乗り心地とだけ言っておく。
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目的地に着いたのか馬車がようやく停まった。
思えば屋敷からこんなに遠くへ出るのは初めてかもしれない。
よく広い庭で遊んでいたので自分がアウトドア派であると勘違いしていたようだ。
初めての外の景色だというのに頭痛がするほど悪い乗り心地でグロッキーになっていたせいで風景を見逃してしまった、世界の〇窓からとか好きな人間なので無念である。
「さぁ着いたわ!マリアベル家のお屋敷よ。」
「わーい(棒読み以上大根役者未満の演技)」
我が家の領地は比較的首都に近いらしくここは首都である。
その首都に他の貴族もお屋敷を持っているってらしい。
まるで貴族制真っ只中のエカチェリーナ2世のロシアのように代官とかに仕事を投げれるようだ、といっても真面目な(自分の利権に対してのみ適応)貴族達は代官の横領及び不正などのリスクから首都の屋敷はあくまで王族から呼び出された時や見栄の為だとかいったスペアの屋敷でやはり自分の領地の屋敷がメインらしい。
今回呼ばれたマリアベル家の屋敷もそのスペアの屋敷らしいが
「すごく、おっきいです。」
十分でかい、スペアだとナメていた。
「マリアベル家は伯爵家ですもの、これくらい普通でしょ。」
うちのスペアの屋敷は侯爵家にふさわしくもっと大きく立派だとお母様は自慢していました。
後で、マーサが耳打ちしてくれたが
うちは本家がそもそも首都に近いのでぶっちゃけ要らない子状態で維持費を食う金食い虫らしい、貴族事情は複雑怪奇。
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「さて、本日は我が屋敷にわざわざご足労していただき……」
なんか長々とマリアベル家の当主が語っていたが要約すると西洋貴族式ママ友の会であり今のうちに貴族の子息令嬢同士で顔を合わせておきましょうの会である。
将来が有望な貴族様と幼馴染みという強い繋がりを得られるかもしれないのだ。
私はロリコンでもショタコンでもないので大変どうでもよいのだが。
ちなみにホールにお母様用スペースとお子様用スペースに別れてお母様方は子どもを離れて見守りつつ談笑する保育園のようなスタイルらしい。
そうして中身は大人な私も子どもスペースに放り込まれた。
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さて、我々将来有望幹部確定天下りまでも予定調和な重役になれるようなプラチナチケットを生まれながらにして握らされた貴族チルドレン一同は親御さんから解放され自由に社交性の赴くままに会話(?)をしている。
よって貴族と繋がりを持ちたくない私は社交性など持ってないのでちびっこどもと会話しなくてもいいですか?
ダメですか、マーサが目で「頑張って、おはなしして下さいねっ!」
っておっしゃっている。
しかし、私は子どもがさして好きではないのだ。分かっておくれマーサよ。
思えば遠い小学生時代、縦割り制度なる悪習で日本民族の言語の通じない小1と組まされてからか?
まぁこの話はどうでもいいとにかく子どもがそんなに好きではないのだ。
目に力を込めてマーサにメッセージを送信する。
マーサもハッと私の思いを受信したらしく大きく口パクして
「リ・ラッ・ク・ス・で・す・よ~」と励ましてくる、
違う、そうじゃない。
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マリアベル家のホールに特設された柔らかめな床と壁のある子ども専用スペースであるここをイメージするなら
ショッピングモールとかでたまに見かけるようなものを少し地味なカラーリングにしたものを思い浮かべればいい。
そこには今、地獄が広がっていた。
きっかけは一人の子どもが別の子どもとぶつかって転けてしまって泣き出したことだ。別に痛くはなかっただろうが、急に転けてビックリしたのだろう。この体は感情の制御が難しいからな。
そしてそれが伝播してしまった。
ええいああ 君から もらい泣き とあれよあれよという間にアウトブレイクでパンデミックで大合唱。
鼓膜が泣き声で痛い、泣きそうだ。
賽の河原もかくやな泣き声である。
仕方がないので事態を鎮火すべく動き出す。
「おちつけー、しんこきゅー……」
あっちこっちを動き回り子どもを落ち着かせる。子どもの全体4割くらいが感染して残り6割は泣きこそしないがオロオロしていた。
結果、私が一人で丸く治めてしまった。
……わぁ、私は優秀だなぁ(白目)
手早く収拾の着いた事態を静観していたご婦人達のターゲットにされてしまった。
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私は、マリアベル家の執事をしています。ジョン・テリーでございます。
私の主でありマリアベル家の当主アクセレイ様は幼児を眺めるのが趣味でございましてこのパーティも毎年貴族の出合いなどとそれらしい事を言ってこのマリアベル家で行われています。
今もアクセレイ様はホールに作られた二階の隠し部屋で無駄に高価な眼鏡を使ってまでして覗いていらっしゃるでしょう。
そこで、ご子息様達の方が騒がしくなりました。
貴族のご子息様達は大事に育て上げられていることが多くぶつかったり転んでしまったりなど様々な小さなハプニングで泣いてしまいまうことが多々あるのです。
そして私の主は幼児の泣き顔も大好物なゲス野…失礼、紳士ですのでこの展開を大変楽しみにされております。
ポケットから砂時計を取りだし逆さまにしてポケットに戻します。
これが落ちきるまではわざと事態を収拾しませんしさせません。
メイドやご婦人達が動こうとしましたが。
「ご子息様達に任せてみましょう。」と言って止めます。
今ごろ主様はグフフとかブヒィとか歓喜にうち震えていらっしゃるでしょう。
しかし、私の想定外になんと御子息の一人がこれをなだめに入ったではないですか!
多少まごついているもののそれでも健気に周囲を気遣い落ち着かせようとされている。
例年に無い状況に呆気にとられたが場が段々と落ち着いていってしまっている、この流れを止めるのはもう不可能でしょう。
主様はどうされているだろうか。
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さて、場を上手く治めたことで私より少し小さい子達からまるで「兄上様……」と言った感じ、あるいは一歩引いて良くできた学級委員長を見るような目で見られているのがひしひしと伝わっている。
さらにはご婦人からのひそひそ話で侯爵家の子と伝言ゲームされたのか母親陣営からの有料物件を見るような視線も刺さる。
「あの……」
「ん?」
「わたし、メリーっていいます。それで、あの……」
これは友達になって下さいとやらだろう。
ま、まぁ相手がちびっこでも一人ぐらい友達にしても悪くないか、いずれ大人になるだろうし仕方なく受けてやらないこともな……
「け、けっこんして下さい!」
ほっぺを真っ赤にして女の子が告白の上位互換を打ち出してきました。
おませさんなのかな?丁重にお断りします。
「そういうことは、大人になってから、好きな人にいいなさい。」
「でも、」
困ったような顔をしている、困っているのはこっちなのだけど。
「お母様からしっかりした人がいたらこう言いなさいって!」
わぉ……貴族の教育では進〇ゼミや〇会も驚くほどの速度でものを教えるようだ。
「じゃあ、お友達からならどうかな?」
「う~ん?いいのかな、けっこんじゃなくて?」
「いつか、けっこんするほど、なかよくなるかもしれないし。」
「ならいいね!ふつつかものですがよろしくおねがいします。ええと…」
「あぁ名乗ってなかったっけ?イザークといいます。よろしく。」
「はいっ!」
こうして、初めておともだちができました。
だけどメリーの後に続いて話しかけてくる子は居なかった、何でだろうか?
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その日の晩に書かれたある少女の母親の日記にはこう書かれていた。
『やさしいけどスッゴく目付きの悪い子と友達になった!と娘がはしゃいで報告してきた。娘の初めてのお友達だけど確かに目付きが悪く、子ども達が泣き出した時も率先して動いていたのに余りの眼光に事態が治まってから家の子以外からは話しかけられていなかったような男の子だ。ふふふ、侯爵家の御子息らしいし玉の輿も狙える!頑張れメリーちゃん!』