劇作家
ダンッ
男は振り上げた手をテーブルに叩きつけそこに広げられていた書きかけの新しい劇の脚本をぐしゃぐしゃにして暖炉に放り込んだ。
そして自分の頭を乱雑に乱暴に自身の書いていた脚本にしたようにぐしゃぐしゃとかきあげ慟哭の叫びを上げた。
「ああ、嘆かわしい…何故、何故!?
私はこんな時代に生まれてしまったのだろうか!?
私がいくら心血を注ぎ脚本を書き上げても
世界にはもうそれと同じようなものは存在していると
切って棄てられてしまうぅ…」
暖炉の光しかない薄暗い部屋で泣き崩れる人間は劇作家だった。
この人間のいる現代ではもうおおよそ人の思い付く物語は語られ尽くされどんなに奇抜な脚本すら二番煎じ呼ばわりされこの劇作家にとっては地獄とよべる世の中だった。
テーブルの上に置いてあったインク瓶が倒れたのか流れ出ている黒い液体が劇作家の流した血のようだ。
足下に散らばった他の原稿も暖炉の光を反射しているのかまるで何年も前に捨てられたもののように黄ばんで見える。
作家の嘆きは続く。
「この時代において創作と既出のコピーペーストとの違いは既に無いのだろう。
ありとあらゆる分野で人類はやれることをやりきってしまったのだろうか。
文学でもサブカルチャーでももはやあらゆる創作物は盗作の嫌疑をかけられ楽しむだけの鑑賞者は手を叩きながら作者を糾弾する。
我々作者にはもう創作の自由はないのだろう。
作品を発表する前に誰か先人がいないか入念に調べガタガタ怯えながら世に送り出すのだ…」
この劇作家は昔は高名な作家だった、しかし数年前に出した作品が最近になってマイナーであまり知られていない昔の作家の作品に酷似していると騒がれだしたのだ。
最初は掲示板の小さな書き込みだったがマスコミの目にとまり有ること無いこと書き上げられた。
記者など辞めて劇作家になれば良いと本気で作家が思うほど滑稽に踊らされ世間に弄ばれまさに作家が悲劇の登場人物に仕立てあげられてしまった。(もっとも主役は盗作被害者とされた者で作家が悪役だが)
今では作品を発表するのも恐ろしくこうして山奥の屋敷に籠り嘆くばかりであった。
「物語が未だ存在しない世の中に行けたらどんなに素晴らしいだろうか…」
作家は頭を冷やそうと窓を開けた。
そうして冷たい風と暖かい空気の入り交じる部屋で暖炉の火を消さずに泣きつかれた作家は椅子に座ってうたた寝をしてしまった。
ビュオゥと吹きすさぶ風が原稿を火にくぐらせ火のついた原稿が部屋を舞い他の原稿も同類に変える。
アルコールを含むインクにも燃え移り瞬く間に部屋中が火に包まれた。しばらくして熱さで目覚めた時には手遅れだった。
いや、逃げようと思えば出来たかもしれないがそうまでして生きる意味を見出だせなかったのだ。
「屋敷ごと燃えて朽ちるラストなど今時の劇じゃ流行らないだろうなぁ。」
作家は薄く笑い炎に焼かれた。