ごく普通な僕とちょっと変なあの子とG。
ぶっちゃけて言いますと僕の彼女は変な子です。
いや、始まって早々いきなり何を言ってるのかという気持ちはごもっともです。わかりますわかります。
でも本当に変なんです。天然とかそういう次元じゃなくて、もう奇妙とか言ってもいいかもしれません。まあ、そこが可愛いんですけど。
「あ、山田」
と、彼女の事考えてたら彼女に会えましたよ。あ、彼女は山田さんじゃありません。僕が山田なんです。どっちがどっちを呼んだかなんて文章じゃわかりにくいですよね。平凡すぎて逆に珍しい名字だって言われます。
「これ見て」
何かを握りしめ、なにやら興奮した様子で僕にその何かを見せようとする彼女。よく見ると埃だらけで真っ黒けです。さらに頭にクモの巣が。どこで何してたのか非常に気になりますが、その前に埃とクモの巣を払い落としてあげようと思います。
「あ、ありがとう」
いえいえ、どういたしまして。気を取り直して彼女が何を持ってきたのか確かめてみようと思います。
「ほら、これ。カブトムシ」
カブトムシ? こんな季節に?
ちなみに今は11月です。秋真っ盛りです。秋に真っ盛りって形容は正しいのかわかりませんが。
とにかくカブトムシは夏の生き物なので今はそうは見つからないはず。
妙に思いながら彼女の手の中を覗き込んで驚愕しました。
「すごいっしょ? すごいっしょ?」
嬉しそうな彼女。
いや、これは…………なんと言ったらいいのか。
『これはカブトムシじゃない』
と言ってしまうのは簡単ですが、じゃあこれは何かと聞かれたら返答に困ります。
「体育用具室で昼寝してたら見つけた」
なんでそんなとこで。
「マットがあって寝やすかったから」
なるほど。
だからそんなに汚れてるんですね。
体育用具室は掃除が行き届いてなくて汚いから昼寝にはあまりおすすめできないです。
なぜ、そんなことを知ってるかって?
僕は体育委員なんです、実は。だから体育用具室の掃除は僕の仕事なんです。掃除した事ないですけど。他の委員と結託してサボってるんです。
「わかった。今度からは気をつける」
うん、お願いします。自分の彼女が埃だらけでクモの巣をつけた姿を見るのは悲しいですから。まあ、半分くらいは僕のせいですけど。
しかし、ともあれ、問題は全然解決してなかったりします。
僕にはとても言えません。
君が後生大事に握りしめているそれはカブトムシではなくゴキブリだなんて。
「黒くて、足が六本。それがカブトムシ」
角はどうしたんでしょう。というか彼女は本物のカブトムシやゴキブリを見たことがないんでしょうか。黒くて足が六本ある虫なら全部カブトムシだと思っていそうです。
彼女のことを思うなら本当の事を言うべきでしょう。僕だってゴキブリを自慢気に見せつけられてもどうしたらいいかわかりません。
「カブトムシ、山田にあげる」
なんですと。
「男子は昆虫が好きなんだよね」
いや、ちょっと。小学生くらいの男子ならそういう子もいるかもしれませんけども。
「大変だったよ。掴まえるの。すばしっこいし、飛ぶし」
それは恐い。僕なら逃げます。
「え? なんで?」
だってそいつ、飛んだらこっちに向かって来るじゃないですか。何故か。
「うん、向かって来たところを掴まえた。こう、バシッと」
空中で何かを掴む動作をする彼女に僕はどんな顔をすればいいんでしょう。誰か教えてください。
彼女と手を繋げなくなりそうです。正直、どうしたらいいかわからなくなってきました。
「?? 山田?」
彼女の指の隙間からはみ出た黒い足がカサカサ動きまくる様を直視出来ずにいると彼女に顔を覗きこまれました。上目遣いが強力で思わずキュンとなってしまうくらい可愛くて、内心はもう『抱き締めてえぇーっ!!!』って感じですがゴキブリもろとも抱擁出来るだけの度量は僕にはありません。
「どうかした? だいじょうぶ?」
大丈夫。大丈夫ですからその手をこっちに向けないで。君の綺麗な顔と黒いそいつを同じ視界に入れないで。
「ほら、カブトムシあげる。だから元気出して」
受け取るべきか、受け取らざるべきか。それが問題です。
この世にゴキブリをもらって『ゴキブリヤッホォーゥ!!』と大喜び出来る人が何人いるでしょう。少なくとも僕の知り合いの中にはいません。
でも彼女がくれるという物ならもらわなければいけないような気がします。彼氏としての使命感とでも言うのでしょうか。そんなもんはドブに捨ててしまえと言われてしまいそうですが、彼女の無垢な瞳に見つめられるとそんなことは出来そうもありません。
だってそもそも彼女は僕にカブトムシをあげてるつもりなんですから。いや、まあカブトムシでも微妙ですけど。
もしゴキブリとわかって渡そうとしてるなら僕は彼女との関係を考え直さなければいけなくなります。
そんなのはごめんです。だから僕は彼女を信じます。
「………いらないの? カブトムシ嫌いだった?」
ああ、そんな悲しそうな顔をしないで。
その顔を見て彼女が本気で僕を喜ばそうと思ってそのカブトムシ(その実体はゴキブリ)を捕獲してきたのだろうと確信しました。しかし、だからといってこの状況が好転するわけではありません。
もういっそのことどこか遠くに旅に出たくなってきましたが人はこれを現実逃避と呼ぶのでしょう。
僕は意を決して彼女に真実を伝えることにしました。手から変な汁が出てきます。いや、ただの汗です。ちょっと混乱しました。
「ん? なに?」
………そんな目で見られると言いにくくなります。いや、言いますよ? 言いますけど少しくらい心の準備をさせてくれてもいいじゃないですか。
ああ、真実を知った彼女はどんな顔をするでしょう。想像するだけで胸が痛みます。
しかしそれでも僕は言わなければ。彼女に真実を伝えねばなりません。
よし。言います。
本当の事を。
「本当の事?」
―――実は君が持ってるそいつはカブトムシではありません。
「えぇ? カブトムシじゃないの?」
―――はい。違います。
「じゃあ、なんの虫?」
…………………ゴクリ。
わかっていたとはいえ思わず息を飲むほどの緊張感です。
「山田??」
肝心な答えが出てきません。僕には荷が重すぎたのでしょうか。
自分のヘタレ具合にうんざりです。
「あ、わかった」
と、何故か彼女が得心いったような表情を浮かべます。何がわかったというのでしょう。
「これ、カブトムシじゃなくてクワガタなんだね」
……………ジーザス。戦慄が走りました。
彼女はかくも恐ろしい人でした。
「ごめんね、間違えてて」
僕は首を振りながらも、ちょっと泣きそうです。
「クワガタ、欲しい?」
ごめんなさい。マジでいりません。
「そっか。じゃあ逃がしてあげよう」
そうしてあげてください………。
「じゃあ、ちょっと行って逃がしてくる」
そう言って彼女は駆け出して行きました。行き先は体育用具室でしょう。
僕は今回を期に心に誓いました。
二度と体育用具室の掃除はサボるまい、と。
・
余談ですがその後戻ってきた彼女はやっぱり埃まみれで、嬉しそうに
「ほら、見て見て。ミノムシ」
クモを掴まえてきました。
………確かにどっちも糸からぶら下がってますけどね。
やっぱり彼女は変な子です。
………え? 僕も変?
ははは、そんなバカな。