親友とその彼女とアンパン
やあ、どうも。俺の名前は三島 俊介。
学業成績は中の下。運動神経は中の上。ルックスは……よくわからん。とりあえず自分から容姿を誇るような男にはなりたくない。まあ、見た目というか身なりはごく普通の男子学生とチャラ男の中間ぐらいを想像してもらえばいい。チャラ男というほど弾けてないけど、間違っても真面目とは言えない格好だ。髪も染めてますし。だがピアスはしない。
性格は……どうなんだろう。少なくとも悪人ではないつもりだが軽い嘘なら平気でつくな、俺。
まあ、ほどほどにノリもよく、適度に距離感も保つので周りからはそれなりに付き合いやすいタイプとして認識されてるんじゃなかろうか。
そんな俺のモットーは『広く浅く、踏み込まない踏み込ませない人間関係』である。
いや、まあ別にモットーとかいうほど、そこまで意固地になって貫いてる訳じゃないんだけど自分のスタンスで立ち回ってたら自然とそんな感じになってた。要するに面倒事を素直に面倒だと感じてしまう性格なのだ。
何かと頑張るのが苦手なんで。怠け者なんです。
とはいえ、そんな俺にも長く、深い付き合いの親しい友人の一人くらいはいる。
そいつは俺のモットーに反して、やたら面倒ごとに巻き込まれる性質で、しかも基本気合だけで具体的な解決策を持たないまま問題に突っ込んでいくような男である。
身長199cm、体重99kgとギャグみたいな巨漢で、ただし肥満ではなくその肉体を覆うのは概ね筋肉だ。ムッキムキである。
顔はお世辞にもハンサムとは言えないが、各パーツのバランスは悪くない。無駄にビシッとした眉と全体的に厳つい輪郭のせいでやたら男くさい顔になってるだけで。
内面的には非常にいいヤツだと言い切れる。流された猫を助けに真冬の川に躊躇なく飛び込むくらいだし。
たまに暑苦しいけど、一緒にいて飽きないなかなか面白いヤツである。人間関係をめんどくさがる俺のようなヤツが十年以上も付き合えているんだからそれだけでヤツの人とナリがうかがい知れるというものだろう。
そして今日はそんな俺の友人―――嵐山 豪汰の話をしようと思う。
豪汰は幼稚園の頃からの幼馴染だ。「『幼馴染』といえば毎朝起こしに来てくれる美少女だろ!」とか何とかのたまうギャルゲ脳のおバカさんは放っといて。
豪汰はほんのガキの頃から豪汰だった。
昔から体がデカく、しかも空手なんて習ってたもんだから、腕っ節のケンカで豪汰に敵うヤツはいなかった。だが豪汰はそれを振りかざすでもなく、例えば女の子を苛める同級生であったり、遊具の独占を目論む上級生であったり、そういう所謂『ワルイ子』にだけ吹っかけていって、しかもやりすぎる事もなくうまく手加減していた。まあその後、もちろん先生には怒られるのだが。俺もよく巻き添えを食ったものだ。
そんな子供いねーよ!! とツッコミが聞こえてきそうだが俺も豪汰を見てなければ同じように思っただろう。豪汰はそんな頃から人間が出来ていた。
とまれ泣いてる子供も、困っているご老人も、悩んでる友人も、捨て犬も、クモの巣にかかった蝶さえも豪汰は放っては置けないのだ。そのくせ要領よく頭を使うということを覚えないものだからいつも体当たりで物事に当たり、時に身心ともにボロ雑巾のようになる豪汰を今度は俺が放っておけなくなる。尻拭いというと多少語弊があるが豪汰のすることのフォローやサポートというのが俺の昔からの役割だったのだ。
この辺りが俺と豪汰の付き合いの深さと長さの要因なんだろうなと思う。
――――――で、だ。
つい先日の事だ。
そんな豪汰に彼女が出来た。
晴天の霹靂とはこういうことを言うのだろうな、と、その報告を聞いたときそんな間の抜けたことを考えた。
しかも相手は学内でも一、二を争う美少女と言われる轟 鳴女史である。学年でいうとタメ。さらに学業優秀で副生徒会長も務めていると言う才媛である。人は見た目によらない。
まあ俺は趣味じゃないけど。ああいう気さくで優しげ柔和なお嫁さんタイプよりもう少しキリッとしたクールな感じの娘がタイプだね。うん。例えるなら去年の生徒会長みたいな。……そういやその元生徒会長も確か轟って名字だった気が。もしや関係者か?
まあ、どうでもいいが。
ともあれ豪汰の彼女が美少女であることについては異論は全くない。
ちなみに、なんとビックリな事に(というと豪汰に失礼だが)豪汰からではなく向こうから告白されたらしい。
個人的な評価で言えば豪汰程の男はそういないと思ってるが、ヤツの良い所は周り――特に女子――には伝わりにくいだろうなと思っていたので、割と本気で驚いたのと同時に我が事のように嬉しかった。
気は優しくて力持ち、を地でいくあいつの良さをわかってくれる女子がいたんだなあ、と。まだ、その彼女とそんなに話した事ないので何とも言えないが、そういう良さを見抜いてか少なくとも所謂顔の良い『イケメン』ではない豪汰を選んだと言うだけで俺的には好印象。お嬢さん、いい買い物したぜ。グッジョブ。
あとは件の轟嬢が豪汰を騙し弄ぶ悪女で無いことを祈るのみだ。今んとこその兆候はないけど。
そして今日も今日とて、『優しき巨人』嵐山 豪汰とその彼女『世にも轟くプリンセス』轟 鳴は仲睦まじく昼食を共にしていた。
………何故か俺も一緒に。
「味はどうかな?」
「ンン、んまいです」
「そう? よかったぁ」
「自分、鳴さんは料理の天才だと思います」
「いやいやいや、それは大袈裟すぎるよー」
轟嬢手作りの弁当を豪汰が褒め称え轟嬢がテレテレと謙遜する。
確かに美味そうな弁当だ。どうでもいいが豪汰の手がデカ過ぎてそれなりのサイズのはずの弁当箱がオモチャみたいで笑える。
「何だ、俊介。自分の弁当を見てなぜ笑う。食いたいのか」
「いいや。ちょっとな。思い出し笑いみたいなもん」
「むう……気持ちはよくわかるぞ。こんな美味い弁当が目の前にあるのだから興味を惹かれて当然だ。……だが、やはりやれん。鳴さんが自分のために作ってくれた弁当は、さしものおまえであっても食わせてやる訳にはいかん」
「だからいらんちゅーねん。話聞けや」
会話がナナメ上過ぎる。
そんな野暮はしませんよ。俺はこのアンパン一個で十分さ。……あれ、何かちょっと悲しくなったぞ、不思議だな。
「というか俊介。おまえ、それだけで足りるのか」
「んー。まあ、ちょっとダイエット、みたいな?」
むしろやせ細ってるのは財布の中身だが。……昨日ついつい漫画を買いすぎて金欠なのだ。
「それ以上痩せてどうする。折れるぞ」
「何がよ。怖いこと言うなよ」
「おまえにダイエットなんざ必要ない」
「や、まあ冗談だからそんなマジに受け止められても困る。つーか、まずこの気持ちの悪いやり取りをやめよう」
「む?」
む? じゃなくてね。何か腹黒い女子のガールズトークみたいで気色悪い。むっさい男同士でする会話じゃない。いや本物のガールズトークがどんなもんかは知らんけど。単なる偏見と想像です。
「クスクス」
素で首をかしげる豪汰に轟嬢が微笑ましそうに緩やかに笑う。
「単に金欠なだけ。気にせずおまえは愛妻弁当頂いとけ」
そういって手をひらひらさせると豪汰は何故かおもむろに立ち上がった。デカいから目の前で立たれると迫力というか存在感の圧力がすごい。
ぶっとい腕を振り回して豪汰がわめく。
「あ、あああああああああああああ愛妻などとお、おおおおおおまおまえ、俺たちはまだき、清い交際でだな……!」
「そこかよ。聞いてねえよ。どもりすぎだし、いいから落ち着け。そして座れ」
「……わ、私は愛妻弁当でも構わない、よ……?」
あ、余計なことを。
しかも豪汰の角度からだと上目遣い。潤んだ瞳。破壊力倍増。ドン。
「ふぉ」
「あー」
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」
スイッチ入っちゃった。駄目だよ、轟嬢。豪汰はこういうのに全く耐性ないんだから。
ぶっちゃけ轟嬢とまともに会話出来るようになったのもつい最近なんだし。目すら合わせられないってどういう事? 根本的に元々シャイな上に女子と接する機会が極端に少なかったからしゃーないっちゃしゃーないんだけど。前の学校は男子校だったしねえ。
「う、うぅぅぅぅ……」
で、片や轟嬢も自分の発言で撃沈。俯いて悶えている。短い髪の隙間から覗くうなじがさっき以上に真っ赤っかだ。
つーかこの二人。前述のとおりつい最近までまともに会話すら成立していなかったのだ。豪汰はある意味わかっていたことなんだけど、問題は轟嬢のほうで、この人豪汰の前になると照れまくり恥ずかしがりまくり小声になり過ぎて何言ってるかわからなかった。
そのことについて豪汰と轟嬢の両方から相談を持ちかけられた(何で俺?)のだが、あの時ほど世を儚んだ事はなかったね。
まあ、それなりに力を尽くしましてね? こうして俺が間に入ってれば何とかまともに会話出来る様になったわけ。
そうでもなきゃ好き好んでこんな桃色空間に足突っ込まないよ。
もー、この人たち難儀すぎるわ。
「やれやれだ」
とはいえ、だ。この二人から離れたら俺は精神的ボッチに陥る。
別に一人でいるのが苦痛ではないけど、何気にこのコミュニティが気に入ってるから、やっぱり離れるのは少しばかり寂しいかもしれない。
だから今しばらくは我が愛すべき親友の幸福な日々を見守ろうと思う。ニヨニヨしながら。時に壁ドンしながら。
―――二人が立派なバカップルになるその日まで。
あー、アンパン美味い。