浴衣と夏祭りと赤面
「風邪と看病と夕焼け」の二人の話です。
八月某日。
高校最後の夏休みも終盤に差し掛かったこの日、俺は地元の神社で催される夏祭りに行く事になっていた。もちろん透と一緒に、だ。
子供の頃は伊織と二人、母さんに連れられて毎年行ってたけどいつの間にか行かなくっていたからな…………久しぶりの夏祭り、満喫することにしよう。
「智秋ー。ごめんな? お待たせ」
「お………」
待機していたリビングに入ってきた透を見て俺は声を失った。
祭には浴衣を着ていく、とは聞いていた。一人じゃ着られないと言う透に伊織が着付けられるからやってもらえ、と家に呼んだのは俺。
だから特にサプライズな要素はないはずなんだが……………それでも驚くほど綺麗になった――いや、元々綺麗だが――透の姿がそこにはあった。
薄桃色に朝顔模様の清純さの中に華やかさもあり………可愛らしさと美しさを合わせ持つ一言で言うなら『可憐』な浴衣姿。いや浴衣が、じゃなくて、それを着た透こそが可憐なんだろうか。
普段は何もいじってないさらさらの髪を今日は結い上げていてうなじが見えている。
俺は別にうなじフェチじゃないけどやっぱり女の人のこういう姿には妙な艶っぽさがある。よくみるとほんのり化粧もしているらしく…………いつもは色気のかけらもないくせに。こいつにそういうものを求めるのは酷だと思っていたが今日に限ってはギャップもあいまって反則級のインパクトだ。
「?? 智秋? どーしたん?」
「あ、おぉ………」
目の前でヒラヒラ手を振られて我に帰った。つか、気のせいか透から普段とは違ういい香りがする。香水か何かつけてるのかもしれない。
頭クラクラしてきた。どうにかなってしまいそうだった。
「もしかして体調悪い?」
気遣うように表情を曇らせ体を傾けて下から覗き込んでくる透。普段からこういう仕草(上目使いとか)を天然でよくするが今日は勘弁してほしい。破壊力が強すぎる。
「い、いや。全然なんともないから大丈夫。うん」
内心の動揺を押し隠す様に目をそらして答えた。
そして正直な気持ちを言ってみる。
「………お前の浴衣姿が似合いすぎで可愛すぎで、ちょっと動揺しただけだから」
「うぇっ?」
自分でもびっくりするくらいあっさり出てきたストレートな誉め言葉に間の抜けた声で反応した透。みるみる耳まで赤くなる。
キャラじゃない事を言ってしまった俺の顔も多分相当赤い。
くそぅ…………今までどんなに着飾った女の子とデートしても何とも思わなかったのに何で透相手だとこんなにドキドキするんだ………?
「………コホン」
「うぉっ!?」
「ぁぅっ」
咳払いして自分がいることを示す妹の存在に今、気付いた。つか今の聞かれてた………よなぁ、やっぱり。
「…………兄さん、透さん。仲が良いのはいいことですけど、周りにも気を配って下さいね? 見ているこちらが恥ずかしいです」
面目ない。
「でも、良かったです」
「ん、何が?」
「腕を振るった甲斐があった、ということですよ」
「い、伊織ちゃん!!」
「透さん、着付けしてる間中、ずっと兄さんが浴衣を褒めてくれるか気にしてましたから」
「も~っ! それは内緒やて言うたやんか~!」
クスクスと楽しそうに笑う伊織と慌ててその口を塞ぎにかかる透。ちょっと半泣きだ。
子供の頃、俺の後ろをちょこちょこ着いて回っていた内気な我が妹は今ではずいぶん明るい子になった。透とはまるで姉妹みたいに仲がいいし。…………伊織の方が姉っぽいと思ってるのは内緒だ。
いつも俺の心配ばかりして自分の事は二の次だった――そうなってしまったのは俺に責任があるのだが――伊織が自分の幸せや楽しみにも目を向けるようになったのは透のおかげでもあるだろうし、“あいつ”のおかげでもあるだろう。
伊織は優しい子だから俺もつい甘えてしまっていた。透が現れなければ俺は今もずるずると伊織に甘え続けていただろう。
兄としては少し寂しいが伊織が幸せなら素直に喜ぼうと思う。
俺を立ち直らせてくれたのが透なら俺をずっと支えていてくれたのは伊織だ。伊織がいなければ透と出会う前に本当に潰れていただろう。
俺が二人にもらったものを少しずつでも返していこうと思う。もちろん他にもお世話になった人達もいるしな。
「伊織」
「はい?」
「グッジョブだ」
もう一度、透の浴衣姿をじっくり見てからズビシっとサムズアップ。本当にいい仕事だった。
「はいっ」
伊織もそれに応えて親指を立てた。その横で一人アタフタする透の姿がおもしろかわいかった。
・
そんなこんなで夏祭りが開かれる神社に到着。
伊織はクラスの友達と約束してるらしい。友達と仲良くやってるなら何よりだ。
祭囃子の音に漂うソースの焦げた香ばしい匂い。
暑さに負けないエネルギー溢れる人々の雑踏。
THE祭って雰囲気でテンション上がる。
とはいえ…………
「すげえ人だなぁ………」
「うん………」
明らかに神社のキャパを超える人の量だった。来たばかりでまだ端の方にいる俺達の周りにも、もうすでにほぼ隙間がなくなっている。
「まあ、つっ立ってても仕方ない。行こうぜ」
「そやね」
「と、はぐれるなよ?」
「うん、大丈夫」
頷いて俺の手を取って恥ずかしげに笑みを浮かべた。
「こうしとけば、はぐれへんよぉ。………でも、めっちゃ照れる」
「なら、やんなよ…………」
恥ずかしいのはこっちだ。
赤くなっただろう顔を開いた手で覆う。
つか、ヤバイ、洒落にならんレベルで恥ずかしい。
なんか自意識過剰気味にここにいる大量の人の視線が自分達に集中してるんじゃないかという気がしてくる。
「…………嫌なん?」
「うぐ…………」
潤んだ瞳で上目使いやめえーーーいっ!!!
もう人混みの真ん中で見つめあってるこの状況が既にいたたまれない!
「い、嫌じゃないが…………くそっ」
「え? わあっ!」
照れ臭さや周囲の注目から逃れるように俺は歩き出した。右手で透の左手を握ったまま。
もうなるようにしかならない。勢いでいってしまえ。
引っ張られる形だった透が隣に並んでくる。彼女が幸せそうな顔をしているのが見えたが照れ臭すぎて、つい気付かないふりをして、でもそれはバレバレらしく透はずっと笑っていた。
・
「さて、とりあえず一周したけどどこか行きたい店はあったか?」
結局、手を離さないまま出店をあらかた見て周り入り口の鳥居に戻ってきた俺達。様子見を終えて本格的な出撃に向け透に尋ねた。
「うーん………」
「ここは、やっぱたこ焼から行っとくか。好きだろ?」
大阪人は皆たこ焼きが好き。ってのは偏見かも知れないが少なくとも透にとっては大好物で、なんせマイたこ焼き機を持ってて自分で美味いたこ焼きを作ってしまうくらいだからな。
正直、透の料理の腕は微妙だがたこ焼きだけは絶品だ。
「ううん。たこ焼きは最後っ。 これは譲れんよっ」
「いや、別に譲らなくていいけど、なんだそのこだわりは…………」
「ウチ、好きなもんは最後まで取っとくタイプやもん」
「まあ、分かるけど」
俺もそうだし。
「わかった。たこ焼きは最後な」
「うんっ」
元気よく頷いた透の正面に向き直ると俺は恭しい動作で頭を下げる。
「それで? お姫様は何がご所望ですか?」
「…………ぅぁ」
すると、何故か透がポーッとした表情になる。
「?? おーい?」
「あ、ご、ごめん………」
「いや、いいけど。どうかしたか?」
「え、えと」
問いには答えず言葉を濁しうつむいてモジモジしだす。ワケわからん。
数秒間そうした後、透はおずおずと口を開いた。
「あんな………智秋にそんな風にして、お姫様、とか言われたらな………めっちゃ嬉しいんやけど、なんかちょっと恥ずかしいなぁ、って…………そんなんガラちゃうし、それにな………」
そこで一旦言葉を区切り、透が俺の様子を伺うみたいにして見上げてくる。
必然的に上目使いで見つめられる形になり、今日何度目かもわからないドキドキを味わう事になる。
つか、いい加減慣れないもんか、俺…………。
「………智秋みたいに……そのぉ……か、かっこええ人にそんなんされたら、『うひゃぁ』ってなってしもて………なんていうか、もう色々かなわんのやもん………」
がふっ(心の中で吐血した音)
「な、何言ってんだおまえはっ」
「だ、だから、ごめんて………」
「いや、謝る必要はないけどさ………」
ただ、ひたすら恥ずかしい。
ゆ、浴衣で上目使いよりもまだ上があったとは。
透、恐ろしいヤツ。
もう、あれだ。人目も憚らず抱き締めてそのまま押し倒したいくらいの勢いだ。
俺に言わせればおまえが世界で一番可愛い!!
………なんて、もちろん実行は出来ないし、口にも出せないが。本心はそれくらいの心づもりだ。
かなわんのはお互い様だった。
「ま、まあとりあえず、だ。リンゴ飴でも食うか」
「う、うん」
近くにあった店を適当に指差し成り行きに任せる事にした。
…………今日は俺たち赤くなってばっかりだ。