梅雨とじゃんけんと暇つぶし
第一話の二人のその2。やっぱりオチはない。
6月。
梅雨入りしてから、数日が経った蒸し暑い日だった。
昨夜から降り続ける雨は夜が明けてもその勢いが衰えず、むしろ激しさを増している。
窓際に立ち、ひしめき合う様に空を覆った鉛色の雲を見上げて鈴原が言った。
「よく降りますねえ」
「まあ、梅雨だからなあ」
「なんで梅雨なんてあるんでしょうか」
そのまんまな答えを返すと鈴原はふう、と溜め息を吐いて俺の正面に腰を下ろすと嘆きを漏らした。
「毎年の事とはいえ、この時期は洗濯物が乾かなくて困ります。食べ物も傷みやすいですし」
「蒸し暑いしなあ」
「本当ですよ。こうしてるだけでも汗が吹き出て来ます。冬よりはマシかもしれませんけど」
「どんだけ寒がりだよ、おまえ」
「そうは言いますが秋吉さん。クーラーもストーブもないこの部屋で冬を越すというのはもはや自殺行為だと思うんです。氷点下まで下がる日もあるんですから下手したら凍死する勢いですよ」
「まったく同意見だが、それはどうにもならん」
あちこちにガタが来ていてすきま風入りまくりなこの部屋にまともな暖房器具はない。
去年の冬、ひたすら服を着込んで毛布にくるまって寒さを凌いでいたのは記憶に新しい。
わりと暖冬と言われていたにも関わらず何度か死を覚悟するほどだった。普通に雪降ったしな。
「つか、おまえ、自分ちならエアコンなりストーブなりあるんだろうが。あんな無理して泊まってかなくてもよかったんじゃねえの?」
「今さら何言ってるんですか。今6月ですよ。そんな心配はその時にしてください」
「いや、そうなんだけどな。よく風邪引かんかったな、と今になって思った」
「それこそ今さらな話です」
呆れた風に苦笑する。
「まあな」
「いいですか、秋吉さん。物事には優先順位、というものがあるんですよ」
「あん?」
なんのこっちゃと訊き返す前に鈴原が続ける。
「つまり風邪を引こうが、死ぬほど寒い思いをしようが、私にとっては秋吉さんとこの部屋で一緒に過ごす事の方が圧倒的に大事って事です」
さらっと真顔で言ってのけた。
「…………………」
「お分かりいただけましたか?」
「…………………」
「秋吉さん?」
「…………………」
「いえ、あの何かしらリアクションしてもらえないと私がすごく恥ずかしい感じになるんですが」
「それが狙いだ」
「…………自分が恥ずかしいからって照れ隠しで人を巻き添えにするのはやめませんか」
ジト目で睨んでくる。
「いきなりあんな臭い台詞を言われる方の身にもなってみろ」
「私なら多分嬉しいと思いますけど」
「ぬ」
苦し紛れの反抗は実にあっさりと返り討ちに合った。
「秋吉さんの口からなら是非聞いてみたいですね」
そして実に楽しそうな表情を浮かべる鈴原の更なる反撃に合う。
「言うか、バカ」
「だと思いました」
そして引く時もあっさりだった。
「秋吉さんは本当に時々ですけど嬉しい台詞を言ってくれたりもするので私はそれで満足しておきます」
「………。……記憶にないな」
「そう来ましたか。さすがひねくれ者。素直じゃないですね」
「おまえにひねくれてるとか言われるとは思わなかった」
「ふふふ、類は友を呼ぶ、というやつでしょうか」
「自覚してるのがタチ悪いよな、おまえの場合」
まあ、それはお互い様だろうが。素直じゃないのはこいつもだ。
と、楽しそうに笑っていた鈴原が「さて」と話を区切る。
「それはともかく。今から半年も先の話をしてても仕方ないですから、今この状況をなんとかしましょう」
「………ああ」
バチバチと窓を叩く雨音。
外は大雨でとても外出するような気にはならず、かといって部屋の中で出来る娯楽なんて限られている。
話が変な方向に飛ぶまでは、ぶっちゃけ超暇を持て余していたところだったのだ。
「別にこうやって何もせずのんびりしてるのも悪くはないんですけど、ちょっとこの蒸し暑さは頂けないので何かしら気を紛らわしたいところです」
「ふむ。トランプでもするか?」
「二人でトランプとか絶対虚しくなると思います」
「いや、元々トランプ持ち込んだのおまえだからな」
「それに、その辺りのゲームはあらかたやり尽くした感が」
「…………確かに」
トランプの他にウノや人生ゲームなんかもあったりするのだが、以前に散々やった後なので積極的にまたやりたいかと訊かれれば答えはノーだ。
一時期は熱中したものだったが、さすがにもう飽きた。
「じゃあ、どうする?」
「うーん………そうですね」
頬にちょこんと指を当てて考え込む。しばし悩んだ後、何か思い付いたらしくぽんと手を打った。
「そうだ。野球拳でもしましょうか」
「………どっから出てきたかは知らんがその発想はないだろ」
「あんまり暑いので脱いだら少しは涼しくなるかもと思いまして。そこにさらに少しだけ脱ぐや脱がざるやというスリルを加えて―――」
「加えんでいい」
「残念です…………。もちろん冗談ですけど」
「本気だったらビックリするわ」
今時、誰がやるんだ野球拳なんか。
「じゃあ、あっち向いてホイとかどうでしょう」
「地味すぎるわ」
「むぅ………意外と熱中しそうな気もするんですが。なら、叩いて被ってじゃんけんぽんとか――――」
「おまえ、じゃんけん大好きだなっ」
「いえ、さしてそうでもないんですけど」
「なら何故、そうまでじゃんけん系のゲームを推す」
「わざとです」
「ツッコミ待ちか!」
「秋吉さんはそれが味ですから」
「そんな味いらねーよ!」
「こうピリッとした中にもツルッとした食感が」
「そうそう、こうツルツルっとな…………って、麺類か! つか、もはや意味わからんわ!」
「とは言いつつもノリツッコミで返してくれる秋吉さんが好きですよ」
「俺はツッコミが習性になりつつある自分が憎い………」
以前の俺はこんなキャラじゃなかったはずなんだが………どこで道を誤ったのか。
「確かに昔の秋吉さんはもっと尖ってました。ハリネズミみたいにこうチクチクと」
「俺も丸くなったもんだぜ………」
「いつの間にか、ただのネズミになっちゃいましたね」
「……………」
ただのネズミとか。
「もっと他に例えはないのか」
「では、ハリセンボンとかどうでしょう」
「ハリセンボンから針無くしたらただのフグだろ!?」
「気付いてしまいましたか」
「そりゃ気付くわ!」
「残念です」
残念なのはおまえの頭の中だと思います。