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僕はファーストキスを忘れない

作者: Otsya

戻り地点


 僕は車にひかれ倒れていた。

「こうなると思ったよ、私。」赤羽せいこの声だ。

「せいこちゃん…」声が出ない。

 僕は、このまま命を終えるのか。ここ数ヶ月のことが走馬灯のように僕の頭の中をかけていく。しかし、時間を巻き戻すことは無理だろう。今まで起きたことは現実だったのだろうか。夢の中にいるような数ヶ月だった。


 赤羽せいこ


 数ヶ月前、僕は赤羽せいこと知り合った。暇なのでインターネットでチャットをしていたのだ。していたといっても、発言はせず、他人の発言をみていただけ。音楽を聴きながら、なんとなくみていただけだ。僕は全く気にもとめなかったのだが、他にもみているだけの人がいた。

「せいこ >トシ さっきから黙っているけどいるの?」

 僕宛にメッセージが来たので、びっくりした。

「トシ >せいこ いるよ。でも、せいこさんも黙ってるんじゃ。」

「せいこ >トシ そう。今、聴いている音楽はなに?」

 なぜ、音楽聴いてると思ったのだろう。

「トシ >せいこ 涅槃楽隊だけど。」

 ちょっとシャレで中国語を使ってみた。

「せいこ >トシ 私も好きよ。」

 通じたのかな?適当に返事しているのだろうか。

「せいこ >トシ トシさん、おもしろそうね。空いている部屋で二人で話さない?」

「トシ >せいこ 話そう。」

 そうはいったが、おもしろい話をする自信なんかなかった。話があわなければ、それまでだろう。

 別室に移って僕たちは15分くらい話しただろうか。彼女は、赤羽せいこ、都内の高校に通っている高校2年生で17歳。チャットでの話しなので、本当かどうか半信半疑だけど、特にウソをついている感じもしなかった。僕も自己紹介をした。三村としひこ、都内の国立大学に通っている大学1年生、18歳。彼女は好きな音楽の話をしていた。僕も知っている音楽だったので、適当に話をあわせた。メールアドレスを教えてくれるようにいわれたので、フリーメールを教えた。僕もせっかくなので、メールアドレスを聞いたのだけど、ちょっと、PCのメールアドレスは思い出せないといわれて教えてもらえなかった。フリーメールを教えたからだろうか。

しかし、彼女は試しに送ってみるといって、メールを送ってきた。確かにメールは来た。携帯電話からだ。携帯のメールアドレスが分かってしまった。携帯のメールを教えるくらいなので、PCのメールアドレスは本当に思い出せなかったのだろう。僕は着信があったことを伝えた。そして、チャットをやめた。

正直、たいした話はしていない。そして、意気投合したとも思えない。今後、メールするようなことはあるのだろうか。


メール


僕は大学で学食を食べていた。ふいに、赤羽せいこのことを思い出した。どんな子なのだろう。携帯電話からメールをしてみた。

「こんにちは。三村としひこです。せいこちゃん、覚えてますか?また、音楽の話をしてくれるとうれしいです。返事待ってます。三村」

 返事はすぐに来た。

「こんにちは。覚えてるよ。夜電話しよう。ここにかけてね。せいこ」

 メールには電話番号が書かれていた。これはかけるしかないか。何の話しよう。夜まで、話すことを僕は考えていた。そして、かなり緊張して電話した。せいこちゃんは、普通に高校生らしい声だった。あったこともない人なので、本当に高校生かどうか、ちょっと疑っていたのだ。話は盛り上がりもしなかったけど、とぎれることはなかった。彼女は会話を楽しんでいるようにも思えた。彼女の話には、どこか狂気が含まれている感じがしたが、非常に変わったことをいっているわけでもなかったので、適度に話をあわせていた。

 30分くらい話しただろうか。彼女は写真をメールで送るように僕にいった。僕は特に断る理由もないし送った。そして、彼女も写真を送ってくれた。上手く撮れた写真を送ったのかもしれないが、正直、かわいいと思った。僕の好みのタイプとは、ちょっと違うのだけど、これだけかわいい子は知り合いにはいない。写真を送りあった後、僕たちは、また電話しようといって電話をやめた。

 写真を送ってくれたくらいなので、会ってくれるかもしれない。いや、誘うべきだろう。僕は、かなりドキドキしながら眠りについた。


 デートの誘い


 翌日の夜、今、電話してもいいかメールを送った。もちろん、相手は赤羽せいこ。一度電話したくらいの関係なので、放置しておけば、すぐに無関係になってしまうだろう。メールの返事はすぐに来た。

「私も話してみたかったの、いいよ。せいこ」

 本当にそうなのと思ったが、電話した。

「こんばんは。せいこちゃん。元気にしてた?昨日、電話したばかりだけど。」

「あまり元気ないかもね。いろいろとあるでしょ。」

 いろいろって、なんだろう。まあ、深く聞いて欲しいのかもしれないが、よく分からないので、適当に返事をした。

「まあ、いろいろとあるよね。」

「三村さんも、いろいろとあるの?」

「あるかもね。」

「恋の悩みとか。」

 そっちに来るか。僕は、彼女がいたことがない。

「あるかも。」

「彼女と上手くいってないの?」

「それ以前に彼女がいないことが悩みかな。」

「そうなんだ。頭いい大学いってるから、もてるのかと思ってた。」

「そんなもんじゃないでしょ。せいこちゃんのいろいろってのは恋の悩みなの?」

「私のは、そっち系じゃない。今度、会ったら、話すかも。」

 これは、誘われているのかな。そんな深く考えてないのかもしれないけど。

「会ってくれるの?会いたいな。」

「いいよ。私も会ってみたいと思ってた。」

「いつ会おうか?」

「三村さん、今度の土曜日は大丈夫?」

 僕は基本的には暇な人だ。

「大丈夫。どこにいこう。いってみたいところある?」

「三村さんの大学にいってみたい。大学っていったことないし。」

「大学なんて、おもしろくないよ。」

「そうかな。もし、おもしろくなくてもいいよ。いってみたい。」

「そう。ならいこう。」

「前日にまた、連絡するね。」

「わかった。おやすみなさい。」

「おやすみ。」

 電話を切った後、僕は考えていた。彼女と会えるのは楽しみだ。しかし、ネットで知りあった人と数回電話したくらいで会ってしまう人なのだろうか。電話は確かに長く話をしたし、話はかみあっていたと思う。でも、そんなに盛り上がったわけでもなかった。大学をみてみたいといっているくらいなので、僕ではなくて、大学に興味があるのかもしれない。違う大学にいっていたら、会ってくれなかったかもしれない。でも、そんな感じもしなかった。ちょっとしか話をしていないけど、変わった感じがする女の子だ。決して、それは嫌いではないのだけど。怖い人が後ろから出てくるような感じはしないので、会ってから考えよう。


 デート


 デートはすぐにやってきた。前日に連絡し、大学の近くで待ちあわせた。写真はメールで送ってもらっていたけど、分かるかな。思いっきり別人だったら、笑っちゃうな。

「み、む、ら、さん」

 ふいに声をかけられた。

「せいこちゃん。」

 写真どおりというか、写真よりもかわいいと思った。

「かわいいね、すごく。」

 僕は、こんな気のきいた言葉をいえる人ではない。しかし、思わずいっていた。

「それは服装のこと。顔のこと。」

 確かに服装も、かわいいと思った。けっこう考えたのかもしれない。

「全部、かわいいよ。」

「ありがとう。照れちゃうね。」

「三村さんも、かっこいいよ。」

 これは本当に思ってないだろうな。

「土曜日だから、部活やっている人くらいしかいないかもね。」

「土曜日は授業ないの?」

「学部によって違うかも知れないけど、うちの大学は基本的にはないと思う。大学によってはあるみたい。」

「そうなんだ。大学って楽しいの。」

「実は微妙。やりたいことがあれば、楽しいと思う。だけど、まだ、みつかっていないから。なんか僕の話ばかりしてつまらないね。せいこちゃんは、大学みて、どう思った。」

「初めてなので、おもしろいよ。音楽やっている部は、どこにある?」

「あっちにあると思う。今日も練習してるかも。楽器やるの?」

「やらないよ。でも、音楽は好き。」

「じゃ、いってみよう。」

 知りあいは多くないのだけど、これをみられたら、けっこうびっくりされるだろうな。妹くらいに思われるだろうか。それもないだろうな。

 しかし、ここで知りあいに会ってしまった。平沢ともみ。いや、僕にとって、心に占める割合が大きいだけで、向こうからすれば、単に知っている人くらいの関係だ。平沢さんと目があった。でも、何も挨拶はなかった。それくらいの関係だ。しかし、せいこちゃんは、すぐに反応していた。手をつないできた。そこを平沢さんにみられた。せいこちゃん、何を考えてるの。

「三村さん、さっきの人、気になってる人でしょ。」

 鋭い。そのとおりだ。じゃ、なぜ、それを分かって手をつなぐ。

「なんで、そう思ったの?」

「なんとなくね。当たりでしょ。」

「否定はしないけど、鋭すぎ。高校が一緒だったので、知っているくらいなんだけど。」

 音楽の練習をしているところへ僕たちはいった。練習はしていた。

「三村さん、ごめん。他のところ、案内して。」

「つまらなかった?」

「あれは、聴いてられないよ。楽器で音出してるだけだもん。あっ、三村さんのせいじゃないよ。」

「確かに感じるものは何もないと思うけど。」

「そうでしょ。三村さんと気があうかもね。」

「お昼だし、学食いってみる。土曜日は、やってると思う。」

「いきたい。」

 普通の学食だけど、せいこちゃんは楽しそうにみえた。僕たちは昼食後、誰もいない教室にいってみたり、体育会系の部活をみたりした。

 疲れて、ベンチで座っていると、せいこちゃんは、好きな音楽や映画、本の話を始めていた。ちょっとというか、かなりマニアックな話も多かった。僕は、何とか話についていけたので、話をあわせていた。楽器はやらないが、絵は描くそうだ。今度、見せてくるといった。

 普通の話をしていると、普通の高校生の女の子だけど、ちょっと芸術の話になると、狂気を感じずにはいられなかった。夕方になるころには、僕たちは手をつないで歩いていた。彼女がつないできたのだ。僕の何が気にいったのだろう。僕たちは、また会おうといって別れた。


 2回目のデート


 僕たちは翌週に、また会っていた。僕は大学の近くのワンルームマンションを借りて住んでいた。せいこちゃんは、僕の住んでいる最寄り駅の周りをみたいといったので、案内していた。けっこう大きな駅で人でいっぱいだ。途中、お茶をしたりして、僕たちは楽しい時間をすごした。

 せいこちゃんが、ふいにいった。

「三村さんのマンションみせてよ。どこにあるの?」

「来るってこと?」

「迷惑かな?」

「そんなことはないけど。」

 無防備なのか、僕を信頼しているのか、何か期待しているのか、さっぱり分からない。

「じゃあ、つれていって。」

 少し歩いてマンションについた。僕は、せいこちゃんを迎え入れた。

「きれいにしてるね。」

「そうかな。」

「あっ、DVDある。これみよう。」

古い映画だった。名作といわれる部類のものだ。

「いいよ。」

 せいこちゃんは、真剣に映画をみてるようだった。僕は、以前に何度かみたことがあったので、せいこちゃんばっかりが気になっていた。映画が終わった後、せいこちゃんは、映画について、いろいろと話をしていた。僕は適当に話をあわせていた。そうはいっても、僕の感想と、かなり共通していると思った。

 話がとぎれたとき、僕は密室に女の子と二人でいることを強く意識した。僕は、せいこちゃんと手をつないだ。せいこちゃんもつないできた。視線が重なり、僕たちは軽くキスをしていた。

 時刻は夕方になり、僕は、せいこちゃんを駅まで送っていった。そして、僕はいった。

「また、会えるかな。」

「会えるよ、きっと。」

 意味深な言葉に聞こえた。

 僕はマンションに帰って、いろいろと考えた。生まれて初めて女の子とキスをした。こんなものだろうか。仲はいいだろう。しかし、お互いに好きといったこともないし、僕は彼女のことを余り知らない。せいこちゃんも僕のことを知らないだろう。僕たちは、つきあっているのだろうか。その前に、また会ってくれるのだろうか。もしかしたら、彼氏がいるのだろうか。簡単にキスをしてしまうのだろうか。それとも初めてキスをしたのだろうか。そうであれば、あんな簡単にしてもいいのだろうか。いろいろと考えたのだけど、夢の中にいるような感じだった。


音信不通


僕は、せいこちゃんにメールを出した。返事は翌日になっても来なかった。もう一度出してみた。それでも返事はなかった。電話をしてみたが、でなかった。

 何かあったのだろうか。彼女のことを心配した。そして、その心配は二度と会えないかもしれない心配へと変わっていた。

 何か嫌われることをしただろうか。キスはしたが、無理にしたつもりはないし、せいこちゃんも拒むようなことはなかった。どちらかというと、せいこちゃんのペースだったようにすら思える。

 僕と2回会ったのは、単なる気まぐれだったのだろうか。彼女であれば、デートを誘ってくる異性はたくさんいるだろう。

 僕は、今までのことが現実であったかどうか確信が持てなくなって、何回も携帯電話の履歴とメールの確認をして現実であることを確かめていた。

 一週間後、もう一度だけ、また会えないかメールをしてみた。返事があった。

「都合の良い日があったら、連絡するね。せいこ」

 返事があったのは、うれしかった。しかし、都合の良い日がくることはあるのだろうか。そして思った。彼女は確かに、かわいい。それも、かなりかわいい。しかし、僕は好きだったのだろうか。全て、彼女のペースで、いろんなことが決められて、僕はついていっただけ。そして、手をつないできたり、部屋に来たり、キスをしたり。僕は、ほとんど選択をしていないような気がした。そして、彼女は去っていったのかもしれない。もう会わないような気もするが、不思議な女の子だった。そして、初めてキスをした人だから、忘れないだろう。 

 僕は誰にも、このことを話さなかった。自分の中にしまっておきたかったのかもしれない。


 平沢ともみ


 僕の大学の同じ学部には、高校の同級生がいる。平沢さんだ。せいこちゃんに、指摘されたように僕は平沢さんが好きだ。もっというと、平沢さんが、この大学をめざしていることを知って、僕も勉強しようと思ったくらいなのだ。しかし、特に親しいわけではない。ただ、彼女をみていると、やさしさが感じられる。勝手に思っているだけの可能性もある。しかし、たまにだけど、話す機会があると、なごやかな気分になれる人だ。

 せいこちゃんとは音信不通になったままであった。しかし、平沢さんに、せいこちゃんと手をつないでいるのをみられている。平沢さんは特に何も思ってないだろう。思ってくれるくらい僕に関心があれば、うれしいくらいだ。平沢さんとは、何かにつけて話そうと思っているのだが、彼女の周りには人が多く、入り込んで話すことができない。そう、僕は勇気が足りない。

 ある日、授業で平沢さんの隣に誰も座っていないときがあった。僕は、今まで、そんな光景をみても離れた席に座っていた。でも、今日は、隣に座った。これは、せいこちゃんが、僕に自信をつけてくれたのかもしれないと後で思った。

「平沢さん、隣いい?」

「いいよ。珍しい。三村くんが私の隣くるなんて。」

「そう?いつも誰かいて、これなかったんだ。」

「三村くん、この間の女の子、高校生でしょ。かわいくて、びっくりした。彼女でしょ?」

「彼女じゃないよ。もう会うこともないと思う。2回会っただけなんだ。」

「手つないで、仲良さそうにみえた。」

「なぜか、あのとき、手をつながれた。よく分からない。」

「私には三村くんのいってることが分からないわ。」

平沢さんは笑っていった。笑顔がきれいだった。

「三村くんて、けっこう話す人なのね。私、もっと話さない人と思ってた。それに高校生の女の子と大学に来るような人に思ってなかった。」

「いつもは無口だよ。あれは、本当に、たまたま。」

「おかしい。」

授業が始まった。僕は平沢さんと楽しい会話ができたことで頭がいっぱいだった。そして、せいこちゃんのことも聞いてきた。理由は分からないが、僕に多少は関心があるのかもしれない。平沢さんの隣で授業を受けているだけで、ドキドキしている。僕は好きという感情をはっきりと確かめていた。これは、せいこちゃんと会っているときと違うことも分かった。

授業が終わって、僕は断られることを覚悟して、平沢さんを昼食に誘ってみた。

「いいよ、約束もないし。」

 平沢さんは返事をした。


 平沢さんとの食事


 僕たちは、ちょっと高い学食にいった。学食はいくつかあって、安いところは混んでいる。せっかくなので、ゆっくり話ができるところがいいと思って、僕が提案した。

「三村くんのイメージ変わった。私が勝手に思ってたのね。」

「そう?どんな風に思ってたの。」

「怒らないでね。あまり話さない感じ。あまり多くの友達をつくらない感じ。でも、いい人と思っていた。」

「そんな感じであってる。高校も一緒だったけど、目立たなかったでしょ。」

「そうかも。ごめんね。でも、私、そういった人、嫌いじゃないよ。」

「僕が勝手に思ってるだけかもしれないけど、平沢さんは、僕が前から思っている感じと変わらない。」

「どんな感じ?」

「やさしそう。心が丸くて、とがってない感じ。きれいな感じ。」

「そんな風に思ってたんだ。話してみないと分からないね。あと、いいかたが、おもしろいね。私、やさしいかな?自分では分からない。三村くんも、やさしそうだよ。」

「上手くいえないのだけど、感じのいい人って意味かな。今日、話をして、やっぱりそう思った。」

「じゃあ、もっと早く話しかけてくれたらよかったのに。高校生の女の子には話しかけれるんでしょ。」

「そう、もっと早く話せばよかった。でも、今日、話ができて、うれしい。あの女の子、赤羽さんていうんだけど、信じられないかもしれないけど、全部、彼女から誘ってきて、僕は何も決めていない。それで2回会って音信不通。かなり不思議な女の子にみえた。」

「ふーん。なんか不思議な話だね。でも、もてるのね。」

「こんなことは初めて。平沢さんは、もてそうだよね。よく誘われるでしょ。」

 僕は、この辺りで、平沢さんと普通に話ができていることに驚いていた。女の子との話は慣れていない。やはり、平沢さんは話しやすい感じのいい人だと思った。

「三村くん、やっぱり、よく話すね。サークルの先輩からは、よく誘われるかな。でも、私が特別によく誘われるって感じじゃないよ。」

「そうかな。平沢さんは目立つと思うけど。サークルってなにやってるの?」 

「ボランティアサークル。でも、いつもボランティアに参加してるわけじゃない。これはやってみようと思うときだけ、手伝いをしてる。」

 ボランティアか。僕は、この言葉にちょっと偽善という感情を持っているのだが、平沢さんがいうと、彼女は立派だなと思ってしまう。これは、彼女を好きだからだろう。

「ボランティアサークルは、いい人が多い感じ?」

「普通のサークルと比べて、多いとは思うよ。でも、他のサークルと同じように恋人をみつけにきてる人も多いと思う。ボランティアと関係なく遊びにいったりもしてるし。三村くんは、何かサークルに入っているの?」

「そうなんだ。僕は何も入っていない。新歓の時期も、ちょっと過ぎたけど、何か入ってみようかな。でも、テニスサークルのような軽い感じのものは、僕は無理だろうな。多分、雰囲気についていけない。」

「軽いサークルの話は、なんか分かる。」

 僕はこの辺りから、平沢さんに彼氏がいるか聞きたくなっていた。別に彼氏がいようが好きだったら、接近していっていいことは分かっている。でも、僕には勇気がなかった。

 僕は軽く聞くつもりだったのだけど、少し声が震えてしまった。

「平沢さん、彼氏いるの?」

「どうしたの急に。」

「ごめん、知りたかった、それだけ。」

「それじゃ、私から先に聞くよ。三村くんは恋人いるんですか?」

「いない。というか、いたことがない。女の子と二人で遊びにいったのも赤羽さんだけ。」

 何言ってるんだ、僕に魅力がないことをいっているようなものだ。しかし、平沢さんには、本当のことを話してしまう。そんな魔力が彼女にはあった。

「三村くん、やる気になれば、彼女できると思うよ。」

「いや、僕の話じゃなくて、平沢さんはどうなの?」

「私の彼氏自慢、聞いてみたい?」

「まったく聞いてみたくない。」

「ごめんなさい。ちょっとからかってみたの。彼氏はいないわ。私、ちょっと、男の人の趣味が変わっているみたい。友達からも言われるし、なんとなく自分でも分かる。そんなこともあって、彼氏いない。これでいい。」

「うん。僕は、ちょっと変わっている人だと思うけど対象になる?」

 僕は、ひょっとしたら、もうこんな食事をする機会もないかもしれないとも思っていたので、思い切って聞いてみた。

「私、三村くんのこと、よく知らないし。分からない。でも、対象外じゃないよ。また、話したいと思ったもの。」

「すごくうれしい。本当だよ。」

 僕たちは携帯電話の番号とメールアドレスを交換した。


 ボランティア


僕は、平沢さんとの距離を近くすることばかり考えていた。はるか遠くの存在だった平沢さんが、かなり近くまで来ている。しかし、好きなことを、はっきり伝えるには早すぎるだろうし、それ以前にデートに誘うこともためらった。彼女は簡単に誘いに乗る性格ではないように思えた。まずは、近くなった距離を維持しないといけない。

僕は彼女を見つけると自然に話しかけた。そして、彼女の誕生日、お姉さんがいること、好きな食べ物、好きな音楽など、少しずつ知ることができた。話をしている時間は、本当に幸せだった。そして、平沢さんが好きなものについて、僕も試した。音楽などは、僕とまったく趣味が違っていたが、それを聴くことも楽しかった。そして、感想を平沢さんに話した。僕が好意を持っていることは十分に伝わっていると思うのだが、こればっかりは分からない。

ある日、平沢さんと話をしていると彼女は週末の話をした。

「私、週末はボランティアにいくの。」

「どんなことやるの?」

「小さい子供の世話だよ。講演やっている間、預かるの。真面目な講演だよ。」

「そっか。すごいね。」

「全然、すごくないよ。好きでやってるだけだから。」

「それ、僕がいったらマズイよね。」

「そんなことないよ。別に私たちのサークルだけが参加するわけじゃないし。それに私たちのサークルの人でも来る人は少ないよ。身分証明書は提出しないといけないと思うけど、本当にくる?」

「いきたい。」

「分かった。じゃ、私たちのサークルからいくリストに加えとくね。」

週末が来た。大学から近くのホールで講演は開催され、会議室が子供の遊び場というか預かる場所になっていた。

 平沢さんは小さい声で僕にいった。

「三村くんなら心配ないと思うけど、真面目にやってね。みんな真剣だから。でも、子供と遊んでいればいいだけだよ。」

「分かった。」

 僕は2時間くらい小さい子供と、おもちゃを使って遊んだ。僕に子供たちは、なついているように思った。けっこう楽しかった。

「三村くん、初めてやったんでしょ。上手いね。子供たち、すごく楽しそうだったよ。」

「僕も、なつかれているように思った。それに楽しかったよ。」

 僕は、平沢さんに褒められて、うれしかった。

「三村くん、子供好きなの?」

「そうかもね。」

「私、好き。だから、子供を預かるボランティアは、よく参加するの。三村くん、また、いこうよ。」

「うん。」

「私、サークルの人たちとお茶するんだけど、三村くんも来る?」

「いや、やめておくよ。僕は部外者だし、お邪魔かもしれないし。」

「そっか。じゃあ、私、サークルの方は断って、三村くんとお茶するね。いいでしょ。」

「本当に。じゃあ、お茶しよう。」

僕は平沢さんが、お勧めのパフェの店に入っていた。

「三村くん、ごめんね。始まる前に、真面目にやってなんていったりして。たまに、ちゃんとやらない人いるの。私、そういう人、嫌いだから。」

「そんなこといってたね。全然、気にしてないよ。僕は真面目にやってたでしょ。」

「そうね。楽しそうだった。」

「平沢さんも楽しそうだったよ。」

「楽しかった。ボランティアといっても、楽しいことをしてるだけなんだ。自由参加だから。でも、好きなものだけ参加してるのも、ちょっとねと思って、重いボランティアに参加すると大変で、これにいつも参加してる人たちは偉いと思う。だから、私がやってるボランティアは、人から褒められるようなものじゃないの。」

「そっか。でも、それが人の役に立つのなら立派だと思うよ。僕は平沢さんにボランティアの話を聞かなかったら、参加することもなかったと思う。」

「そういってもらえると、うれしい。」

 僕は思い切って、話をした。

「前、サークルの先輩によく誘われるって話をしてたけど、僕が誘ったら、遊びにいってくれる?」

 少し、間があった。

「いくよ。私、三村くんのこと…」

「なに?」

「なんでもない。よく分からないから。」

僕たちは、どこに遊びにいくか。お互いに考えておく約束をして別れた。

僕は、今日は、眠れないかもしれないと思った。


赤羽せいこ再会


僕は、平沢さんとの約束が消えてしまわないうちに、遊びにいく日を決めてしまわないといけないと思った。本当に遠かった平沢さんと二人で遊びにいける。いろいろと考えたのだけど、無難に映画かなと思った。遊園地もいいかもしれない。本当は、どこだっていい。一緒に遊びにいけるなら、どこだっていい。

大学で平沢さんをみつけ、僕は、なるべく自然に話しかけた。

「ともみちゃん。」

「名前で初めて呼んだね。」

「うん。この間の話なんだけど、映画なんてどう?」

「私、観たい映画あるんだ。それでいいかな。」

「それにしよう。」

 映画の内容は、僕の興味を引くものではなかった。やはり、彼女とは趣味が違うのだろう。しかし、そんなことは、まったくどうでもよかった。映画を観にいっても、ともみちゃんのことが気になって、映画には気が向かわないだろう。

「三村くん、いつにする?」

「僕は基本的に、いつだっていいよ。ともみちゃんの予定は?」

「ちょっと、待ってね。今度の日曜日の午前中はどう?昼からは予定入れちゃって、午前しか会えないけど。でも、お昼は一緒に食べれるよ。」

「そうしよう。映画の上映時間、調べとくね。大学で会えなかったら、メールするよ。」

「ありがとう。」

 その日の授業が終わった後、ともみちゃんが話しかけてきた。

「私、もう帰るけど、途中まで一緒に帰らない。」

 初めて、こんな誘われ方をされたと思う。すごく、うれしかった。

「一緒にいく。」

変える途中、ともみちゃんは聞いてきた。

「ねえ、三村くん。私のこと、どう思ってるの?」

ちょっと間をおいて、ゆっくり話した。

「好きだよ。」

「いつから?」

「ずっと前から。」

「でも、最近じゃない。話すようになったの。話さなくても好きだったの?」

「ともみちゃんは、覚えていないかもしれないけど、高校のときも少しは話したよ。話さなくても人は好きになるよ。」

「そうだね。私も三村くんと、そんな話したことないけども、三村くんて、こんな人だろうなって思ってたもの。」

「ともみちゃんと話していると、本当に楽しいよ。」

「私もかな。」

急に、いい雰囲気になった。僕は、これが壊れるくらいなら、このままの関係でいいとすら思っていた。そう、話してるだけで多幸感につつまれていた。

そして、その雰囲気は一瞬で壊された。

「みーむらさん。」

 赤羽せいこ。

「どうしたの?」

 僕は動揺していた。

「会いに来たのよ。」

「連絡してなかったじゃない。もう、会うこともないと思ってたよ。でも、いきなり来て、会えると思ったの?」

 ともみちゃんは、このときは、僕の隣にいた。

「授業の終わる時間は分かっていたし、多分、こっちの門から来るだろうと思った。三村さんのマンションも知ってるけどね。」

「でも、どうして急に?」

「さっきもいったでしょ。会いたかったから。私たち、別れてないよね。」

「別れるも何もつきあってたの?」

「つきあってもない人とキスしたの。キスしたの忘れてないよね。」

 ここで、ともみちゃんは、去っていった。

「三村くん、私、帰るね。」

 僕は、ともみちゃんを止める言葉を持ってなかった。

「やっと、二人になれたね。怒ってる?」

「そりゃ、怒るよ。」

「いい雰囲気だったもんね。やっぱり、三村さん、あの人好きなんだ。」

「覚えてるの?そうだよ、大好きだよ。」

「そうなんだ。じゃ、私もいうね。三村さんのこと大好きだよ。」

「大好きなのに、音信不通って変だよ。」

「いろいろと事情があったの。」

「いろいろってなに?」

「いろいろよ。せっかく会えたから、お茶しようよ。もう、あの人怒って帰っちゃったよ。」

 そういって、手をつないできた。本当に、何考えているか分からない。僕は、恐怖すら覚えた。このままでは、彼女のペースになってしまう。

「ちょっと、手をつなぐのはやめようよ。」

 そういって、僕は手を離した。

「変わったね。前は何もいわなかったのに。」

 

せいこちゃんとのお茶


このまま帰しても、せいこちゃんは、また突然に来るかもしれない。ちゃんと話さないといけない。彼女のいうとおり、お茶をした。

「せいこちゃん、僕のこと、本当に好きなの?」

「そうよ。私、ウソはいわない。嫌いになったら、そういうと思う。連絡してなかったけど、嫌いになったとはいってないでしょ。」

「そうだけど。僕のどこが気に入ったの?」

「そんなのは分からない。好きだから、しょうがないじゃない。前に、私、絵を描くっていったの覚えてる?さっき、待ってる間に、ちょっと書いてみた。どう思う?」

 僕は、絵をみて、少しひいてしまった。彼女の狂気が感じられる。

「芸術的だと思うよ。はっきりいうと狂気を感じる。」

「そうでしょ。三村さんなら、そういうと思った。私の絵、男の人にみせると上手いなんて適当にいうんだよ。」

「せいこちゃん、絵を本格的にやってみたら。僕は遠くから応援するよ。せいこちゃんは、すごく感性が鋭い人なんだよ。僕は普通の人だから、とてもついていけないよ。」

「そんなことないよ。私のいってること分かるの三村さんくらいだもの。」

「それは、せいこちゃんの周りに、たまたまいないだけだと思う。僕はそんな感性を持っていない、残念だけど。」

「私を遠ざけないで。あの人のことが、そんなに好きなの。三村さん、あの人とは音楽の趣味あわないでしょ。音楽だけじゃない、本や映画だって、あってないはず。」

 実際、そうだ。なんで、そこまで分かってしまうんだよ。

「そうかもね。でも、それと好きなのとは関係ないよ。」

「私、諦めないよ。会ってくれないのなら、マンションの前で待つ。」

「ちょっと、待って。それは、やめようよ。僕たち、今日で会うの3回目だよ。せいこちゃんは、僕を過大評価してるんじゃないの。はっきりいって、僕は、女の子には全然もてないよ。」

「それは、三村さんの良さに気づいてないだけでしょ。表面しかみれない人が多いんだよ。でも、あの人は違ったでしょ。あの人、三村さんのこと好きだよ。分かっちゃった。それで、気づいたら邪魔してた。」

 ちょっと、手がつけられない雰囲気だった。しかし、久しぶりに、いきなり現れて、これはないだろう。

「せいこちゃん。話は、だいたい分かったけど、今まで何してたの?それくらい教えてくれてもいいんじゃない。」

「ごめんなさい。今はいえない。いつか、いえるときが来るかも。でも、これだけは信じて。他の男の人とつきあったりはしてない。遊びにもいってない。ずっと、三村さんのことを考えていた。」

 彼女がウソをいっているとも思わなかったけど、さっぱり分からなかった。

「せいこちゃん、僕に何を求めてる?」

「彼氏になってほしい。話をしてほしい。私のことを好きになってほしい。」

「変だよ、せいこちゃん…」

「そうかもね。でも、三村さんを失いたくない。このままだと、三村さんは、私の手の届かないところへいってしまう。」

「分かった。でも、いきなり会いに来るのはやめて。話をする時間はあると思うから。せいこちゃん、今日は、変だよ。落ち着いたら、考えも変わるかもしれない。」

「会いたくなったら、連絡する。今日は、ちょっと驚かそうと思ったの。それで、三村さんが、あの人と一緒だったから。」

「今日は帰ろう。冷静になって、考えが変わらなかったら、連絡して。」

「冷静になっても、考えは変わらないと思う。私を捨てないで。」

 僕が、わるい人みたいじゃないか。確かに安易にキスをしたのは、よくなかったと思う。でも、キスをしたかどうかは関係がないように思えた。この急展開に僕はついていけてなかった。せいこちゃんは、何をするか分からない雰囲気が少なくとも今日はあったし、これからも、そうかもしれない。

 もう、ちょっと不思議な子の域を超えている。上手く、距離を遠くしていかないと僕には破滅が待っているような気さえした。

「さようなら、せいこちゃん。」

「三村さん、メールするね。」


 ともみちゃんへの話


 翌日、僕は大学へいくとき、気が重かった。ともみちゃんといい雰囲気になった直後、せいこちゃんの突然の訪問で、雰囲気は完全に崩壊してしまった。しかし、このまま、ともみちゃんと話さなかったら、以前に逆戻りどころか、それ以上に疎遠になってしまうだろう。とにかく、日曜日に約束している映画の話はしておかないといけない。多分、来てくれないだろう。しかし、それは確認しないといけない。

 午前の授業が終わって、僕は、ともみちゃんに話しかけた。

「ともみちゃん、お願い。昼食につきあって。」

「私、軽い人は嫌いなの。ごめんね。」

「どうしてもダメ?」

「ウソよ。食事くらいいいよ。」

僕たちは、人の少ない学食へいった。

「昨日は変なところ、みられちゃって、なんていっていいか。」

「彼女、三村くんとつきあってると思ってるんでしょ?」

「昨日、つきあいたいといわれた。だから、多分、つきあってるとは思っていない。ともみちゃんと一緒にいたから、邪魔したかったと、はっきりいってた。ずっと連絡してなかったのに、すごく思いつめている感じで。」

「でも、キスはしたんでしょ。三村くんて、簡単にキスするような人と思ってなかった。」

「キスはした。お互いによく知らないし、僕も彼女のことは好きではなかったと思う。だけど、キスをした。しかも、初めてのキスだった。自分でも分からないよ。軽蔑した?」

「三村くん、正直ね。キスしていないなんて、ウソつかれたら、軽蔑してた。でも、彼女とは波長が合うところがあったんでしょ。」

「波長が合っている部分はあったとは思う。でも、昨日は、完全についていけなかった。何するか分からない感じだったので、なだめてた。一応、無茶はしないと約束してもらったつもり。」

「私ね、あの後、遠くから、三村くんたちの様子みてた。彼女が手をつないできて、三村くんは、それを止めさせていた。私ね、昨日、それをみて気づいちゃった。」

「なにを?」

「今度、機会があったら、話すね。」

「昨日、せいこちゃんにも同じこといわれたような気がする。」

「あの子、赤羽せいこっていうのね。」

「よく苗字覚えてるね。」

「前に三村くんいってたから。私のこと、なんかいってた?」

「ともみちゃんは、僕のことを好きと思っているみたい。そして、僕はともみちゃんが好きと伝えたよ。でも、諦めないって。」

「なんかすごいね。」

「ともみちゃん、日曜日の約束は、無理そう?」

「そうね。やめにする。だって、彼女、私の前で三村くんと別れていないっていってたもの。彼女がいる人と一緒に遊びにはいけないよ。でも、私たち、つきあっているわけじゃないし、今までどおり、普通に話そう。せいこちゃんと、どうなったかも知りたいし。」

「せいこちゃんが、僕ともう会わないといったら、遊びにいってくれる?」

「そうね。考えとくね。でも、あの感じだと、簡単にそうならないんじゃないかな。気をつけてね。思いつめた人は、怖いから。」

「ありがとう。正直、昨日は怖かったよ。」

 ともみちゃんは、映画の約束は断ったが、僕に冷たい態度ではなかった。これは救われた。あとは、せいこちゃんを、どうするかだ。


 せいこちゃんからの連絡


 3日待っても、せいこちゃんからの連絡はなかった。しかし、3日くらいで判断はできない。こちらから、気が変わったのか連絡をするには早すぎるように思った。

 そして、せいこちゃんからの連絡が来た。1時間に5通メールが来た。内容は、全部「会いたくなったから、メールしたよ。せいこ」だった。僕は電話をして、週末に会う約束をした。せいこちゃんは、もっと早く会いたいといっていたが、全て彼女のペースにあわせては、いけないと思っていた。

 大学では、ともみちゃんとは、普通に話していた。

「せいこちゃんから、連絡があって、週末に会うことになった。できれば、これで最後にしたい。」

「そうなんだ。どこいくの?」

「映画。彼女の決めた映画だけど、今回は話をあわせない。それで、僕のことを普通の人と思ってくれたらいいんだけど。僕のことを勘違いして過大評価してるんだ。」

「私、誰とも、つきあったことないけど、恋ってそういうものじゃないのかな。」

「そうかもね。でも、僕は、ともみちゃんと遊びにいきたい。そのためには、せいこちゃんに嫌われないといけない。嫌われるといっても、多分、彼女の好きな映画や音楽の話に期待しない答えをすればいいだけと思う。でも、きっと彼女は鋭いから、ウソついていると思われるかもね。ごめん、僕の話ばかりして。」

「いいよ。教えてくれて、ありがとう。私、三村くんの心配してるよ。無理しないで、がんばってね。」


 せいこちゃんとの映画


 今日は、せいこちゃんと映画を観る日だ。

せいこちゃんの選んだ映画は、全国上映しないマイナーな映画だった。せいこちゃんらしい。

「これくらいしかなかったんだ。つまんなかったら、ごめんね。」

「観てみよう。」僕は返事をした。

 僕は、映画の感想を求められたときに、せいこちゃんの期待を外すために映画は真剣に観た。正直、あまり、おもしろくなかった。たまに隣をみると、せいこちゃんも退屈しているようにみえた。きっと、せいこちゃんも同じ感想だろう。

 映画が終わって、せいこちゃんが話しかけてきた。

「つまらなかったね。ごめんね。こんなストーリー、私でも考えられるよ。」

 僕は、そうだろうなと思った。でも、ここで、いつものように本当の感想をいって、話をあわせてはいけない。

「そう?おもしろかったよ。」

「ウソでしょ。三村さん、どうしてウソつくの?どこがおもしろかったの?」

 僕は、多分、この映画の主題となるようなシーンを話した。

「やめてよ。あんなシーン、ちっともよくないじゃない。ウソついてるの分からないとでも思ってるの?」

 せいこちゃんは、泣き出した。

「私、三村さんの彼女になりたかった。でもね、それは映画や音楽、そして、私の描いた絵について、本当のことを話してくれたからよ。他の人は誰も私を分かってくれなかった。でも、三村さんは違った。私、誰にも分かってもらえずに、この世を去ることは寂しかった。」

「せいこちゃん、変なこといわないでよ。僕はウソをついた。ごめん。僕は、せいこちゃんに才能を感じてる。前にもいったよね、絵を本格的にやればって。でも、彼氏にはなれない。僕には…」

「分かってる。平沢ともみ、あの人が大好きなんでしょ。」

「なんで、名前知ってるの?」

「いつか分かるよ。」

「私、満足だよ。小さい頃から、私、みんなから分かってもらえなかった。絵を描いても、学校で一番上手いというか、他の人のは絵じゃないと思ってたくらいだったけど、先生は上手いといってくれなかったし、周りからは変な絵だといわれた。でも、三村さんに会えて、やっと分かってもらえた。それで十分だよ。私、消えるね。」

「ちょっと、待って。」

「待てないよ、ありがとう、三村さん。」 


 戻り地点へ


せいこちゃんは、道路に飛び出した。車に引かれる。僕は彼女を助けるために、一緒に飛び出した。車は急ブレーキをかけて、僕は車にひかれた。せいこちゃんは、どうなったのだろう。

「こうなると思ったよ、私。」

せいこちゃんの声だ。せいこちゃんは、ひかれなかったのか。それなら、僕が飛び出したことに意味があったのかもしれない。

「せいこちゃん…」声が出ない。

「大丈夫。三村さんは助かるよ。そして、あの人とも上手くいくと思うよ。私は、もう会わない。いや、会えないんだ。私、三村さんと話したことやキスしたことは忘れたくない、ずっと。三村さん、もう会えないけど、私のこと、たまに思い出してね。1年に1回くらいでいいから。」

 せいこちゃんは、何をいってるのだろう。僕には分からなかった。


 目覚め


 僕は病院のベットにいた。隣には、ともみちゃんがいた。

「三村くん、無事で本当によかった。」

 ともみちゃんは泣いていた。

「ともみちゃん、せいこちゃんはどうなった?」

「ちょっと待って。せいこちゃんって誰?それに、ともみちゃんって呼ばれるの初めてだし。別に呼んでもらうことはいいけど。」

「赤羽せいこだよ。何回も話したでしょ。」

「ちょっと、その名前、どこで知ったの?」

「どこでって。僕は、せいこちゃんと何回か遊びにいったよ。それは、話したじゃない。」

「三村くん、ちょっと落ち着いて。三村くん、事故にあったのは覚えてる?」

「うん。」

「それで頭を強く打ったの。でも、奇跡的に脳に損傷はないって。そして、体にも大きな怪我がない。だけど、先生が一時的には記憶が混乱することはあるかもしれないっていってた。」

「僕の記憶は確かに現実感に乏しい。」

「事故はいつあったか覚えてる?」

「分からない。」

「数時間前よ。救急車で運ばれた。」

看護師は意識が戻ったことを確認して、ともみちゃんにいった。

「まだ、あなたここにいるんでしょ。多分、大丈夫だと思うけど、何かあったら、呼んで。そして、帰るときも。」

「彼、記憶が混乱してるみたいですが、大丈夫ですか。」

「大丈夫と思うけど、今、先生呼ぶね。」

 医師が来て、僕に視線を動かすことができるか、手足を触って触られた感触があるかなど確認をした。そして、僕の名前、住所などを聞かれ、僕は答えた。

「頭を強く打ったから、多少、記憶が混乱してるかもしれないけど、大きな問題はないでしょう。」

「ありがとうございます。」ともみちゃんが医師にお礼をいった。

「早く、退院できそうね。もう、立てるでしょ。あっ、立たなくていいよ。個室だから、泊まっていくね。私の命の恩人だし。それに聞きたいことも多いし。」

「ありがとう。僕も記憶を整理したい。」

 僕は、ベットの上で自分で夕食を食べれた。体もあまり痛いところはない。運がよかったのだろう。


 夜の話


「三村くん、ゆっくり整理しよう。実は、私も、たくさん聞きたいことがあるけど。」

「三村くん、なぜ事故にあったか覚えてる?」

「それは、せいこちゃんを助けるために飛び出した。」

「せいこちゃんて、赤羽せいこちゃんね。それは違うよ。三村くんは、私が車にひかれそうになっていて、私をかばって飛び出したの。だから、命の恩人って、さっきいったの。」

「そうだったのか。今は思い出せない。ともみちゃんを助けるために、飛び出したのか。ありそうだね。」

「あと、ともみちゃんて、今日、初めて呼ばれたの。私たち、あまり話したことないでしょ。」

「えっ、そうなの。毎日のように話してたじゃない。せいこちゃんのことも心配してくれてたし。」

「違う。せいこちゃんの話も今日、初めて聞いた。」

「そうなんだ。僕の記憶は全部、空想なのか。」

「私、せいこちゃんの話がなかったら、全部、空想だと思った。とても怖いけど聞くね。せいこちゃんって、どんな人か教えて。」

「高校2年生で17歳。不思議な子で、感性が鋭い。僕の記憶の中では、ともみちゃんに話してる。」

「他には?」

「とてもかわいい顔してるよ。絵を描いていたね。彼女の絵は、簡単に描いたものをみせてもらっただけだけど、ひいてしまうくらい狂気を感じた。もっと時間をかけて描いたものは、きっとすごいと思う。僕は絵のことはよく分からない。でも、すごく才能を感じた。」

「私、今日は眠れないわ… 三村くん、一緒にいてね、お願い」

ともみちゃんの表情は恐怖につつまれていた。

「どうしたの?何か変なこといったかな。」

「三村くん、彼女とは、いつ知りあったの?」

「三ヶ月くらい前かな。」

「じゃあ、高校生のときに?」

「違うよ。大学生になってからだよ。」

「三村くん、今日、何日か分かる?」

「思い出せない。頭打ったからかな。なんでだろう。計算があわない。でも、7月くらいじゃないの。」

「今日は4月15日。まだ、大学生になったばっかりよ。」

「ウソでしょ。それだけは信じられない… でも、そうなんだね。僕は数時間寝てただけだよね。それが数ヶ月に感じられる。これも事故のせいか。すごく悲しい、ともみちゃんと話したことも全部、空想なのか。」

「三村くん、私、話すのが恐いけど、話さないのはもっと恐い。落ち着いて聞いてね。私、赤羽せいこという名前の人知ってるわ。それも、三村くんが、さっきいってた人と、そっくりというか本人としか思えない。私の従兄弟よ。」

 ともみちゃんは、ゆっくり静かにいった。

「そして、もう、この世にはいないの。」

「どうして?」

「自殺したの。自殺の前には、誰も自分のことを分かってくれないって、いってたみたい。私とは血のつながりがないんだけど、彼女の祖父は、有名な画家だったみたい。それが彼女に受け継がれたのね。絵はみせてもらったことがあったけど、私には分からなかった。でも、美術館の絵をみてるような感じがした。」

 僕は涙があふれてきた。

「僕ですら、彼女の絵は分かった。どうして周りが理解してあげなかったんだ。」

「そうね。周りの人に恵まれなかったと思う。三村くんみたいな人が、そばにいれば。いいたくなかったら、いわなくてもいいけど、彼女は何ていってたの?」

「僕は、彼女のいってることに共感できたので、無理なく話をあわせてたんだ。彼女は、僕だけが分かってくれるといっていた。でも、僕は最後に彼女を遠ざけた。彼女と一緒に観た映画の感想を聞かれたときに、嫌われるためにウソをいった。それは、すぐにばれて彼女は泣いた。僕は謝った。そして、彼女は道路に飛び出した。僕は、それを追って、飛び出した。そして、ひかれたんだけど、せいこちゃんは、十分満足だといっていたと思う。」

 ともみちゃんも涙があふれていた。

「私、そういった話、信じない人なの。だけど、こんな偶然が重なってしまったら、信じずにはいられないわ。彼女の写真みて、確かめる?」

「やめておくよ。きっと、同じ人にみえるとは思うけど。」

「ねえ、どうして彼女を遠ざけたの?」

「それをいうと、僕たちの未来に影響がありそうだから。話す機会があったらでいい?」

「分かった。それじゃ、私との会話も聞かないね。未来に影響があるんでしょ。でも、何かお礼したい。何がいい。」

「これはちょっと、未来に影響がありそうだけど、一緒にいきたいところがあるんだ。」

「どこ?」

「小さい子供を預かるボランティアにいってくれる?」

「いいよ。でも、ちょっと恐い。心をみられてるみたい。」

「夢の中で、ともみちゃんといったから。でも、よく考えると夢の記憶も、その中で矛盾してる部分もあるように思う。そして、ともみちゃんが嫌といえば、未来は変わるよ、きっと。それに僕がみた夢も7月くらいまでだったし。」

「ううん。ボランティアサークルに入ったから、今度、そういったボランティアがあったら誘うね。」 

「僕はゆっくり、記憶の整理をするよ。ともみちゃんも、帰って寝たほうがいいよ。」

「帰っても寝れないよ。ねえ、未来に影響がなさそうなところだけ、もっと聞かせて。別に他の話でもいいよ。」

「分かった。ちょっとメモとりながらでもいい。この記憶は忘れてしまいそうだから。全部、覚えておきたい。」

 数日後、僕の中から夢の記憶は消え去ろうとしていた。本当にメモを取っておいてよかった。メモに書き忘れたこともあると思う。でも、それも思い出せない。

 

 その後


 僕は約束のとおり、ともみちゃんとボランティアにいった。そして、僕たちの距離は劇的に近くなっていった。大学1年生の夏は、ともみちゃんと一緒に過ごす時間が多かった。そう、せいこちゃんがいったように僕たちは、恋に落ちていたのだ。メモに書いてある季節は過去のものになったので、ともみちゃんにも読んでもらった。ともみちゃんは大切なメモなので、コピーをとっておくことを勧めてきた。僕は、何枚かコピーして、ともみちゃんに1枚渡した。これは、僕と、ともみちゃん、そして、せいこちゃん3人の秘密だ。

そして、僕たちは、せいこちゃんの墓参りにいった。ともみちゃんに頼んで、せいこちゃんが遺した絵もみせてもらった。僕は、せいこちゃんの絵をみて、自然に涙があふれてきた。せいこちゃんらしい絵だった。

「きっと、天国に行くために、としくんの夢に入ったのよ。彼女、最後は幸せだったと思うよ。」

「そう願ってる。それに僕たちを引きあわせてくれたのは彼女だから、僕はとても感謝してる。」

「私もよ。」


 せいこちゃんへ


せいこちゃん、僕は忘れない。1年に1回は思い出すね。いや、もっと思い出すだろう。初めてキスをした人だから。

僕は、ともみちゃんを選んで、ウソをついた。でも、最後の言葉がなかったら、僕にとっては、一生、心の傷になっていただろう。ありがとう。本当に会ったことはないし、夢でも数回しか会っていない。でも、僕が生きている限り、記憶には残る。

僕は、機会をみて、せいこちゃんが遺した絵を世に出そうと思っている。きっと、分かってくれる人も多いよ。こんな素晴らしい絵を眠らせておくのは、もったいないよ。もっともっと多くの絵を描いて欲しかったけど、それはいっても仕方ないね。せいこちゃんは、才能がありすぎた。そして、感性が鋭すぎた。もうちょっと待てば、理解者が多く現れたと思うけど、小さい頃から疎外されて待てなかったんだね。僕には、それを責める資格もないし、ただ残念としかいいようがない。

天国のキャンパスに好きなだけ描くといいよ。きっと、天使たちが集まってくるよ。

せいこちゃん、おやすみなさい。  



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