5 出会い
第三章
二年に進級したばかりの僕は、学校が楽しくてしょうがなかった。
二年生にもなれば学校の勝手も分かるし、一学年六十人の少人数のために、友達の性格もおおむね把握できていた。
藤木小からの十二人と東崎小からの四十八人の六十人。一学年に二クラスしかなかったけれど、絆をつくるには丁度良い人数だった。
新入生の入学式があった翌日の放課後、僕は学校の奥まった所にある野球部室周辺で、友達とふざけて駆け回っていた。部の練習が始まるまで、取るに足らぬことで盛り上がったり、悪い冗談を言っては相手を挑発して、逃げまわって遊ぶのが日常だったのだ。
音楽室、生徒会室、野球部室だけの小さな校舎の一帯は、正門近くの職員室から離れている事で、僕をいっそう解放的にしてくれる場所だった。
出会いは棒にあたるぐらいの些細なものである。
近隣の草木が放つ鬱蒼とした山の匂いがたちこめる中、筋骨の躍動を楽しみながら音楽室前を走っていると、春の大気を伝導して聞き慣れぬ声が笑い声と共に僕を引き止めた。
「これだから藤木小の子は」
ほがらかにからかった声柄だった。
その声に四肢をひっつかまれたように、張り巡らせた僕の好奇心は敏感に反応した。
瞬発的に足に力をこめて、水飲み場のコンクリートをすべるようにして止まり、声のした方を見た。すると声の源で、藤木小の後輩夏美が、二人の女子と真新しい出会いを楽しんでいた。
初めて見る女の子は、一人が色白の痩せっぽちで、もう一人が黒々と健康的に日焼けした子だった。
走っていたのに急に止まって振り返った僕を、何か起きたのかと三人が注意をむけた。
とっさに僕は七十年代のロックンローラーよろしく、殊更に格好をつけて櫛で髪をとかす仕草をしてみせた。
「何それ。髪を整えてるつもりなの」
道化がかったポーズに、痩せっぽちの子が笑みを湛えて言った。色黒の子は目をしばたたかせて、横の夏美に、藤木小の人なの、と訊ねた。
夏美は首を縦に振って僕を見た。
「悠次兄ちゃん、坊主頭でそんな事しても、藤木小から来た人は変ちくりんが多いってしか思わないよ」
しょうがない先輩だと顔にあらわして言った。
夏美の苦言に、うそ~、と大仰に驚き、間の抜けた顔をする僕を、くす玉を割ったように三人が笑った。笑いを得て満足した僕は、何も言わずにまた走り出した。
これが志保との出会いである。
うららかな陽だまりに、上部校庭との斜面からのびた琉球松を背景にして、やせっぽちの志保は、おさがりの使い古された制服をものともせず、つぶらな瞳で可憐な笑顔を咲かせていた。
志保との出会いに雷に打たれたような衝撃はまったくなかったのだが、二十年以上経った今でも、その時のことをよく覚えている。
志保は吹奏楽部に入部しようと、顧問の先生が来るのを夏美達と一緒に待っている所だった。
翌日から志保は吹奏楽部の練習に参加し、以来、僕達は放課後によく顔を合わせるようになった。
その頃の僕といえば、いつも軽薄に誰彼わかたず冗談を言っては笑わせていて、生き甲斐のようにふざけてばかりいた。
気兼ねなく戯言をいうと、華やかなお祭り太鼓のように明るく響く志保は、ふざけるのに恰好の相手だった。
出会ってから何日目かに、身長が百五十センチそこそこなのに靴のサイズが二十四半もあると気にする志保に、女って変なことを気にするんだな、と思いながら、「その長さ、ちょっと僕の身長に分けてくれ」無頓着に冗句を言うと、志保はふっと明るい表情になり、まばゆい笑顔を返した。
僕は中学の三年間で毎年九センチずつ身丈が伸びたが、入学時に百三十六センチしかなかったために、出会った頃は志保の方が大きかったのだ。
うまが合っていたのだろう。河口から流れ出た淡水が海水と入り混じりあうように、間もなくして僕達はどこで会っても気安く言葉を交わしたり、手を振りあう親密さになった。まるで稚魚の戯れのように、それはそれは無邪気に。




