4 中学入学
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第二章
小学校を卒業すると七キロ離れた東崎中学にバス通学となった。
小学生時分ほとんど集落外に出られなかった僕は、他集落への通学に浮き足立っており、バスでの二十分はちょっとした旅行気分だった。
東シナ海側から太平洋側へ、太陽の恩寵を受けた緑々とした狭山を越え、小さな集落を通り過ぎ、太平洋を左手に少し走った所で上り坂をのぼり、更にいくらか走って下り坂にさしかかると、藤木集落よりゆうにひらけた東崎集落がどっしり広がって見えた。
ビルなど一つもない平屋並びの集落ではあったけれど、僕のまなざしは花の都への留学生だった。
陽射しも山々もあまねく春で、雀のさえずりが雲を空高く押し上げていた。
東崎集落でバスを降りた僕は体が膨らむほどの深呼吸をした。変わるはずのない空気さえ、どこか新味に肺胞を往来する。友人達も一様に頬を紅潮させていた。
一つ上の先輩が、得意満面に高台を指さして言った。
「あれが中学校だよ」
僕たちは指の延長線上に見える山中の建物を認め、互いに顔を見交わし、興奮と緊張をおぼえた。
新しいステージはもうすぐそこなのだ。
バス停からは、上級生の後ろについて足取り軽く歩いた。
見慣れぬ家並みはそれだけで楽しく、学校のふもとに辿り着く迄にお店を六つも見かけた事で、僕の興奮はいよいよ高まった。
山腹を開墾した中学に続く粗いコンクリート舗装の坂道を、歩き慣れた上級生の涼しい顔とは反対に、息を切らせてあくせくして登りきると、山を渡るすがやかな風に吹かれて東崎中学が凛としていた。
進学にあたっては、他の集落へ行ける事と若造先生から離別できる事だけで満悦だったのだけれど、中学生活が始まると想像以上の壮快な日々が連続した。
東崎中学の学区は東崎小と藤木小の二校だったのだが、東崎からの生徒達が思いのほか刺激的だったのだ。
たとえば、先生が生きていく上で一番大切なものは何か、意見を求めると、抑圧されていた藤木小の生徒はさされない限り黙っていたのだけれど、東崎の生徒は「友情」だとか「夢」だとか、遠慮なく答えるのだった。そんな中、どんぐり体型の男子が、「えっちゃんが、カネが一番大事だって言ってたよ」とだみ声で答えた。先生が、「えっちゃんって誰だ」と聞くと、「俺のかあちゃんだよ」と得意になって言うのである。
休み時間にもなると悪戯に追いかけっこで教室は半ば運動場と化していたし、動きまわらない生徒にしても、ある者は目当ての女子の所にいき、大げさに気取ってアプローチをしていたし、またある者は自作の猥本を誇らしげに見せびらかしていた。――性行為のたぐいはそれまで接した事もなかったので、下ネタを平然と言う彼らには驚かされたものである。
じつに東崎からの生徒達は活動的な変わり種が多かったが、べつだん目立った行動をしない生徒達もそれぞれに、独特の人柄がにじみ出ていた。
まったく彼らの奔放な個性の色合いは未知の生物に遭遇したほどの衝撃で、初めの頃は彼らと接しているだけで喜劇をみているような楽しさがあった。
加えて、独裁色のない先生は毎日宿題を強要しなかったし、時折だされる宿題の不提出にもビンタする事がなかった。これは誠に大きな変化で、日課づいた暴力からの解放により、卑屈になっていた精神が蒼天にはばたくようであった。
日々の歓楽を増すように、教室に敷きつめられた緑の絨毯はくつろいだ芝生をおもわせたし、見下ろせる太平洋は眺望絶佳にして、いかんなくダイナミズムを感じさせてくれた。
おまけに入学と同時に入った野球部は、随分と大人びて見える先輩の話が新鮮で楽しく、先生や大人の悪口といった瑣末な事でさえ、目から鱗が落ちる思いだった。
豊穣な自然に囲まれた東崎中学校は、開けっ広げの個性が縦横無尽に闊歩しており、みずみずしい感性が育ち盛りの体と一緒に、しなやかに飛び跳ねていた。
僕は爽快感を全身の細胞で感受し、視界がぐんぐん開けていくのを実感した。




