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ヴェスタラ戦記  作者: 槙原勇一郎
内親王
2/23

スヴェンとニルス

「ニルスっ!一人行ったぞっ!」


 髭面の、だがまだそれほどの歳には見えない男が大きな声で叫んだ。男の手にはすでに何名もの血を吸った長剣が握られている。足元には数名の野盗と思しき男たちの死体が転がっていた。少し離れたところには数台の荷馬車が止まっており、積荷の上で荷主と思しき商人と、御者や使用人と思われる男たちが震えながらこちらを見ていた。


 恐怖に震えているのではない。最初はそうだったのだが、今は護衛として雇った二人の働きに身震いをしているのだ。荷主はノール公領から帝都郊外にある大市場まで積荷を届ける途中であった。商用の旅であれば、野盗に襲われる可能性は常に考慮しなければならない。と言っても、大規模な護衛など雇うことはできないので、ある意味では関係者に体裁を繕うために、腕利きと言われている傭兵二人を雇ったに過ぎなかったのだ。その護衛がたった二人で数十名の野盗たちを圧倒している。


 ニルスと呼ばれた方は、小柄で背格好からすれば、十四、五歳の少年であった。やたらと目が細く、しかもタレ目であるため、生真面目で大人しい印象を受ける。とても、護衛が務まるとは思えないので、荷主が金を払ったのは、もう一人の髭面だけなのだが、連れだということで同行を許していたのである。


 少年の手にある長剣もすでに血に染まっている。髭面ほどではないが、すでに何名もの敵を屠っていた。荷主たちにしてみれば、少年の働きは驚くべきもので、野盗に襲われてから数十分の間、彼は一度も足を止めていない。少年としては恐るべき体力で、小さな体をさらにかがめた低い姿勢のまま、疾風のごとく走りまわり、野盗たちの主に足首を切り払っていた。野盗たちは誰も少年の動きを捉えることが出来ていない。


 その少年が、髭面の声に顔を上げて反応した。一人の男がこちらに向かって斧を掲げながら走ってくる。だがそれを見ている間も、一切足は止まってなかった。斧を持った男は走ってきたものの、そこにいると思われた場所にたどり着いたときには、少年の姿を見失っていた。次の瞬間・・・


「小さな商隊を襲って金を得ようなんてケチ臭いこと考えるなら、もう少し逃げ足は速い方がいいと思いますよ」


 少年は男の背後にいた。いつの間にかすぐ後ろに回りこまれていたのだ。少年の剣は正確に男の足の腱を切り払った。





 気づいたときには野盗たちは全滅していた。一人も逃亡にすら成功していない。生きている者も三分の一ほどは少年が足首を切り払ったために動けなくなっており、残り三分の二は髭面に片腕を切り離されていた。


「無抵抗の人間を殺そうとして、しっぺ返しにあったんだ。これぐらいの罰は受けてもらわんとな。無傷で逃したらまたやるだろうし。ほれ、足が無い奴と腕がない奴でちゃんと協力しあって帰りな」


髭面の言葉を合図に五十名はいたと思われる野盗たちの半数がすごすごとその場を離れていった。





「いやあ、スヴェンさん、本当に助かりました。まさかあんな人数をお二人で始末してしまうなんて・・・」

「はは、ちゃんと報酬の分は働かせてもらいますよ。あのガキの分は、ま、本人の修行のためです」


 そう言って、商隊から離れたのは、目的地まで続く大きな商道にたどり着いたところであった。山間部には野盗は出るが、帝国が管轄している商道は人通りもある程度有り、騎士団が治安維持に務めているので、安心であった。契約ではここまでがスヴェンの仕事であったのだ。


「よろしければ、このまま大市場までいきませんか?大きくはありませんが、屋敷を持ってますから。おもてなしさせてください」


 荷主は懇願するように言ったが、スヴェンは事もなげに断った。


「いえ、手紙の配達もついでに請け負ってましてね。ここまでは同じ方向ですが、届け先は帝都とは別方向。日数もかけるわけにはいかないので」

「そうですが・・・、帝都にお越しの際は是非お立ち寄りください」

「ああ、そうさせてもらいますよ。それじゃ、日が暮れる前にイエテポリの町に辿りつかないといけないので」

「ええ、どうかお達者で!」


 イエテポリは帝都から少し離れたところにある小さな町だが、周辺には複数の農園があり、帝都の食料を備蓄する大倉庫がある。手紙配達人であるスヴェンが請け負ったのは、イエテポリのさらに向こう側にある大農園の主に当てた手紙であった。遠方に嫁いだ農園主の娘からの近況を伝える手紙である。今回は傭兵としての護衛の仕事のついでだったので、一通だけの配達でも元は取れるのだ。






 二人がイエテポリに着いたのは、夕方であった。刈り取り後の時期である。大量の食料が倉庫に持ち込まれて町はごった返していたが、どうにか安宿に部屋を取ることはできた。ニルスを部屋で休ませておいて、スヴェンは一人で何度か使ったことのある酒場を訪れる。ひょっとしたら、商用で義兄であるウィルゴットもこの街に来ているかもしれないと思ってのことだが、いないならそれで、手紙を配達してから直接農場へ顔を出せばいいだけの事だった。


「スヴェン様?スヴェン・ホシュベリー様ではありませんか?」


 カウンターでビールを注文した直後に声をかけてきたのは、見知った顔であった。


「ズラタンじゃないか!」

「はい。こちらにお越しだったのですね。農園にもお立ち寄り下さいますので?」

「ああ、だが、手紙を配達してからだ。明日の夕方か明後日には顔をだすからウィルゴットに伝えておいてくれよ」

「承知いたしました。スヴェン様もお元気そうで何よりです」

「フレデリカも元気かい?」

「ええ。お嬢様もすっかりお綺麗になられましたよ」

「そうか、もう十四だもんなぁ」


 話しかけてきたのは、ズラタン・エドベリ。ウィルゴットの共同経営者であった。農場経営など素人であったウィルゴットがここまでやれたのはこの男の協力があってのことである。ズラタンをウィルゴットに紹介したのもステファン・エリクソン老であった。エリクソン家の家令を務めていたこともあり、自分の農場が戦禍に巻き込まれて途方に暮れていたところを、ウィルゴットの共同経営者として連れてこれられたのである。


 ズラタンは小一時間ほどビールを片手に話したあとで、酒場を後にした。朝一で農場に戻る予定らしい。これでウィルゴットには自分が行くことを伝えられたので、どうやら、農園に着いたときには旨い酒と料理にありつけそうだった。ニヤリとしながらスヴェンも酒場を後にしたのである。





「ニルス。この前の野盗どもを退治した時だが・・・」

「わかってます。先生」


 ニルスは、特有の生真面目な口調で答えた。別にすねているわけでも、怒っているわけでも、悔いているわけでもない。ただ、淡々と事実だけを述べる口調で、反省を述べる。


「素早く動き続けることに気を奪われて、何度か敵の正面に立つことがありました。野盗程度なら大丈夫ですが、武術の修行をした兵士であれば、その隙を逃しません。周囲の状況を把握しきれてない点があったと思います」


 剣術の弟子として共に旅をしている少年の言葉に、ふう、と小さくため息をついてから、スヴェンは一言だけ答えた。


「ま、分かっているならこれ以上言うまでもないな」




 すでに手紙の配達を終えて、ウィルゴットの農園へ向かう途中であった。イエテポリで馬を購入したので、配達先にはすぐに着いたのだが、娘の嫁ぎ先の様子を知りたい農園主が是非にというので、一泊することとなって一日遅れたのである。


 その後は一時間ほどの間、二人は一言も口にせずに馬を走らせ続けた。走らせると言ってもそれほど急かしているわけではない。夕方までに農園につければいいのである。手紙の配達も終わり、特に急ぐ理由もなかった。ゆっくりと農園に行って、今晩は昔話でも肴にしながら、ウィルゴットと飲み明かそうと考えていた。


「先生!あれは・・・?」


 空はすでに黄昏初めているが、ウィルゴットの家まではあとわずかというところまで来ていた。赤い夕焼けの下、屋敷がある辺りに、奇妙なものが浮かんで見えた。二階の窓のあたりに炎の輪のようなものが見えたのだ。二人にはすぐにはわかるはずもないが、フレデリカがカーテンに火をつけて振り回して作った炎の輪である。


「ニルスっ!急ぐぞ!」

「はいっ!」


 思い切り馬の腹を蹴った二人は矢のような勢いで走りだした。


 屋敷に近づくと、数十名の死体が転がっている。全て農園の使用人ではなく、軽装ではあるが鎧を来た騎士であることにスヴェンは気づいた。


「ニルスっ!訓練された兵士だっ!斬らなくていいから、とにかく攻撃を躱してひっかき回せっ!」

「はいっ!」


 元気よく返事をしたニルスは、乗馬の上から思い切りよく飛んで、武器を持った騎士たちの中に舞い降りた。騎士たちは突然の闖入者に驚きはしたはうろたえてはいない。すぐさまニルスに向かって剣を振るったが、刃は少年をとらえることはなかった。受け太刀すら必要としない。ニルスはやはり一度も立ち止まらずに、低い姿勢のまま集団の中を走り続けた。騎士のうち数名は少年を狙って振り下ろした別の者の斬撃を浴びて軽傷を負っている。


 スヴェンは騎馬のまま、騎士たちの上を飛び越えた。ウィルゴットが一人で奮戦しているのが見えたのだ。すでに無数の傷を負いつつも、多勢の敵にまったく遅れを取ることはない。だが、限界まで疲労していることは一目でわかった。傷の深さはわからないが、たとえ重症を負っていても、ウィルゴットが戦い続けるということをスヴェンは知っていた。


 高く舞い上がるように跳躍したスヴェンの馬はウィルゴットの手前に前足を着いた。その瞬間、スヴェンは大きく腰をひねる。イエテポリで購入した、普通の乗馬用の馬である。戦闘用に鍛えた軍馬ではないのだが、スヴェンの技量があればそんなことは関係なかった。彼の馬はスヴェンの動きに反応して、前足を支点に体を大きく振り回した。五名ほどの騎士たちが、馬体や蹄をたたきつけられ、ウィルゴットの周りから弾き飛ばされる。


「第二騎士団の者たちよっ!まだやるというのなら、この先は、スヴェン・ホシュベリーがお相手するっ!すでに半数以上が命を失ったようだが、これ以上は全くの無益だぞっ!」


 騎士たちにはスヴェンの素性はわからない。服装からすればただの旅人か、せいぜい流浪の傭兵にしか見えない男だが、その馬術を目の当たりにして相当な手練であることはわかる。男の連れと思われる少年(騎士たちにはただの小柄な男としか思われていないが)も、これだけの人数を相手に一太刀も浴びずに走り回っていた。ここまでは、一人も斬られてはいないが、同士討ちで数名が怪我を負っている。追い回そうとすれば、ますます混乱を呼ぶだけであろう。


 首領格と思われる騎士が手を上げたのを切っ掛けに、生きている騎士たちは無言でそこを立ち去った。死体はそのままである。その数は七十を数えた。退いた者たちもほとんどが怪我を負っている。ウィルゴットの働きは鬼神と見紛うものであった。


「スヴェン・・・どうにか持ちこたえてやったぞ・・・」

「お父様っ!」


 二階から降りてきて走り寄ってきたフレデリカがウィルゴットの顔を覗き込んだ。次の瞬間、信じられないような顔で自分の手を見つめる。ウィルゴットの胸に置いた手は大量の血で瞬く間に真っ赤に染まった。スヴェンが到着する直前に受けた斬撃で受けた傷であった。


「スヴェン・・・もてなしてやることもできずに申し訳ないが・・・、後のことを頼む。農園はズラタンに任せてくれればいい・・・フレデリカを・・・フレデリカを・・・」

「ウィルゴットっ!」


 ウィルゴットはすでに虫の息であった。数時間、百名の騎士たちと一人で戦い、七十名を死神の元に送ったのである。致命傷は胸に受けた傷であるが、それ以外にも無数の斬撃を浴びていた。全身は返り血と自分の血で真紅に染まっている。


「フレデリカ・・・すまなかった。ちゃんと言ってやれなくて・・・お前は本当の私の娘だ・・・どうか・・・幸せに・・・」

「お父様っ!」


 ウィルゴットは娘の胸に抱かれたまま逝った。享年三十五歳。死の直前の言葉は初めて娘に自分の実子であることを告げたものだった。

世界観とか登場人物の説明もなしに話が進んでますが、そのうちちゃんと書くのでどうかお赦しください。というか、そんなことも書かないうちにもう死者が・・・。

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