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ヴェスタラ戦記  作者: 槙原勇一郎
隻腕元帥
16/23

レーナとウィルゴット

 カール・ビランデルの言葉にフレデリカは真剣な表情で答えた。ウィルゴットはフレデリカに実の娘であることすら話してなかったのである。まして、母親との出会いなどは一切に口にしなかった。母親が誰かということさえ亡くなった後で知ったのだ。ウィルゴットが自分について語ったのは、ステファン・エリクソンに育てられたことだけである。


「長い話になりそうですね。飲み物でも飲みながらにしましょう」 


 ニルスの提案に皆が賛成した。スヴェンとカール・ビランデルはワインを、ニルスとフレデリカは山羊の乳を温めたものを口にしながら話が始まった。


「あれは、もう十六年前になりますか。セーデル公領での反乱が激化した時の話しです・・・」


 セーデル公は独立志向の強い人物で、スウェーダ王国時代から幾度と無く反乱を起こしていた公領であった。ヴェスタラの時代が来てもそれは変わらない。スウェーダやヴェスタラに取って代わるほどの力はないが、独立勢力として、大国の掣肘を受けない体制を強く望んでいた。

 アンデルス王の五年。セーデル公の軍は後の第三騎士団領、旧スウェーダ直轄領のスタクファルムの周辺へ進軍した。当時はまだ四剣候の制度はなく、主力三騎士団もなかったが、カール・ビランデルを中心とする主力部隊がスタクファルムに駐屯していたため、これを撃退することで、セーデル公領の独立性を高めようと計ったのである。

 これに対し、アンデルス王は自ら親征することを宣言。ヴェスタラの全力を持って反乱を鎮圧する意志を固めた。だが、そこに思わぬ難問が持ち上がる。アンデルス王の妹でまだ十六歳であったレーナ内親王が従軍を希望したのである。レーナは王族の姫君ながら、乱世に育ったが故か武術を好み、一騎士として軍に入ることを希望したのである。実際、その武術は巧みで大人の男でも太刀打ちできる者は少なかった。

 妹の我侭に困り果てたアンデルス王はヴェスタラの軍権を掌握しているカール・ビランデルに対して相談したのだ。


「私は、まあ、困ったものだとは思いましたが、本人は一兵卒でも構わないとまでおっしゃいますもので、三百名ほどの民兵部隊の指揮官として、主に後方の輜重隊の護衛を担う形で受け入れることにしたのです」

「今のお前と比べても二歳年上だったが、ずいぶんとお転婆だったらしい。そのうち、お前もそうなるんじゃないのか?」

 

 スヴェンが茶化したが、フレデリカはそれを無視した。


「まあ、とにかくそれでご本人も納得されたのだが、と言って、お目付け役がいないと不安だ。そこで、まだ若く従軍経験も不足はしていたものの、武術と判断力に定評のあるウィルゴットがその役を担うことになったわけです」

「と、言えば聞こえはいいが・・・ステファンの養子であるということで、たいした家柄でもないのに、いきなり士官になったウィルゴットに対するやっかみもあったんだろう?他の目立つ役割に付けるわけにもいかないから、我侭なお姫様のおもりなんて仕事を押し付けたってことだ」

「そう言うと身も蓋もないんだが・・・まあ、そういう面もたしかにありました。ウィルゴットは高位の貴族が多い軍の中枢では人間関係に苦労していましたから・・・」


 生真面目なウィルゴットは、そんな仕事でも真剣にこなした。レーナをなだめすかして危険な行動を押しとどめ、彼女に戦場での慎重さと補給の重要性を教え、輜重隊の護衛という任務が如何に大切であるかを伝えたのである。最初は地味な仕事に不平を口にしていたレーナもそのうち素直にウィルゴットの言う事を聞くようになった。

 一方で、ウィルゴットはレーナの持つある種の『力』に気付き始めていた。恐ろしいほど勘が鋭く、特に危機を察知する能力に極めて長けていたのである。

 

 レーナとウィルゴットが担当したのは、ウブサラ公領からセーデル公領までの輸送部隊の警護であった。セーデル公はゲリラ戦術に長けており、ウブサラからの輸送も決して安心はできなかった。前線での兵糧不足に悩まされたアンデルス王とカール・ビランデルは配下の部隊長ボルガー・キュレーゲルに輜重隊の警護を任せたのである。その際、レーナの民兵中心の小隊も参加していた。


「その、ボルガーと言う男は正直軍人には向かない男で、輜重隊の警護ぐらいしか任せられなかったのですが、これは私の完全な誤算でした。ボルガーには実際には輜重隊の警護すらできなかったのです」


 ボルガー・キュレーゲルはヴェスタラの旧家の出身で、そのためにヨハン王の時代から部隊長の地位についていた。年齢的にはもう少し上の地位に上がっても良かったのだが、判断力に欠け、前例や規則に従うことしか出来ない人物であったために、それ以上は重要な責任を負わせることができなかったのである。


 一方で、地味な仕事でも不平を言うことはなかったので、輜重隊の警護という仕事には適任に思えたのだが、それはカール・ビランデルの人選ミスであった。


―――最初、ウブサラに進軍してきたセーデル軍は、ウブサラ軍が想像以上に頑強な抵抗を示したことと、ヴェスタラ本軍が救援に現れたことで、すぐに撤退した。アンデルス王は後日を考え、セーデル公を完全に服従させるため、セーデル領内まで追撃、戦場はセーデル公領内に移動していた。


 輜重隊がウブサラ公が提供した糧食を本陣に運ぶ道程、先行していたレーナの表情が突然こわばったことにウィルゴットは気づいた。


「どうなされたのですか?」

「たしか・・・この先はずっと一本道のはず。西側には僅かな野原と大きな森。襲撃されることは考えられないだろうか?」


 このころのレーナは、軍中で唯一の女性士官であることを気にしてか、言葉遣いは男っぽかった。


「・・・ありえますね。しかし、そのために我々がいるわけで。警戒を高めましょう」


 本来、軍内の階級ではウィルゴットとレーナは同級であった。騎士団内の部隊のうち、臨時に作られた小部隊の隊長だが、この二人の場合は、二人で一つの隊を指揮する変則的な形式を取られていた。だが、ウィルゴットは王族であるレーナに丁寧な言葉づかいを選んでいた。


「それだけでどうにかなるだろうか・・・」

「と、言いますと?」


 ウィルゴットは怪訝そうにレーナの顔を覗き込んだ。心ここにあらずと言った体で、前方を眺めたまま、独り言のようにつぶやく。


「道幅は広くない。警備隊はどうしても輜重隊の前後に配置されている。騎馬による奇襲を受ければ、迎撃体制を作る前に糧食が焼かれてしまう・・・」


 ウィルゴットは戦慄した。レーナの言うことは言われれば尤もであるが、それ以上に、自分同様に戦場での経験が浅い彼女からそのような推測が出てくるとは思えなかったからだ。


「たしかに・・・ここで奇襲を掛けられては・・・糧食を奪うつもりならともかく、焼くつもりであれば防ぎ用がありませんな。キュレーゲル隊長に注進するようにいたしましょう・・・」

「しかし・・・キュレーゲル隊長は聞くまい・・・」

「と言っても、何も言わずに我々が動くわけにもいきませぬ」

「それはそうだが・・・」


 にやりとするウィルゴットを怪訝そうにレーナは見た。真面目で骨惜しみをしない男であるとは思っていたが、こんな表情もするのだなと感心しながら、言葉の意図はつかめていなかった。


「注進した上で『勝手にしろ』となれば勝手にしても、命令違反には問われませぬ」

「なるほど・・・」


 そういうものか、とレーナは納得した。こうした上役の人間への対処法などレーナには分かるはない。自分より上位にいる人間など、亡くなった父母と現国王である兄ぐらいしかいなかったのであるから。ウィルゴットの場合は、そのようなことまでステファンに仕込まれていた。ステファン・エリクソンは自分の養子達がぶつかるであろう困難もある程度予測して、教育を施していたのである。


「して、実際にどうやって防ぐ?おそらくは我々の民兵部隊だけで対処せねばならないわけだが・・・」

「それは最初だけです。実際に戦が始まってしまえば、キュレーゲル隊長も動かざるを得ない」

「しかし、あの(・・)キュレーゲル隊長の指揮では・・・」

「我々がお膳立てをして、そうせざるを得ないよう誘導すればいいのです。いや、その時はレーナ様が多少越権行為をしたところで問題ありますまい。レーナ様はこれから、隊長の元に警告しに行った上で、そのまま留まるようにしてください。そして、いざという時は兵士たちに号令を」

「承知した。で、初戦は民兵のみでの戦いだが、策はあるのだな?」


 ウィルゴットはその場で思いついた作戦を披露した。レーナは驚愕と共に微笑を浮かべる。無理やり軍隊に入ったかいがあるというものだった。こういう男がいるなら、ヴェスタラ軍の将来も心配はない。




「キュレーゲル隊長。申し上げたとおり、高い確率でこの先の一本道では奇襲を受ける可能性がございます」

「まあ、可能性はいつでもあるな。だがそのために我々警護隊がいる。今更何を・・・」

「この先の一本道では、どうしても輜重隊の前後にしか警護隊を置けません。側面からの攻撃にはどうしても対処が遅れます。糧食を奪うことを目的の攻撃なら乱戦となり、犠牲は出ても糧食を守ることはできるでしょう。しかし、初めから糧食を焼くことを目的にしていれば、それを防ぐ手立てはありませぬ」

「・・・・・・」


 キュレーゲルは困った顔をしている。初めから『わがままお姫様』の話などまともに聞く気はなかった。だが、あまりに話が理路整然としているので無視することもできない。こういう時のために、お目付け役のウィルゴットがいるはずなのだが、ウィルゴットは民兵部隊の指揮を守るために前方に残ったままだった。


「では、どうすると?」

「できるならば、警護部隊の半数を使って、一本道の西側にある森林を先に捜索して確保するのが望ましいのですが・・・」

「そんな作戦は許可できるはずがない。たかだか輜重隊を前線に送り届けるためにそんな大規模なことは不要だっ!」


 輜重隊とその警護隊の役目は前線まで物資を届けることにある。『たかだか』などと言うことではない。万難を廃して任務を実施する必要があるはずだが、キュレーゲルは少しでも大胆な作戦を取ることを好まなかった。教科書通り、定石通りの行動しか取れない男なのだ。


「それでは、せめて我が隊には、西側の森への警戒の任務をお与え下さいますよう・・・」

「勝手にしろっ!」


 ウィルゴットの言ったとおりになった。これで、西側の森からの強襲に対する対策は、レーナとウィルゴットに一任されたことになる。

 レーナは頭を下げてその場は下がったが、随伴した部下の半数をウィルゴットの元に送り、自身は本体の近くに留まった。女性でありながら軍隊内で不世出の出世を遂げた女将レーナの最初の戦いが始まろうとしていた。

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